第21章「帰還」
その日、蓮花、椿、楓の三人は、魔物退治のために里の外へ出ていた。
里から少し離れた所に、魔物が出没したのであった。
蘭丸は蓮花たちを見送ったあと、訓練所で少し汗を流して、午後になってから家に戻って来た。
家にはフータとみぞれがいて、氷助は訓練所へ行っていた。
フータは庭で修行をしていた。修行といっても、ただ一生懸命飛び跳ねているだけだったが、フータにとってそれは、修行らしいことのようだった。それを見て、蘭丸は心が和んで微笑んでいた。
「わあっ!」
いきなりフータが、何かの力に押されたようにして、体を飛ばされ、庭の塀に背中をぶつけた。
「大丈夫か!?」
蘭丸が駆け寄って、フータの背中をさすってやった。
「びっくりした!いきなりぶわってなって…。」
「ぶわ?」
「うん。今さ、風が出たんだよ。おいらの手?から…。」
「ふーん…。」
何気なく蘭丸は返事をしながら、門の方を見た。
そこに、エンマが立っていた。
「エ…エンマ!?」
思いがけないことに驚いて、蘭丸は目を擦って見たが、それは紛れもなくエンマだった。
燃えるように真っ赤な、鮮やかな髪。鋭い輝きを放つ緑色の目。着物は前に着ていたのと違い、黒い着物を着ていて、白くて長い首巻きを巻いていた。
以前よりも背が伸びたようだった。
エンマはぼうっとしたように、蘭丸の家を眺めていた。
その姿を見て蘭丸は、すぐにも声を掛けたかったが、どこか、気恥ずかしい気もして戸惑っていた。
「兄貴っ!!」
フータがものすごい大声を上げたかと思うと、エンマに向かって全速力で駆け寄って行って、がばっとエンマに抱きついた。
「おお…。フータ。」
はっと目が覚めたように、エンマはフータを見た。
「兄貴!帰って来たんだね!おいら、ずっと待ってたんだよ!」
フータは顔を上げて、きらきらした目で、エンマの顔を見上げながら叫んだ。
「エンマ!よく帰って来たな!」
蘭丸も、最早嬉しさを堪えきれないといった様子で、大声で言った。
「蘭丸。傷はもう治ったのか?」
エンマは蘭丸の腕を見て言った。
「ああ。大した傷じゃなかったから。なんだ、まだ気にしてたのか?もうすっかり、この通りだよ。」
と、蘭丸は綺麗に治った腕をエンマに見せた。それでも腕には薄く傷跡が残っていた。
「蘭丸。本当にあんときは、悪かった。だがもうあんなことにはならねえ。俺は修行してたんだ。お前らを傷付けねえためにな。」
「そうだったのか…。俺はてっきり、魔物に捕まってしまったのかと思ってたよ。」
「蘭丸はあんとき、俺を連れてった奴の姿を見たのか?」
「いや…。よくは見えなかったな。だけど、強い妖気は感じたよ。」
「そうか。まあ、その話は後だ。で、蓮花は?」
「蓮花は椿と楓と三人で、魔物退治に出掛けたよ。今日の朝に。」
「そうか…。みぞれはいるんだな。」
「ああ。父さんは今、訓練所だ。母さん!エンマだ!エンマが帰って来たよ!」
蘭丸は家の中に向かって声を張り上げた。
「あらあ、エンマ…。」
みぞれは穏やかに家から出てくると、微笑みながら、エンマの手をとって優しく両手で握ったり、エンマの赤い髪の毛を撫でたりした。笑っている目からは、涙が流れていた。
「かわいそうにねえ…。魔物に捕まってたんでしょう。酷い目に合ってたんじゃない?でもなんだか少し見ない間に、大きくなったわねえ。こんなに逞しくなって帰って来て…。本当に良かったわあ…。」
「いや、捕まってたっつうか…。」
「エンマが帰って来たから、今日は張り切って御馳走を作るからね!楽しみにしてて、エンマ。」
「やったぜ!今までまともな飯を食ってなかったからな。久々にうまいもんが食えるぜ!」
エンマは大喜びで言った。
「そんなに酷い目に遭ってたの。かわいそうに…。」
「あ、いや…。まあ、酷い目にはあったが…。」
エンマは言葉を濁して苦笑した。
エンマは、みぞれの母親らしい、大らかな優しさに、戸惑うことがよくあるのだった。
