愛しい君へ

一ノ瀬シュウマイ

日本一のボーカリスト、HAYATO

「みんなー!アンコールありがとう!最後の一曲いくぞ!」


「キャー」


ファンのみんなは俺たちの曲を待ち望んでいる。

何度も聞き飽きたぐらいの黄色い声援…。

会場を埋め尽くす、夥しい数のペンライト…。

このドームのステージからの景色も何回見たことか…。


「次は、大阪!!!」


俺は叫ぶ。


「セルロース、最高だったよ!」


ファンのみんなは声援を送ってくれた。


こうして、今日のライブは終了した。

俺たち、バンドメンバーは会場が暗くなると同時にステージから楽屋へと移動した。


俺たちは、セルロースというバンド名で5年前にメジャーデビューした。それ以来、バンドは急成長しドームツアーをすればドームは満員、シングルをリリースすれば飛ぶ勢いで再生された。

俺はHAYATO、このセルロースのボーカルを務めている。


周りから見れば俺は順風満帆だと思われるだろうしかし現実は違った。


■■■


楽屋


「…」

「…」

「…」

「…」


いつもの光景だ。

メンバーは誰一人喋らない。

みんな、スマホをいじったり次のライブのセトリなんかを確認してる。

インディーズ時代はメンバーみんな和気藹々とし楽しんで楽器を弾いたり、歌っていた。

そして、ライブハウスの帰りお金がないながらもメンバー全員で飲みに行って一緒に日本一になろうなんてはしゃいでいた。


しかし、本当に日本一になると言葉で言い表せないほど多忙になった。そして俺がボーカルで仕事が多いのもそうだが全ての曲の作詞作曲をしているのでメンバー内での収入の格差が広がり軋轢が生じた。

その頃から、メンバー内での口数が減っていき今はあまり喋らなくなった。


そう、俺は子どもの頃からの夢「日本一のボーカリスト」とバンドメンバーみんなの夢「日本一のバンド」という夢を叶えた。


しかし、日本一からの景色はそんないいものではなかった。

高くて色々なものが見下ろせるがその景色は、ぼやけて霞んでいた。

俺は、こんな光景のために子どもの頃から頑張っていたのか…。


「お疲れ様」


俺はそう一言メンバーに言って楽屋を後にした。

こんな、息苦しい場所から早く立ち去りたかった。


今は、ツアー中で名古屋に滞在している。

なので自宅には帰れない。

俺は、予約してあるホテルへ向かう。

車の窓から外を見ると、まだ俺たちのバンドのファンのみんながグッズを持って笑顔で歩いていた。


その光景を見るたびにまだ頑張ろうそう思えた。


■■■


ホテル


俺は一人ベッドで大の字になってくつろぐ。

すると、スマホが鳴る。

確認すると、妻の愛香からの着信だった。


「もしもし、愛香か」

「もしもし、勇人ライブ終わり?」

「ああ、帰れなくて悪い」

「大丈夫。お疲れ様、あまり無理しないでね。」

「分かってる、かずきは元気か?」

「うん、かずきも待ってるよ。だから、無事に帰ってきてね」

「うん、じゃあ切る」


俺は、妻からの電話を切った。

妻とは、結婚5年目メジャーデビューしたと同時に結婚した。

そして、子宝にも恵まれかずきは今年3歳になる。

しかし、メジャーデビューして以来あまり家に帰ることはできず何もかも妻に任せきりだ、かずきにもだいぶ会えていない。


俺、こんなところで何してるんだ…。

妻も子供もほっといて…2人にして。

俺は、何がしたいのだろう…。



俺は、気分転換にバルコニーに出る。

そこからの夜景は綺麗だった。

その夜景を見てふと思った。


俺の目標は何なのだろうか。

日本一という目標は達成され目標という羅針盤を失った俺にはもう生きる活力などなかった。


俺は心身ともに疲れていた。


そして俺は気づけばバルコニーのフェンスに足をかけていた。

そして、そのまま夜景に吸い込まれるように落ちた。


落ちている瞬間はスローモーションのようにゆっくり地面が近づいてくる。


もう、楽になりたかった。

もう、何の悔いもなかった。


■■■


目を覚ますと、辺りが真っ白で果てしなく広い空間の一つの椅子に座っていた。


ここはどこだ。


そう思うと、後ろから優しそうなじじいが現れる。


「あなたは誰だ!俺はどうなったんだ!」

「私は、神様とでもしておこう。君は、ホテルのバルコニーから飛び降りて亡くなった」


本当に俺は死んでいた。


「じゃあ、ここはどこだ!」

「ここは、死者が無になるまで滞在する場所だ」

「そうか…」

「君の死から一晩明けた今世間では大ニュースになっているぞ。人気バンドセルロースのボーカルが自殺ってね。ツアーは中止。ファンと君の妻は悲しみに明け暮れている。君は大罪を犯したね」

「俺は、どうなるんだ…。地獄にでも行くのか…」

「そんなことは無い。ただ無になるだけだ。しかし、無になるまで暇だろうだから私が話相手を用意してやる」

「話し相手?」

「ああ、小学生の頃の君だ」


「え!?」

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