第四章 おは幼女


1


エターナルフォースブリザード、俺は死ぬ、完。

……なんて冗談が言えるって事は、つまり自我がまだあるって事だ。

この真っ暗闇の空間は、アストラル界じゃ無い。

まだ少し混乱しているが、ようやく状況が理解出来て来た。

俺は死んだ。

ムネシゲの居合一閃、いきなり何も無い空間に、真っ二つの死体が転がり出て来た事だろう。

その瞬間、俺のアストラル体は時間と空間を飛び越えて、一番近くの拠点に用意してあった、予備の物質体に飛び込んだ。

俺流不老不死システムが、予定通り発動した訳だ。

つまり、こうである。

俺がせっせと世界中に拠点を作っていたのは、勇者ボディの予備を世界中に配置する為だ。

最初の1年で、トーリンゲン拠点の研究施設において、遺伝子工学を応用したホムンクルス生成技術により、勇者ボディのクローン化には成功している。

それを、旅をしながら拠点を増やし、いざと言う時の為各拠点に予備の物質体を1体ずつ残して行った。

ジェレヴァンナのクローンをオフィーリアの容姿に近付ける実験の後、ジェレヴァンナの森の研究施設において、さらなるクローン技術の発展に着手。

それによって正式採用した予備の物質体を、その後各拠点に再配置した後、世界中を回り各国に拠点を設け、いざと言う時どの国でも利用出来るようにした。

それが、およそ5年に亘る世界漫遊の目的だ。

アストラル体は時間と空間を超える。

正確な場所さえ把握していれば、アストラル転移で世界中の拠点どこへでも飛べて、予備の物質体を使えばその場で活動も出来る。

この方式で、森へは良く帰還していた。

先頃の帰還は、本体、勇者ボディでの帰還が久しぶりだっただけ。

ここまでだと、便利な転移魔法の代わりに過ぎない。

問題だったのが、死ぬとアストラル体に死と言う属性が付いてしまう事。

死んで死と言う属性の付いたゴーストとなってしまっては、予備の物質体に入ってもダークヒューマンになってしまう。

そこで、善意の協力者を使って、自分の体以外に入った状態で死ぬとどうなるのか、実験したのだ。

その結果、俺が死んでも勇者ボディが他人の体だから死と言う属性は付かない、はずだと判明。

そう、はずだ。

こればかりは、実際に死んでみなければ実証不可能なのだ。

だが理論上、これで俺は死んでも死なない方法を手に入れたので、そこにもうひと手間加えておいた。

物質体が壊れた瞬間、一番近い拠点の予備の物質体に、アストラル転移する。

そう言う魔法術式を、事前に組んでアストラル体に刻んでおいた。

これは、単声語魔法と言う技術の応用なんだが、単声語魔法の説明は後にしよう。

この俺流不老不死システムがムネシゲに斬られた事で発動し、今俺は一番近くの拠点に自動転送された、と言う事だろう。

何はともあれ、命拾いした訳だ。


さて、少し落ち着いたところで、ここからが問題だ。

アストラル感知では、大丈夫、やはり俺には死と言う属性は付いていない……はずだ。

だが、俺が気付いていないだけで、本当は背中の手が届かないような場所にちっちゃく“死”なんて書いてあったりなんかしちゃったりなんかして……、怖い。

もし死と言う属性に憑かれていたら、俺は物質体を抜け出た途端、魂ごと霧消してしまうのだ。

それでも、確かめなければならない。

俺の不老不死は、物質体からアストラル体で抜け出す事前提だ。

長く物質体に留まり過ぎれば、それが俺の本体となってしまうからな。

そうなれば、次の死では間違い無く、死と言う属性に憑かれてしまうのだ。

だから、これは絶対に必要な事。

アストラル体で抜け出さなくては。

……ふぅ~、良し。

それじゃあ、試すぞ。

いち、にぃ~のぉ~、さんっ、で行くぞ。

……、……、……うしっ、いち。にぃ~、のぉ~、さんっ……しぃ~、ごぉ~……。

いやいやいや、別に怖くて逃げたんじゃ無いぞ。

ビビッて動けなかっただけだ……orz

だって、考えてもみろよ。

失敗していたら、俺の自我は次の瞬間喪われるかも知れないんだぞ。

精霊界のその先、この世に蘇生魔法が無い以上、もう物質界には戻って来られないであろう死者の国アストラル界。

そこがどんな世界かは、一応色々伝わってはいる……、アストラル界の住人、悪魔によって。

約束は必ず守るが嘘は吐く、人間は騙す悪魔たち。

その悪魔が伝えるアストラル界の正体など、どうすれば信用出来る。

だが嘘吐きだけに、千に三つは本当の事も言う。

余計に質が悪い。

彼らの伝えるアストラル界、死者の国を、完全に否定も出来無いのだ。

天国、極楽、地獄、悪魔が語る癖に神すらそこには住むと云う。

仮にそれらが本当で、死んでも自我を持ったまま形の違う人生を歩むだけかも知れないが、まるで理解出来無い恐ろしい“無”がそこに待っていて、やはり自我が喪われる事だってあり得る。

仮に宗教で語られる死後などがあっても、転生して別の人間になってしまったら、俺のこの自我はどこへ行く?

何がどう転んでも、死の先は怖い。

俺がこれまで心血を注いで研究して来たのは、ひとえに死への恐怖からに他ならない。

踏ん切りが付かなくても、仕方が無いよな、な。

……とは言え、このままでは埒が明かない。

俺が馬鹿なひとり問答を続けているのも、少しでも落ち着く為だ。

ここを乗り越えねば、明日は来ないのだ。

ええい、ままよ!

俺は不老不死を手に入れて、永遠の孤独を生きるのだっ!

こんなところで、立ち止まっていられるかっ!

半ばやけくそ気味に、俺は体、アストラル体をじたばたさせてみた。

この期に及んでも、起き上がる気力が湧かなかったからだ(^^;

だが、じたばたしたお陰で、手が、足が、そしてついに体ごと、俺は外に飛び出した!