家の中へ入ると、懐かしい匂いがして、エンマは、ここが自分の家なのだと実感した。
藁座布団の上に座って、みぞれの出してくれた茶を飲み、醬油をつけた団子を食べながら、エンマは、心が安らぎに満たされてくるのを感じた。
先程、黄泉の国から、夜鬼に連れられてここへ戻って来たときには、なんだか夢のような心持ちがしていたのだが、こうして温かな場所に囲まれて、蘭丸やフータやみぞれと話していると、当たり前の日常に帰って来たのだと思えた。
その夜は、エンマを囲んで、久々に賑やかな食卓となったのであった。
翌朝となり、エンマは以前のように早くに起きて、庭に出て木刀を振るい、修行を始めた。
後から蘭丸も起きてきて、エンマの隣で木刀を振るい始めた。
「…なんだか、変わったな。」
「何が?」
蘭丸に言われ、エンマは蘭丸をちらと見た。
「強くなっただろう。俺には分かるぞ。」
「ああ。妖力を抑えられるようになったからな。もう力が暴走したりすることはねえ。」
「それだけじゃないだろう。」
「よく分かるな。」
「自信が漲って見えるよ。」
蘭丸は微笑んだ。
「魔物に捕まっていたのじゃなく、ずっと修行をしていたのか?」
「ああ。黄泉の国って所でな。」
「黄泉の国か。長老様にも、それがどこにあるか分からないらしいな。」
「そこで俺は、自分が何者なのか分かったんだ。」
「そうか…。」
蘭丸は、木刀を振るう手を止めて、エンマを見た。
「俺はお前と最初に会った頃、お前のことを魔物だとか散々文句をつけたことがあったよな。今はそんなふうには思ってない。もう家族で、仲間だからな。」
「なんだよ、急に。気持ち悪いな。」
「だが、偏見とかじゃなく、お前はやっぱり、俺たちとは違う。俺にはどう頑張っても超えられないものを、お前なら超えられる。そんなふうに思えてくるんだ。」
「何言ってんだ。おめえの方が俺より強いくせに。」
「今はな。…いや、どうだろうな。」
蘭丸は、以前と比べると落ち着いて見えるエンマの様子を見て、焦りのようなものを感じ始めていた。自分の方が強いという自負はあったが、エンマの中にある、霊力なのか妖力なのか、そのどちらなのか分からないが、その力から発せられている気が、以前よりも力強くなっていることを、蘭丸は感じていたのだった。
そして、霊術を会得するよりも先に、それよりも高度な、霊力を放出する術を身に付けたエンマのことだ。黄泉の国で、妖力を抑える修行をしたと言っていたが、おそらくそれ以上の何かを掴んだに違いない。蘭丸はそのように思った。
「エンマ。後でまた手合わせしよう。お前がどれほど強くなったのか、見てやる。」
「ああ。」
エンマは笑って答えたが、その表情には余裕すらあるように見えた。
「俺は、里一番の霊剣の使い手だ。その俺が、負けるわけにはいかないからな。」
蘭丸はエンマを見据えて言い、手を止めていた木刀を勢いよく振るった。
しかしその日は朝から芭蕉の使いが来て、エンマは芭蕉のもとへと連れて行かれ、事の次第を報告せねばならなかった。
「黄泉の国の夜鬼という者のもとで、修行をしていた、というわけだな。」
芭蕉はエンマの話を聞くと、深く頷いた。
「その夜鬼というのは…。」
「もういいだろう。俺は説明すんのが苦手だし面倒くせえ。別に魔物の仲間になったとかじゃねえし、何も心配はねえからよ。」
うんざりしたようにエンマは長老を睨み付けた。
「相変わらず、生意気な口の利き方をする奴だな。」
芭蕉は笑って言った。
「まあ、お前なら仕方ないと思えるが。」
「そういや、その夜鬼ってのが、変なことを言ってたんだ。てめえが俺に何かを望んでいるとか何とか。あんまりおかしなことを望まれても困るんだがな。」
「ふむ…。しかし今のお前にそれを言った所でどうなるわけでもない。」
「なんだって隠すんだ?そう言われるとなんだか気になってくるじゃねえか。一体何なんだよ。どうなるわけでもないなら今言ったって同じだろう。」
