其の十 帰宅

 その時、

「みやう」

 と錆柄さびがらの仔猫のサビが小さく鳴くと、門の木戸ががらりと開いて、

「おう、サビ。今戻ったよ」

 と優しい声がして、春庭様がお戻りになりました。


 錆柄猫のサビは、かつて自分の命を助けてくれた春庭様に大変懐いており、春庭様が帰宅なさると、待ち構えていたかのように必ずこうして門まで迎えに出て、ひとしきりゴロゴロと春庭様に甘えるのが日課になって居ります。


「今だわ」

 奥様はちょうど母屋おもやの居間で、ご近所のご婦人方と話し込んでいらっしゃるし、いつもの春庭様ならもうしばらくの間、猫とお遊びになられる事でしょう。


 私は急いで女中部屋じょちゅうべやに駆け戻り、押し入れからくだんの桜のむすぶみを持ち出すと、庭で猫と遊んでいらっしゃる春庭様に声をお掛けしました。


「春庭様、あのう……。このふみを渡して欲しいと、お城での仕事終わりにあの姫君が」

 私はそう言って結び文を両手で差し出すと、春庭様は驚いた表情で、

「あの姫君とは……。火事の時に私がお助けした丸御殿まるごてんの?」


「はい」

 と私がうなずいた、その時に御座います。


 先ほどまで書生の間にたむろって居た鈴木朖すずもとあきら が、ちょうどおもてかわやから出て来て、私たちの様子を見付けました。


「何だ何だ? 恋文こいぶみか? こいつはまた、風流な桜の結び文じゃあないか? お優からか?」

 と、からかうように大声で騒ぎ立て始めました。


  

 来週火曜日に続く


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