心で君を抱きしめる
Vanilla 69
第1話 神様、僕は迷える子羊です
ここは湘南。海を見下ろす小高い丘にある教会。夕陽を背に受けて、高校2年生になった高梨聡太と藤村香澄が祭壇の十字架に向かって手を結び、お祈りをしているところだ。
「神様、僕は迷える子羊です」
「ふぅーん」
「駄目な人間です」
「そうなんだ」
聡太が祭壇の十字架を見つめたまま、静かに香澄に語りかける。
「香澄ちゃん、福音書ルカ15章4節を知ってるよね。神様は、たとえ自分から離れた人であっても、罪を悔い改めて帰ってくるなら、喜んで迎えてくれるんだよ。神様は百匹の羊のうち一匹を失ってしまったとしたら、九十九匹を荒野に打ち棄てて、失われた一匹が見つかるまで、それを探し求めてくれ」
「くれないでしょ、神様なんていないから」
聡太の言葉を遮り、香澄が静かに言った。その言葉を聞き流し、十字架に祈り続ける聡太。
『知ってる。でも、うち教会だし、父さんは牧師なんだけど』と思う聡太。面倒くさ、、おなか空いたね、と微笑む。
聡太も香澄も、ここ『えぼし教会』で洗礼を受けたプロテスタント信者だ。とりあえず、家庭の事情もあって、二人とも敬虔な信者を装っている。
『そうだよな、僕は僕でしかないからな、悔い改めても仕方ない』。聡太がちょっと人と違うって気づいたのは保育園に通い始めた頃だった。
「えっ?男の子を好きになったら駄目なの?香澄ちゃんは良いのに、僕は駄目?どうして?変だよ、おかしい、絶対おかしいよ」
「おかしいよ。男の子は女の子を好きにならないと、神様に嫌われるんだよ」
保育園に通うまで、香澄ちゃんと二人で遊んでいたときは気付かなかったが、集団生活が始まると、僕は男の子で、香澄ちゃんは女の子に分類されてしまった。だから最初は、普通の男の子に戻してくれと真剣にお祈りもしたが、そのうち、『無理、どうでもいいや』と思うようになった。
二人が教会の扉を開くと、海に溶けこむ夕陽が世界をオレンジに染め上げていた。
「聡太、いい加減にカムアウトすれば?」
「しないよ、するわけないだろ」
もう、恋なんてしない。僕は生涯を神様に捧げるつもりだ。神様を信じているとかいないとかなんてどうだって良い。
「僕はここで生涯心静かに暮らすつもりだ」
「無理だと思うよ、聡太には」
香澄の髪をオレンジの風が梳かして流れてゆく。『だって、皆んなの天使じゃない、聡太は』と微笑む香澄。眩しすぎる16歳の二人のために、また朝は訪れる。
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