第四章 世界樹をさがして


1


一年中、花咲き乱れる街モーサント。

季節によって花の種類は変わるので、長く住んでいるとその違いも判るようになる。

俺の場合住んでいる訳では無いが、共同研究の為キャシーの屋敷へは良く来るから、花の香で季節を感じられるようになった。

うむ、俺も随分乙女チックになったもんだ(^^;

ただ、今日訪れたのはキャシー邸に用があっての事では無い。

そう、黄金樹、オフィーリアに逢う為に、王城を訪ねるのだ。

「詳しい事は後で話すけど、今日はどうしてもオフィーリアと話したい事があるから、案内頼めるかしら、ヨーコさん。」

いつものように、中央広場で忙しそうに遊んでいたヨーコさんに声を掛け、案内を頼む。

「あんたも律儀よねぇ~。あんたの能力なら、あたしなんか無視して勝手にお城にも入れるんでしょ?」

「……じゃあ、次からそうしよっか?」

「あ、違う、違う、そう言う意味じゃ無いの。律儀だなぁ、偉いなぁ~って、そう言う話じゃない。もう、意地悪言わないでよ。」

慌てて俺の顔の周りを飛び回るヨーコさん。

「まぁ、入れるか入れないかで言えば入れるけどさ。そこはメイフィリアへの敬意もあるし、ヨーコさんにも逢いたいし。」

「え、そ~お。やっぱあたしに逢いたいの?もう、しょうがないな~。」

照れるヨーコさんは可愛らしいが、ちょっとチョロ過ぎるぞ、ヨーコさん(^^;

そうして、いつものように肩にヨーコさんを乗せて、正門から王城へ入り、黄金樹の下へと向かうのだった。


ヨーコさんの案内でメイフィリアと面会し、事情を話して3人で中庭へと移動した。

世界樹そのものが金色をしているだけで無く、黄金色の輝きを周囲に放っていて、放射状に光の粒子が薄く見えている黄金樹は、いつ見てもこの世のものとも思えぬ美しさだ。

歩いて中庭へと至れば、巨大な黄金樹の枝が笠のように空を覆っていて、葉の隙間から漏れる陽の光も相まって、さらに美しさが際立つ。

そんな光景に見惚れながら、それではオフィーリアへ呼び掛けようかと思った矢先、突然視界が真っ白になって、いきなりオフィーリアの巨大な顔が目の前で叫ぶ。

「どー言うつもりだ、クリムゾンッ!」

「わっ、吃驚した。」

怖い顔で睨み付けるオフィーリアだが、一体何の事やら……。

「どー言うつもりも何も、何の話だ。俺はまだ、用件も話しちゃいないだろ。」

オフィーリアとの再会は本当に久しぶりなのに、何が何やらさっぱりだ。

「……ふぅ、まぁ、大人しいようだし、事情くらいは聞いてやろう。」

そう言って、オフィーリアは身を引いて、全身が見える位置へと移動する。

……あぁ、そう言う事か(--;

「……四重に結界を張って封じているのに……、オフィーリアには判るんだな、こいつが……。」

そう、闇の神の欠片だ。

「……私は、神代の時代から黄金樹を護り続ける守護精霊。言ってみれば、数少ない原初の精霊そのものに近い存在だ。つまりは、神に近い存在であり、お前と共にあるそれは……、正に神ではないか。」

「考えてみれば、オフィーリアは黄金樹の為に永く眠りに就いているのだし、アーデルヴァイトの歴史には詳しく無いか。」

「む……、だが、初代女王を始め、歴代の巫女たちと意思の疎通をする為に、何度も目覚めているからな。そこまで無知では無いぞ。」

「それじゃあ、こいつ……、闇の神が本当なら今、アストラル界の魔界で悪魔と呼ばれているはず、とかは判るのか。」

「馬鹿にするで無い。それくらいの事は当然知っている。」

「なら、説明は俺がどうやってこいつを拾ったのか、そこからで良いな。今日はオフィーリアに大事な話がある。それしかメイフィリアとヨーコさんには話していないから、ふたりにも一緒に聞かせてやりたいんだが……。」

そう語り掛けた瞬間、俺は元の中庭にいた。

「……では聞かせて貰おう。心で念じれば、私とお前、そしてメイフィリアとヨーコの4人のみで、秘密の会話が可能だ。……他の者に聞かせたくは無いからな。」

「あぁ、判った。それじゃあ聞いてくれ。まずは半年前、俺が東の海の底に潜ったところからだな。」

そうして俺は、名も無き光の神との邂逅と闇の神の欠片を入手した経緯、裏アーデルヴァイトへと至り、そこで世界神樹と出逢った事を、心の中で説明したのであった。


「……しん……じられません。いえ、クリムゾン……ルージュ様が嘘を言っていると言いたい訳では無く……。」

「判るよ、メイフィリア。俺だって、冷静に考えれば信じられないような話だ。ただなぁ、ここに闇の神が実際にいて、世界樹たちを救わなくちゃ世界が危ないんだから仕方無い。」

う~ん、う~ん、とヨーコさんは、懸命に理解しようと頑張っている。

微笑ましい光景に、心が安らぐ。

「ヨーコさんがいて、本当に良かった。」

「ちょっ!いきなり何?!また褒め殺す気?!」

「あ、ごめん。つい思った事が伝わっちゃったな。念話ってのは扱いが難しいな。」

顔を真っ赤にしながら照れまくるヨーコさんを見て、俺とメイフィリアが笑顔になる。

心做しか、オフィーリアの表情すら和らいだ気がする。

「しかし、よもや世界の裏側がそんな事態になっていようとはな……。クリムゾン、お前の責任は重大だぞ。」

「あぁ、嫌だけど判ってるよ。本当は、俺の性分じゃ無いんだけどな。」

「それで、具体的にはこれからどうするのだ。」

「あぁ、オフィーリアに聞きたいのは、こちら側の世界神樹についてだ。明らかに、世界神樹ってのは別格だった。黄金樹の存在感すら霞むほどに。アーデルヴァイトが表裏一体の双子大陸なら、あの世界神樹だけが世界で唯一の存在って事は無いだろ。きっと、こちら側にもいるんじゃないかと思ってさ。」

「なるほど、世界神樹か。あぁ、あるぞ、こちら側にもな。いや、正確には、あるはずだ、かな。私は黄金樹の守護精霊だから、ここから動けない。だから、逢った事は無いからな。」

「そうか。……その前に、もうひとつ良いか?」

「ん?何だ。」

「俺は、ニホンのアオキガハラでも世界樹に逢った。穢れの所為で枯れ掛けていたけど、黄金樹とはまるで違った。もしかして、と言うか、オフィーリアが守護するくらいなんだから、黄金樹も特別な世界樹なのか?」

「おお、そうか。黄金樹については、何も話していなかったな。あぁ、特別だよ。世界の中心の樹だからな。世界神樹が世界樹や龍脈の源流に当たり、しかし世界は広いから、黄金樹が中心からさらに龍脈の流れを世界に行き渡らせている。世界中に世界樹は数あれど、世界神樹と黄金樹は1本ずつだ。」

なるほど。実際、バッカノス王国は中央諸国に位置するし、ビジュアルからして特別だもんな。

「しかし、聞いた限りでは、裏側の黄金樹はすでにこの世に無いのだろうな。裏世界の中心は、特に戦乱激しかろう。」

まだ残り5本の世界樹たちの場所は確認していないが、確かに望み薄だよな。

中心を司る黄金樹が健在なら、もう少しマナ濃度も保たれてそうなもんだ。

「それで、こちら側の世界神樹ってのはどこにいるんだい?エルムスでは、それらしい姿は見掛けなかったからな。」

「ふむ、正に表裏一体だな。裏の世界神樹が神の国にあらば、こちらの世界神樹はその逆だ。」

「おいおい、それってまさか……。」

「あぁ、北の山脈を越えた先、魔界のさらに奥に世界神樹は存在する。」


2


次の目的地が北方と判明したので、折角だからジェレヴァンナの森へも立ち寄ってみたが、思った通りこの森にも世界樹が存在した。

以前は特に世界樹に興味など無かったから、スニーティフたちに訪ねたり、自分で森を探索などしなかった。

しかし、元々世界樹って奴は、精霊界に程近い環境を好むようなので、この森に生えていても不思議じゃ無かったんだよな。

もちろん、森を大切にするエルフたちだ。ジェレヴァンナの森の世界樹は健康そのもので、結界もあって外から人間が入って来る事も無いから安心である。

俺は事情の説明をした後世界樹を託し、そのまま北上を再開した。


10年前帝国を訪れた時は、季節が初夏だった事もあり世界は白く無かったが、今は2月になったばかり。

風の結界のお陰で寒さは感じないが、眼下に広がる雪景色に思わず身震いしてしまう。

魔界の地形など知らないが、比較的大きな気配は帝国のさらに北方から感じられたので、ジェレヴァンナの森を北上したトリエンティヌス方面の間道では無く、対帝国の要衝であるデュカリス砦を抜けた間道を辿り魔界を目指した。

