第六章 Demon is not an evil


1


領都への道すがら、農夫たちに話を聞いてみたところ、やはり最近領都から人が来る事は無く、巡回の騎士たちの姿も見掛けないし、領都へ行った者も帰って来ないそうだ。

それから、土地は痩せ、実りは少なく、あまりに多くの税を徴収される為、このままではもう今年は乗り切れないとの事。

昨年までは、税の徴収後、エーデルハイト伯爵が私財を投げ打ち、何とか苦しむ領民の生活を支えてくれていたが、その伯爵も姿が見えない今、希望の灯は潰えたと意気消沈している。

外部との交流も減る一方な為、領都以外の都市の経済も細り、高額ながら今でも取引されているのは食料や日用品程度。

立ち寄っても、満足に買い物も出来無い状態だと言う。

一応、俺は今、伯爵に会う事を考えているが、道中では領土の街々を巡り、買い物でもして経済を回す、且つそうして買った物を義賊宜しく貧しい民たちに配って歩く、なんてプランも考えていたのだが、そんな事でどうにかなる状況はとうに過ぎているようだ。

他には、伯爵の人柄次第では、金貨100枚をぽんと渡して、全てを委ねてしまう、とも考えていたんだが、その伯爵に問題発生、と言うところか。

これで伯爵がすでに亡くなっていた、なんて事になると、金なんかいくらあっても、どうにもならんな。


デルゲン領都からエーデルハイト領都まで、休まず走れば馬で1日掛からない。

しかし、農夫たちに話を聞いたり、領都近くの街へ立ち寄ったり、寄り道をしたから少し時間が掛かった。

領都へ着く頃には、すでに夜も更けており、もう領主を訪ねるような時間では無い。

宿を取り明日になってから訪問するのが普通だが、さて、人影の無くなったゴーストタウンで、宿など取れるものか。

そう思っていたのだが、着いてみると様子がおかしい。

住民たちの姿があるのだ。

まるで、昼間のように活気がある。

宿屋以外に、飲食店や酒場も営業中に見える。

さすがに、胸を撫で下ろす心境にはならない。

これは駄目だ。

俺は、都へ入る前に馬首を巡らし、郊外まで走り戻ってから、そこでミラを放す。

ミラは軍用馬でも無ければ、ユニコーン(一角馬)やペガサス(天馬)のような幻獣でも無い。

いざと言う時、馬房に繋がれたままでは、逃げる事も敵わないかも知れない。

ミラは、言って聞かせればここで待っているくらい賢いとは思うが、一応盗賊ギルドカードを鞍に挟んでおく。

特定の物品に魔術的なマーキングを施す事で、その場所をサーチして現在位置を知る魔法がある。

盗まれては困る貴重な宝に、宮廷魔導士などが施しておくのが一般的だが、それを一時的にギルドカードへ掛けておいた。

これでもし、ミラがどこかへ行ってしまっても、探し出す事が可能な訳だ。

もう、ミラは俺の愛馬だ。

大事にしてやらんとな。

そうして1人身になってから、改めて領都へ入り、宿を取った。

酒場で食事を摂る傍ら、住人たちと話もしてみる。

不自然なところは無い。

もちろん、傍目から見れば、である。

俺は、この後の出来事を予想した上で、早めに就寝……の振りをする。

果たして、天辺を回った頃、街の様子は一変したのであった。


2


俺が寝ているはずの部屋の扉が乱暴に開かれ、宿の主人が飛び込んで来る。

真っ赤な眼で部屋の中を見回し、誰もいないと判ると、そのまま出て行った。