……、……、……永遠と感じる数秒が経ち、未だ俺は健在と言う事は……この実証実験は成功、と言う事だった。


2


無事、生還を果たした事を確認した後、俺は物質体に戻って体を起こす。

ここは、どこかの拠点の研究室奥、予備の物質体の保管室だ。

真っ暗闇なのは、ここが地下で普段誰もいないから、明かりが点いていない為。

「ライト。」とひと声発すると、壁や天井、床に仕込んだ魔法の光源が光を灯す。

今のが、単声語魔法だ。

読んで字の如く、ひとつのキーワードで発動する魔法である。

当然、事前に仕込んでおく必要がある。

魔術的な紋様を彫り込み、そこに組み上げた魔法術式を刻み付けておくもので、武具に刻まれているのが一般的だ。

例えば、剣にファイアーエンチャント(火炎付与)の単声語魔法を仕込んでおき、特定のキーワードを発すれば自動でファイアーエンチャントが掛かるようにしたりする。

マジックアイテム同様、この紋様が普段周囲のマナを吸収する事で、使用者のMPを消費しないで発動出来るのもポイントだ。

ただし、問題がある。

キーワードは、誰が発しても反応するのだ。

先例で言えば、キーワードを「ファイアー」なんて当たり前の言葉に指定してしまうと、街中で誰かが「ファイアー」と言う文字列を含む言葉を発しただけで、勝手にファイアーエンチャントが発動してしまうのだ。

単声語魔法と言う言葉に惑わされて、阿呆な術者が「あ」なんてひと言をキーワードにしてしまったら、誰かが言葉を発する度に無意味に発動しまくって、すぐに溜め込んだ魔力が枯渇する事だろう。

先程のライトなら乱発しても然して問題は無いが、もし仕込んだ魔法がファイアーボールだったりしたら……。

だから、単声語魔法の制作には慎重を期する必要があり、世の中にそこまで広まってはいない。

一番多い使い手は、ドラゴン族だ。

他の種族が話せず、言葉で意思疎通をするのが常では無いドラゴンだからこそ、ドラゴンロアーで単声語魔法を使いこなす。

ドラゴンの指定するキーワードは、それこそ本当にひと言、だからこその単声語魔法なのだ。


しかし、さっきの「ライト」の声、今の俺ってもしかして。

そう思い、立ち上がって自分の姿を確かめてみる……やっぱりこれ、少女体だorz

俺は、ジェレヴァンナのクローンを生成した後、勇者ボディのクローンにも色々手を加えてみた。

まず、プロトタイプとして、女性、少年、少女、爺さん、婆さん、エルフ、ドワーフ、ホビット、グラスランダー、魔族と色々作ってみた。

他にも、宇宙刑事、ウルトラマン、仮面ライダーなんかも作ってみたが、そう言う存在として作るとゴーレムと変わらず、中身を人間にすると単なる着ぐるみになってしまう(^^;

この時、ゴーレム扱いで問題なのは、生殖器の有無だ。

性別の違いによる違和感は無かったが、生殖器が無い違和感は半端無い。

実際に繁殖行動を取るか否かに関わらず、生物として生殖器は大事な要素のようだ。

それから、本来の俺にはあるはずの無い翼や3本目以降の腕など、さらに四足歩行と言った著しく人間と形が掛け離れたもの、つまりはモンスター形態にも強い違和感があった。

よって、ゴーレム系、モンスター系は却下であり、宇宙刑事たちも廃棄とした(-ω-)

そしてこれは、幽体離脱をし始めた当初から感じていた事だが、190の長身である勇者ボディは、俺には少し大き過ぎるようだ。

本来の俺の身長は170cm、鍛えに鍛えた事もあり身長だけで無くゴリマッチョな肉体全体、本来の俺より大きい。

何と無く、少しぶかぶかの服を着ているような違和感があるのだ。

集中していれば忘れてしまうほど些細な違和感だが、一度意識してしまうと気になるものだ。

それに対して、一番しっくり来たのが女性体。

勇者の性別を女性にしただけのクロ-ンで、勇者ボディの元の持ち主がもし女性だったらこうなっていた、と言うifの体。

女性になっても恵まれた体型はそのままで、女性にしては高い身長となる170cm。

そう、俺の身長と丁度同じくらいだ。

性別の違いによる違和感は覚えなかったので、サイズ感ぴったりなこの女性体が、一番しっくり来た。

それを踏まえ、正式採用は女性体と勇者ボディの2体セットとした。

この時は、女体化に対する抵抗感があったから(^^;

しかし、あのフィット感が素晴らしいので、拠点に飛んで用を済ます時には、女性体も良く使うようになった。

オリジナルである勇者ボディが男だから男にこだわっていたけど、実用性を考えれば女性体の方が良いんだよな。

能力的にも、盗賊/魔法系の俺には、ゴリマッチョよりもしなやかな肢体を持つ女性体の方が向いているしな。

基本は勇者ボディ、一番しっくり来るのは女性体、では何故今の俺は少女体なのか。

プロトタイプの内、ドワーフ、ホビット、グラスランダーは小さくて窮屈。

魔族は、色々盛り込み過ぎて、翼や角、余計に生やした追加の腕4本などが、凄ぇ邪魔くさかった(^^;

だから廃棄したのだが、少年少女、爺さん婆さん、エルフの5体は、それなりに使い道もあるので取っておいたのだ。

少年少女と爺さん婆さんは、万国共通で警戒心が緩む。

エルフは魔法への適応力が他よりも優れていた。

まぁ、貧乏性だから勿体無くて取っておいただけで、使おうと思っていた訳じゃ無いけどな。

そこで、辺境ならば出番が回って来る可能性も低いだろうと、この5体は辺境にばらけさせて置いておいたのだ、が。

ここは、カンギ帝国セイラク拠点だ。

世界の中心中央諸国から見れば東の辺境に当たる為、ここに少女体を保管してあった。

少女体がある以上他の予備まで用意するのは勿体無いから、ここの予備はこれだけ。

まさか、こいつに当たるとは思っていなかった。

日本で殺されるとは、思っていなかったから。

まぁ、こいつはこいつで、使い道はあるのだ。

窮屈だし戦闘力は低くなるが、金髪碧眼の美少女である。

成人女性のそれとは別の意味で、視線誘導効果抜群なのだ(^Д^;


ただまぁ、本当だったら少女体は正式採用を見送ったのだから、他の物質体を取りに行きたいところ……なのだが、1分1秒を争うほど急ぎはしないが、他の拠点まで正式採用ボディを取りに行っている余裕は無い。