「お前は、雷鬼を倒した後、どうするつもりだ。」
「え?どうするって、どうもこうも…。奴がいなくなりゃ、敵討ちは終いだ。その後どうするかなんて何も考えてねえ。で、それが何だってんだ。」
「やはりな。根の国がどうなるか、お前は何も分からないだろう。」
「何だって、年寄りはこう、話が無駄に長ったらしいんだ。はっきり言えよ。何がしたいんだ。」
回りくどい芭蕉の言い方に、エンマは苛々していた。
「つまり、雷鬼亡き後は、お前に根の国を治めてもらいたいのだ。」
「…は?」
エンマは目を瞬かせていた。
「お前に、根の国の王になってもらいたいと思っている。」
「冗談じゃねえ!なんで俺が…。」
「お前一人ではないぞ。蓮花もだ。蓮花は、この里一番の霊術の使い手だ。アヤメまでとはいかなくとも、魔物たちを抑える力となるだろう。お前たち二人が
「ええ!?なんで蓮花が…?意味が分からねえ。なんでそんな話になんのか…。」
エンマは困惑したように頭を抱えた。
「蓮花にはこの話はもうしてある。」
「じゃあ、蓮花は分かってて今まで黙ってたってのか!」
「どうだ。蓮花を娶るのは悪い話ではあるまい。蓮花は美人で頭もいい。申し分ないと思うのだが…。」
芭蕉はにこにこと微笑んで言った。
「そんなことを勝手に決めやがって。蓮花がかわいそうじゃねえか!」
「かわいそうだと?」
「俺みてえな変な奴と結婚させた挙句、根の国なんてあんな暗い所に蓮花を閉じ込めようってんじゃねえか。蓮花がそんなことをいいと思うわけねえだろうが。」
「お前はどうなんだ。」
「俺だって嫌だぜ。根の国なんか行きたくねえしそんな所に住みたくもねえ。」
「蓮花を妻にしたいとは思わんのか?」
「いきなり夫婦だの言われても、ぴんとこねえし、別にいらねえよ。そんな話だったら、蘭丸にした方がいいぜ。蘭丸は蓮花に惚れてるからな。」
「蘭丸では駄目なのだ。お前でないとならん。」
「なんでだよ!そんなことまで、てめえに決められる筋合いはないだろう。長老だからって、あんまり勝手なことばっかり言うんじゃねえぞ。俺は俺の決めた通りにやりたいし、誰かの命令を聞いたり、誰かに従ったりすんのはごめんだ。」
エンマはそう言うと、怒ったようにして芭蕉の家を出て行った。
「やれやれ…。」
芭蕉は深くため息をついていた。
昼過ぎ、魔物退治から蓮花たちが帰って来た。
芭蕉へ報告を終えた蓮花は、そのときに芭蕉から、エンマが帰って来たと知らされた。
「えっ!?エンマが帰って来たんですか!」
「ああ。つい今しがた、エンマとここで話をしておったのだ。根の国をお前と共に治めてほしいということをな。」
「ええっ!?ち、長老様!エンマにそれを言ったんですか!?」
蓮花はびっくりして言った。
「言った。」
「…それを聞いて、エンマは…?」
「怒っていたな。勝手にそんなことを決めるな、とな。」
「それはそうでしょう…。どうしてエンマに言ったんですか。」
「前よりは成長したかと思って、つい言ってしまった。それに、あやつの反応も見たかったしな。」
芭蕉はけらけらと笑った。
「長老様ったら。私、どんな顔して会ったらいいのかしら…。」
「何を恥じらっておる。お前はエンマが帰って来て誰よりも喜んでいるのだろう。行って来なさい。」
「は…はい。」
今の蓮花には、長老のからかい半分の言葉にも言い返す余裕はなかった。
どれだけエンマの帰りを待ちわびていたことか。
一刻も早くエンマの顔を見たくて、蘭丸の家へと急いだ。
しかし蘭丸の家には、エンマの姿はなかった。
「蓮花。今帰って来たのか。」
庭で木刀を振るっていた蘭丸が蓮花を見て、嬉しそうに迎えた。
「蘭丸。エンマは?」
「ああ。今、フータと一緒に散歩に行ってるよ。桜が見たいって言ってたな。」
それを聞くと、蓮花は急いで走って行った。
桜の小道まで駆けて来て、蓮花は遠くに一際目立つ姿を発見して、すぐにそれがエンマだと分かった。エンマは、フータと一緒に、木漏れ日の中をのんびりとした様子で歩いていた。