久しぶりの獲物を得て、我慢出来ずに先走ったのだろうか。

もちろん、俺はまだ部屋の中にいる。

寝台の上で、くつろいだままだ……ステスルモードで。

宿の主人の姿を見て確信する。

いや~、現代日本人なら誰もが伯爵と言う言葉から連想するであろう、アレである。

そんなベタな、とは思ったのだが、まぁ偶然の産物なのだろうから、言っても詮無い事だ。

普通、夜遅くに旅人が街を訪れる事は無い。

警戒が厳重な街なら、辿り着けても入れて貰えないしな。

必然的に、外部の人間が街の住人の姿を目撃出来るとすれば、それは昼間だ。

その昼間に姿が見えず、訪れた者が誰も戻って来ない。

その答えがこれ、ヴァンパイア(吸血鬼)だ。

街中に気配は溢れている。

街ごと、ヴァンパイアの餌食になってしまったのだろう。

だが、少し気に掛かる事もある。

領都の周囲には、比較的近い位置にも街はある。

しかし、住人が忽然と姿を消していたのは、領都に限られていた。

ヴァンパイアは、基本的には人間を超えるほどの力を持つ種族だ。

特に、身体能力は人間の数倍に及ぶ。

つまり、その気になれば、夜の内に隣街くらいなら襲いに行けるはずである。

領都に被害が限定されていると言うのは、何か釈然としない。

これだけの異常事態だ、何か理由はあるのだろう。


ともあれ、ヴァンパイアほど有名なアンデッドもいないだろうが、ここアーデルヴァイトでの彼らの扱いを含めて、復習しておこう。

まず、ヴァンパイアとは漢字では吸血鬼と書くように、人間の血を吸う化け物だ。

血を吸った相手を魅了したり、ヴァンパイアに変える事もある。

魅了の力は、その眼にも含まれている。

アンデッド、つまり生ける死者であり、負の生命とも言える。

不死身に近い体を持ち、肉体も強靭である。

心臓に杭を打ち込まれない限り、殺されても復活する。

狼や蝙蝠を眷属として従え、自らその姿へ変じる事もある。

人間を遥かに超える超常の存在ながら、明確な弱点も持つ。

太陽の光が苦手で、個体によっては日に焼かれ消滅もする。

流れ水が苦手で、川を渡れないとされる。

にんにく、聖水も苦手で、十字架は太陽と同じように一番畏れる。

と言ったところが、一般的なヴァンパイアだ。

アーデルヴァイトのヴァンパイアの最大の違いは、魔族の一員であるという事。

ただの、アンデッドモンスターなどでは無い。

その特徴には共通点が多いが、魔族であるからにはアンデッドと言うよりも魔法に近い位置にいる亜人種、つまり、神族やハイエルフ、古代竜などと並ぶ、より驚異的な存在の可能性があるのだ。

ここ神聖オルヴァドル教国では魔族に関する詳細が判らないので、ヴァンパイアが魔族の中でどれほどの存在なのかは判らない。

しかし、その特徴が共通する以上、弱い魔族などとは言えないだろう。

ただし、である。

ヴァンパイアには、その発生の仕方により、違いがある。

真祖と呼ばれる本物のヴァンパイアは、先に説明した通りの化け物だ。

しかし、真祖に血を吸われ眷属にされた者は、真祖ほどの力を持たない。

その不死身性や魔力など、多くの点で劣る。

さらに、その真祖の眷属に過ぎないヴァンパイアの犠牲者は、レッサーヴァンパイアと呼ばれる下僕のような存在だ。

そう、この宿の主人や街の住人たちは、多分このレッサーだと思われる。

実際のところは、俺の鑑定Lv1では判らないのだが(^^;

