定時で帰るのがいけないことか?

ごっつぁんゴール

第1話


 17時30分 終業時間、業務は終わる時間だが残業する者はまだパソコンをカタカタ鳴らしているし、帰宅前に一杯行こうと話し合ってる者もいる。


「お疲れ様でした」


 一応声をかけるが応えは無い。まあいつものことだ、だが声掛けをしたって既成事実をつくっておかないと後で何言われるか分からないからな……

 ロッカールームでロッカーに吊るしてた上着を羽織り、ここでも雑談をしてる同僚を後目に帰路につく。


 会社のビルを出て駅とは反対方向に足を向けると、街は迫るクリスマスに浮ついている、ちょっと楽しい気分になり足取りが軽くなる。

 クリスマスの飾りが増えてきたショウウィンドウを眺めて10分ほど歩いていると路駐している黄色のNSXが目に入る。いつもと違う道を歩いてるのになんで……楽しい気分が沈んできた……


「なんで俺のいる場所が分かるんだよ?」


 重くなった足取りを引きずり、NSXの方に進むと運転席の女がわざわざ車外に出て手を振ってくる。


「お疲れ様です、こちらの方に用事でもありました?」


「今用事が無くなったよ」


「それは良かったです」

 

 ニッコリ笑ってそう答える。一般的に言って美人の部類に入るんだろう、通りすぎる男どもが皆チラ見していく程度には。俺には関係ないけどな!と言えればいいけどそうも言えない。


「では、帰りましょうか。送りますよ」


「あいよ」


 あきらめて助手席に乗り込みシートベルトを締める、女は嬉しそうに弾む足取りで運転席に乗り込み車を出す。




 車内でスマホを取り出し持っている銘柄の情報をチェック、特に最近値動きの激しかったいくつかにきな臭さを感じてPTSで売る。ついでに税金回避用のくそ株も売ってすぐ買い戻すっと。あとはホールドだな……


「本業は順調のようですね?」


「本業は会社員だ、そっちも順調に窓際にいるけどな」


「くすくす、副業の200分の1の収入の本業ってすごいですね」


「安定してて良いだろ?……こんなもん本業に出来るかよ」


 スマホを指先でつついて言うと女は肩をすくめてる、そんな仕草も似合うんだから美人は得だね。


「まあ私はどっちのあなたでもいいですけどね」


「さいでっか」


「本気にしてませんね?私はお金に惚れるほど浅い女じゃないですよ?」


 心底どうでもいい、もうあの話は流れたんだから俺と一緒になる必要ないと思うんだけどな。


「で?今日は何の用だよ」


「あら、許嫁に会いに来ちゃだめですか?」


「まだ言ってんのか……その話は正式に流れただろう?お前の親父さんとうちのくそ親父で手打ちにもなってる。お前だけだぞまだそう言ってんのは」


「私は家同士の付き合いだけであなたを選んだわけではないですから、それにもうあなただけと決めてしまいました。お母さまも認めてくれています……まあ諦めたともいいますけど」


 もしこいつと一緒になったら、こいつの家とのつながりが欲しいくそ親父に連れ戻されるじゃねえか。

冗談じゃない……やっとあの家から出られたのに戻ってたまるか。


「こっちにも都合ってものがある、端的に言って迷惑だ」


「そんなに家に帰りたくありませんか?」


 お見通しですかそうですか。


「そうだよ、帰りたくないねあんな家。そこまででいい、送ってくれてありがとう」


「あら、お茶くらい出してくれてもよくないですか?」


「来客用の湯飲みなんてウチにはねえよ。今日は帰ってくれ」


 家に上がり込む気かよ勘弁してくれ。


「仕方ありませんね次までに用意しときますね」


 自分で用意するんかい!

 停車した車から降りて角を曲がるまで見送るとブレーキランプが5回点滅「バカやろう」のサインってね。


 鬱陶しかったが満員電車を回避できたのはありがたかったな……そう思わないとやってられない。



 

 

 それからしばらくは平穏な日々が続いていた。しゃべる言葉も、


「おはようございます」


「食事行ってきます」


「お疲れさまでした」


 の三言だけで省エネだな、もしかしたら「食事行ってきます」は要らないかも?今度試すか……

 あとはひたすら入力業務、数字との格闘だな。まあマクロを組んでからかなりやること減ったけどな。

 おかげで今日も定時で帰宅することができる、できる奴は定時で帰宅とか言われてるけど、やる気のないやつも定時で帰るんだよ!


「お疲れさまでした」


 いつものように応えはないと思ってたのに、


「先輩、ちょっといいですか?」


「どちら様でしょうか?」


 相手したくない……


「後輩の顔も覚えてないのかよ。先輩はいつも定時にお帰りになってますが、たまには他の方の仕事を手伝おうかとか思わないんですか?」


「思わないし、手伝ってほしいならそっちから言ってくるのが筋だろ?「間に合わないから手伝って下さい」ってな」


「あんたにそんな事言えるわけ無いだろ……「なんて?」なんでもありません。それより皆さん忙しくされてますから、あなたでも手があると助かるんです察してもらえませんかね?」


 鬱陶しい奴だな、周りも迷惑そうな顔してるよ。面倒臭くなるからお前らが止めろよ……


「お前が何を言いたいのか分からんが、俺が実績あげてホントに良いんだな?」


「何を言ってるんですか?あん「すまん!こいつには俺から言っとくから、帰ってくれていいぞお疲れさま!」え?なんでですか?」


 やっと止めたか、俺が実績あげたら困るのはお前らだろうが……後輩の手綱くらいちゃんと握ってろよ。


「そういう事だ、じゃあなお疲れさん」


 なにか喚いている自称後輩くんを放置して事務所から出てロッカールームへ向かう。たくっ俺が好きで窓際にいると思ってんのか?まあ好きでいるんだけど……




 最後にケチが付いたが今日も平和だったな。


 






◇◆◇◆


気が向いたら続きを書いていきます(笑)





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