「あっ!蓮花だ!」
フータが、蓮花の姿を即座に見つけて叫んだ。するとエンマも振り返った。
「久しぶりだなあ、蓮花。そんなに慌てて、どうかしたのか。」
エンマは、蓮花が息を切らしているのを見て言った。
「どうかしたのかって…。エンマのことが心配だったのよ!いきなり連れ去られて。今までどんなに待ってたと思ってるのよ。」
「ハハ、相変わらずだな、蓮花は。」
頬を膨らませている蓮花を見て、エンマは笑った。
「…うっ。」
突然、蓮花の目から涙がうるうると溢れ出してきた。
「お、おい…。何泣いてんだ?」
蓮花が泣いているのを見て、エンマは戸惑っていた。
「…良かった。」
蓮花は心から喜んで、嬉しそうに微笑みながら泣いていた。
その明るい表情を見て、エンマはほっとして、心の中が温かくなるのを感じた。
「なんだかおめえの顔を見たら、安心したぜ。」
エンマは、清々しく晴れ渡った空を見上げた。
「やっぱり、黄泉の国なんかより、ここはいいなあ。明るいしあったけえし、うまい食い物もあるしな。…蓮花、あのくそじじい…長老のアホの話を聞いたぜ。」
「え…。」
急に言われて、蓮花はどきりとした。
「あんなじじいの言いなりになんかならねえよ。何が根の国の王だ。誰がそんな所に行くもんか。蓮花も、あいつの言うことなんか気にすることはねえぜ。第一、俺とおめえが結婚なんて、ありえねえだろうが。どう考えても変だろ。俺が蘭丸に怒られちまう。」
「そうよね…。」
軽く笑いながら言っているエンマを見て、蓮花は、少し悲しいような、複雑な気持ちになった。エンマには、全くその気はないらしいとはっきり分かってしまった。蓮花にとっては、根の国がどうのこうのというよりも、そちらの話の方が気になることだったのだ。
「あっ、そうだ。エンマにも桜餅を作って食べさせてあげるから。桜餅、食べたことないでしょう?」
話題を変えるように、蓮花は明るく言った。
「ああ。何でも食うぜ。黄泉の国ではマズイもんをたらふく食わされたからな。あれはもうこりごりだぜ。」
「そうなんだ。じゃあ、張り切ってたくさん作るわね。そうそう、その黄泉の国の話もあとで聞かせて。それに…あの女が誰だったのかも…。」
「ああ、夜鬼のことか。あいつは、黄泉の国の王なんだ。あれでもババアなんだぜ。何百年も生きてるんだとよ。あいつには、ひでえ目に合わされたな。」
「ふうん…色々あったみたいね。」
改めて蓮花はエンマを見て、以前とはどこか違う雰囲気が漂っているのを感じた。
エンマは、相変わらず強気ではあるが、それがただの見栄ではなく、体中に自信が漲ってみえた。そして以前見た紫の光の、不思議な雰囲気がどこかにあって、それが他を圧倒するほどの、ただならぬ凄味を感じさせ、またそれが、ますます強く蓮花の心を惹き付けるのだった。
「蓮花、どうしたんだ?兄貴をじーっと見てさ。」
フータに言われて、はっと蓮花は我に返り、エンマから目を逸らした。
「な、何でもないのよ。大変だったのね。」
誤魔化すように言って、蓮花は下を向いた。
「じゃ、私は先に行って桜餅を作ってるからね!」
そう言って、ばたばたと蓮花は駆けて行ってしまった。
「なんだ。そんなに急がなくてもいいのにな。」
エンマはフータを見て言った。
「兄貴。蓮花はずっと兄貴が帰って来るのを待ってたんだ。おいらも兄貴を待ってたけど、いっぱい泣いちまった。けど蓮花は毎日毎日、悲しいのを我慢して笑ってたんだ。おいらは知ってんだ。蓮花は皆のいない所で一人で泣いてた。だからおいらも泣くのはやめた。そんで、修行しようって決めたんだ。」
「そうか…。」
気の強い蓮花が人知れず泣いている姿を想像して、エンマは、遠ざかって行く蓮花の後ろ姿が、急に寂しそうに見えてきたのだった。
蘭丸の家に戻ってから、エンマは蓮花の作った桜餅をご馳走になった。
