第5話 恋はしたことない
仮とは言え、付き合うと、言ったところで、どういうことをして、どうするべきなのか。私にはわからない。残念ながら、そのような経験は一度もなくて。どうしたものか。昨日に私から提案したことだけれど、本当にわからない。
普通は、というか、大体の人は、こういう場合……一緒にどこかに行くというのが普通なのだろうか。どこかに行くと言っても、行くべき場所はなく、行きたい場所も特にないのだから、何も案はないに等しい。
いや、この場合は恐らく、ユキと行きたい場所を考えるべきなのではないだろうか。しかしながらというか、そこまで私の中に意志や願望は見られない。ならば、何もしなくてよいのだろうか。けれど、それはそれで付き合うとは何を示すのだろう。ならば、口約束に過ぎないというか、軽い約束にすぎないものなのだろうか。
うーん。あんまり考えすぎてもよくわからない。まぁ、なるようになるか。目的だけははっきりしているし。単純にこの関係の目的は、私が彼女を好きであるかというのが主題として存在している。個人的には好きになれると良いと思っているのだけれど。かといって、内にある感情が恋であるとはあまり思えない。
それに1人で考える必要もないか。私自身の感情については、私が考えるべきことではあるとは思うけれど、私とユキの関係の在り方についてとなるなら、彼女と話すべきだろう。
しかし、彼女は本当にどうして私などを好きになったのだろう。本当に住む世界が違うというのに。恐らく、たまたま屋上で出会わなければ、出会うことすらなかったのではないだろうか。もちろん、話すこともなかっただろう。
彼女は確か……私のことを世界の彩りだと言っていた。それが、彼女の世界の印象である灰色に基づいた表現であることは考えるまでもないけれど、もしもそうなのであれば、彼女の世界に赤色以外の色は元々存在していなかったということになる。
たしか、赤色というのは何かしらの脅威という解釈をしたはずだけれど、そうなると、彼女の世界に存在していたものは、ほのかな光に照らされた色のない環境と、そこに迫る恐ろしいものということになる。
結局、ユキは私の解釈が合っているかどうかは言わなかったけれど、多分それは彼女自身にも答えが出ていないのだろう。でも、彼女が満たされていないというのは恐らく本当なのだろうとは思うけれど。
溢れ出るほど資金とそれによる恵まれた環境の元で育ったであろう彼女が、そのような不満を持つというのは物を求め続けた昔の私からすれば、疑問を持つところなのだろうけれど。今の私は、物質的豊かさだけが人を満たすものではないということは流石に知っている。
そこまではいい。彼女が何かに恐れ、何かに不満を持つというのは、有りえない話ではないし、人であれば当然の話だろう。けれど、そこに彩りをもたらしたのが私というのがよくわからない。
私のしたことと言えば、ただ彼女と話しただけだし、それ以上のことは何もしていないのに。一体何を感じて、私を好きになったのだろう。
聞いてみてもいいけれど、流石に恥ずかしいという気もする。彼女もそう素直には答えないだろうし。思いつく可能性としてはだけれど、私のような人が珍しかったからなのではないだろうか。
彼女の周りにいる人は、大抵が彼女と同じで社会的地位の高い者なのだろうし、それは昔から変わらないはずだ。私のような孤児と話したことなど、一度もなかっただろう。だからこそ、物珍しかっただけなのではないだろうか。
けれど、もしそうなると、ユキが私に恋をしているというのは、彼女自身の勘違いであるということになってしまう。いや、もちろんその可能性も大いにありえるのだけれど、それは少し、いや、かなり悲しい。そう、悲しいのだ。
なんだかんだ、私は彼女に好きと言ってもらえて嬉しいのだろう。同時にそれが失われるのが怖いけれど。
でもやはり、彼女ほどの人が私を好きになるというのは、そう言った何かの間違いであるという可能性を追ってしまう。なんだか怖い。もしもこれで、本当に私が彼女を好きになってしまって、その後に間違いだったとなれば、私はもう立ち直れないかもしれない。
あまり期待しないほうがいいのかもしれない。
まだ付き合っただけなのだし。そして明確な何かがあるわけではないのだし。
そういえば、彼女は恋というものが何かわかっているのだろうか。
私に向けた感情が恋だと、なぜわかったのだろう。
前にも同じような感情を抱いたことがあるからだろうか。それなら話は簡単だけれど。しかし、ユキはどちらかと言えば、恋されるほうで、恋する方には見えないけれど。いやでも、私達の16年という人生において恋をしたことくらいあるというのが普通なのかな。私には一度もなかったけれど。
しかし、気になる。
彼女は昔、どのような恋をしたのだろう。
聞くと困るだろうか。でも、かなり気になる。聞いてしまうのは失礼かもしれないけれど……
「あぁ、そんなこと? 全然教えるよ」
昼休み。いつもの屋上。
ユキに今までにどんな恋をしてきたのかと思い切って聞いてみれば、意外と彼女はすんなりと教えてくれた。
「今まで恋なんてしたことないよ。ミリアが初恋」
そう、少し照れながら教えてくれた。
「まぁ、そうは言っても付き合ってみるというのは初めてじゃないけれどね。告白も何度かされたことがないわけじゃないから。試しに付き合うというのなら何度かやったよ。見ての通り、あまりうまくはいかなかったけれど。でも、あれは多分、相手も私を好いていたわけではなかっただろうね。私ではなく、私に付属する価値を好いていたんじゃないかな。