まぁ、レッサーですらLv15は超えるそうだし、普通の武器では傷付かないと言う話だから、一般的に言えば充分脅威である。


と言う事で、街にはヴァンパイアが溢れているが、彼らを生み出した者は恐らく伯爵だよなぁ。

でも、伯爵が魔族だった、と言う事はあり得ないだろう。

となれば、黒幕である魔族、真祖がどこかに潜んでいる可能性もある。

しかし、その潜伏先は判らないし、伯爵はヴァンパイアでは無い、と言う可能性だってある。

結局、行ってみなければ判らないのだ。

領都の中心にそびえる、あの領主の城館へ。


3


俺は、街中のレッサーたちをステルスで回避しながら、城館を取り囲む塀は越えて、領主館の玄関先まで辿り着く。

そして、敢えてステルスは解き、ドアノッカーを叩く。

重い金属音が鳴り響き、しばらくの沈黙が下りる。

ギッ、と言う音を立てた後、軋みながら両開き扉が内側へと開いて行く。

そこには、灯りを手にした、如何にも執事然とした初老の男が立っていた。

「このようなお時間に、どのような御用でしょうか。」

まともな状況なら、非常識な訪問時間だ。

だが、彼らにとっては、今が活動時間なので、非常識とは言えまい。

「首都オルヴァから知らせを持って来た。伯爵様に御面会願おう。」

執事はこちらを値踏みするように、足元から頭の先までねめつける。

「失礼ですが、御面会のお約束は?」

「もちろん無い。司教についての報告だ。少しこちらに来るのが遅れた。もしかしたら、他の者が先に知らせに来たか?」

「いいえ、そのような方はいらしていませんな。エーデルハイト司教の使いと言う事でしょうか。」

「いや。その司教の、訃報を届けに来た。」

一瞬にして、執事の顔色が変わる。

「俺はその件に直接関わった冒険者でね。直に伯爵様にご報告申し上げたいんだが……。」

「しばし、しばしお待ちをっ!」

言って、執事は扉を開け放ったまま、奥へと走り去ってしまう。

どうやら、まだオルヴァからの知らせは来ていなかったようだな。

まぁ、向こうは向こうで大変だろうから、こんな離れた領地の事など二の次なのだろう。

さて、素直にここで待つ事もあるまい。

どう転ぶか判らないが、異常事態なのは間違い無い。

執事も伯爵もただの人間で、普通に報告し、普通に去って終わり、なんて事はあり得ない。

空間感知で大体の位置は判るので、俺は城館内に足を踏み入れた。


作りはしっかりした、とても立派な館だが、所々破損が伺えて、下手をすれば廃屋のようにも見える。

反対に、掃除は行き届いていて、これは執事によるものだろうか。

伯爵は私財を投げ打って民に施しをしていたと言うし、手入れが行き届いていないと言うよりも、修繕すら出来ていないと言う方が正しいのかも知れない。

街にはレッサーが溢れていたが、館内の人影は2つ。

ここには、伯爵と執事しかいないようだ。

伯爵には俺の侵入が判っているのか、2人して動く気配は無い。

取り敢えず、まだ何も判っていないので、その誘いには乗る事にする。

その部屋はかなり広く、中央に大きなテーブルがあって、テーブルの上には燭台が、天井にはシャンデリアがあり、蝋燭の揺れる炎が室内を照らしている。

椅子の数からしても、大勢の人間が一堂に会し、食事をする場なのだろうか。

今は、どこにもそれらしい用意はされておらず、部屋の入り口から右手、火の入っていない暖炉の前の立派な椅子に、館の主は座っていた。

執事は部屋の反対側の椅子を引き、「どうぞ、お掛け下さい。」と椅子を勧めて来る。

ここは、素直に従っておく。

俺が席に着くと、執事は主の傍へ移動し、それを待って主が口を開く。

「ようこそ、エーデルハイトへ。私が領主代行を務める、エーデルハイト伯爵である。」

伯爵の口元に光る牙を見付けるが、そう言えば執事には見当たらなかったな。

俺は立ち上がり、名乗り返す。

「私は、クリムゾンと言う一介の冒険者です。不躾な訪問、失礼いたします、伯爵様。」

それを片手を上げ制して、「良い。」と声を掛けた後、再び手で着座を促す。

「して、エーデルハイト司教について、重大な知らせを持って参ったそうだが。」

「はい。司教は亡くなりました。」

目を剥く伯爵。

「真なのだな。」

「はい。その亡骸を、私は確認しております。」

「そうか……そうか。」

深く、深くその事実を噛み締める伯爵。

「詳しく、詳しく説明出来るのか?」

「ご要望とあらば。」

「うむ、申せ。」

俺は、淡々と語り始める。

「私は……、俺はあの司教に思うところがあってね。殺そうと館へ入り込んだ。そこで、税収の裏帳簿も見付けたし、地下で拷問を受け殺された犠牲者たちも見付けた。だから、俺がこの手で殺した。奴が捉えていた人間の中に、とある王族がいてね。ご丁寧に、その国の国宝まで持っていやがった。今は多分、首都は上へ下への大騒ぎさ。こっちにまで、まだ頭が回らんだろう。」

