第6話 射抜かれる背信


 目を半眼にしながらこちらの様子を窺うリッチの顔は、かつての仲間に間違いなかった。


「知っている奴なのか?」


 リッチが宙に浮きあがり戦闘態勢を取った。アンクバートが弓を構えながらおれに訊いてきた。


「ああ。勇者パーティーを組む前の仲間だ。ロアーナという女の黒魔導士だった。なぜあいつがリッチに――」


「攻撃してくる」


 プルジャが隠れるようにおれの後ろに回り込んだ。低い唸り声を上げたリッチが両手を広げかすれた声で呪文を唱えた。


龍の息吹ドラクフラマ


 青い炎が渦を巻きながら迫ってきた。おれは剣に魔力を込め真横に薙ぎ払った。消し飛ばされたかのように青い炎が霧散していく。


「ありゃ火魔法か!? なんでリッチが人の魔法を撃てるんだ!?」


 アンクバートが後へと飛び退きながら叫んだ。リッチは所構わず次々と魔法を放っている。プルジャが背伸びをしながら少し大きな声を出した。


「勇者様、あいつのヘイトを集めて」


「おれにタンクをやれと言うのか? わかった、いいだろう」


 おれは剣を振って斬撃を飛ばす。リッチがこっちをギロっと睨み対峙するように姿勢を変えた。おれの背後にいたプルジャが手招きをすると、アンクバートが舌打ちをしながら彼女を抱え上げた。


影隠しオンブラ


 アンクバートが隠蔽魔法を掛けると二人の姿が消えていった。おれはリッチの注意を更に引こうと剣を構え接近した。あわよくば倒してしまえと切っ先をリッチの喉元へと向けた瞬間、青白い光がおれの視界いっぱいに広がった。虚ろな表情だったリッチの顔に生気が宿る。


「ロアーナ……」



 一瞬意識が飛んだかと思うと周囲の景色が変わっていた。


 おれは一目でわかった。これは十年前、ロアーナが死んだあの日の光景。


 ジュイリア王女の護衛をしていたおれ達パーティーは魔物の群れに急襲された。一頭の魔物が王女に襲い掛かる。それに一早く気づいたのはロアーナとおれだった。王女の盾となりその身を切り裂かれるロアーナ。わずかに遅れたおれの剣が魔物を仕留める。


 血まみれで倒れたロアーナにレベリオが必死に治癒魔法を掛けていた。その時おれはそれを呆然と眺める事しか出来なかった。



 再び青白い光が照らされる。その光と共におれの意識は途切れていった。





「ヴァレントはまだ戻らんのか!?」


 苛立ちを隠そうともせず王が叫んだ。横にいたジュイリア王女とモーファも険しい顔をしている。その時、王の間の扉が開き兵士が一人入ってきた。


「ヴァレント様がただいまご帰還されました!」


 兵士に続いてヴァレントが部屋へと入ってきた。彼の後ろにはアンクバートと見知らぬ少女。ヴェレントが一瞬ちらりと私を見たが微笑む間もなく目を逸らされた。三人は王の前へと進むと敬礼をした。


「陛下、ご心配をおかけしました。このヴァレントただいま戻りました」


 ヴァレントが頭を下げながら報告すると王の横に座っていたモーファが勢いよく立ち上がった。


「貴様! なぜ勝手な事をしたっ!? 理由を申せ!」


 激高しヴァレントに詰め寄るモーファを王がたしなめた。


「まあ待て。それでダンジョンの攻略はどうだったんだ?」 


「ダンジョンは無事攻略いたしました。主の討伐も完了しました」


 ヴァレントの言葉に王の顔は綻んだ。一方のモーファは不貞腐れたようにして椅子に腰を下ろした。ヴァレントはダンジョン攻略の報告を続けた。その間、私は見知らぬ少女が気になって仕方がなかった。なぜか妙な胸騒ぎを覚える。


 そしてその嫌な予感はヴァレントの言葉ですぐに現実のものとなった。


「今日は陛下にもうひとつご報告がございます」


 その場の空気がわずかに変わる。ふんぞり返るようにして座っていたモーファが怪訝な表情をして体を起こす。


「その報告とはなんだ? 申せ」


 王にそう言われヴァレントの視線が私の方へと向いた。


「我が妻レベリオとモーファ殿の不貞に関してです」



 まるで狙いを定めた魔物を見るかのように、彼の鋭い眼光が私を捉えた。





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