合計でえっと、3回かな。たしか名は……マリウスとカイゼルキア、あとはバニエストンだったかな。あんまり覚えてないし、もうどこかの学校へと転校してしまったから、もう会うこともないけれど」
「……そ、そうなんだ……色々、会ったんだね……」
昔を語る彼女はどこか遠い目をしていた。
同時に私はなぜかその話を聞くことが少し辛くなっていた。自分から聞いた話だというのに。
でも、同時に疑問も覚えていた。
もしも私が初恋であるというのなら。
「なら、どうして、私への感情がその、恋だって気づいたの? 初恋だというのなら、確証がないんじゃないの?」
「まぁ、それはそうかもしれないね。でも、感じるもの」
何をと聞こうとして彼女を見れば、彼女は形容しがたい表情をしていた。なんというのだろう。いや、でも一言で言えば、幸せそうな表情というのが一番近いのだろうか。
「もちろん最初はわからなかったよ? わからなかったけれど、今はもう確信しているよ。ミリアのことが特別好きだって。それがいつからかはわからないけれど。気づけばという表現が正しいのかな。まぁでも、あえていつからかと言えば、そうだね……最初からになるのかな。
最初にこの屋上で出会ったときからミリアは特別だよ。私にとっては。まぁ、それが特別に好きとなったのがいつなのかはあまりわからないけれどね。でも、あまりそれは気にしていないね。私は今、ミリアのことが大好きなんだから。それでいいかなって」
正直、私は聞いている途中から猛烈に恥ずかしくなってきていた。これも私が聞いたことなのだけれど。でも、ここまで直球で好意を投げられることに慣れてはいない。それどころか、好意を向けられたことすらないのに、ユキのような人に好意を向けられれば、照れずにはいられない。
ちらりと彼女をみれば、彼女も頬を赤くしていた。けれど、同時に熱を感じた。それは目の奥になる何かで、それがとても特別なものに感じた。なんとなくだけれど、それは特別な意思であると。
……恐らく、私にはないもの。私が感じることのできないもの。
「まぁ、そんな感じかな。ミリアは、あんまり恋とかしたことないんだよね? 昨日、そんな感じのことを言っていたけれど。あ、でも告白とかはされたことあるのかな。もしもそうなら、私も聞きたい。あ、いや待って、やっぱり聞きたくないかも。聞いていると辛くなってきそうだし……いや、でも、私の知らないミリアがいるほうが嫌だし……」
よくわからないことで悩む彼女は少しおかしくて、私はくすりと笑ってしまう。
「大丈夫だよ。告白とかされたことないし」
当然というか、当たり前というか、今までに告白されたことなど一度もない。そして、恋をしたこともない。故に、私の人生は色恋というやつとは関わりのないものだった。それこそほんの2日ほど前までは。
「あ、いや違うか。ユキには告白されたね。だから1回はあると言えるのかも。そして付き合ったこともないよ。まぁ、だからこそ付き合うと言ってもどうすればいいかはよくわからないのだけれど。あ、そうだ。ユキは他の人と付き合ったことがあると言っていたけれど、その時は一体どんなことをしたの?」
私はまたふと疑問に思ったことを深く考えもせず、まるで妙案を思いついたかの如く、口にした。
「えっと、たしか……3人とも似たようなものだったよ。どこかに出かけるとかそんな感じ。まぁ、特に何もなかったよ。思い返してみれば、会話するのは5日に1回とかだったし、1カ月程度で連絡がつかなくなったから、付き合っているという感じはあまりしなかったね。私が言えたことじゃないけれど、彼らはあまり私のことを好いてはいなかったのだろうから、私達が参考にすることではないような気もするけれど。
だって、私はミリアのことがすごく好きだし、できれば毎日会話したいし……前とは、全然違うものにしたい。さっきミリアは付き合うと言ってもどうすればいいかよくわからないと言ったけれど、これでいいんじゃないの? この、話しているだけで。私達が付き合っている理由って、お互いを良く知ろうってことでしょう? なら、こうして話すことこそ、その手段としては最適解じゃないかな。私としては、そうして私がどれぐらいミリアを好きかわかってもらえると嬉しいのだけれど」
そういえば、そんなことを言っていた。
お互いのことを知る期間が必要だって。そして、そのための付き合うという状態であると。なら、たしかにただこの屋上にくるだけでいいのか。別に特に何も特別なことはする必要はなくて。
やっぱり付き合うっていうのは名ばかりのものでしかないのかもしれない。
「あ、そうだ。明日も会えるかな」
「うん。別に良いけれど……いや、明日は休みじゃない?」
休みとなると、学校はない。ならば当然、昼休みに学校にいるわけはなくて、この屋上にも来ないことになる。流石に授業もないのに昼休みの時間にだけ学校に来て、屋上へ向かうというのも変だろうし。
「えっと。休みだから、外で会えないかなと思ったんだけれど……難しいかな」
「あ、そういうこと……それはまぁ、うん。多分大丈夫だけれど」
言ってから思ったことだけれど、これは2人きりで出かけるというやつなんじゃないだろうか。そして、それに私は断るという選択肢を考えもしなかった。まるでそれが当然というか、当たり前かのように。
多分それは付き合っているからだろうということに気づかない私ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます