第3話 求めているもの

 再度、また明日と言われてしまったということは、今日も彼女と会うはずであるのだけれど、それ自体は少し楽しみにしている私がいる。彼女と話すのは、想像よりも楽しい。やはりなんだかんだと言ったところで、私も孤独は寂しかったというところだろう。話している内容に関しては、正直よくわかっていないけれど、多分そこは何でもよいのだと思う。何を話すのかではなく、誰と話すのかということが大切であることは、古くの私が教えてくれたことでもある。


 しかし、疑問がなくなったわけではない。まだ多くある疑問の1つは今も大勢の友達に囲まれているユキのような人がどうして私などに目を付けたのかという話である。目を付けたというと言い方は悪いけれど、実際屋上でたまたま出会っただけの私に、それも孤独を極めていた私に話しかけてくるというのは少し変な気がする。


 彼女の話は確かに変だけれど、彼女が話せば、誰であろうと真剣に話を聞いてくれるはずだ。そういう特別性が彼女にはある。それこそ私よりも真剣に話を聞く人が多いのではないだろうか。私は基本的に難しい話にはついていけないから、半分ほどはなおざりになってしまうことは否めないだろうし。


 でも、また明日と言われたということは、彼女は私に今日も会うことを望んでいるのだろう。少なからずは。そして、私もそれを望んでいる。これも彼女の不思議な雰囲気によるものなのだろうか。また会いたいと素直に思うのだ。けれど、友達に会いたいと願うことはそこまでおかしなことでもないはずだから、そこまで不思議な事でもないのかもしれないけれど。


 少し恐れていることがあるとすれば、私自身のことである。私は手痛くて、思い出したくもない失敗を過去に重ねてきていて、その失敗について詳しく語ることはないけれど、ともかくそれは友人関係を破壊するものだったのだから、またしても私が同じ失敗をするのではないかと恐れている。つまりは、ユキとのこの小さな関係を破壊するのではないかと私は恐れている。まぁ、かといって、同時に恐れすぎていても仕方がないとは思っているのだけれど。


 でも、もしも私が失敗しなくても彼女から離れるという可能性もある。そうなれば、仕方がないから、本当に恐れすぎるだけ無駄ではある。違う点があるとすれば、彼女が私からただ離れるだけなら、彼女との会話は苦しい記憶ではなく、ただの懐かしい思い出になるであろうということである。未来の私から見れば、そちらの方が良いだろう。


 単純にいえば、なるべく後悔を残したくはない。実際のところ、後悔を残さないなんてことは非常に難しいというか、恐らく無理なことはわかっているけれど、少なくとも後悔を減らすように努力をできる限り行うべきなのだろう。


 となると、私が今すべきことは、ユキの姿を目で追うことではなく、彼女の宿題を解くことであろう。彼女から出された宿題。


 濁り切った灰色に赤色を垂らしたもの。


 この解釈について考えるべきなのだろう。

 別に彼女がそれを考えろと言ったわけではないけれど、彼女は私の適当に口にした世界の印象についての解釈を唱えてきたのだから、私も同じことをして返さないといけないのではないかという、そういう漠然とした考えはある。恐らくユキもそれを望んでいるはずだし。多分だけれど。


 ということで、私は朝から彼女の昨日の言葉について考えているのだけれど、全くもってわからないというのが真実ではある。私は元々、難しいことを考えるのが得意ではないのだから、まずどうしたらいいのかがわからない。濁り切った灰色に赤色を垂らしたものと言われても、それをどうすれば、世界への解釈へと成れるのかがよくわからない。


 どうすれば世界の解釈に成るのかを思案した結果、恐らくまずは分解してみるべきだろうと思った。彼女の世界の印象に登場するのは2つ。


 濁り切った灰色、そして垂らされた赤色。


 単純にというか、これも私の印象に過ぎない解釈をするのであれば、濁り切った灰色というのはあまり良い印象ではない気がする。薄暗く、しんどい感じのする色ではないだろうか。つまり、彼女の見ている世界も、暗い世界なのだろうか。私と同じで。しかし、そんなことがあり得るのだろうかという疑問はある。