静かに聞いていた伯爵だが、その表情は驚きに満ちている。

「お主が……殺したのか。」

「あぁ、だからと言って、あの司教の敵を討ちたい、なんて言わんだろ?」

「……勿論だ。むしろ、私は礼を言わねばならんな。」

俺は、静かに席を立ち、テーブルの上に金貨袋を投げ落とす。

「これは、司教が所有していた宝石を金に換えたものだ。全て、ここエーデルハイトへ還元したい。そう思って、俺はこの地へやって来た。」

半ば気の抜けていた伯爵は、気を引き締め直し俺を見詰め返す。

俺は、少し語気を強めて続ける。

「だからこそ、俺は確かめねばならん。この地の現状を。この有り様を。」

俺も、伯爵の目を見詰める。

あぁ、ヴァンパイアには魅了の魔眼があるが、多分俺の魔法耐性なら効かない……はずだ(^^;

「聞かせて貰えるな。」

伯爵も立ち上がり、神妙な面持ちで応える。

「勿論です。」


4


伯爵は、俯き項垂れるようにして、静かに語り始める。

「御存じのように、ここエーデルハイトは、司教による圧政で苦しんでおり申した。民は満足に食事も摂れず、体力が落ちればその分収穫も落ちる。そんな簡単な事も判らぬ、暗愚な領主でしたからな。そこで、領主代行たる私の取り分を、ほんの少し領民へと還元して何とかやり繰りして来ましたが、その結果、まだまだ搾り取れると勘違いした司教は、さらに重税を課すと言う暴挙に出る。そんな事が何年も続けば、当然待っているのは破滅だけ。」

いつの間にか姿を消していた執事は、飲み物を用意して戻って来た。

伯爵の前、次いで俺の前に杯を置き、部屋を退出する。

その杯で一度口を湿らすようにして、伯爵は後を続ける。

「今年はもう持たない、そう思っており申した。そんな折、1人の御仁が訪ねて参ったのです。ここエーデルハイトの窮状を耳にし、ご自分ならば力を貸してやれる、と。ですが、それは一時しのぎに過ぎず、痛みも伴う。それでも、と言う覚悟があるならば、と。」

俺も、軽く口を湿らす。

お、何だよ、このワイン美味いじゃねぇか。

あ、いや、今はそんな場合じゃ無いぞ、うん(^^;

あ~、気を取り直して。

「それが、魔族。ヴァンパイアだった訳か。」

「はい。ヴァンパイアとなれば、空腹からは解放される。代わりに、血の渇きを覚える事になる。人は食べねば死ぬが、ヴァンパイアは渇くだけ。その苦しみに耐えられるなら、一時命は永らえます。」

「それでは根本的な解決にはならず、司教がいる限り窮状も変わらない。」

「それでも、それでも他に、抗う術など我々には、もう……。」

その決断と、覚悟、何より、全て承知の上での提案。

「Demon is not an evil.」

「え?」

「悪魔は邪悪では無い。俺は、聖オルヴァドル教が伝える魔族の姿を、鵜呑みになんかしていない。神も然りだが、この目で確かめてみなければ、真実など判らんものさ。その魔族は、悪意でお前を眷属とした訳では無いだろう。」

「はい。救いであったと、そう心得ております。」

優しい悪魔、か。

一度、逢ってみたいものだ、が……。

「それでも、ヴァンパイアはヴァンパイア。民の苦しみを鎮め、命を救う。その為とは言え、血を吸い眷属とする行為は、決して許されるものでは無い。」

「はい。」

「偉いと思うよ、あんたも街の住民たちも。中には渇きを抑えられず、街を訪れた者を襲った奴もいただろう。だが、それでもこの街を出ず、ヴァンパイアを広めないように努めている。」

俺は語りながら、テーブルの横へと移動する。

「でも、それはいつか限界を迎える。司教が生きていたら、首都から徴税官も訪れただろうし、司教が死んだ今、代わりの領主が伯爵を呼び付けるのかも知れん。血の渇きは相当なものだと聞くから、耐え切れず他の街を襲おうとする輩も出るかも知れん。」