魔族も俺同様空を飛べる訳だが、間道が雪に埋まっていると、物資の輸送には難儀している事だろう。

魔法の力があっても、やはり冬場は戦がしにくそうだ。

確かグリフォンのグルドは、魔界防空隊魔獣部隊の一員とか言っていたな。

いくつか空に魔族の気配も感じるが、防空監視に怠り無しか。

神族ならともかく、人間族が空から襲撃して来る事はまず無いだろうが、一応人間族国家にも、ペガサスを軍馬として調教したペガサスナイツ(天馬騎士団)なんてのはいるそうだ。

同じく、ワイバーンを調教したドラゴンナイツ(飛竜騎士団)なんかもいるそうだし、万が一を考えれば気は抜けないか。

俺は一応オルヴァの勇者として招喚された身ではあるので、その気は無いが討伐対象である魔王様を見物しようと思ってる。

ついでに、アスタレイに対するサプライズにもなれば面白い。

そう思い、少し意地が悪いかも知れないが、ちゃんと気配を殺す。

だから今、新型フライで飛びながらしっかりステルスも展開中。

三重詠唱があるから、飛びながら魔法込みのパーフェクトステルスが可能だ。

本当は、アスタレイに事情を説明し、魔王様への紹介や世界神樹への案内を頼んだって構わないんだ。

しかし、つい悪戯心が頭をもたげてしまう(^^;

まぁ、アスタレイが今、魔界にいるとは限らないけどな。


神の国とは違い、山並みは途切れる事無く、魔族たちの生活領域は比較的平らかで狭い土地が歪に組み合わさった、パズルのような形をしていた。

そして、実りを得る為に、平地は田畑として耕す事が優先されるのだろう。

住居は斜めになった土地や山の中腹辺りに点在し、耕作の為農地に降りて来るにもひと苦労しそうだ。

何しろ、魔界に住んでいる者の多くはレッサー種だから、何かしらの障害を抱えている。

もっと全体的に平らかで、気候にも恵まれた土地であったなら、彼らも楽に生活出来たろうに。

ただ、想像より非道くは無いとも思った。

それは、思った以上に雪深く無いからだ。

空は時折吹雪くくらいなのだが、不思議と雪は積もっていない。

全体的には積雪を見るのだが、平らかな農耕地は今の季節でも地面が顔を出している。

ちゃんと実りが得られている。

土地の狭さは如何ともしがたい為充分な収穫量とは言えまいが、それこそ10年以上前のエーデルハイトとは違い、喰う分には困らないだろう。

多分だが、これは世界神樹の恩恵ではないだろうか。

確かに北方極寒の地であるが、龍脈の源流が近く土地の力そのものは強いとなれば、エルムスとは比ぶべくも無いが、人が生きて行く環境として劣悪過ぎるとも言えない。

魔族にとっての、不幸中の幸いだったのかもな。

これが向こう側だったら、世界神樹は南にあるんだから、きっと人が住む事など到底出来無いほどの、過酷な環境だったろう。


そんな国土事情からか、魔王城と思しき城塞は、山を利用して作られた天然の要塞だった。

山肌に洞窟を穿ち、内部を住居とした構造で、山頂部だけは人工的な建物となっており、そこに魔王がいる謁見の間も存在するようだ。

この魔界において、突出した気配がみっつ、そこに見出せた。

ひとつは言わずもがな魔王様だろう。

もうひとつはアスタレイ。今は魔王城に帰還しているようだな。

さらにもうひとつ……、アストラル感知が優秀過ぎて、サプライズにならないな(-ω-)

とは言え、現代日本人、且つファンタジー畑の古参ゲーマーとしては、想像が付いていた。

きっといるよな、って。

まぁ、取り敢えず、折角だから気付かぬ振りして、まずは魔王様だ。

気配の近くから城内へと侵入し、そのまま謁見の間と思しき部屋へ。

現在、扉は開け放たれた状態で、数十人の魔族が魔王様を前に軍議でも開いているようだ。

長老のような出で立ちの魔族が数人、他に幹部らしき、将軍らしき姿の魔族が数人、後ろに控えるようにしている魔族たちは、それぞれの配下たちだろうか。

謁見の間の一番奥、巨大な紋章とそれを幕のようにカーテンで飾り付けた壁の前、荘厳で威厳に満ちたこしらえの椅子に座するは、黒い肌に金髪が映える、まだ若い魔族だった。

椅子に深く座り、胸の前で腕を組み右手で顎に触れ、もう一対の腕が肘掛けに置かれている。

その頭上には冠を頂いており、若い癖に横柄な態度が許される理由を示していた。

彼が魔界の王、魔王様その人だ。

俺は謁見の間中央をそのまま進み、魔王様の横へと移動して、腰の得物を抜いて魔王様の首へ……。

サイレントキルを発動しますか?[Yes|No]

もちろんNoだが、今の俺なら魔王様も簡単に暗殺出来そうだ。

下手すりゃ、魔王様が死んだ事に周りの誰もが気付かぬ内に、この場を去る事すら可能かも知れん。

俺にその気は無いが、魔王を倒す事自体、そこまで難しい事では無いのかもな。

Lv50の壁を越え、さらなる高みを目指しているクリスティーナとライアンが手を組んだなら、魔界に乗り込み魔王を倒す事は充分可能に思える。

過去のオルヴァの勇者たちは、言い伝え通り魔王を倒していた、と考えて間違いあるまい。

……だが、100年ごとに魔王は倒されるが、未だに魔族は滅びていない。

そう、魔王は100年ごとに倒されてはいる。

しかし、それで魔族が滅びるで無し、世界が救われるで無し。

魔王討伐なんてものは、とんだ茶番である。

さて、これで魔王見物も済んだ事だし、ご挨拶でもしておこうか。

俺は得物を鞘に戻してから、その場でステルスを解いたのだった。


3


いきなり現れた人間の気配と姿に、魔族幹部のお歴々がざわつき、こちらに敵意を向ける者もいたが、それを魔王様が制した。

それを確認し、俺は横の魔王様に語り掛ける。

「私は、神聖オルヴァドル教国に三番目の勇者として招喚された、元勇者イタミ・ヒデオよ。今はこんな姿をしてるけどね。」

わざわざ魔王様に会いに来た人間族、となれば、この自己紹介が相応しいだろう。

「だけど、出奔勇者だしね。別に、魔王様を倒して世界を救おう!なんて馬鹿な事は言わないわ。……やろうと思えば、今出来たし。」

再び幹部たちがざわつくが、魔王様は動じない。

俺は、魔王様の横から歩き出し、正面に回って片膝を突く。

「魔王様、貴方は立派な魔王だけど、ただの魔王。異世界人である私は、こんな風に思うの。貴方の後ろには、大魔王様が控えてるんだろうなぁ、ってね。」

そう、さっきサプライズ失敗で感知しちゃったのは、魔王様もアスタレイも超える最強の魔族の気配。

魔王を超える魔族なんて、もう大魔王しかいないよな(^^;

お歴々方は、さらにざわついている。

中には、大魔王と言う存在を、知らない幹部もいるのだろう。

「ただね、100年ごとに招喚される勇者って、皆私と同じ異世界人なのよ。喚び出される時代や国によるのかも知れないけど、多分他の異世界人たちもその事には気付くでしょ。となると……。」

