異世界転生者は無双が出来ない!!!!!!!!!!!!!?

ぷ。

プロローグ

 異世界転生者。


 それは前世の記憶や魂を引き継ぎながら魔力やマナが存在する幻想的な世界に……、つまりは退屈な現代の世とは別に存在する異世界へと……、果たせなかった夢や希望を抱いて生まれ直した奇跡の権化ごんげ


 


 


 満たされなかった人生をやり直す為の力チートスキルを手に入れたお前達を世界は祝福するだろう。


 だが……。


 “残念だったね。君の努力なんて僕のの前では無意味なんだよ”


 俺のは無残にも、に成す術もなく否定されたのだ。


 お前達の無念は理解しよう。


 ……。


 ……。


 だからこそ――。


 全ての報われ無かった者達へ、


 俺はお前達を否定する。


――――オズバレット・ヴァン・アインシュタット



 ※※※



「いやあ”あ”あ”あ”あ”!怖い”ですううううううううううう!!」


 万人が見れば万人がそうと答える。美しい顔立ちの少女が、その容姿からは到底想像できないような汚い悲鳴を上げ、白んでゆく明けの空を飛んでいた。


 “魔術世界マギステラ”。


 ここは、魔力とマナが存在し、一般的に魔術の存在が認知されている世界。


 その唯一の大陸、メガリア大陸にある大国の一つ。


 エルダーランド王国。


 その最西端にある、途方もない緑、陸の大海、不帰かえらずの森――、フォルテナル樹海。


 朝焼けに照らされて小さな影が二つ、少し離れて巨大な影が一つ。


 縦横無尽にその上空を飛び回っている。


 つややかな銀色の髪を乱れさせ、紅の瞳の端から大粒の涙を垂れ流し、形の綺麗な流しまつ毛を湿らせている騎士甲冑姿の少女――、ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオは、お伽噺とぎばなしに出てくる魔法の箒……、の様な見た目の飛行補助装置フライトユニットまたがり巨大な飛翔体から逃げ惑っていた。


 普段なら“ため息をつく程の儚げな美人”と称される顔も、今では辛うじて美人というくらいには涙と鼻水で崩れている。


 この樹海も平時であれば目を奪われるような美しい景観だが、今はその様な感想を抱いている余裕は、心の片隅かたすみでも無いのだ。


 彼女達以外に生物の気配は無く、誰も彼もがこの異常事態に呼応して、安全な場所へと退避していた。


 一秒、一瞬と油断の出来ない状況に身体は強張こわばり、冷たい汗が額から顎の先へと伝う。


 ドラゴン怖い……!、帰りたい……!!、でもここで逃げ出したら後が怖いし……(前方をチラ見する)、うぅ、帰ったらとびっきり美味しいスイーツを食べてやるんですから――、ヴァルロゼッタの中ではネガティブな感情が堂々巡りをしながら膨れ上がってゆく。


 おまけに。鎧なのに、何故か胸元に空いている大きな謎の隙間を空気が通って行くおかげで思った以上に寒かった。


 ヴァルロゼッタは、を安請け合いした事に本気で後悔し始める。


 世界を破滅へと向かわせる混沌の竜を前に、“敵を引き付けて逃げ回るだけで良い”。


 彼女に与えられた指令オーダーは、その内包されている危険性に比べ、単純かつ明快で、まるで“誰にでもできる簡単お仕事♪”と紹介されたクソ求人のような無責任極まりないものだった。


「たははは……」


 また、良かれと思って貧乏くじを引いてしまいました――、から全然変わっていない自分の性格を皮肉って乾いた笑いがこみ上げてくる。


 それを知ってか知らずか、黒き鋼の如き鱗をまとうドラゴンは、戦闘機の如き機動力で火炎弾ブレスを吐き出しながら、ヴァルロゼッタの事を執拗しつように追い回す。


 ヴァルロゼッタは、それを華麗にいなしていくのだ。


「ロゼッタ、後方。6時の方向。3秒後に次の火炎弾ブレスが来るぞ」


 跨っている箒の先端では風圧に身体を揺らされながら銀色のスライムにも見える物体ノアが電子音の様な合成音声で淡々と警告をする。


「ノアさん、さっきから微妙に分かりづらいんですよ!それ!!」


 戦争物映画とかに使われそうな方位の言い現わし方だと思った。


 クロックポジション。自身を中心として、時計に見立てて対象との位置関係を表す方法で、この様な状況では非常に有効な手法らしいが、かえってヴァルロゼッタの様な一般人には混乱の種である。