そして、腰のショートソードを静かに抜く。

「一時しのぎ、一時は永らえる、その魔族も、伯爵、あんたも、全て解っての事。覚悟は出来ているな。」

伯爵も場所を移す。

「勿論です。……執事のセバスチャンですが、彼が実務を取り仕切っており、昼間も動ける者が必要なので、人間のまま仕えております。彼は眷属では御座いません。」

執事でセバスチャンかよっ、とツッコミたいのをグッと我慢して(^^;

「あぁ、彼には犬歯が見えなかったしな。だが、伯爵、勘違いするなよ。あんたが決めた覚悟は、自分1人の命だけの重さじゃ無い。もっと多くのモノを背負った覚悟だ。なら、潔くするんじゃ無くて、最期まで足掻くべきだ、と俺は思う。」

伯爵が怪訝な顔をする。

「俺を殺せれば、まだ数日、いやもっと長く生きていられるかも知れない。全ての住民が一時の生と納得して噛まれた訳ではあるまい。一分一秒でも、長く生きたい、死にたくない。それが生命の本質だと、俺は思う。」

伯爵の顔に精気が宿り、その瞳が赤く輝いて行く。

「足掻け、伯爵。生命を吸ったその責任を負って、最期の最期まで足掻き続けろ。その覚悟を俺に示してみせろっ!」

黒い巨大な蝙蝠のように、伯爵はマントを広げてこちらに躍り懸かって来る。

さすがに早い。

身体強化で能力を2倍に上げ、ショートソードに魔力を付与。

そうして初撃は後ろへ躱し、体勢を崩した伯爵へこちらから斬り付ける。

それを軽く躱した伯爵は、腰に挿したレイピア(細剣)で突き掛かる。

ショートソードで受けた後、レイピアを左に流そうと試みるが、レイピアはあっさり弾けて落ちる。

しまった、伯爵の姿が無い。

俺は咄嗟に床を転がると、今までいた場所が音を立てて崩れた。

上か、と見上げれば、伯爵は天井に逆さまに立ってこちらを見下ろしていた。

さすがヴァンパイア、身体能力だけで無く、感覚も人を超えている。

手の中に招喚したインビジブルダガーを投げ付けるも、それを躱して床に降り立つ伯爵。

これも視えるのか?!

だが、降りて来た位置は良い。

腰溜めに構えたショートソードを大きく振り、伯爵を後ろへ飛ばせる。

その伯爵の体が、何かに当たってたたらを踏む。

驚き振り返る伯爵の目には、何も映らない。

固定した空間にぶつかり隙を見せた伯爵の懐に、一気に飛び込む。

すぐさま迎撃態勢に入り繰り出した鋭い爪の一撃は、俺の左肩を抉った。

代わりに、俺のショートソードが、伯爵の胸に突き刺さる。

「ぐぅおお……、ふ、見事だ。ぐぅ、セバスチャーン、後を託すぞっ!そしてクリムゾン、殿……感謝する。」

「あぁ、後は任せておけ。あんたの業は俺が払っておく。エーデルハイトの事は、セバスチャンが何とかする。長い間、良く頑張った。安らかに眠ってくれ。」

伯爵の体は、足元から崩れるように、白い灰となって行く。

消え去る前のその表情は、とても穏やかな優しい顔に見えた。


俺は、残った伯爵の遺灰を浄化の炎で焼く。

セントファイアー(聖なる炎)はアンデッドに掛ければ効果絶大な神聖魔法だが、今は浄化の力を借りる為だ。

真祖では無い伯爵が復活する事は無いと思うが、セントファイアーで清めてやれば、伯爵の魂は神の御許へ召されるだろう。

ま、この世界の死後なんて、俺には知る由も無いけどな。

無神論者の無宗教とは言え、お墓の関係で家は真言宗の檀家ではあったから、一応手を合わせておく。

せめて、死後は安らかであって欲しい、と心から思う。

貴族と言うものが、一体何を背負っているものなのか、それをちゃんと理解している立派な伯爵だったのだろう。

下手をすれば、俺が出逢った初めてのまともな権力者であったかも知れない。

現世を含めて。

さて、俺の自己満足な儀式を終えて振り返れば、部屋の入り口で畏まっているセバスチャン。

「すまないな。」

つい、謝ってしまう俺(^^;

「いいえ、クリムゾン様。伯爵様は、全てをお解りになった上で、敢えて汚名を被る事に致したので御座います。そのお心を汲み取り、伯爵さまの尊厳をお守り頂いたものと存じます。感謝致します。」