ここで初めて、魔王様が反応を見せた。

「……何が言いたい。」

その問いに俺が答えるより早く、別の動きがあった。

「もう良い、魔王よ。我が出る。」

その言葉に、玉座から立ち上がる魔王様。

魔王様が脇に避けると、その後玉座に新たな影が立ち上る。

身の丈3mほどもある、黒い影。

それから感じる威圧感は、魔王様のそれを遥かに上回る。

俺がアストラル感知で探り当てた、魔界最強の気配の持ち主。

「我こそが、魔王を超える者、全ての魔族を統べし者、大魔王である。」

一斉に畏まる幹部たち。

中には、初めて大魔王を見る者もいたのだろう。

畏まる事すら忘れ、呆然とする者もいる。

「元勇者、で良いのかな。それで、何が言いたい。」

俺は、敢えて軽い口調で言ってのける。

「魔王様は討伐対象としてのお飾り。充分強い必要はあるんだけどね。そして、大魔王様すら、異世界人用のお飾り、って可能性もあるかな、って話。」

しばらくの沈黙。

後、大魔王様から反応があるかと思いきや、喧騒は謁見の間の入り口の方から起こった。

誰かが笑ったのである。とても楽しそうに。

魔族たちが左右に割れて行き、入り口と玉座を結ぶ直線から、人影が消える。

後には、大魔王様と、俺と、入り口方向から歩いて来る男が1人。

「あ~、はっはっはっはっは、やっぱり面白いな、ルージュ。まさか、そこまで見破るとはな。」

そこにいたのは、当然アスタレイである。

「お久しぶり、アスタレイ。お互い元気そうで何より。でも、確かに貴方はただの魔族なんかじゃ無いとは思ってたけど、その口振りじゃ……アスタレイが真の大魔王様、と言う事なの?」

「いいや、そんな大層なものじゃあ無い。古代竜の島では直接俺が戦うところを見てねぇだろうが、それでも俺の実力は判るだろ。俺は弱いんだ。まぁ、お前のお陰で、そこにいる魔王様よりは強くなれたけどな。」

「アスタレイ様、何も貴方がお姿を現さずとも。」

「本当にお前は真面目だな、ディートハルト。良いんだ、こいつは。ミザリィ、お前も正体現して構わないぜ。」

そう言われたミザリィこと大魔王様の姿は、一瞬にして掻き消える。

巨大で威圧的な黒い影が消え去った後には、ぷかぷかと宙に浮かぶ、ゴシック&ロリータに身を包んだ人間で言えば10にも満たない容姿の悪魔っ娘。

「アスタレイっ!お前が出て来たら、我の立場が無いであろう。それに、折角威厳たっぷりに演出したのも台無しじゃ。」

ぷりぷりと怒るお子様大魔王ミザリィ。

いや、貴女体中から漏れ出す魔力隠す気無いから、それに中てられて倒れそうな幹部もいるぞ(^^;

「まぁ、そう怒るなよ。これはな、言わば誠意って奴さ。ルージュがその気だったら、ミザリィ、お前も含めて、俺たちは全員やられちまう。だから、下手な隠し立ては、むしろ逆効果だと思ったまでさ。」

……まぁ、倒した訳じゃ無いが、俺が闇孔雀を真なる魔界へ還した事にはなるからな。

それを踏まえれば、俺と戦うなんて選択肢は無いだろうな。

「ふんっ、悔しいがそのようじゃな。此奴を相手にするくらいなら、神族の領地に殴り込みを掛ける方が、よっぽど気が楽じゃ。」

ふむ……、残念だけど、オルヴァドルの方が強いかも。

しかし、最強の神族は心が子供で、最強の魔族は体がお子ちゃまか(^^;

偶然とは言え、おかしな取り合わせだな。

「それで、ルージュ。魔王は見逃した。わざわざ姿を晒した。俺たち魔族を根絶やしにしよう、なんてつもりで来た訳じゃ無いんだろ。」

「当たり前よ。私は、貴方から魔族について聞いた。貴方たちエリート種を、むしろ尊敬してるくらいよ。今日は事のついでに、私がアーデルヴァイトに招喚された目的である、魔王様を拝んでみようと思っただけ。」

「ははっ、魔王見物か。簡単に言ってくれるが、ここまで入り込める奴なんて、本当、お前くらいだぜ、ルージュ。」

「それはそうと、アスタレイ。貴方真の大魔王じゃ無いって、どう言う事?」

「うん?まぁ、そう言う言い方も出来るが、俺は最強じゃ無いからな。敢えて言うなら、最長老、ってとこだ。」

「最長老?充分重要人物じゃない。そんな人が、前線に出て行ってるの?危ないじゃない。」

「全くです。」「全くじゃ。」

魔王と大魔王が口を揃える。

「五月蠅ぇ、俺は、そう言う堅っ苦しいのが嫌いなんだよ。」

それはまぁ、俺も良く判るが。

「俺は単に、神と悪魔が相討ちでいなくなった頃、人間族や神族から闇の者どもを守る為に、魔族としてまとめ上げた奴らの、最後の生き残りってだけさ。」

ざわつく幹部たち。

「ま、まさか、始祖様たちがまだ生存されていたとは……。」

「アスタレイが始祖様のおひとり?そんな馬鹿な……。」

おっと、場が混乱して来たぞ。

さすがに、この辺の事情はトップシークレットで、この場にいる幹部たちの多くは知らなかったようだな。

アスタレイの年齢には、規制が掛かっていたもんな(^^;

「静まれ、この馬鹿どもが。」

ミザリィが一喝、それだけで幹部たちは静まり返った。

さすが大魔王様……、見た目はゴスロリ幼女だけど(^^;

「永く生きているからな。一応、魔族の最終意思決定者って事で、徹底的に秘匿されて来たんだ。俺の命令をディートハルトが幹部たちに伝え、魔王として矢面に立つ。いざと言う時の後ろ盾として、最強魔族たるミザリィが大魔王として控える。」

「そして貴方は、自由気ままに旅の空、ね。」

ぼりぼり頭を掻いて、ばつが悪そうにするアスタレイ。

「いや、まぁ、堅苦しいのが嫌いなんだよ。それにな、本当に俺は偉くなんか無いんだぜ。最後のひとりになっちまったが、元々俺はただの一兵卒だった。神代の戦いで死なずに済んだのは、単に運が良かっただけだ。1万年以上生きて来て、修行にだって励んで来たのに、お前と出逢う前はディートハルトよりも弱かった。本来、あんまり戦闘向きじゃ無ぇんだろうな、俺は。」

……確かに、1万年以上修行を積めば、壁の向こうでもかなり強くなれるはず。

初めて逢った時、俺はまだまだ成長途中で、いくらプロレス勝負だったとは言え、アスタレイが大魔王を超えるほどの強さだったら、とてもまともにやり合えはしなかっただろう。

だけど、アスタレイはやっぱり特別なんじゃないかな。

ジェレヴァンナもドルドガヴォイドも、もうじき物質体が死期を迎えようとしていた。

それに対して、1万歳を超えるアスタレイの物質体は、壮健そのもの。

単純な強さとは違う才能が、アスタレイには宿っていたんじゃないだろうか。

「それで。結局、何の用なんだよ。」

「あぁ、そうだったわね。……場所、変えましょうか。貴方の年齢並みに、あんまりたくさんの人に聞かせたくない話だから。」

「……判った。奥の間へ行こう。ディートハルト、ミザリィ、一緒に来てくれ。悪いが、古老たちはここにいる奴らに、改めて説明と口止めを頼む。」

「し、しかし、アスタレイ様……。」と、古老らしき年嵩の魔族が困惑して声を掛ける。

「話の内容次第で、お前たちには後で話すさ。まずは、魔王と大魔王、そして死に損ないの俺が、代表して話を聞くだけだ。」

「は、はぁ……。」

「俺は納得行かねぇぞ、アスタレイ隊長っ!」

古老が引き下がろうとしたところ、逆に進み出て声を上げた魔族がひとり。

重装備の身なりからすると、前線に出て戦う将軍のひとりだろうか。

「たかが人間ひとり、何故魔王様がいて素直に従わねばならん!しかも、大魔王様と言う最強のお方もいるとは何とも心強い。貴様が戦えぬと言うのであれば、俺様が変わりにそいつを倒してやろう。」