縁側に、蘭丸もフータも皆並んで座り、午後の安らかな一時を過ごしていた。
「エンマは、甘いものが好きじゃないって言ってたでしょう。だから、甘さを抑えて作ってみたんだけど、どうかしらね。」
「ああ、うまいぜ。こういうものは食ったことがねえから、珍しいな。蓮花は…なんつうか、よくこんなのが作れるもんだな。」
エンマは桜餅を頬張りながら、いつになく優しい調子で言った。
「何それ、褒めてんの?エンマのくせに、なんだか変よ。」
蓮花は盆を両手で抱えて、照れたようにしてぷいと後ろを向いた。
「ハハ…。俺は褒めたりすんのが苦手だからな。」
エンマはむしゃむしゃと桜餅を食べ続けていた。
蘭丸は黙って、何か考えているようだった。
「ねえ、黄泉の国って、一体どういう所だったの?」
蓮花がエンマに聞いた。
「黄泉の国には夜鬼の住んでるすげえ立派な屋敷があってな。そこはまあいいとして、地下がひでえんだ。汚ねえしくせえしもう最悪な所でな。そこに俺は閉じ込められて、妖力を抑える修行を何か月もやったんだ。」
「何か月も?じゃあ、その間、そんな所で何を食べてたの?」
「それが足のいっぱい生えたきもい虫やら、ぐちょぐちょした変な芋虫みてえなのとか…。」
「いやあっ!」
蓮花が顔をしかめて、嫌悪感を露わにした。
「イモムシ?芋が虫なのか?」
フータはそれを聞くと不思議そうな顔をして、何やら想像しているようだった。
「とにかく気持ち悪くて汚ねえ生き物なんだ。そんなもんを俺は食ってたんだぜ。」
エンマは思い出しても吐き気がする、といった面持ちだった。
「でも、そんな所に何か月も一人でいて、気が変になったりしなかったの?」
「一人じゃねえ。柘榴って奴がいたんだ。そいつのおかげで、俺の修行は随分はかどったな。あいつがいなかったら、俺は帰って来れなかったかもしれねえな。」
「柘榴…。」
「そいつと一緒に地下世界を探検したりな。でっかい怪物みてえな魚と闘ったり。おかしくなったといやあ、変な茸を食っちまって、恐ろしい幻覚を見たりもしたな。あれはきつかった…。」
「どんな幻覚を見たの?」
「俺が蘭丸を殺して、お前ら皆に白い目で見られたんだ。」
「ええっ!それは嫌な幻覚ね!」
「…エンマ、まさか俺がお前に殺されるとはな。」
唐突に蘭丸が話に入ってきた。
「いや、今は幻覚を見たって話だ。」
「お前の願望なんじゃないだろうな。」
冗談めかして蘭丸は言った。
「んなわけねえだろ。見たくもねえ幻覚を見せられたんだ。」
「…ねえ、エンマ。その柘榴って…、女の姿をしてなかった?」
「よく分かるな。確かに女だったぜ。なんで蓮花が柘榴のことを知ってんだ?」
「古い本に載ってたの。大昔、死んだ女の人の名前よ。この世界の始まりの時代に生きていたんだって。まさか本当に黄泉の国にいたなんて…。」
「へーえ。あんな姿でも、やっぱりババアなんだな…。」
「どんな姿だったの?」
「最初は化け物みてえな姿だったんだが、そいつは気を食うっていうから、俺が妖力を出して、無駄に溜まった妖気を柘榴が食って、それで俺は妖気で狂うこともなかったんだが、そうやってたら柘榴の姿が若い女の姿に変わったんだ。」
「あの夜鬼って奴みたいな?」
「いや、それより若かったな。蓮花くらいだ。」
「ふうん…。」
「おかしな奴だったけど、寂しそうだったな。あんな暗い所に一人で住んでて。」
エンマは、柘榴のことを思い浮かべながら、ふと柘榴の言っていたことを思い出し、何気なく蓮花を見た。
目の前に座っている蓮花は、柘榴と違い、健康的な、明るい輝きに満ちていた。
こうして改めて見ると、蓮花は、太陽の下で花開く桜のように綺麗だと思った。
「な、何?」
蓮花が、エンマの視線に気付いて、頬を染めた。
「いや…。」
なんだか決まりが悪そうにして笑って、エンマは空を仰いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます