第2話 調査依頼


 束の間の沈黙。蝋燭の炎だけがちりちりと音を立てていた。その音色を打ち破ったのはアンクバートの痛快な笑い声だった。


「あーはっはっはー! 聖女を探れって? そいつは無茶だろヴァレントよ。なんだ? 夫婦喧嘩でもしたのか?」


「おそらくレベリオは浮気している」


アンクバートは一瞬動きを止め、目を細めながらおれを見てきた。


「おいおい、冗談はよしてくれ。勇者様の最愛の妻に手を出すなんて輩がこの世にいるかよ? もしかしておまえさん、幻覚の魔法でも掛けられてるのか?」


 アンクバートは椅子から立ち上がるとおれの方をじろじろと舐め回すように見てきた。挙句には禍々しい装飾が施された片眼鏡を机から取り出すと、眼帯をはめてない方の目に当ておれを覗き見た。


「おれは魔法にも呪いにも掛かってない。そんなものが勇者に通用するはずないだろう?」


 おれがむすっとした顔でそう言うとアンクバートは頭をぽりぽりと掻きながら椅子に座り直した。


「いや確かにそうなんだがな。ところで理由はなんだ? なぜレベリオの浮気を疑っている?」


「彼女がおれに嘘をついた」


「嘘?」


「ああ。昨日彼女は城に行きアジュダと会ったと言うんだ。だがおれも昨日はアジュダと会っていて、その時アジュダは城ではレベリオとは会っていないと言っていた」


「アジュダが嘘をついたという可能性は?」


「ないな。彼女が嘘をつく道理が見当たらない」


「だからといって浮気っていうのは飛躍し過ぎじゃないか?」


「じゃあなぜレベリオは嘘をついた?」



 唸り声を上げながらアンクバートは腕を組んだ。ちらりとおれの方を見ると大袈裟に溜息をついた。


「わかったよ。ただ相手は聖女だ。そう易々とは探れないからな」


「無論承知している。おれの方でもいろいろ調べてみる」


 アンクバートは再び溜息をつきながら煙管きせるに火を点けた。二度ほど煙を吐いた後、彼はなにかを思い出したようにおれに向き直った。


「そういや今度ダンジョン攻略に行くそうだな。おれも同行していいか?」


「構わんがたいしたダンジョンじゃないぞ? 強い魔物もいないし、面倒なアンデッド系が多いしな」


「だから行くんだよ。最近面白い奴を見つけてな。そいつも連れていく」


 アンクバートは企み顔をしながら煙を吐いた。


「もしかして死霊魔術師ネクロマンサーか?」


 不敵な笑みを浮かべながらアンクバートは頷いた。


「ああそうだ。今回の調査に役立つかもしれねえぞ」


「レベリオは聖女だぞ?」


「なにも調べるのはレベリオだけじゃない。浮気相手も聖職者なら別だがな」


「もしそうならおれは改宗するよ」


「そいつは間違いねぇ!」


 アンクバートはさも愉快な様子で笑っていた。おれはダンジョン攻略の日程が決まり次第伝えに来ると言い残し、古ぼけた屋敷を後にした。




 おれはその足で城まで行き、王の間へと向かった。途中、中庭を通り抜けているとレベリオの気配をわずかに感じた。本来城の中では魔法は禁じられているのだが、おれは咄嗟に隠蔽魔法をかけた。この魔法を見破れるのはそれこそアンクバートくらいしかいないだろう。レベリオの気配を辿るようにおれは中庭の奥へと進んだ。



 葉の生い茂った木々に隠れるようにしてレベリオは誰かと話しているようだった。にこやかに笑う姿はまるで恋人との逢瀬を楽しんでるかのように見えた。おれはその相手を確かめるために静かに足を運んでいく。


 後一歩横に動けば、と足を上げた瞬間、ほんのわずかな空気の揺らぎを感じた。これは光魔法の結界術。おそらくレベリオが張っているのだろう。一瞬だが彼女の目がこちらを向く。



 さらさらと草木を揺らす風が吹いた。レベリオがいつも身に着けている香水の香りが鼻腔をくすぐる。吹き付ける風と共におれはその場から姿を消した。







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