「……ティニウス、お前大魔王様の魔力に怯まないのは大したもんだが、相手の力量も測れないのか?……それとも、俺に力で追い抜かれ、焦ってるのか?」

「五月蠅いっ!一度俺に勝ったくらいで、良い気になるなよ!確かに、Lv40の勇者など並みの人間では無かろう。だが、我らの敵ではあるまい!」

「おまっ、それ……、はぁ、ルージュ。一応こいつは、最前線を任せられる魔族軍の要でな。お前と出逢う前の俺とは互角だった。魔族軍にとって無くてなならない男だが、帝国との戦いしか知らん世間知らずだ。現実ってもんを教えてやってくれねぇか。」

ふ~む、いつもみたいに力を解放してやっても良いし、直接手合わせして思い知らせてやっても良いが、俺は別に魔族の味方って訳でも無いからな。

丁寧に指導してあげて、成長を促してやる義理までは無いよな。

ここは広いし、あれで良いだろ。

「え~、面倒臭~い。だ・か・ら、ティニウスだっけ?貴方、この子と遊んでなさい。」

そして俺は、久しぶりに移動用では無く戦闘用として、ドラゴンゾンビをクリエイトしてやる。

城内とは言え、材料となる塵はそこいらにたくさん落ちてるから、問題無く竜の巨体が立ち上がる。

「なぁ?!」と驚くティニウスと、謁見の間を逃げ惑う幹部たち。

「お、おいっ、ルージュ。こいつは……。」

「アスタレイもあの時逢ったでしょ。古代竜のクロ。あの子のコピーよ。古代竜の力とゾンビの再生力を持ってるわ。面倒だから、この子に相手させるわ。」

「や、止め~い!城が崩れてしまうだろうが!」

「大丈夫よ、ミザリィちゃん。この謁見の間に、結界も張っておいたから。殺しちゃ駄目って命令したし、ティニウスも大丈夫でしょ。さ、私たちは、奥へ行きましょ。」

「……グゥオゥォォォーーー!」

ひと声吼え立てて、ドラゴンゾンビがティニウスへと迫る。

「ちょっ、ちょっと待てー!人間じゃ無くてドラゴンが相手なんて、話が違うだろー!!!」


4


「……それで、黄金樹の守護精霊オフィーリアに世界神樹の場所を聞いて、魔界まで来たって訳。」

謁見の間の奥の間、そこは普段、謁見が行われている間ミザリィが待機する為の部屋で、かなりメルヘンチックな内装をしていた。

メイドこそ控えていないがお茶や茶菓子の用意はしてあって、この部屋の掃除や設えを任されている者は、よもや大魔王様の控室だとは思ってもみないだろう(^^;

俺は3人に、事の経緯を包み隠さず伝えた。

今俺と共に在るこの闇の神は、アスタレイの出自からすれば、直接自分を創った闇の神では無いにしろ、親戚のおじさんみたいなもんだ。

……何だったらいっそ、この役目をアスタレイに任……チリッ……、はぁ、判ったよ。

一度請けた以上、ちゃんと最後までやりますよ。

3人は、俺の話を理解しようと考え込んでいるのか、誰も言葉を発しない。

「まぁ、場所は判ってるんだから、真っ直ぐ世界神樹に向かっても良かったんだけど、元勇者だし、アスタレイがいるなら挨拶くらいしたいと思って、立ち寄らせて貰ったの。それに……。」

「それに?」

「魔界の様子を見たわ。こう言っては語弊があるかも知れないけど、思ったよりも過酷な環境じゃ無いわね。もちろん、豊かな土地だなんて言うつもりじゃ無くて、想像だともっと雪に埋もれていて、この時季作物なんか採れないのかと思っていたから。」

「あぁ、そう言う事か。その通り。お前の想像通り、これは世界樹の恩恵だ。」

「えぇ。だから、断りも無く世界神樹の許まで行くのもどうかな、って。私は別に、世界神樹をどうこうしようって訳じゃ無いけど、もし魔族の管理下にあるなら、勝手も出来無いでしょ。」

「ふん、律儀な奴だな、お前は。それだけの力を持ってるんだ。もっと傲岸不遜に振舞っても、俺たちはそれを止める事も出来無いのに。」

「止めてよ、人を野蛮人みたいに言うの。そんな気は無いし、そんな気にもなれないわ。……私は直接、闇孔雀に遭ったのよ。自分がどれだけちっぽけか、身に沁みてるわ。」

闇の神の欠片があっても、俺自身はただの……まぁ、ただのじゃ無いが所詮人間。

上には上がいる。

奴らの気分次第で、この世界はどうとでもなってしまう。

「とんでもない話じゃな。確かに、アスタレイから話は聞いておったが、真なる魔界の大悪魔と直接対面するなど……。我らじゃ正気を保つ事も難しかろうよ。」

アスタレイよりも年下だろうに、ミザリィは随分と老成した喋り方をする。

その外見とのギャプが可愛らしいけど(^^;

「それでアスタレイ様。世界樹、いえ、世界神樹様の方はどう致しますか。」

「うん?こいつなら大丈夫だ。任せよう。ルージュ、案内はいるか?」

「それなら、大丈夫。場所は判るから。それより、魔界にとっても大切だろうから言うまでも無いと思うけど、世界神樹の事、お願いするわね。」

「あぁ、任せろ。世界樹、世界神樹か。その恩恵無くば、疾うの昔に魔族は滅んでいただろう。俺の命よりも大事にするさ。」

「またぬしはそのような冗談を。悪趣味な男じゃ。」

「命なら、私の命を先にお使い下さい。」

「はぁ、これだよ。ディートハルトは真面目過ぎる。もっと肩の力を抜けよ。」

アスタレイはそう言うが、仕方無いのだろう。

ただでさえ魔族には呪いがあり、世界神樹の恩恵があっても楽な暮らしじゃ無い。

その上、100年に一度魔王は倒されなくちゃならない。

いや、ならなかった。

このディートハルトは、魔王と言うオルヴァの勇者に倒される役目を、それと解って引き受けたんだ。

真面目にもなろうってもんだ。

だがこの先、もう倒される事は無くなるだろう。

「そうね、もう少し魔王様は、気を楽にしても良いんじゃない?貴方はもう、死ななくて済むはずだから。」

「……どう言う事ですか?ルージュ様。」

「私にその気は無いし、私の夫、あぁ二番目の勇者なんだけどね。彼も魔王様を倒そうなんて考えていない。一応、一番目の勇者クリスティーナは魔族と敵対してるけど、オルヴァの勇者の実態、魔王討伐が茶番である事。その辺の事情は知ってるから、多分魔王様を倒そうとは思わないはずよ。あくまで、クリスティーナの望みは人々を護る事。魔王を倒しても、それは叶わない事を知っている。」

「……そうだな。勇者クリスは真っ直ぐな男……で良いのか?とにかく、考え無しの馬鹿勇者どもとは違うと、俺も思ったよ。」

「だから、少なくともオルヴァの勇者は魔王を倒しに魔界へ来る事は無い。他の国の勇者は知らないけど、貴方たちを脅かすほどの勇者なんていないでしょ。もう、魔王は死なない。きっと、次の100年も、魔王は死ななくて済むようになるわ。」

「次の……100年も?何か考えでもあるのか?」

「まぁ、ね。私の夫が教国の大司教にまで出世した事だし、私は魔法儀式にも詳しいから、勇者招喚の儀式に細工出来ると思うの。……もう、私たちと同じように、無理矢理地球から魂を強奪して来る事が出来無いように、ね。」

俺は招喚された事で、結果的に幸せになったんだから何だけど、本人の承諾も無く魂を抜き去り、勇者として魔王を倒せと無理難題吹っ掛ける。

神のご加護で何とか無事に世界を渡った訳だが、そう言えば成功率はどうなんだ?