俺のクローン技術は、遺伝子工学をアルケミーに応用したものだが、俺は遺伝子工学の専門家じゃ無い。

あくまで、遺伝子に生物の情報が記憶されていて、その遺伝情報を上手く使うと言う概念を、魔術的にアルケミーに取り入れただけ。

本格的に、どこが何を示しているのか、テロメアがどうした、って事までは知悉していない。

だから、ホムンクルスクローンがどこまでSF的なクローンと同一なのかは不明で、一番の懸念はクローンのクローンにはどんな問題が起こり得るか、だ。

その意味で、やはりオリジナルは確保しておきたい。

仮に、殺された勇者ボディがもう使い物にならなくても、回収して遺伝子の箱舟として保存しておきたい。

多分、ニホン帝国は昔の日本に近いから、座棺にでも入れての土葬だろう。

まぁ、得体の知れない侵入者の遺体がどうなるのか、良くは判らないが……。

火葬にさえなっていなければ、例え髪の毛一本であっても、回収可能かも知れない。

今すぐ飛んで行く事が不可能な以上、戻るのに数日を要すのは致し方無い。

だからと言って、あんまりにも日数を掛けたくも無い。

となれば、今はこの少女体のまま、再来日するのがベターである。

早速、出掛ける準備を始めよう。

予備の物質体用の装備は事前に用意してあるし、各拠点に貯えも分散してある。

慌てず急がず、急ぐのだ。


3


アストラル体は、時間と空間を飛び越える。

つまりまだ、俺が殺されてからそんなに時間は経っていないと言う事だ。

俺がヒトツバシ家に潜入したのが、午後2時過ぎ。

色々物色して、ムネシゲに斬られたのは3時過ぎ。

今はまだ4時くらいか。

急げば、最終の乗合馬車には間に合う。

少女体用の装備に着替え、路銀として金貨を50枚持ち出す。

俺の貯め込んだ資産は各拠点にばらばらに分散してあるが、処分しないですぐ使える資金は各拠点ごとに金貨100枚。

9歳の女の子が財布に入れて持ち歩く額として500万は多過ぎると思うが、見た目は子供でも盗賊系冒険者だからな(^^;

何があっても良いように、少し多めに持ち出した。

セイラクからディーファーの港街までは2日とちょっと。

最終便だと、到着は3日後になる。

だが、最低限数日は掛かる行程で、まだ少女体に不慣れな今は、慌てず急がず、急ぐしか無い。

走り出して気付いたが、足も遅いなこの体(^ω^;

それでも何とか、最終便に飛び乗る事が出来た。

やれやれ、こいつは苦労させられそうだ……俺の死体が懸かっているから不謹慎かも知れないが、オラ何だかわくわくして来たぞ(笑)

人生ってのは、トラブルこそが面白い。

ま、解決出来るトラブルに限るがな。


「お嬢ちゃん、こんな時間からひとりでお出掛けなのかい?親御さんは一緒じゃ無いの?」

そう声を掛けて来たのは、同乗する老夫婦の奥さんの方だ。

「この馬車はディーファー行きだけど、ちゃんと合っているかい?そうね、もしかしたら、途中の経由地で降りるのかな?」

親切な人たちが声を掛けてくれる。

これが、少女体の特徴のひとつだ。

「ディーファーの先、日本まで行きます。」

「まぁまぁ、それは遠いところまで。おひとりなの?ひとりで大丈夫?」

「えぇ、ひとり旅には慣れているから。」

それには驚き、旦那さんの方も声を掛けて来る。

「慣れているって、いつもそんな遠くまでひとりで旅をしているのかね。私らよりもしっかりしているなぁ、お嬢ちゃん。」

「……ふふ、実はね。私にバレないように、お父さんがこっそり付けて来ているの。いつもよ。だから安心なの。」

「あら、そうなの。うふふ、お嬢ちゃん、優しいのね。お父さんの事、好きなのね。」

「とんでもない。いつまでも私を子供扱いするお父さんなんて、好きじゃありません。」

顔を見合わせ、笑い合う老夫婦。

それに釣られて、周りの乗客も笑い出す。

馬車の中は、和気藹々とした雰囲気に包まれる。

この姿なら、俺の吐く嘘も人を和ませる。

ただ、外にいる御者の様子がおかしい。

このアストラル体の揺れは……怯え?

良く見れば、俺に話し掛けて来た老夫婦の身なりはかなり良い。

相変わらず鑑定こそLv1のままだが、素で多少の鑑定眼は養われている。

俺が見た限り、さり気無く上品に着こなした服も、身に付けた装飾品も、高級そうに見えた。

俺の懐具合なんて判るはずも無いが、俺以外の乗客が何らかのターゲットになる、と言う可能性はある。

そう思い、俺は移動中、空間感知を展開しておく。


時間は進み、そろそろ夕日が傾き始め、最初の経由地フォウマオ村まであと30分、と言った辺りで馬車が不意に止まる。

大急ぎで逃げて行く御者。

周囲を取り囲む何者かたち。

ざわめき始める乗客。

「この中に、馬車を動かせる人っている?」

いきなり声を掛けられ、一瞬たじろぐ乗客たち。

「誰もいないの?御者、逃げちゃったわよ。」

「え?!」ともう一度ざわつき始める乗客を無視し、俺はおもむろに立ち上がり、そのままゆっくり慌てず、後方の出入り口まで移動する。

「ごめんなさいね、おばさん、おじさん。さっきの話は全部嘘。私、本当はこう見えて、冒険者なの。そう言う格好はしているでしょ。」

そう言って、くるりとひと回り。

「あの御者、最初から様子がおかしかったし、この中だとおばさんたちが一番お金持ちみたいだから、多分おばさんたちが狙われているんだと思う。ただの盗賊か、もしくはおばさんたちの遺産目当てで家族の誰かが雇ったのかも。」