「では、今すぐ左に回避しろ」


 言われるがまま、身体を倒し旋回する。


「ひいぃいいいい!あっつぅ!!い……、今、かすりませんでしたか!!??」


 十分な距離を保って回避しても、火炎弾ブレスの持つ熱量は凄まじいもので予想を超えてきて思わず困惑した。


 耳元でチリチリと音がする。


 ノアが機械らしい冷静な分析をし、淡々と反応した。


「頭髪の先が少し焦げているな。だが、生命に別状はない、作戦継続だ。予測通り、敵は飛行中、魔力リソースが分散されて攻撃に回せる分は少なくなっている。まぁ、無理もない。目算5万tの巨体で音速を超えて飛行しているからな。――あの程度の威力の火炎弾ブレス、ロゼッタなら直撃でも耐えられるだろう」


「嫌ですよ。当たってみたりとかしませんからね、絶対!」


 “耐えられるだろう”じゃない!何を無責任な事を言ってくれるのだろうか、このおしゃべりスライムは――!?、期待ともとれる熱い視線を感じて、即座に拒否する意思を示す。


 でなければ“ちょっと試してみてくれ”などと言いかねない。


「そうか。そういうデータも取れればと思ったのだが、またの機会を期待しよう」


 ノアは、悪びれも無くプルプルと震えながら言った。


「……」


 その触るとひんやりとする、もちもちボディは全てナノマシンで構成されているらしい。


「――オズさん!オズさぁん!!早くどうにかして下さぁい!!!このままでは、か弱い乙女の柔肌が黒焦げの危機ピンチですぅーーーーー!!!!」


 実はこのヴァルロゼッタ。


 何を隠そう泣く子も黙るなのだが、今となっては、それは些細な事でしかなかった。


 その証拠に、耳にはめた無線機インカムが、ドラゴンの咆哮ばりに彼女の前を飛んでいる青年からの怒号で鳴り響く。


「ええい!無線越しにやかましい!!なぁにが“”だ!?――貴様、それでも異世界転生者かァ!?!?!?今までチートスキルなんぞに頼りきりだからすぐ根が上がるのだぞ?根性を見せんかもっと!」


 偉そうにまくし立ててきた、遠慮のない尊大口調の声の主。彼の名前はオズバレット。


 中性的な顔立ちに、頭の後ろで束ねられた綺麗なブロンドの髪が風に撫でられて馬の尻尾の様になびいている。


 黙っていれば――、の典型的な容姿端麗性悪ショウワル人間。


 傍若無人ぼうぎゃくぶじんで破天荒。


 好きな言葉は努力と根性と努力と努力。


 まるでブラック企業の行動理念を擬人化したというのが、ヴァルロゼッタから見た印象だ。

 

 そして、オズバレットは、異世界転生者の異能チートスキルに対してを持つという、今回の作戦においは中核を担う人物でもあるのだが、ヴァルロゼッタとは出会ってまだ一日しか経っていないこともありその素性に関しては、謎の部分も多かった。


 間違いなく言い切れるのは、異世界転生者の自分なんかよりも更に異質な存在ということだ。


「高度と速度はこのまま維持だ。完全に奴の注意がそちらに向いたら、俺がすぐさま頭上を抑える。――ふん。図体だけの愚かな羽根つき蜥蜴とかげめ!このオズバレット様を敵にした事を、骨の髄まで後悔させてくれる!!」