勇者になり損ねて始末される者はいるとして、それ以外に儀式の失敗や招喚の失敗もあるんだろうか。

素体たちの人生も奪われるのだし、どう考えたって良いこっちゃ無い。

魔王討伐と言う目的自体、支配者であるはずの神族は求めていないし、100年に一度討伐に成功したって魔族が滅びる訳じゃ無い。

本当に、無意味、且つ傍迷惑な儀式だからな。

「これからは、魔王様が100年に一度代替わりする必要が無くなるのよ。貴方はこの先何百年も生きて、もっと強くなれる。どうせなら、次の大魔王様を目指してみたら。ま、異世界人が来なくなれば、大魔王職も要らなくなるかも知れないけど。」

「むぅ、そうか。我も必要無くなるか。……ふふ、それは愉しみじゃな。そうなれば、我も心置き無く、好いた男に嫁げると言うものじゃ。のぅ、アスタレイよ。」

「……ミザリィ、お前……、本気で言ってんのか?」

「ふふ、さてな。しかし、意外に野暮な男なんじゃな。そこはいつも通り、軽口で返す場面じゃろ。色恋は苦手かの?」

「う、五月蠅ぇ。俺は昔色々あってな。結局1万年独身なんだ。得意じゃ無くても仕方あるまい。」

これほどの美形がずっと独り身か……、何があったかは敢えて聞くまい(-ω-)

「おふたりの御結婚と言えば、先のルージュ様のお話、驚きました。あちら側では、我々魔族も普通に子供を授かれるのですね。」

「おう、そう言えば、向こうの事情はかなり違うみたいだな。」

ディートハルトにその気は無いのだろうが、上手く利用してアスタレイが話題を変える。

「……えぇ、辿った歴史がまるで違うからね。呪いも無ければ、身長も神族同様の巨人種。闇の者共の庇護者にもなっていないから、純魔族だけみたいだし。」

「じゃが、戦乱に明け暮れ世界樹を切り倒し、魔法種族でありながら魔力の衰退を招くなぞ、あまりにも愚かじゃ。」

「そうね。その所為で、私の仕事が増えちゃった訳だし。」

そこで俺は、ティーカップに残ったハーブティーを飲み干し席を立つ。

「行くのか。」

「えぇ、世界神樹に逢ってこちらの状況を把握して、さっさとあっちに戻らなきゃ。危機的状況なのはあっちの方だからね。」

「そうか……。」そう言って、アスタレイが目で合図すると、ディートハルトとミザリィも席を立ち、3人が頭を下げる。

「おかしな話だが……、闇の神、我が父祖よ。この者を護り、世界を見守って下さい。世界神樹は我々が護り通す事、ここにお約束致します。」

……俺に対してじゃ無いから、ま、良いか。

魔王様に大魔王様、魔族の最長老に揃って頭を下げられるなど、本来なら止めて頂きたいところだが、相手が神ともなれば、致し方無し。

パッと頭を上げて、「ルージュ、ちゃんとドラゴンを片付けて、ティニウスを解放してから行ってくれよ。」とアスタレイ。

「あら、忘れてたわ。そんな事もあったわね。」と、とぼけてやる。

慌てるディートハルトに、笑い出すミザリィ。

魔族が敵、なんて大嘘だ。

実態を知れば、皆気の良い奴ばかり。

それでも、人間族と魔族の戦争は決して終わる事は無い。

現世の戦争同様、個人と国家では話が違う。

それが現実なのだった。


5


頭では理解していても、やはり不思議な光景だ。

魔界のさらに北へ飛ぶと、眼下の白は見えなくなって行き、灰色の岩肌が露わになって行く。

相変わらず、空は吹雪いていると言うのに。

龍脈のエネルギーが地表に近いところを流れていて、それが地熱を帯びているのだろう。

降る雪が積もらず溶けて行き、大地を潤して行く。

そしてその先には、天を衝く1本の巨大な樹が、山よりも高くそびえていた。

その枝には葉が繁り、ところにより花が咲き、実すら生っている。

北の果てに生える樹とは、とても思えぬ姿である。

あちら側の世界神樹には、手が触れるほど近付かなければ話せなかったが、まだ世界神樹の全身が確認出来る距離で、それは話し掛けて来た。

「……黄金樹より伝わっている。お前が我ら世界樹を守護する人間か。」

その声は、鈴を転がすような声にも聞こえ、頭の中に静かに、しかし明瞭に響き渡った。

世界樹に性別など無いと思うが、思えばあちら側の世界神樹の声は男性的だったな。

「そうだ、が……。この距離で、もう声が届くのか。はきはきと話すし、あちら側の世界神樹とは随分違うんだな。」

俺は答えながらも、さらに飛び続け世界神樹へと近付いて行く。

「……あちら側か。海を隔てて互いを確認し合えぬ。まさか、そのような滅びの道を歩んでいようとは。我らは全てが順調とは言わぬまでも、しかと役目を果たし続けて来たのに。」

全てが順調では無い、ってのは、例えばアオキガハラの世界樹、かな。

他にも、何か問題を抱えた世界樹が、世界のどこかにいるのかも知れないな。

「俺はまだ、具体的にどうすれば良いか良く判らないんだ。こちら側に問題が無いようなら、向こうに残った5本の世界樹から手を付けようとは思うが……。」

「もっと傍に来るが良い。お前に未来を託す以上、与えるものがある。」

もう目に見える距離だ。

そう言う事ならと、俺は新型テレポートで一気に世界神樹の許まで飛んだ。

「来たぞ。どうすれば良い。」

「我に触れよ。」

俺は向こうの世界神樹にしたのと同じように、その幹に手を触れる。

するとすぐ、何かが体の中に注がれるのを感じた。

それと同時に、体の中に力が溢れ、その力と同質の力が、世界神樹の根元から四方八方へと流れて行くのも感じる。

この力は、龍脈を流れる大地の生命エネルギーか。

これを世界樹が吸収し、大気にマナとして還流している。

体内に取り込んだマナであるMPとは違う、マナに変換される前のもっと清浄な原初の力。

「お前にも、我らと同じように、龍脈の流れをその身に取り込める能力を付与した。我らのようにマナに還元するものでは無いが、大いなる力の流れを感じる事が出来るようになったろう。その流れを辿れ。さすれば、世界樹の許へと辿り着く。それは、こちら側だけで無く、あちら側でも役に立とう。」

なるほど。ステータスを確認してみると、龍脈の恩恵と言うスキルが加わっていた。

今までに身に付けたどの力とも属性の違う新たな力が宿り、強さも増したようだ。

まぁ、闇の神の欠片のように、いきなり10倍と言うほど強力なものでは無く、むしろ強さの幅が広がった感じだ。

とは言え、龍脈の穢れを龍脈の力で浄化は出来無いから、やはり俺の浄化能力の向上には繋がらない。

だが、世界樹の位置を感知出来る訳だから、世界を駆け回る庭師のような俺には、ありがたい力だな。

「ありがたい。これで、世界中の世界樹の許を、訪ねる事が出来そうだ。」

「いや、こちらこそありがとう。我にしろ黄金樹にしろ、その場を動けぬ身だ。世界樹たちに何かあっても、直接助ける事は叶わぬ。あちら側の世界神樹も、悔しい思いをした事だろう。お前が代わりに動いてくれるのだ。こちらこそ、深く感謝する。」

「……良いんだ。世界樹だけの問題じゃ無い。世界樹こそ世界が正常である為に不可欠な存在である以上、アーデルヴァイトの住人として、やらねばならない仕事だ。世界樹の重要性に気付かぬ不明を、アーデルヴァイトに住む者を代表してお詫びする。可能な限り、世界を回りながら世界樹の保護も訴えて来るよ。」