俺は扉を開く。

「私が軽く片付けて来るから、皆は大人しく中で待っててね。勝手に出て来たら、巻き込んで死なせちゃうかも知れないから。」

そう言ってから外に出て、一応結界で馬車を封印してしまう。

ついでに、輓馬2頭は眠らせる。

周囲に人影は無し。

まだ距離がある内に、俺は空間感知で敵を捕らえていたからな。

少女体の慣らしに丁度良い、善意の協力者たちだ。

まず、馬車の屋根の上によじ登る。

次いで、体が小さいので弓は持ち出せなかったから、魔法の弓と矢を招喚。

マジックアローを番え、200m程先で息を切らす御者を狙撃。

実体を伴わない魔法の矢だから直進するし、この距離でもヘッドショット余裕だな。

次は、まだ500mほどの距離でこちらを囲んでいる襲撃者たちだ。

数は12、1人は少し後方にいて、そいつだけ多少他より強い気配だから、こいつがお頭かな。

取り敢えず、南側の5人が比較的固まっているので、そこにファイアーボールを撃ち込んでみよう。

範囲拡大、燃焼時間拡大、任意に爆散させる仕様で黙詠唱、発動。

飛び来る火球にはさすがに気付き、3人ほどばらけて逃げるが2人はその場から動けず。

咄嗟にばらけたのは素晴らしい判断だが、俺は丁度5人の中心辺りでファイアーボールを爆散させた。

この為の範囲拡大だ。

哀れ逃げ出した3人を含め、5人全員が炎に包まれる。

お、逃げ遅れた1人は、魔法抵抗に務めたって訳か。

そいつだけ、即死はまぬかれた……が、わざわざ燃焼時間を拡大したのはこの為だ。

炎の中でどんどんHPが減って行き……あ、死んだ。

良し、魔法もいつも通りに使えるな。

次は、っと屋根から飛び降りて、襲撃者の1人に向かって駆け出す。

う~む、やはり足が遅い(^^;

しかし、いくら走っても疲れないから、身体能力が低い訳では無い。

あくまで、手足が短いだけだ。

襲撃者の姿を捉えたところで、その背後へと転移する。

すかさず、サイレントキル発動。

少し飛び上がり、ダガーで頸動脈を斬り裂いた。

Ok、ちゃんとこの体でも、オートマさんが対応してくれる。

そのまま次の1人の背後へ転移し、再びサイレントキル発動。

今度は、肋骨を上手く避け、脇腹から心臓をひと突き。

この調子で、残り5人の内4人までを、サイレントキルで葬った。

そこで、襲撃者が落としたロングソードを手に取り、ひと振りしてみる。

持ち歩くには大き過ぎるが、振り回すのは問題無い。

俺はステルスを解き、ロングソードを肩に担いで、最後の1人、お頭の元へと歩き出す。

さすがに、事態の異常さに気付いたお頭は身構えており、しかし、姿を現した俺を見て素っ頓狂な声を上げる。

「何だぁ?どんな化け物がいるのかと思えば、出て来たのはお子ちゃまかよ。おいガキ、お前の仲間はどこにいる、言え!」

「黙れ、豚。おっと、これは豚に失礼だったな。質問は俺がする。素直に答えれば、楽に殺してやる。」

しばし呆然とするお頭だったが、すぐに大声を上げて笑い出す。

まぁ、この姿、この声で凄みを利かせても、可愛らしさの方が勝るわな(^^;

「いいか、お嬢ちゃん。大の大人をからかうと、痛い目に遭うん……。」

その言葉を遮り、俺はロングソード一閃、お頭の右腕をシミター(三日月刀)ごと吹き飛ばす。

「っっっぎあっ、おぉぅ……、おぉ、俺様のう、腕がぁ……。」

「お前レベルいくつだ?鑑定は持っていないのか?相手を見てもの言えよ。」

お頭は、ひぃひぃ言いながら、俺の方を凝視する。

その顔から、ドッと脂汗が噴き出す。

「あ、あり得無ぇ……、いや、ズリぃだろ。お前、魔族か何かか!?その姿でLv40って、どんな化け物なんだよ!?」

「ふ、俺も鬼じゃ無い。前言は撤回だ。素直に質問に答えれば、見逃してやるよ。サービスだ、その腕も治してやる。どうだ?」

いきなりその場に両膝を突き、俺を拝み出すお頭。

「な、何でも答えやす。姐さんには逆らいやせん。何でも聞いて下せぇ。」

ふむ、素直な良い子だ。

俺は無言で歩き出し、吹き飛ばした右腕を拾い上げる。

「ほら、こっちに腕を出せ。」

拾った右腕と傷口を合わせた後、ヒールを掛けると腕は元通りにくっ付いた。

物質体の修復は、いつもやっている簡単な作業だ。

呆けた表情で自分の右腕を見詰めるお頭に、俺は質問を投げ掛ける。

「俺の見立てでは、狙いは身なりの良い老夫婦だな。御者は事前に買収したのか。合ってるか?」

「え……、あぁ、はい。その通りです、姐さん。」

「何故、老夫婦を狙うんだ?ただの金目当てか?それとも、誰かから頼まれたのか?」

「はい、ミンスリー夫妻の三男坊です。悪徳弁護士を抱き込んで、偽の遺言書まで用意しています。あっしは、この襲撃で夫妻を殺して金品を奪い、後でさらに報酬を頂く事になってました。」

「そうか。良し、約束だ。お前だけは見逃してやる。お前の部下たちは全員もう死んでるから、そのままどこへでも行け。出来れば、真っ当な仕事に就けよ。もし、次にどこかで俺と遭っても、幸運は二度も続かないからな。」

「は、はい!ありがとう御座います。それでは、失礼させて頂きますっ!」

すっくと立ち上がり、一目散に駆けて行くお頭。

……この10年で、俺も丸くなったもんだな。

昔の俺なら、情報を引き出すだけ引き出したら、間違い無く殺していただろうなぁ。

さて、俺はその場にロングソードを打ち捨てて、馬車へと帰還する。

結界を解くと、入り口がバンッと開き、中から若者が飛び出して来る。

「わぁ!」とそのまま転げる若者。

その若者を助け起こしながら「出て来ちゃ駄目だって言ったでしょ。」と、少し女の子を意識した口調に戻す(^^;

「だ、大丈夫だったのかい、お嬢ちゃん。ひとりで無茶な事したら、お父さん心配するだろう?」

中から顔を覗かせ、おじさん、ミンスリーさんが声を掛けて来る。

本当に良い人なんだろうな、ミンスリ-さん。

まだ俺のお父さんが、陰から見守っているとでも思っているのだろう(^^;

