第16話 激昂


 風を切り裂くようにおれは大空へと舞い上がった。巨大なドラゴンの背中を眼下に捉えると狙いを定めて体勢をひっくり返す。そして魔力を全身に込め左右の剣で幾度となく切りつけた。


「くっ、硬い……」


 おれの剣は黄金の鱗にことごとく弾かれた。ドラゴンは悠々と身を翻しながらおれに向かって大きな口を開いた。


「回避しろ! ヴァレント!」


 物見櫓ものみやぐらに移動していたアンクバートが矢を放つ。おれが飛び退くのと同時にドラゴンの目の前で大爆発が起きた。ドラゴンが顔をのけ反らせながら大きく羽ばたいた。立ち込めていた煙の中からドラゴンがぬっと、ほぼ無傷の顔を覗かせた。


「ちっ! 全然効いちゃいねぇ!」


 アンクバートは舌打ちをしながら次の矢をつがえていた。一旦地上に降りたおれがもう一度飛ぼうとした時、プルジャがおれを呼び止めた。


「待って。光の輪っかアネルダリュム


 いつもより大きな光の輪から現れたのはワイバーンの死霊だった。尻尾が切れ翼はボロボロだったが、そのワイバーンは力強い咆哮を上げた。


「その子が一番飛ぶのが早い。振り落とされないようにして」


「ありがたく使わせてもらう」


 おれが背にまたがると、すぐさまワイバーンは二度三度と羽ばたき弾かれるように空へと舞いがった。そしてドラゴンの遥か上まで上昇すると、太陽の光を背に受けながら一気に滑空していく。


 こちらに気づいたドラゴンが激しい炎を噴いた。渦巻く火柱を掻いくぐりながらワイバーンはドラゴンの懐へと突っ込んで行く。


激昂ラビア


 おれは狂乱バーサク状態を更に一段階引き上げた。筋肉が引き裂かれるように膨張し魔力が全身を駆け巡る。まるでそれに比例するかのように、思考が混濁し意識が飛びそうになった。狂い始める自我を押し留めながらおれは剣を振るった。


「グギャアアアアーーー!!!」


 ドラゴンの脇腹から鮮血がほとばしった。硬い鱗を砕き割りながら鋭い剣先がその身体を切り裂いていく。苦しみ悶えるように巨躯きょくをよじり、ドラゴンが辺り構わず炎を噴き散らかした。


 王都の建物が、そして城壁が爆風に吹き飛ばされ崩れ落ちる。瓦礫を飛び越え数多の魔物達が押し寄せる波のようになだれ込んできた。





「早く逃げてーっ!」


 私は両手をかざしたまま騎士達に向かって叫んだ。王と王女を守りながら騎士達は城の外へと走り出した。


風切りコルタベント


 ロディが放った風魔法で死霊達が次々に一刀両断されていく。風の刃が壁や柱を鮮やかに切り倒しながら逃げる一行へと迫った。


氷壁ムルデゲル!」


 ぎりぎりの所でアジュダが防御魔法を展開した。氷の壁に阻まれた風の刃は勢いを失い霧散していく。


火の鳥オーデフォック!!」


 間髪を入れずにアジュダが火魔法をロディに向けて放った。彼女の魔法属性は火と氷。例え賢者であろうとも彼女と一緒に戦えば倒せるかもしれない。


「ふん。氷壁ムルデゲル


 だがロディは余裕の笑みを浮かべながら氷の壁を目の前に張った。炎の塊は氷と共に砕け散り、いとも簡単に相殺される。


雷光の槍トロナダ


 ロディが伸ばした手から稲妻がほとばしる。光り輝く閃光がアジュダの右腕を一瞬で貫いた。


「キャアアアーー!!」


 激しい衝撃でアジュダは壁に吹き飛ばされ体を強かに打ちつけた。腕からは血が滴り落ち、肉が焦げるような匂いがあたりに立ち込めた。


「アジュダっ!!」


 腕を押さえながらうずくまるアジュダに私は駆け寄った。すぐにでも治してやりたいが今の私にはそれが出来ない。


「はっはー! どうした? 聖女ならばそれくらいの傷は簡単に治せるだろう?」


 私はロディを睨みつけながらゆっくりと立ち上がった。不敵に笑うその顔が、長く苦しかった日々を私の心に蘇らせた。怒りが、憎しみが激しく燃え上がる。例えここで死に絶えようともあいつだけは絶対に許さない。



悪魔憑依トランスディアブラ



 足元に血が滲んだような魔法陣が浮かび上がる。


 地の底から湧き上がってきた漆黒の闇が私の体を包み込んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る