 正直、私が暗い世界を見ていることに私を含めてそこまで疑問に思う人は少ないはずだ。私は両親の顔も知らないし、国の孤児院で育ち、そこから出ればずっと一人暮らしだ。孤独だけがずっと友達であったような人である。いやまぁ、友達が全くいなかったのかと言えば、嘘になるけれど、その友達関係も自ら破壊してしまったのだから、本当に孤独が親友なんだろう。そして誇れるものもなく、ただ学校と家を往復するだけの毎日なのだから、そんな私の見ている世界が闇であるというのは、あまり疑問視されない気はする。


 しかし、彼女はどちらかと言えば逆なはずだ。名家に生まれ、お金に不自由はなく、友達も多い。勉強もできるし、運動神経も抜群、容姿だって可愛い。不安や恐怖、孤独と言ったものからは無縁のように見えるけれど。

 でも、そう見えるだけなのかな。考えてみれば、色々と疑う点はある。お金に不自由はないはずだというけれど、昼休みには安物の麺麭を食べていた。それに友達と話している時だって、よく笑っているけれど、昨日の屋上で見たような笑顔をしてはいない。それに、あの屋上に来た。


 彼女は、あの屋上に独りになりにきたのだ。私と同じで。

 ならば、そういう可能性もあるのだろうか。私と同じような世界を見ているという可能性も。同じように暗い世界の中にいる可能性も。


 ならば、垂らされた赤色とはなんだろう。

 やはり、赤で連想されるものといえば、血だろうか。血液、傷といったもの。もしくは炎だろうか。燃え盛る火。この辺りが赤色の解釈としては思いつくものだけれど、暗い世界に血や炎というのは、どうにも世紀末すぎる気もする。私が言えた話ではないのかもしれないけれど。


 でも、私にはこれぐらいしか思いつかない。

 つまり私の解答は闇の世界に血と炎ということになる。


「というのが、私の考えた解釈だね。いや、だった」

「だった? 今は違うのかな」

「まぁね」


 昼休み。屋上。

 彼女の前で、私の考えた解釈を話していたけれど、話しているうちに私は別の解釈を思いついていた。いや、どちらかと言えば、話している解釈に疑問が生じたのだけれど。


「この解釈だと、暗い世界になってしまうけれど、それなら色では表現できない気がする。わざわざ色で表現したのだから、それはつまり、その世界には光が差し込んでいるということなんじゃないのかな。

 薄暗い灰色の世界。それはつまり、暗闇が照らされている世界とも言える。それは弱い光で、小さな光なのかもしれないけれど、確実に照らされている世界。眩くはないのだろうけれど、明るくはないのだろうけれど、完全な闇の世界じゃない。

 なら、赤色は何か。私は赤色に関して大きく思い違いをしていたんだと思う。というよりもユキの言葉の一部を無視していた。多分、血や炎と言った解釈はそこまで間違ってないと思う。けれど、それはもっと抽象化されたもので、多分赤色の正体は脅威そのものだね。そして、ここが思い違いをしていた部分なのだけれど、その脅威は世界に存在するものじゃない。

 なぜなら、赤色は垂らされているから。外部から塗られているから。それはつまり、外からの脅威。ユキがどの程度をこちらの世界と認識しているのかはわからないけれど、確実に外からの脅威が迫ってきている。みたいな。感じだと思ったのだけれど」


 思いついたときは、これしか正解がないというぐらいの解釈だと思ったけれど、話しているうちになんだか自信がなくなってきた。ユキは私の話を楽しそうに聴いているけれど、これでよかったのだろうか。勝手に彼女の世界を決めつけるような言い方をして。


「あれ。それで終わり?」

「まぁ、うん」

「虹色は、わからなかったかな」


 しまった、と思った。完全に忘れていた。

 前半部分の、濁り切った灰色に赤色を垂らしたもの、という部分ばかりに注目しすぎて、後半の最近見つけた少し暉く虹色のことを忘れていた。


「ごめん、私、」

「いや、良いんだよ。別に頼んだことでもないからね。でも、私と考えてくれないかな。私もあんまりわかってないんだ。その虹色が何を示すのか。確実にそこにあるものではあるのだけれど」