「大丈夫。もう片付いたから。それで、誰か馬車を動かせるの?」

それには、手を繋いだままの若者が答える。

「ぼ、僕が動かせるよ。もうすぐフォウマオ村だし、任せてくれ。」

それなら安心。

俺は、輓馬2頭の眠りも解く。

「それじぁあ行きましょう。詳しい話は中でするわ。ミンスリーさん、貴方には聞いて貰わないといけない話があるの。」

こうして、慌てず急がず、でも急がなければならない旅の始まりは、順調とは言えない滑り出しとなった。


4


まだ薄闇の早朝、俺は馬車の停留所でミンスリー夫妻と別れの挨拶を交わす。

「色々、ありがとうね、シンクちゃん。気を付けて行くんだよ。」

俺を優しく抱き締めるミンスリー夫人。

「そちらこそ、お気を付けて。上手く行く事を願ってるわ。」

「本当に気を付けるんだぞ。お父さんはいなくても、私らが心配しているからね。」

夫人ごと俺を優しく包み込むミンスリー男爵。

まぁ、男爵と言っても形ばかりの爵位で、豪商として名を馳せ国への貢献が認められ受勲したものだ。

ちなみに、カンギ帝国の爵位では無く、お隣の国ロンガルド王国の爵位。

ミンスリー夫妻は、隠居して諸国を旅している途上だった。

カンギ帝国を回った後帰国の予定が、少し早まる形になる。

「髪留め、ありがとう。大事にするね。」

俺はあの後、ミンスリー夫妻にお頭から聞いた話を伝えた。

三男坊にも悪徳弁護士にも思い当たる事があるようで、すんなり理解してくれた。

その時、名前を聞かれたので名乗ったのだが、元々女性体になったら冒険者名はルージュにしようと決めていた。

クリムゾンに対して、同じ赤のイメージでルージュ。

黒の方はこれと言った案が出なくて決めかねていたが、女の子の姿でルージュはちょっとな。

で、金髪碧眼の美少女、そしてクリムゾン=紅なら、これはもう真紅しか無いな、と(^^;

それで、俺はシンクと名乗った。

折角真紅なのだからツインテールにしようと、辿り着いたフォウマオ村の雑貨屋で髪留めを物色していると、ミンスリー夫妻がやって来て、礼金を渡そうとして来た。

俺はそれを、丁重に断った。

冒険者として警護の依頼でも請けていたのなら、正当な報酬としていくらでも貰い受ける。

しかし今回は、同じ乗客として乗り合わせた仲だ。

ただ助け合っただけで、お金を受け取る謂れは無い、と。

そこでミンスリー夫人は、髪留めを見立ててプレゼントしてくれた。

それを断るほど、俺は野暮じゃ無い。

「良く似合っているわ。喜んで貰えて、私も嬉しいわ。」

「あぁ、本当に似合っている。元々可愛いお嬢ちゃんが、さらに可愛らしくなった。」

中身がおっさんとは露知らず、そう可愛い可愛い言われると、おっさんでも何か照れるw

「それじゃあ、おふたりともお元気で。いつかまたどこかで逢いましょう。」

そう告げて、俺は踵を返し駆け出した。

一段落したら、真紅とはお別れして違う物質体で落ち着くと思うけど、この髪留めは真紅と一緒に大切に保管しよう。

人の出逢いは一期一会、二度と逢えないだろうけど、だからこそもう一度逢いたいという気持ちを込めて、いつかまたどこかで。

この気持ちに偽りは無い。

急ぐ旅で無ければ、家まで送り届けてあげたかったよ。

ミンスリー夫妻と別れて飛び乗った馬車は、その後は何の問題も無く進み、予定通り3日目の昼過ぎにはディーファーの港町に到着したのだった。


しかし、ある意味順調だったのはここまで。

ディーファーに着いてすぐ定期船乗り場へ向かったが、船は欠航していたのだ。

何があったか判らないが、日本側から入国を禁じられている、と言う話だ。

……俺は関係無いよな?(^^;

だが、他に日本に渡る方法となると、そう簡単な話では無い。

仮に、船を出してくれる船主や漁師が見付かったとして、海に出てしばらくすると、身包み置いて海に飛び込め、さもなければ殺す、と言う事になるだろう。

そもそも彼らには、日本まで安全に渡るノウハウが無い。

その上で話を受けると言う事は、そう言う事だ。

と言って、返り討ちにして船を奪っても、ノウハウが無いのは俺も同じだ。

小舟一層で大海を往き、襲い来るクラーケンどもをちぎっては投げちぎっては投げ……とは行かない。

となると空だが……、いつ天候が崩れるか知れない大海原を、空間固定で渡って行くのは心許無い。

もちろん、いざともなれば、アストラル体だけで帰還すれば死ぬ事は無いが、それでは本末転倒だ。

雲の上まで出ればいつも快晴、とは言え、誰も試した事の無い方法だけに、未知の脅威が待ち受けているかも知れない。

海を行く時は空からの脅威は無かった訳だが、雲の上まで出るとロック鳥(山ほど大きな鳥)のようなカモメが群れで襲って来る、なんて事態だって無いとは言い切れない。

時間があれば調査してみるのも面白いかも知れないが、今は俺の遺体に辿り着くのが目的なのだ。

それに、調査するにしても、それならば自由に空を飛べる環境を整備してからが望ましい。

そう、空を飛ぶ方法ならある。

今まで、必要に迫られず、用意していなかった方法ならな。

と言う事で、俺は冒険者ギルドへ赴き、近くにグリフォンやワイバーン(飛竜)などが出没しないか聞いてみた。

今は冒険者登録していない身なので、一般市民として情報を正規価格で買う事になる。

「この辺で、空飛ぶ魔獣が出る、なんて話はありませんか?」

折角なので、飛び切りの笑顔で問い掛けてみる。

すると、兼業酒場のマスターが、だらしない笑顔で答えてくれる。

「空飛ぶ魔獣かい、お嬢ちゃん。そうさなぁ、あぁそう言えば、北の山脈には色々な魔獣、幻獣が住んでいるんだが、多分そこから1匹のグリフォンが近くまでやって来るそうだ。何が目的かは判らないが、今のところ被害が出た話も聞かないし、討伐依頼も出ていない。」