「すまない。頼んだ。」

とは言え、場所は判っても、世界に散らばった世界樹を回るには時間が掛かる。

一度場所を確認すればアストラル転移で一気に飛べるが、まずは場所を確認して回らねばならない。

となると、やはり優先すべきはあちら側だな。


方針が固まったので、一度オルヴァに戻ってライアンの許で1日休んで英気を養い、すぐに裏アーデルヴァイトの世界神樹の下へ戻った。

そこで残り5本の大体の位置を聞かせて貰ったが、どうやらその内の1本は、俺が裏アーデルヴァイトへ最初に上陸したガイドリッド=ヴェールメル王国にあるようだ。

近くまで行けば龍脈の恩恵で場所を特定出来ると思うが、折角なのでアントンスィンクのウォーリーヴーマー邸へと赴き、話を聞く事にした。

何故ウォーリー邸かと言うと、ベルメルコよりもウォーリーの方が色々と知っていそうだからだ。

オルヴァ拠点から裏アーデルヴァイトの世界神樹へ、そしてアントンスィンクへとアストラル転移で移動したから、まだ大して時間は経過していない。

この時間だとウォーリーは仕事中だから、ウォーリー邸の使用人たちと談笑しながら、帰りを待つ事にした。

一応、彼らの部下に俺の事は伝えていないから、職場に顔を出さない方が良いだろう、と言う配慮だ。

その後、帰宅したウォーリーと夕食を共にした後、酒を酌み交わしながら話を聞いてみた。

「私は今、世界中を回って世界樹の様子を見てるんだけど、この国にもあるんでしょ、世界樹。」

俺の半身くらいなら浸かれそうな程大きなグラスに注がれた琥珀色の液体を流し込み、その香りの余韻に浸っていたウォーリーが目を閉じながら答える。

「世界樹……、あれがそうなのか。確かに、王城中央に俺たちの背丈を超える巨木が立っている。他とは違う樹だとは思ったが、なるほど、世界樹だから保護してたって訳か。」

「……あら、親には逢った事無いって言ってたけど、お城には行った事あるの?」

「あぁ、子供の頃、親に連れられてな。将来俺が仕える場所だから、見学しとけってよ。」

「親?そう言えば、お母さんと逢った事無いなら、誰に育てられたの?」

義父ちち上様も母親も、子だくさんだからな。しかも、それぞれ妾の子だ。自分で育てたりはしねぇ。里親に預けて、相応に強くなれたら部下として雇い入れるだけさ。子供だと名乗り出るかどうかはこっち次第だ。誰が自分の子供かなんて、把握して無ぇんじゃねぇか。」

「……何だか、随分寂しいのね。」

「そうか?俺には判らねぇ。そう言うもんだと思って生きて来たからな。それに、残念ながら俺はこの程度よ。本当はな、ヴェールメルの子供じゃ無ぇのかも知れねぇ、そう思ってる。」

「どう言う事?」

「育ての親が、実の親なんじゃねぇか、ってな。お前はヴェールメル様の子供なんだから、頑張って強くなり出世してくれ。そうすりゃ、自分たちが楽出来る。そんな風に考える親は、いくらでもいるだろ。結果強くなりゃ、出自なんてどうでも良い訳だしな。血だけで後継者が決まる訳じゃ無ぇんだから。」

力が正義の修羅の国。

当の国王夫婦すら、子供に興味が無い。

だったら、勝手に子供を名乗る奴も少なく無いか。

「そんなんじゃ、貴方も自分の子供とか興味無い訳?」

「お。ルージュも俺の子供を産みたくなったか。」

「馬鹿。でも貴方、本当に亜人好きなのね。」

「ん?あぁ、最初に言った、お楽しみの方法はいくらでもある、って奴だな。あれは冗談だ。まぁ、綺麗なものは好きだから、裸に剥いて眺め回しながら、ひとりで扱いてぶっ掛けてやった事はあるけどな。」

そう言って、下品に笑うウォーリー。

俺たちゃ、フィギュア扱いかい(-ω-)

「サイズが違うんだ。催したら、普通に神族か魔族の女を抱くさ。」

「そうは言うけど、この家の使用人、全員亜人の女性ばかりじゃない。際どい格好させてるし、ドワーフやホビット、グラスランダーの女の子までいるなんて、貴方の守備範囲って本当広いわね。」

「言ったろ、綺麗なものは好きだ。どうせ侍らすなら、綺麗なものが良いだろ。いざと言う時の為に、ドワーフ戦士ばかりで家中を固めてるベルの方が、どうかしてるぜ。」

はは、使用人が全て、筋骨隆々がっしり体型髭もじゃドワーフじゃ、俺でも気が休まらんな(^^;

「綺麗なもの見て催したら、綺麗な神族にぶちまけまくるのさ。避妊を気にしなくても良いから、神族女の方が楽で良い。」

「え~と、神族と魔族の間には、子供が出来にくいんだっけ?」

「あぁ、滅多に妊娠しねぇ。だけどな、絶対じゃ無ぇぞ。ちゃんとリスクはある。それがまた良い。」

「え、ちゃんと妊娠出来るんだ。……それじゃあ、妊娠しにくいだけなら、ちゃんといるの?その……半神半魔?みたいな種族。」

「おう、いるぞ。神魔って呼ぶんだ。一応機密扱いだからあんまり知られちゃいねぇが、この国にも何人かいる。義父ちち上様と母親は愛し合って共同支配を始めたからな。数千年も愛し合えば、何人かは出来る。」

「そうなんだ……。その神魔って、どんな種族なの?あんまり生まれないって事は、相当強いとか。」

「いんや、そうでも無ぇ。どっちの特長も失う、ってのが正しいな。神聖属性も暗黒属性も弱点にゃならねぇが、どっちも得意じゃ無くなる。平均的で凡庸。しかしな、こいつらはちゃんと親の手で育てられる。」

「弱くなるのに、どうして?あ、もしかして、弱いからこそ愛しんで育てる。愛情って奴?」

「何だよ、それ。そんなもん無ぇよ、この国にゃ。あくまでも、役に立つからさ。」

「でも、弱くなるんでしょ。」

「攻撃的にはな。しかし、弱点が無くなるんだ。防御に徹すれば、とても役に立つ盾になる。だから、しっかり盾として役立つように、自分たちの手で育て上げる。しかし、絶対に最強にはなれねぇ。絶対に後継者にゃなれねぇ。その意味で、自分の地位が脅かされ無ぇのも良いのかもな。当の神魔にとっちゃ、迷惑な話かも知れねぇけどよ。」

身内であっても、いつか自分の寝首を搔きに来るかも知れない。

それがこちら側の日常だ。

そんな中、絶対なんて事は無いだろうが、防御的な力しか与えられていない我が子なら、比較的安心して手元に置いておける。

いざと言う時には、捨て駒にも出来る。

むぅ、こっちには、親子の情愛ってもんが無いのかねぇ。

「それで、さっき樹を保護してる、って言ってたけど、世界樹とは知らなかったのね。」

「あぁ、まさかそんな事をしてるとは思わなかったぜ。何か意味あんのか?」

そうだよな。表でも世界樹の本当の役割り、その重要性を理解している奴なんてほとんどいないんだ。

戦乱のこちら側じゃ、余計にそんなもん意識しているとは思えない。

ガイドリッドとヴェールメルは、一体どう言うつもりで世界樹の保護なんてしてるのだろう。

「それじゃあ、直接会って話を聞いてみるわ。」

ブフォ、と琥珀色を吹くウォーリー。

「ちょっとぉ、汚いわね。」

「ル、ルージュ……、お前、義父ちち上様と母親に会いに行くのか……。」

「仕方無いでしょ、世界樹が王城にあるんだから。ま、貴方たちも殺さなかったんだし、世界樹の為にもこの国が乱れて欲しく無いから、別に王様殺したりはしないわよ。……話次第だけど。」