 自分達が逃げている側だというのに態度だけはデカい……。指摘しても良かったが面倒なのでやめておく。


 いちいちそんな事を気にしていたら、いつかはコメディアンになってしまうだろうと、思った。


 なんなら自分達は、あのドラゴンに一度殺されかけていた。


 都合の悪い事には、蓋をする。オズバレットはそういう主義タイプだとヴァルロゼッタは考察する。


「……。――ですが、陽動作戦なんて……、いくら命があっても足りませんよぅ」


 元を辿れば。自分から志願して臨んだ事だが、いざ実戦となるとドラゴンの迫力に怖気おじけづいて、泣き言が思わずこぼれてしまう。


 最早そこには、ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオを見る影は無い。


「“貴様がどのような事でも協力させて下さい。”と言うからこの作戦になったんだぞ」


「うぅ……、わたくしもそれは重々承知していますが……」


 それについては全く反論ができない。


 するあのドラゴンをどうにかして救ってやりたいという気持ちは今も変わることは無く、その為のこの作戦だということも熟知している。


 只。もう少し思いやりがあっていいのでは――?とは、思わなくもないのだ。


 いくら異世界転生者であっても怖いものは怖いのである。 


「ロゼッタ。ワタシは君が陽動役になる人選は、適切だったと断言する。思惑通り、異世界転生者に対する敵の攻撃優先度はかなり高い。正に適材適所を体現した、とてもスマートで効率的な作戦オペレーションだ。自信を持て」


 ノアは身体の一部を人間の腕に似た形状に伸ばしてサムズアップして見せた。


「ノアさん……、そんな事を言われても全然嬉しくないですから……」


 “餌には最適!”としか言われていない様な気がして、余計に滅入ってしまう。


 そんな心無い残酷な現実を突きつけてきたのが、今回の作戦責任者のノアである。


 姿は、銀色のメタルスライムにしか見えないが、初対面の時には“自分は量子AIだ”と自称していた。23世紀の平行世界から“転移物ギフト”として流れ着いたらしい。


 量子AIがどのようなものなのか、そもそもファンタジーなこの世界に存在しても良いのか……、前世で文系だったヴァルロゼッタには、SF映画に登場するレベルの知識でしか分からないが、ノア曰く、要はという事だ。


「ドラゴンの吐く火炎弾ブレスの表面温度は約2800度だ。これは、ロゼッタの最大魔力リソースの大体62%の魔術障壁で防ぐことが出来る。キミが常時飛行するのに6%の魔力リソースを使用しているとすると……」


 なので、こういう風に数字をここぞとばかりに多用する。


 数学が嫌いで文系を選んだヴァルロゼッタには、はた迷惑も良い所だった。


「あーあー!もぉ!!分かりましたから!油断しなければ安全って事ですよね!?」


「その通りだ」


「……」


 初対面の時こそ、産業革命以前の文明レベルなこの世界で、その設定AIは流石に無理がありませんか――?と当初は思っていた。が。今となっては、彼は何一つ嘘を言ってはいなかったと理解も出来る。


 大体。今跨っている空飛ぶ箒フライトユニットを造ったのもノアなのだ。


 間違いなくノアは、ヴァルロゼッタの前世にいた時代よりも数世紀先にあるはずの知識と技術を持っていた。


 それがこの世界にとってかなり危険な事というのも薄っすらと、理解できてしまう程には……、だ。


 しかし、そんな事は、


 チートスキル耐性持ちのオズバレットと、量子コンピューターAIのノア。


 これから彼らと関わって行くことで、巻き込まるであろうロクでも無い事に比べれば、無視しても構わない程の些末な問題にも感じた。


「はぁ……」


 一抹の不安にため息が出る。


 兎にも角にも。


 今回の作戦においての主役は間違いなく彼らなのだ。


 では自分のチートスキルなど牽制程度にしかならいのも事実で。


 この二人の強烈極まりない個性の前では、わたくしの異世界転生者設定なんて最早没個性なのでは――?と、思えてきた今日この頃である。


 くして、なぜヴァルロゼッタはこのような事に巻き込まれてしまったのか、それを語るには少々時間をさかのぼる必要があった。

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