「その魔獣は、どこに来るの?」

「ここから北東に1日行ったところにある、ショーリエと言う漁村の近くだ。湖があって、そこへやって来ると言う話だったな。」

俺はカウンターに、金貨を1枚置いて踵を返す。

「おい、どこに行くんだい、お嬢ちゃん。危ないから近付いちゃいけねぇよ。それにお金……え?」

カウンターに置かれたのが金貨だと気付いた親父が、間の抜けた声を上げる。

「ちょっと、お嬢ちゃん。こいつは金貨だ。まだお金の価値が判らないのかも知れないが、こんなに置いて行ったら親に怒られるぞ。」

俺は素で返す。

「俺が知りたい情報を与えてくれた。その情報に対する対価だ。取っておいてくれ。」

呆気に取られて口をぱくぱくさせている親父を残し、俺はギルドを後にした。


当てが外れて船に乗れないとなると、事態は変わって急を要する。

とは言え、急いじゃいるが人目をはばかるので、夜を待って行動を開始する。

街の外へ出てから、暗がりで人目が無い事を確認し、この8年で新たに開発した魔法を発動する。

クリエイトアンデッド(死者創生)である。

今まで俺は、事前に用意したゾンビを招喚するサモンアンデッド(死者招喚)を使っていた。

サモンアンデッドにも2パターンあって、事前に用意しない場合、近くの墓地や古戦場から、ゾンビやスケルトン(骨だけとなったアンデッドモンスター)などを招喚する事になる。

今回俺が使ったクリエイトアンデッドも、本来は今殺したばかりの新鮮な死体をアンデッド化させる魔法で、多人数を相手に戦う時、倒した相手をどんどんこっちの戦力に出来る便利な魔法だ。

まぁ、暗黒魔法だから、使うと後ろ指指されるけどな(^^;

で、俺が開発したクリエイトアンデッドは、土の精霊魔法と暗黒魔法を掛け合わせて、土を素材にしてアンデッドを創り出す魔法だ。

一々死体を用意しなくても素材はいくらでもあるし、用が済めばその場で塵に還して消し去れる。

死体と言う、暗黒魔法を使った証拠も残らない、と言う寸法だ。

しかも、事前にデータを手に入れておけば、様々なアンデッドが創り出せる。

このように。

俺はミラの情報を基に、クリエイトアンデッドでアンデッドホース(ゾンビ馬)を創り出した。

もちろんミラそのものでは無いが、再びミラと一緒に駆け回るのを疑似再現出来るのだ。

これで好きな時に馬に乗れて、その場に乗り捨てて行けるって訳だ。

一路、そいつに跨りショーリエを目指す。

その道中、俺は思考加速を用い、気になっていた事について検討を開始する。

何故俺は、ムネシゲに斬られたのか。

クリスティーナも俺の存在に勘付いてはいたが、もっと不確かな感じだった。

集中すればシロも感じていたが、ムネシゲははっきり感じ取っていたようだ。

クリスティーナとシロの事を踏まえると、潜伏力と感知力のせめぎ合いでは説明が付かないが……、やはり何かが漏れているのか。

スキルとして気配隠蔽、消臭、消音、薄い存在感を発動し、魔法で不可視化、身に付けたアストラル体と魂の隠蔽。

魔力はアストラル体隠蔽によって、同時に隠されている事は確認済み。

俺は、これをパーフェクトステルスだと信じて来たんだが……。

シロには感じづらく、クリスティーナやムネシゲには感じやすいもの……。

やはり、良く判らん。

何かヒントは無いか、スキルツリーも総点検してみるか。

……、……、……orz

あった……こんな簡単な事だったのか……。

答えは“気”だった。

俺は拳法も好きなんだから気付くべきだったが、むしろスキルに頼らず自分で修行をしていたから、この世界での“気”の扱いなど知らなかった。

戦士系スキルの中級に気スキルがあり、それは補助的な分類だ。

アーデルヴァイトでは、無手はあくまで武器を失った時の最終手段と言う認識だから、気スキル自体活用する者は少ない。

補助系スキル、例えば剛力強化なんかは、戦士系スキルで身体強化の魔法代わりに力を強くするなど、使い手も多い事だろう。

気スキルは、それらの獲得条件のひとつではあるので、ある程度以上の強さを持つ戦士系スキルの使い手たちは結果として“気”を扱えるが、闘気感知なんてマイナーアビリティまで修得するのは、あの無手格闘術の使い手アスタレイや、俺を殺したムネシゲなど、極少数なのかも知れない。

今にして思えば、アスタレイは俺がステルスを解除するより前に、何かが近付いて来る事を察知していたのだろう。

事前に、部下たちに手を出すなと指示していたようだからな。

そして、圧倒的なフィジカルを誇る古代竜のシロには重要度が低く、ある程度広く浅く色々なスキルを習得していたクリスティーナは、感じはしても看破までは出来ず。

もしかしたらムネシゲは、戦士系スキル全振りと言うくらい特化した、変わり種なのかも知れない。

と言うか、そう考えると、グァンツォにもバレるかもな。

グァンツォ相手にステルスなんてしないから気付かなかったけど。

ただ、アスタレイとの戦いを経て、さらにその後のおよそ8年の修行の結果、俺の“気”自体大きくなっていたのかも知れない。

事実、趣味の八極拳で功夫を積み続け、アーデルヴァイトだからこそだが、発勁まで使えるようになったからな。

だから余計に、ムネシゲにはばればれだった。

ムネシゲには俺の姿が一切見えない、感じないのに、闘気の塊がそこにいると思えたのではないだろうか。

俺を斬ったのでは無く、闘気の化け物を斬った。

そうしたら、真っ二つの人間の死体が出て来た。

あいつも驚いた事だろう(^^;


5


……気付くと俺は、どこかのベッドに寝かされていた。

心配そうに覗く、優しそうな夫婦が安堵した表情を見せる。

「あぁ、良かった、目を覚ました。どこか痛いところは無いかい?お腹は空いていないかい?今、温かい物を用意するからね。」

安心して自分の椅子に座る夫と、慌ただしく台所に立つ妻。

粗末なあばら家だが、漁具の類も目に付くし、多分ショーリエの漁師夫婦と言ったところか。

……なるほど、どうやら俺は、村の近くまで来たところで、気を失っていたらしい。

やっちまったな。

多分、アンデッドホースに生命力吸われ過ぎたんだ(^^;

俺は急ぐからと、アンデッドホースを襲歩で駆けさせた。

普通の馬ならば5分と持たないが、アンデッドならば生命力を吸って体力を回復し続ける事で、延々走り続ける事も可能だ。

今までは勇者ボディだったから、有り余る体力と自身の回復力も合わさって、そのまま駆け続けても問題無かった。

が、今の俺は少女なのだったorz

すっかりいつも通りに全力疾走させてしまったが、どうやら危険域まで生命力を吸われてしまったようだ(^^;

クリエイターが意識を失った事で、アンデッドホース自体は自壊したようだが、危うくもう一度死ぬとこだったわw

ロリコンの盗賊なんかに見付からず、優しい漁師夫婦に拾われて幸いだった(-ω-)