そう、どんなつもりか判らない以上、どう転ぶかも判らない。

ふたりの王様が、話の判る奴なら良いんだけどな。


6


ウォーリー邸で昼前まで寝て、しっかり遅めの朝食を摂った後、アントンスィンクから小一時間西へ飛んだ。

ガイドリッド=ヴェールメル王国の王都アーケンビルは、国のほぼ中央に位置している。

東側は海だから多少東寄りだが、どの方角の隣国からも遠い場所に位置していて、外敵の侵攻を受けにくい。

敵は外ばかりとは限らないものの、表立って敵対状態にあるのは隣国だけなので、表向き王都は攻められにくいと言える。

こちら側ではほぼ全ての都市が城塞都市であり、王都も堅い城壁に囲まれている。

人間の俺からすれば、そのサイズが倍だから余計に堅牢に見えもする。

城門は神族魔族の門番に守られ、亜人種たちはノーチェックだ。

必要が無いのだ。

最強の亜人が紛れ込んだとて、王たちに危害が及ぶ事などあり得ないから。

まぁ、どちらにせよ、俺には関係無い。

ステルス状態で空を行けば、誰に見咎められる事も無いからな。

目的の王城もすぐに判った。

他の建物とは明らかに違う威容を誇ってもいるし、最強の気配がふたつ、そこに存在するのだから。

確実に、壁の向こう側にいる気配。

確かに、ベルメルコやウォーリーがどんなに修行を積み策を練ろうとも、とても敵わないだろう。

この国を数千年支配し続ける最強の戦士。次元が違う。

それだけの強さだ。特に護衛で固める必要も無いようだ。

アーケンビル内に感じる壁越えはふたりだけ。

主力足り得る子供たちは、最前線に当たる国境の街々に配置されているのだろう。

守備は軍に任せ、支配者階級は都会で安全に暮らす。

そんなあちら側とは、正反対だな。

目的の世界樹は、王城中央の中庭にそびえ立っており、黄金樹ほどでは無いが霊験あらたかな聖なる輝きを放っていた。

なるほど。状態を見れば一目瞭然。

ちゃんと手入れも行き届いており、保護していると言ったウォーリーの言葉は正しかったと見える。

これならば、このままふたりに任せておいても問題無いのかも知れないが、真意は質しておきたい。

こちら側は待った無しの状態なのだから、もし理解が及んでいないのならば説明もしておきたい。

俺は中庭から王城内部へ入り込み、ふたりがいる謁見の間へと向かった。


昼下がりのこの時間、丁度午後の謁見が始まったところらしい。

魔界の城の謁見の間を、そのまま巨大にしたような豪奢で大きな謁見の間で、奥にあるふたつの玉座に神族の男と魔族の女が座っている。

神族の男は、アントンスィンクの執務室にあった黄金像通りの偉丈夫で、エルムスの軍神ふたりの内、知性を感じさせるアルスクリスに似た雰囲気を持っている。

力一辺倒では無い、知性なり魔力なりで複合的な戦いを好みそうだ。

片や、魔族の女の方は、黄金像は肉感的で女性らしさが前面に出たこしらえだったが、さすが夫に並び立つ支配者。

太い筋肉が程良く締まり、肉感的では無く肉体的な強靭さを露出度の高い服からさらけ出しており、まるで体を鍛えまくった美人ニューハーフ(^^;

がっちりした女性は好みだから、俺から見れば素晴らしい女性に見えるが、人によっては取って喰われそうで逃げ出しかねないな(^Д^;

夫の抜けるような白い肌に対し、妻の方は褐色の肌に輝く金髪。

彼女には、羊のような角は生えているが、第三の目やもう一対の腕などは見当たらない。

まぁ、後から生やせるタイプの魔族もいるけど。

このふたりが、ガイドリッドとヴェールメルだな。

闇の神の欠片の影響か、俺のアストラル感知は多少精度が上がった感があり、ふたりの微妙な強さの差を感じる。

力だけなら、ヴェールメルの方が少し上だろう。

多分、ガイドリッドの方は技巧派で、正面から戦わずに搦め手で攻める強みがありそうだ。

だがどちらも、攻撃的な性質に思えた。

それは、周りに控えている防御的な性質の者たちとの比較によって、はっきり感じられた。

謁見の間には今、謁見を許された者以外に、7人ほどの男女が並んでいた。

その姿は、薄い褐色の肌に銀色の髪、瞳が金と青のオッドアイと、共通した特徴を備えている。

彼らが、話に聞いた神魔だろう。

ちなみに、観察した範囲では、こちらの神族の瞳は青色、魔族は金色である事が多い。

彼らのオッドアイは、神族と魔族の特徴を半分ずつ受け継いだ証に見えた。

王自身の力と、守りに特化した神魔たちさえいれば、それ以上の護衛は必要無い。

扉の前を固める衛兵以外、謁見の間の中に他の兵力は見当たらなかった。

落ち着いて話をする為、俺はいつも通り、結界で謁見の間を覆った。

すると、ふたりの王と7人の神魔は異変に気付き、神魔がふたつの玉座を取り囲むような陣形を取る。

「は!?如何なされました?」と、ひとり事態に気付かぬ謁見中の神族。

彼は鎧では無く、この国風の正装なのだろう見慣れぬ服を着ているところから文官の類と思われるが、まぁ邪魔だからスリープを掛ける。

やはりこの神族も、あっさり眠った。

俺は、幸せそうな寝顔の神族の隣でステルスを解き、ふたりの王様に一礼する。

「お初にお目に掛ります。私は人間の冒険者で、ルージュと申します。以後、お見知り置き下さい。」

その瞬間、神魔たちが両手を翳し、何某かの防御結界を展開した。

さすが、防御特化の近習たち。

「良い、捨て置け。そんなもの、何の役にも立たんぞ。」

そうガイドリッドが神魔たちに言葉を掛けるが、神魔たちは緊張した面持ちのまま結界を展開し続ける。

今の俺は、普段通り1%程度に力を抑えている。

しかし、龍脈の恩恵もあって、1%程度でも以前よりさらに強い。

そもそも、1%程度の時のLvは確かに40だが、それはほぼカンストしてしまった誤った数値。

感知などで数値化して力を測ろうとすれば弱くも見えるが、肌で感じる気配のようなもので力を測るなら、1%の俺でも壁を越えた強さを醸し出している。

それと判る者には、俺がまださらに力を秘めている事が、感じられるのだろう。

ガイドリッドには、それが判っているのだろう。

さて。俺はあくまで話をしに来ただけだから、その話相手の子供たちを手に掛ける訳にも行くまい。

力で結界を破るのは簡単だが、反動でダメージを負う者も出るかも知れない。

そこで俺は、結界前まで転移した後、結界に手で触れて、その魔力の巡りを解析してみる。

……素晴らしい。無属性を含めて、あらゆる属性に対して一定以上の防御効果を発揮するように、複雑に練り上げられている。

代わりに、少々物理防御力に不安は残るが、言ってみれば物理攻撃は正攻法。

それならば例え破られようとも、王たちの脅威にはならないだろう。

何某かの搦め手である魔法攻撃を退ける方が、王を護る事に繋がるはずだ。

自らの身を顧みない、全霊での護り。

本当に素晴らしいが、これも洗脳教育の賜物かと思うと、少し複雑な思いもする。

良し、解析終了。エルムスに入る時は同期してすり抜けたが、今回は正反対の性質を加えて結界を中和した。

彼らの張った結界が、まるでシャボン玉が割れるように、一瞬で掻き消える。

結界を張る事にかなりの魔力を注いでいたようで、中和された事で何人かが膝を突く。

「あら、ごめんなさい。争う気は無いから壊さず中和してみたんだけど、それでもダメージ入っちゃったみたい。」

「中和?随分、器用な真似をするものよの。構わぬわ。ガイドリッドの言を入れず引かなかった此奴らが悪い。親の言う事に逆らうなど、不出来な子たちよ。」

そうして、冷たく一瞥するヴェールメル。

う~む、やはり親子の情愛に薄いのだろうか。

しかし、まだ動ける子供たちは、その身を挺してふたりを護ろうと、俺との間に割って入る。

何だか、こっちが胸を締め付けられるわ(´;ω;`)

「退け、者共。邪魔だ。これでは話が出来ぬ。客人にも無礼である。」

神魔たちは顔を見交わすが、主に客人とまで言われては引くしか無い。

左右に分かれ、俺とふたりの王の間を遮るものは無くなった。

「して、差し出すはわらわの首だけで良いかのう。ガイドリッドは良いじゃ。命を奪わずとも、傍に置いておけばき働きをするぞよ。ちと、其方の体には大き過ぎるやも知れぬが……。」

「……ヴェル、死ぬ時は一緒であろう。しかし、まだその時では無いぞ。いや、判っておる。俺も馬鹿じゃ無い。足掻くだけ無駄な事くらいはな。だが早合点するな。この者、争う気は無いと言った。まずは、その真意を質さねばなるまい。」

