其ノ十七 屈託

「さあ皆さん。もうお気は済んだでしょう、尋問じんもんは以上ですね? ああ、私も喋ったら何だかお腹が空いて来ましたから、母屋おもやに夕飯に行くとします」


 春庭様はそう仰って他の方々を残し、書生の間の木戸きどに手をお掛けになった時、

「あ、そうじゃ春庭。和歌は? 花のうたげ朗詠ろうえいする和歌は出来ておるのか」

 と先生が春庭様にお尋ねになりました。


「『花』と言う字をたまわりました。そうだ、これから歌も考え無いとな……」


 春庭様はそう仰って書生の間を後にしましたので、私もお食事の給仕きゅうじの為に母家おもやへ戻る事に致しました。


 お庭に出ますと、春庭様は植えてある咲きめの山桜の方をご覧になり、少し思案していらっしゃるご様子でしたが、何かを思いつかれたのか、急に目を輝かせて、


「お優、お優の顔を見ていたら、良い和歌を思い付いたよ。

 今日は、色々と有難う。気をませて本当に済まなかったね」


 と仰ると、雲一つ無い春の空の様な屈託の無い笑顔を、私に向けられたので御座います。



来週月曜日に続く

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