質素ながら体の温まる美味しいスープに癒されながら、俺は漁師夫婦に尋ねてみた。

「近くの湖にグリフォンが来るって聞いたんだけど、本当ですか?」

すると、顔を見合わせて困った顔をする2人。

「シンクちゃん、それ、どこで聞いたの?」

「……ディーファーの冒険者ギルド。」

再び顔を見合わせて、溜息を吐く2人。

「そうかい。もう話が広まっているんだね。なら隠してもしょうがないけど……。」

「本当は知られたくなかった。……聞いた話では、被害は出ていないって言っていたから、もしかして、村の人たちは迷惑じゃ無いんだ、グリフォン。」

「……うん。別に悪さをする訳じゃ無いし、その~……。」

「会ってみて良い?そのグリフォンに。」

「え?!」と驚く2人。

「私、そのグリフォンに会いに来たの。あ、別に倒しに来たとか、そう言う事じゃ無いから安心して。ちょっとお願いがあるだけだから。」

「お願いって、でも相手はグリフォンよ。シンクちゃん、怖く無いの?」

やおら立ち上がり、ゆっくりベッドサイドの装備を調える。

「この見た目だと信じて貰えないかも知れないけど、この格好見て。実は私冒険者なの。結構強いんだから。」

そのままテーブルへ戻り、金貨を1枚置く。

「助けてくれてありがとう。失礼だけど、これはお礼として受け取って。気持ちだから。」

そして出て行こうとすると、おばさんの引き止める声。

「シンクちゃん、これは受け取れないわ。私たち、そう言うつもりで……。」

「私の気持ち。良い?その気になったら、私の装備全部隠して、見付けた時にはもう誰かが持って行った後だった、って言う事だって出来る。でも、おばさんたちは私を助けて、何も手を付けなかった。とても誠実で、優しい人たち。そう言う人に逢うと、いつも汚い人間ばかり見ているから、ついほだされちゃってね。本当は、もっとお礼をしたいんだけど、ちょっと今は急いでるから……、うん、全部上手く行ったら、また立ち寄るね。本当のお礼はその時するから、今は気持ちだけ受け取っておいて。」

「でもこんな大金、子供から貰う訳には。」

おじさんも、慌てて断ろうとする。

「こう言う言い方は失礼になるけど、私にとってははした金よ。本当だったら、全部上げちゃっても良いんだけど、今は急用があって。とにかく、お礼は改めてするから、それは美味しいスープ付きの宿泊代だと思って。いつになるか判らないけど、必ず戻って来るから。お金が良いか、もっと別のものが良いか、それまでに考えておいて。新しい漁船でもお家でも、何だって叶えちゃうから。」

それだけ捲し立てると、今度は止められない内にさっさと出て行く。

本当に助かったし、本当に良い人たちだが、本当に時間が無いのだ。


空から見回すと、湖はすぐに見付かったので、他の村人には会わないまま湖へと向かった。

事情を詳しく聞きたい気もしたが、時間が無いので直接グリフォンから聞けば良い。

え、グリフォンと会話が出来るのか、って?

アーデルヴァイトでは、グリフォンは魔獣に相当し、高い知性と魔法の力を持つ強敵だ。

しかし、今回のケースでは気になる事がある。

それは、北の山脈からやって来た、と言う事。

アーデルヴァイトの北方、それは、魔族の支配する魔界である。

俺は、このグリフォンは“魔族としてのグリフォン”だと予想している。

元々知性が高く、魔獣だから1万年前には闇の者として追われたはずなので、魔族の一員になっていてもおかしく無い訳だ。

何より、人里近くまで来ていながら、特に襲って来る様子も無いと言う。

ただの魔獣であるグリフォンとは思えない。

であれば、当然会話も成り立つはずだ。

だから、直接本人から事情を聞くのが早い。

取り敢えず、ステルスを発動してから空間固定の足場を転移して行き、湖上空に出る。

ちなみに、早速気スキルを獲得して、気の隠蔽も修得した(^^;

これも加えて、俺のステルスは本当のパーフェクトステルスへと進化したはずだ。

その答えは、ムネシゲで実証されるだろう。


さて、その湖のほとり、北側の岩場にはグリフォンがいて、その反対側にひとりの女性。

少し縮れた赤毛のロングヘアーで、すらっとして背の高い、グラマラスな漁村の女だ。

愁いを帯びた瞳で、グリフォンの事を見詰めている。

片やグリフォン、その眼差しはとても穏やかだ。

しばらく観察していると、女の方が踵を返し、村へと帰って行った。

グリフォンはそれを静かに見送る。

俺はグリフォンの傍らに降り立つが、グリフォンは気付かない。

「あの女にほの字、って事か。」

ステルスを解き、急に話し掛けてやると、翼ごと激しくばたつかせて「ギャッ!」と声を上げるグリフォン。

バッとこちらを振り返り、警戒態勢を整える。

「き、貴様……む、女の子、か!?一体、どこから現れた……ゴースト、なのか?」

「足ならちゃんと付いてる。」

「足?何の話だ。」

あぁ、そう言えば、幽霊には足が無い、と言う表現を、アーデルヴァイトではしないんだったな。

実際、ゴーストは生前の姿に近い形で現れ、ちゃんと足もある。

「いや、こっちの話だ。見た目通りの女の子じゃ無いが、ちゃんと生きた人間だよ。」

グリフォンは警戒を解かずに、身構えながら距離を取る。

「確かに、ただの人間族の子供では無いのだろう。では魔族の仲間か?」

ビンゴ。

「予想通り。わざわざ魔族語で話し掛けて良かったよ。魔族とは少し縁があって、魔族語はスキル無しでも話せるんだ。でも人間だよ。嘘は言ってない。」

今にも飛び掛かって来そうな、今にも飛び去ってしまいそうな、何とも落ち着かない様子なので、ここは先に用を済ませてしまおう。

俺はグリフォンに手をかざし、ミラーリング(反射鏡)を発動して情報を読み取り、次いでクリエイトアンデッドによりアンデッドグリフォンを創り出す。

「こいつはお前の能力を持ち、且つアンデッドとしての再生力も持つ。結構厄介だぞ。」

驚愕するグリフォン。

「……な、何だ、これは?!お前は一体、何者なのだ……。」

「ひとつ言っておく。俺はお前と戦うつもりは無いぞ。用も済んだし、本当はこのまますぐ飛び立ちたいんだが……。」

そう言えば、あの漁師夫婦の名前は聞きそびれたな。

このグリフォンがどう言うつもりなのか、あの2人の為にもそれくらいは確認しておきたい。

そのヒントは多分、さっきの……。

「なぁ、お前って、さっきの赤毛の女が好きなのか?」

「ぴゃっ!?」と素っ頓狂な声を上げて狼狽えるグリフォン。

判りやすい奴だ(^^;