深く頭を下げるセバスチャン。

俺は俺の流儀に従ったまでだが、人の心は現世も異世界も変わらない。

俺の思いが伝わったのなら、こちらこそありがたい事だ。

「悪いがセバスチャン、後の事はお前に任せるぞ。そこに金貨が100枚ほどある。それを全て使って、領民たちに施してやってくれ。」

「金貨100枚、で御座いますか。それを全てエーデルハイトの民へ。」

「そうだ。俺ではどう使えば良いか判らんからな。元々は伯爵に託すつもりで持参したものだ。伯爵ならこう使う、と言う使い方をしてくれ。」

「畏まりました。必ず、必ずご希望に沿うよう、尽力致します。」

「全て使い切ってくれよ。新しい領主がどんな奴になるか判らないんだ。残しておいたら、取り上げられかねん。」

「判りました。責任を持って、使い切ってみせましょう。」

少し、セバスチャンの顔がほころんだように見えた。

セバスチャンも、相当苦しんだ事だろう。

エーデルハイトの民たちと共に、少しでも楽になれると良い。

「俺はまだ後始末が残っている。だからすぐに立ち、もう戻らない。今から言う事は良く覚えておいてくれ。ふらりと現れた旅の冒険者が、伯爵様や領民たちを殺したヴァンパイアを倒して去って行った。セバスチャンは、唯一の生存者だ。いいな。」

「!!!……それでは、助けて頂いたあの方が……。」

「なぁに、自分が悪者にされる事も、織り込み済みだったろうさ。魔族でありながら人を助ける。相応の覚悟あっての事だと、俺は思うぞ。」

「しかし……。」

「それに、伯爵の名誉も守られて、後の混乱も最小限で済めば、それはこの先の領民の為になる。」

「……承知致しました。此度の事、私だけは、決して忘れぬと誓いましょう。」

「それで良い。……あ~、それから、どうしてもその冒険者の名前が必要になったら、クリムゾンと明かして良いからな。本当は、人助けをしたなんて評判、欲しくないんだがな。」

「はぁ、そうなので御座いますか?」

「俺なんかが良い人だなんて勘違いされたら、迷惑な話だからな。俺は、慈善事業で人助けなんかする気は無ぇんだ。」

セバスチャンは、良く判っていない様子だ。

まぁ、傍目から見れば、今回の事も無償で人助けをしているように見えるしな。

あまつさえ、持ち逃げしたって誰も気付かない、金貨100枚を置いて行くくらいだ。

俺だったら、俺って何て良い奴だ、と思っちまう。

だが、実際は違う。

こいつは、俺自身が起こした行動に対する、俺自身のけじめに過ぎない。

あんな司教でも、殺すと決めて殺したのは、その責任を背負う覚悟での行動だ。

思ったよりも事が大きくなっただけで、俺にとってはまだ最初の事件の延長戦。

ただ、それだけなのだ。

「それじゃあ、セバスチャン、元気でな。後は宜しく。」

もう返事は待たずに歩き出す。

さぁ、後始末を終わらせよう。


5


後始末ってのは他でも無い。

残ったレッサーたちの事だ。

しかし、空間感知で捜索したところ、セバスチャン以外の人影は3つだけ。

どうやら、血分け親であるヴァンパイアが滅びる事で、レッサーたちは一緒に滅ぶようだ。

だが、その血の繋がりを断ち切れるほど強い個体か、件の魔族が伯爵同様に血を分けた眷属、もしくはその魔族本人がいるのだろうか。

取り敢えず、城館の門前に1人来ているので、そいつに会ってみる。

そこにいたのは、まだ若い青年だった。

俺は、その青年の前へ降り立つ。

「……貴方が、伯爵様を御倒しになったのですか?」

「あぁ、間違い無い。俺が伯爵を看取った。」

「そうですか……どのような御最期でしたか?」

「見事な最期だったさ。伯爵の名に恥じぬ、な。」

青年は、城館の方へ向いて、黙祷を捧げる。

「私は、伯爵様の後を追います。私は、もう何日も食事を摂れずに、今にも死ぬところを救われました。その事には感謝致しておりましたが、そうまでして生きていたいとは思っていなかったのです。ただただ、大恩ある伯爵様の御覚悟に従ったまで。その伯爵様が解放なされた今、私は伯爵様の許へと参ります。」