諦めが良い、と言う単純な話じゃ無い。

このふたりは、俺が抑えている本当の力の一部を、感じ取っているのかも知れない。

本当に大きな敵わない脅威を前に、ただ足掻くのは無意味だ。

それは、相手の力量を測れていないに等しい。

あの時、全身全霊を以て闇孔雀にファイアーブレスを放ったクロは凄いが、それは闇孔雀の力を読み切れていないからこそだ。

可能性が零では無くゼロ。

それを認識出来れば、やるだけ無駄だと解る。

もちろん、足掻くのが無駄だと言う話では無い。

俺は闇孔雀相手に、戦わずに事態を好転させるべく足掻き、ヴェールメルは夫の命だけでも助けようと足掻き、ガイドリッドは俺の言葉から争わずに済む方法を模索しようと足掻く。

戦ってどうにか出来る可能性がゼロだと判断しても、足掻く事は止めない。

このふたりは、ただ強いだけで無く、その強さの性質が俺に似ているのかも知れない。

「えぇ、その通り。話の流れ次第だけど、今は貴方たちを殺す気なんて無いわ。それに、私にも王様に負けないくらい素敵な夫がいるから、夜伽の相手は間に合ってるわ。」

「ふふ、そうかえ。それは失礼したのう。ではルージュとやら。何用があって参ったのじゃ。妾たちには、其方ほどの化け物に恨まれる覚えは無いでな。危ない危ない。少し寿命が縮んでしもうたわ。まだまだガイドリッドと共に生きたいのにのう。」

「ごめんなさいね。これでも、ちゃんと力は抑えてあるのよ。貴方たちが、ここまで使えるとは思わなかったわ。脅すまでも無くこちらの力を測って来たのは、貴方たちが初めてだわ。」

「ふん、プライドはズタズタだがな。どんなに相手が強くとも、ヴェルとふたりなら絶対に負けないと自負しておったものを。それで、命を差し出さずとも良いのなら、俺たちは何を差し出せば良い。」

「……私は言ってみれば、世界樹の守護者よ。この世界から世界樹が失われ、大変な事になってるの。そんな中、この城にある世界樹は、とても壮健そうで逆に驚いたわよ。」

「世界……樹……。ほうほう、そうかえ。あの樹は世界樹であったか。それで色々と合点が行ったのう。」

「世界樹である事は知らなかったのね?」

「あぁ、知らなかったのう。何か特別な樹では無いかと思うておったから、大事に世話せよと言い渡しておったが、なるほどのう。やはり、思うておった通りじゃったかも知れぬ。」

「どう言う事?世界樹とは知らなかったのに、何か感じてたの?」

「俺たちはふたりが助け合うお陰で、幸いにも永く生き、永く統治して来た。だから変化を感じた。俺たちが生まれた頃と今とでは、世界の何かが違う、とな。」

「そんな中にあって、あの樹の周りだけは昔と変わらぬような気がしての。妾たちは昼と無く夜と無く、あの樹の周りを散策するなり、睦み合うなり、共に時間を過ごしておる。ふたりで外に出掛ける事も中々出来ぬでな。良い憩いの場じゃ。」

「世界樹、言われてみればそうだな。昔は似たような樹が隣国にもあったと聞くが、今では話を聞く事も無い。世界樹の減少が、何か世界に影響していた訳か。」

「でも、世界樹だって知らずに、良く大事に残しておいたわね。今はお気に入りの場所かも知れないけど、お城を建てる時に邪魔だと思えば、切っちゃってもおかしく無いでしょ。」

「ほほ、そのような無粋な真似はせぬよ。あの樹が気に入って、この地に城を建てたのじゃ。不思議な力なぞ無くとも、とても綺麗な樹じゃからのう。」

なるほど。言ってみれば、バッカノス王国と同じなんだな。

向こうは黄金樹と言う特別な世界樹で、そこにオフィーリアと言う守護精霊もいて、初代女王との友誼から信仰が始まり国が興った。

こちらはただの世界樹だけど、このふたりに気に入られた事で、城と言う堅固な庭園で慈しみ守られて来た。

世界樹にとっても、このふたりにとっても、幸せな巡り合わせだったのだ。

「どうやら、貴方たちに託しても問題無さそうね。」

「託す、かえ?妾たちに、あの樹、世界樹を守れと。」

「そうよ。良い?今のままでは、この世界は滅ぶわ。今日明日の話じゃ無いけど、今世界には世界樹が残り5本しか無く、その親とも言える世界神樹を入れても6本を残すのみ。世界樹には大切な役割りがあるの。それは、龍脈を流れる大地の生命エネルギーを吸い上げて、大気にマナとして放出すると言う大事な役目。世界樹が減れば大気に満ちるマナが減る。マナが無くては、生き物だけじゃ無い。この世にあるあらゆるものが存在出来無くなる。つまり、世界の終焉よ。」

「……世界樹は、世界そのものを支える樹、って事か。」

「それから、貴方たちにも恩恵はあるわよ。大気中のマナが薄れた事で、実際にこの世界に生きる者たちの魔力は低下している。有り体に言えば、全体的に弱くなって行ってるの。ほら、あの子簡単に寝ちゃったでしょ。でも本来、神族って魔法抵抗力高いはずなのよ。だけど、私が掛けた普通のスリープで簡単に眠っちゃう。」

「ほぉう、そうかえ。……つまり、妾たちが感じておった世界の変化は、実際に起こっておった訳じゃの。妾たち自身の弱体化としてのう。」

「そこが少し違うわ。不思議だったのよ。貴方たちの気配が飛び抜けて強い事が。実際こうして目にすると、貴方たちだけ闘気と魔力のバランスがほとんど崩れていないのが判る。他の国までまだ見て回っていないけど、世界樹があるのはこの国だけみたいだし、もしかしたら貴方たちは、この世界最強のふたりなのかも知れないわね。」

「世界樹……マナ……、そう言う事か。」

「そ。話を聞いてみれば、貴方たちふたりは良く世界樹の傍で過ごしていたみたいだから、マナ濃度の低下の影響が最小限で済んでいるみたい。だからこれからも、世界樹を大切にしてくれれば、貴方たちは強さを維持出来ると思うわ。」

「ほっ、ほほ。それは……それは凄いのう。それなら妾は、これからもずっとガイドリッドと睦み合い続けられるのじゃなあ。ようし、これからは、妾たち自身の手で、世界樹を丁重に世話してやろうぞ。」

「……まぁ、良いけど……。あんまりあからさまにして、権力争いに世界樹が巻き込まれないようにして頂戴ね。大切に守護してくれる限り、いざとなったら私が貴方たちふたりに肩入れしてあげても良いわよ。」

「おぉ、それも僥倖。神の助けも得られようとは。」

「神?……貴方凄いのね。確かに、私は神と縁続きと言えるかも知れないわ。でも残念。私自身は神じゃ無いの。この地上では最強かも知れないけど、真なる魔界の真なる悪魔たちには、到底敵わないもの。」

上には上がいる。

俺も、お前たちも、それは身に沁みたよな。

だから、謙虚さは失っちゃいけない。

今の力を以てしても、いつどんな脅威に晒されるか判らないのだから。

「とにかく、そう言う事だから、世界樹の事、頼んだわよ。もしもの時は、私が貴方たちの敵にだってなるんだからね。」

ここでふたりは玉座を降り、半分ほどの背丈しかない俺に、膝を突いて畏まった。

「肝に銘じよう。」「夫との愛に誓って、決して裏切りませぬよ。」

素直な良い子、な訳じゃ無い。

何が自分たちにとって一番利になるか、善く善く理解しているのだ。

このふたりは、そう言う人種だ。

聡いからこそ、利害が一致する限り、頼りにもなる。

「それじぁあ、私は行くわ。他の世界樹を見に行かなくちゃならないからね。頼んだわよ。」

これで、ここの世界樹は大丈夫だろう。

それを確認した俺は、結界を解いて上空へ転移し、そのまま次の世界樹へと飛び立った。


こうして俺の、世界樹の世話をする庭師のような使命が始まった。

世界は広く、俺の浄化能力は低いから、かなりの時間を要する事だろう。

それでも、俺の命は永い。何とかなるはずだ。

それに、そんな永く退屈な人生にも、ライアンと言うパートナーがいる。

ふたりで共に歩むなら、1000年の孤独も怖く無い。


……ふたりで共に、歩むなら……。


つづく

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