「な、何を言っておるのだ、この娘は。我はグリフォンぞ。アマンダとは釣り合いが取れないでは無いか。」

「……ふ~ん、あの人はアマンダってゆ~んだ。」

翼をばたばたさせたり、首をきょろきょろさせたりしてきょどるグリフォン。

「ヒポグリフってのもいるんだし、俺はてっきり、グリフォンの好みは馬なのかと思っていたよ。」

ヒポグリフってのは、グリフォンが捕まえて来た馬に産ませる魔獣で、グリフォンが鷹や鷲の頭に獅子の体なのに対し、概ねグリフォン同様だが下半身だけ馬になった姿をしている。

文献で確認したから、アーデルヴァイトでもそれは一緒だ。

「侮辱するな!それは下等なモンスターの話だ。我は誇りある魔族の一員である。」

なるほど。ただ知性があるだけで無く、1万年も魔族として過ごして来たのだ。

様々な感性も、魔族的に変化して行ったのだろう。

「そう言えば、魔族なんだもんな。俺は……私はシンク。こう見えても冒険者だ。宜しくな。」

「む……、これは失礼した。我が名はグルドヴァルドガンドルダス。栄えある魔界防空隊魔獣部隊の一員である。」

「……グリフォンの名前って難しいんだな。」

「ふん、グルドで良い。で、シンクとやら。お前は我と戦う意思が無いと言ったな。では何用だ。」

俺は頭をぽりぽり掻く。

「あ~、実はもう用は済んだ。空を行く足が欲しかったから、グリフォンのデータが欲しかったんだが、さっき勝手に取らせて貰った。で、こいつが俺の足。」

そう言って、アンデッドグリフォンを指す。

「おう、それよ。一体どんな魔法なのだ。我はその魔法を知らんぞ。」

別に隠し立てする必要も無いので、しばし魔法談議に花を咲かせる。


「何と、Lv40の賢者殿だったとは。お聞かせ頂いた今の魔法も、理屈は解りますが我にはとても真似出来ません。そのお姿に騙されて、襲い掛からず命拾いしましたな。」

魔獣として相応の強さを先天的に持つグリフォンは、鑑定スキルをわざわざ習得しないそうだ。

だから、レベルは俺の自己申告だ。

「話を本題に戻そう。一応用は済んだが、俺はショーリエの漁師夫婦に恩義がある。だから、村の傍にグリフォンがいる状況を放置出来無くてね。悪いが、グルドがここにいる理由を教えてくれないか。」

グルドはゆっくり頷き「判りました。」と答えてから、事の顛末を語り出す。

「我は防空任務の為、南の方まで飛来する事が良くあります。ひと月ほど前、とある山中でアマンダを見掛けました。彼女は薬草を採りに山へ分け入り、足を踏み外して怪我をして、動けなくなっていたのです。」

「本来であれば、人間族は敵なんだから、止めを刺しに向かってもおかしく無いところだな。」

「はい。ですが、我はアマンダの事が気になって、思わず助けてしまったのです。ですが、本来であれば敵同士、この湖まで送り届けはしたものの、ひと言も交わさず我は去るつもりでした。しかし、彼女はアマンダと名乗り、我に、その……、お礼と称して頬に接吻などしたものですから、我はどぎまぎしてしまい、ついそれからもこの湖まで飛んで来てしまって、その……。」

「……恋、しちゃったんだな。」

「な、な、な、何を申されるシンク殿。我は誇り高きグリフォンですぞ。決して人間の女に懸想するなど……。」

「とは言え、魔族として1万年、中身は確かに変わっただろうけど、グリフォンと人間族では子は成せんだろう。」

そこでグルドは、真面目な表情に変わる。

「シンク殿。我は決して、邪な気持ちでは無いのです。ただ、短い人間族の生涯、その間だけでもアマンダを見守っていたい、それだけなのです。」

……そう言えば、魔族のグリフォンは魔族の呪いを受けているのだろうか。

魔獣である彼らもかなりの長命種だから、それぞれの個体が永く生き続けているだけで、古代竜同様緩やかに滅びの道を歩んでいるのかも知れないな。

魔族のグリフォンが滅んでも、モンスターのグリフォンは生き残る。

皮肉なものだ。

「そう言う事なら、グルドがいてくれるからショーリエはむしろ安心、って訳だ。俺の恩人も住む村だ。宜しく頼むよ。」

「はい。お約束しましょう。我がこの村ごと、何者からもお守り致します。」

俺はアンデッドグリフォンに跨り、ふわりと宙に舞う。

「俺からのアドバイスだ。グルドは人間語も話せるんだよな。」

「はい。一般教養として、敵性語も修めました故。」

「なら、アマンダにはそれと無く、事情を説明してやれ。村人たちも何と無く察しているからグルドを恐れてはいないが、やはりグリフォンが近くにいる事は不安に思っているだろう。コミュニケーションも大事だぞ。邪な行いはともかく、好きな人ときゃっきゃうふふするのは楽しいしな。」

ボッと顔を赤らめるグルド。

そもそもグルドは、奥手なのかも知れないな。

「お戯れを。……しかし、不安にさせておくのは本意ではありません。善処したく存じます。」

「じゃあな、グルド。恩人にも逢いに来るから、その内にまたな。」

こうして俺は、空路を使い日本へ向かう事となった。

入国禁止が何故なのかは判らないが、結果的には良かったかも知れない。

空から行けば、予定よりも早く俺の遺体に辿り着けるだろう。

出来れば、掘り返すのは面倒だから、埋められる前に辿り着きたいものである。


ちなみに、グルドはこの後、湖では無く村に住み付き、ショーリエの守護聖獣と呼ばれる事となる。

その後何十年経ってもグリフォンと人間の間に子供が生まれたと言う話は聞かないから、終生プラトニックを貫いたのかも知れないな。

別に俺は、未知への挑戦も悪く無いと思うんだけどな。

まぁ、どうでも良い、下らない話である。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る