青年は一礼して、踵を返す。

だが足を止め、もう一度こちらを振り返る。

「お気を付け下さい。もう2人、伯爵様と一緒に滅べなかった者がおります。しかし、彼らは生にしがみ付き、その渇きを癒すのだと言っていました。多分、こちらへやって来ます。我々の感覚では解るのです。ここに、まだ生きた人間が2人いる事が。」

青年の眼が赤光を放つ。

しかし、彼は自らの唇を噛み締め、平静を取り戻す。

「血の渇きは想像を超える苦しみです。我々は、伯爵様と共に滅びた者たちとは少し違う。そして、彼らも極限まで渇いています。とても危険な存在です。どうぞ、お気を付けて下さい。」

再び一礼した青年は、今度こそ振り返らずに、来た道を戻って行った。

どうやら、残った3人は皆、レッサーを超えた眷属たちのようだ。

だが、真祖の眷属たる伯爵とも違う存在だ。

もどき、と呼称しよう。

ヴァンパイアもどき、とでも言うような存在。

俺が現世で好きだった小説で、そんな呼称が登場した。

真祖、ヴァンパイア、レッサーヴァンパイアとは違うヴァンパイアもどき。

ヴァンパイアの力と人の理性を併せ持つ者。

油断は出来無いな。


その2人のもどきだが、探す手間は省けた。

2人揃って、こちらへとやって来る。

さて、どうしたものか。

先ほど受けた左肩の傷は、とっくに完治している。

HPもMPも全快だ。

タイミング的には、1つくらい焔紫を仕込んでおく事も出来るが……、多分、もどきの超感覚でバレるだろう。

ステルスで姿を消す事は可能だが、奇襲をするつもりが二手に分かれられて、片方がセバスチャンに向かって行っては困る。

真正面から受けて立てばこそ、彼らを俺に引き付ける事が出来るだろう。

正直、一対一なら問題無いとは思うんだが、仮にもどきの身体能力が伯爵並みなら、一遍に相手をするのは骨が折れる。

正攻法と見せての騙し討ち、上手く行くと良いが。

……来た。

2人並んで歩いて来る。

その眼は赤く爛々と輝き、狂気を孕んでいるように見える。

向かって左の1人は2m近い長身痩躯の男で、心なしか手足も長く見える。

もう1人は小柄な女性で、顔は若く見えるが杖を突いて歩く姿は老婆のようだ。

50mほどの距離まで近付いた時、長身痩躯の男が走り出す。

さぁ、戦闘開始だ。

俺は、腰の裏から得物を取り出し、おもむろに男へと投げ放つ。

と同時に、3本ほど招喚しておいたインビジブルダガーを、弧を描く軌道で放り投げておく。

男はにやりと笑い、インビジブルダガーの位置に目をやる。

そんなものはお見通しだと言わんばかりの余裕の態度だが、囮見え見えの投擲したダガーの方が本命だ。

短距離空間転移で一瞬で間を詰め、男の前まで迫っていたダガーを手に取りそのまま突っ込む。

心臓を抉る感触を感じた瞬間、俺は得物に魔力を流した。

見え見えの遅い投擲、魔力も通わぬただのダガー、それで油断を誘い隠して放り投げたインビジブルダガーの方を本命だと思い込ませた。

「っぉ……。」

声も上げられず、男は灰と化して行く。

もう1人。

杖を突いた老婆なら、と予想した通り、男との接敵時を狙って上空からこちらを狙っていたな。

そんな若いババァがいるか。

杖を突いた老婆然とした動きがブラフ。

その上で虚を突き、且つもどきの高い身体能力を生かすなら、当然中空だ。

俺は素早く黙詠唱に入り、真下に焔紫の魔方陣を描く。

宙にあっては、もどきと言えども自由には動けない。

正確に俺の真上を取った老婆に、紫光の柱をお見舞いしよう。

魔法陣が完成すると同時に、俺は後ろへ飛び退き、焔紫を発動させる。

輝く紫色の光が天へと立ち上り、それは老婆もどきを焼き尽くす……はずであった。

しかし、彼女はその黒衣を広げ、蝙蝠のように滑空し、光柱を躱して降り立つ。

ちっ、もどきでも空を舞えたか。

しかし、それは俺も想定内。

