二.
太陽が沈んだ後、私は幾つもの効能を期待して作らせた入浴剤を
浴槽に混ぜ、一人湯船に浸かった。誰も居ない風呂へ入るのは産まれて
初めてだった。天井の高すぎる浴室を見上げ、私は何故もっと早くにこの
瞬間を迎えられなかったのかを、時間に責めた。
タイルを這うツタ科の植物が、湯気で湿っている。大きな密林に仕立てた
この風呂場は、私が若い頃、一人の女に執着する事の無かった時代にとっては
珍しく何度も寝た籠姫が好きな場所だった。何度も何度も、この風呂場で
交わった。愛の言葉は彼女へは注げなかった。
今考えても仕方の無いことなので、私はやけに青い水色の湯で
顔と体と髪を洗った。
寝具へ戻るまでの廊下から見える私の国は、もう夜を迎えていて、
いつもは暑いこの国の夜が、今日は少し涼しい風が訪れている。
風は何処へゆくのだろう。
意味のあることは、何なのだろう。
麝香の匂いに包まれた厚いカーテンを何回も開いて行くと、予想
どおり、私の王妃が居た。何度も繰り返した私とのすれ違いという抗争に、もう
疲れ果てているのであろう心の彼女は、ここでもやはり笑わなかった。彼女なりに、
明日この世を去ることへの未練を断ち切ったのだろう、そんな顔をしていた。
もしかしたら、本当に未練は無いのかもしれない。そうだとしたら私も一緒
だった。明日断つことを知らされても、少しも心が動かなかったことに、私は
ためらった。それを王妃に話したとき、王妃もその形のよい眉をひとつも
動かさなかった。只一言、「そう」と言った。
この顔は、変わらなかったかもしれない。
上り詰める絶頂の波は、他の女と味わっても一緒だったが、
彼女だけは、一人でそれに浸る事をせずに、合わせることができた。
だからこそ、結ばれ、契ったのかもしれない。だが、結ばれた理由、
一緒に離れない理由、それが、一国の妃だから、好きだから、嫌いだから、
それはもう、本当にどうでもよかった。
始まろうとしている。
始めようと思った。
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