 そう語る彼女は本当に切実そうに語った。

 なんとなく、そんな彼女を助けたいと思った。どこから助けたいなどと傲慢な思考が出てきたのかはわからないし、彼女が助けを求めているようにも見えない。それに本当に彼女が困り、助けを求めたとして、私にできることなど限られているだろうに、その時の私はそんなことを考えていた。


「で、どうかな。虹色、なんだと思う?」


 だから、その質問にも珍しく真剣に考えてみることにした。いや思えば、濁り切った灰色に赤色を垂らしたもの、に対する解釈だって、私にしては珍しいほどに真剣に考えていた。真剣に真面目に考えていた。

 多分、私はユキと強い関係を構築したいのだろう。前ように失敗しないように。単純に言えば、力になりたいのだ。彼女と良き友人で居たいのだろう。


「虹は……そうだね。そのままとるなら、願いの象徴とか……魔力の色だし、力の象徴とか? あとは、なんだろう。希望とか、かな」

「たしかに。それはあるかもしれないね。多分間違いじゃないと思うよ。でも、完全に正解かと言えば、なんだか違う気がするんだよね」


 やはりそう単純ではないらしい。

 しかし、私の単純な頭ではさっき言ったこと以外にはあまり思いつかないというか、もう虹、それ自体なのではないかということ以外には思いつかない。けれど、そんなわけがない……いや、そうなのかもしれない。虹、それ自体なのかもしれない。


 雨が止み、光の差し込む際に現れる虹、それはつまり世界を彩るもの。灰色の世界を彩るものなのではないだろうか。濁り切った灰色を彩るものとは何かということになるのだろうけれど……もしも、一般論的に考えるのなら、それは簡単ものなのではないだろうか。


「光り輝く虹色を見つけたって言ってたよね。考えたんだけれど、それって、その、探しているものなんじゃないかな。求めているもので、欲しているものなんじゃないのかな。その、灰色の世界に存在していた彩りがそれだとするなら、それは大切なもの、じゃない?」


 私の答えに彼女は少し目を伏せて、考え込んでいた。けれど、少しすれば意を決したようにこちらを見る。その目はとても紅い。白色の髪に対するように、とても紅い眼で私を見ていた。


「そっか。そう、だよね。いや、最初から多分わかっていたんだけれど、私も初めてだから、それがそうなのかわからなくて。ううん。納得はしているし、それ以外の回答は多分ありえないと、思う。思うけれど」


 私の答えには、それなりの説得力があったようで、ユキは頷いてはいたけれど、しかし、彼女の言葉は歯切れが悪かった。何かを言いづらそうにしていた。というよりも、言っていいものかと悩んでいるように見えた。それぐらいは私にもわかった。


「その、大切な、求めているものが何かというのはわかる?」


 そう彼女は問うた。

 正直なところ、それは多分わかっている。赤色や灰色の具体化となれば難しい話になってしまうけれど、虹色なら多分わかる。

 灰色の世界を虹色で彩るもの。それは、単純に考えれば。


「恋、とかかな。恋人みたいな? それか、好きな人ができたとか」


 そういった類のものであろう。

 私はそう言いながら、何故かしんどくなっていた。あの超人のように感じていた彼女が恋という、俗っぽいというか、普通の人のようなことをしているのが、そんなに嫌だったのだろうか。決してそんなことはないとは思うのだけれど……


 そんな私の中で生まれた小さな疑問をよそに、彼女は頬を染めて、私を見つめていた。

 たしかに好きな人の話をするのは恥ずかしいだろう。あんまり触れるべきではなかっただろうか。わからないふりをするべきだったかもしれない。私は好きな人などできたことはないから、わからないけれど。

 という、私の思考は、彼女の次の言葉で吹き飛ぶことになる。


「その好きな人が、ミリアだって言ったら、困る?」

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