降り立った元老婆の表情が、怪訝なものへと変わる。

どこにも敵がいない。

そう、俺は焔紫が万一外れた時の事を考え、発動と同時にステルスモードへ移行していた。

相手が1人であれば、二手に分かれられて困る事も無い。

それに、もどきの超感覚をも欺けるか、試してみたかったからな。

果たして、元老婆は敵を見失い、次第に焦り始める。

確かに、今の今まで目の前にいたのだ。

同志を一瞬で灰にするような強者が、今の今までは目の前に。

焦り、恐怖さえ感じ始めた女の背後で、俺は折角なので試してみる。

プロレスの芸術品、素晴らしき人間橋、ジャーマンスープレックスホールド。

……ごくり、凄ぇ、もどき相手だから身体強化2倍の全力で投げてやったら、首が体にめり込んどるわ(^^;

ヴァンパイアの急所のひとつである心臓が損傷したからか、灰にこそならなかったがピクリともしなくなった。

うむ、やはりプロレス技はつい熱が入ってやり過ぎてしまうな。

しかし、人を襲う気満々だったもどき相手だ、まぁ良かろう。

俺は、まだ魔力付与が掛かったままの得物でちょいっと止めを刺して、女をちゃんと灰にした。

ふう、やれやれ、良い汗掻いたな(^Д^;


6


空間感知で、先の青年は捕捉し続け、反応が消えてからその場へ向かう。

遺された灰の傍には、1本の木製の杭が転がっていた。

凄いな。

俺には、とても真似出来無いよ。

それだけ伯爵への尊敬の念が強かったのだろうが、殉死する奴の気が知れない。

凄いとは思うが、それだけだ。

馬鹿げているとさえ思う。

何故、生きようとしないのだ。

死後など死者にしか判らない。

生者は生にしがみ付くべきだ。

俺には、さっき倒した2人のもどきの方が、まだ理解出来るよ。


さて、これで後始末も終わった。

ミラは賢く、放した場所で待っていてくれた。

こうして俺は、エーデルハイトを後にした。

出奔したものの、今まではまだ自由では無かった。

あの司教との因縁が切れた今、ようやく自由だ。

何処へだって行ける。

何だって出来る。

まずは北へ向かおう。

ミラが進みたい方へ走らせてやるのも良い。

そして、どこかで美味いものを探そう。

うん、それが良い。

しばらくは、神も悪魔も忘れて、気ままに過ごそう。

俺の、第二の人生は始まったばかりだ。


ちなみに、後で風の噂に聞いたが、焔紫は公式にガイゼル王国に返還されたそうだ。

それにより、第三王妃ティエリアは反乱を企てた罪を問われて幽閉。

王妃の子も、責任を問われて王位継承権を剥奪されたのだとか。

折角命を助けてやったが、それも無駄だったのかも知れないな。

まぁ、どうでも良い、下らない話である。


第二巻へつつく


あとがき(※小説家になろう投稿時執筆)


私がいつも読んでいる小説は、大体1巻5~7章くらいなので、そのつもりで1巻分書き上げて投稿してみました。

書き上げた分はこれで終わりですが、一応4巻相当までは構想が固まっているので、ぼちぼち書いて行こうと思います。


コンセプトは、イボンヌ木村名義でコンプティークのルーンワース攻略記事内で極道プレイと言うコーナーを書いていた中村うさぎが、後にゴクドーくん漫遊記を書いたみたいに、オープンワールド系アクションRPGを遊んでいる時に、私だったらこうするのに、もっとこうしたいのに、と思った通りに行動させるゴクドーくんみたいな作品にしたい、と言うものです。

文筆用PNの千三屋きつねは、中村うさぎが好きで付けました(^^;


私は小説を書く勉強もした事無いですし、中村うさぎみたいな読んでいて面白い文章も書けませんが、内容を楽しんで頂けたら幸いです。

どうぞ、宜しくお願いします。

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