第11話 走馬灯⑤

 それから3年が経過した。

 ベラは真綿が水を吸収するように、凄まじい速度で知識を吸収していった。特に科学分野では才能が開花し始めており、様々な設計図も作成するようになっていた。

 設計書さえあれば3Dプリンタを使って様々な作成が行えるため、ベラの学力向上と共に生活環境も充実していった。


 だが……ベラの精神的な成長をあざ笑うように、彼女の体は子供のまま成長しなかった……。

 同様の不思議な現象は他にもいくつか報告されている。トレーニングをしても筋肉がつかない、ダイエットしても痩せない、抜け毛が無くなったなど……。


「これは何か大きな問題が起きているようだ……まさかとは思うが……調べてみる必要がありそうだ」


 医師のフレデリックは問題の原因に心当たりがあるようだ。

 全員の血液を採取し、何日も調査を続けた。

 その結果、俺達の身に降り掛かった悲劇の正体を知ることとなる。


「不老不死だよ……」


 そんなものは……おとぎ話の世界だけだと思っていた。

 独裁者であれば諸手を挙げて喜ぶだろうが、俺達は状況が違うのだ。

 この国には俺達以外の人間はおらず、星も少しづつ死に近づいている。

 不老不死は無間地獄そのものなのだ……。


「フレデリック……私はずっと子供のままなの?」


 ベラが悲痛の叫びをあげた。

 フレデリックは答えることができず、ただ無言で頷くだけだった。


「この地獄のような星で不老不死なんて……まるで呪いじゃない……」


 そう言って、ベラは泣き崩れた。

 本当にそうだ。

 特にベラは……素敵な大人になることを夢見て、これまで頑張ってきたことを皆知っている。


「何故こんなことになってしまったのか……理由は分かるのかい?」


 ダニエルがフレデリックに尋ねた。

 リーダーという立場上、平静を装っているのだろうが内心穏やかでないはずだ。


「以前、【レーサ】と殺人ウィルスがお互いに攻撃をしたことで病を克服したという話をしたのを覚えていますか?その際の副反応によるものだと思われますが……病を克服するために驚異的な回復力を身につけたと思われます」


「驚異的な回復力とは……具体的にどのようなものなのか?」


「病気を克服した時点の細胞を維持しようとしている。例えば、体の多くを欠損したとしてもすぐに再生するだろうし、病気で死ぬこともない。その代わりに……外見の変化も一切無くなる」


「なるほど……確かに不老不死と言えるだろうな……。もし死ぬことがあるとすれば、それはどんな状況なのだろうか?」

 

「頭部が大きく欠損するか、切断されることがあれば死ぬでしょう。あとは飢えですね。何も食べなければ回復に使うエネルギーが足りなくなるだろうから」


「他に何か分かったことはあるか?」


「これは個人差があると思うが……身体能力がかなり向上している可能性がある。エマの驚異的な身体能力はその代表的なものでしょう」


 そう言われて、一斉にエマを見る。

 確かに……エマの身体能力は常人を遥かに超えている。チャールズもエマほどではないが、身体能力の向上を実感しているらしい。


「そうね……そう言われてみれば色々おかしいわ。病気になる前は戦おうという気持ちなんて一切湧かなかったもの……。それが今じゃ、戦いの神になったような気分よ」


「フレデリック……私達の体を元に戻すことは可能だと思うかね?」


「私達の体にある超回復力を無効化できる……何か薬のようなものがあれば……可能性はあるかもしれません」


「そうか、分かった……みんな、明日改めて今後について話し合おう。今日は各自で不老不死と向き合って、気持ちを整理してほしい」


 ――


 翌日、俺達は再び会議室に集まった。


「我々の今後について、何か案がある人はいるかい?」


 ダニエルがそう尋ねるのだが、手を挙げる人は誰もいない。

 俺も真剣に考えたものの、思考はマイナス方向にグルグルと回っているだけだった。


「そうか……ならば私が考えた2つの提案を聞いてほしい。」


 全員、固唾を呑んでダニエルを見つめている。


「まず1つ目……。この星を捨てて、宇宙を旅するというのはどうだろうか。旅の目的は新たな移住先と不老不死の特効薬……もしくはそのヒントを探すことだ。我々は7人しかおらず、不老不死研究にはマンパワーが足りていない。これを他の惑星に求めるということだ。また、昨日ベラが言ったようにこの星は地獄のようなものだ。もっと住みやすい星に移住先を求めるのは自然なことだと考えた」


「なるほど、そいつは完璧なアイディアだ。我々が宇宙船を持っていないことを除いてな……」


 ジョージがオーバーアクションで反応する。


「宇宙船はこれから作るんだよ。何年掛かるか分からないが、やる価値はある。研究所にある設計図を元に必要なカスタマイズを加えていく。その設計データから部品を作成して宇宙船を組み立てるのだ。この作業はベラとジョージを中心として行う」


「なんてことだ……こいつはとんでもない仕事になりそうだな。どうだいベラ、君はやれるかい?」


「はい、やれます!」


「よし、良い答えだ。みんな安心しろ。俺とベラがお前達を宇宙に上げてやる!」


 反対意見は特に無く、1つ目の案は全員に承認された。


「2つ目だが……旅の目的が達成される日まで、私達の名前を封印する」


「今の名前を捨てて、新たな名前を名乗るということかしら?」


「私達の名前は親から貰った大事なものなので捨てることはしないが、目標達成のためにコードネームのようなものを名乗るということだ。つまり願掛けのようなものだ」


「それは面白いわね。例えばダニエル……あなたなら【ボス】なんていいんじゃないかしら?」


「なんか微妙に悪そうな名前の気がするんだが……」


「悪人顔なんだから丁度いいじゃないの。前から思ってたんだけどさ、政治家ってなんでみんな悪人顔なのかしらね」


 エマがからかうように言い放つ。

 ダニエル本人は納得がいかな様子だったが、満場一致で【ボス】に決定した。

 その後、エマは【サクラ】、チャールズは【カトー】、フレデリックは【ナカマツ】、ジョージは【エディ】となった。

 いずれも特に理由があるわけではなく、なんとなくの思いつきで決まった。


 さて、俺の名前なのだが……。


「アダムは【イチロー】がいいと思うの」


 ベラがそう言った。

 昔飼っていたペットになんだか似ている気がしたというのが理由。

 いや、ペットの名前なんておかしいだろと抗議したのだが、俺を除く全員が賛成してしまった。


「さて、残るはベラだね。」


 ボスがそう言うと、すかさずベラが答える。


「私、【ハカセ】がいい」


「理由を聞いていいかい?」


「私の担当は研究だから……。もっと学んでその力でみんなを救いたい。そういう決意を込めました」


 こうして、俺達の進むべき方向が決まった。

 俺、やっぱりペットの名前なんて嫌だなあ……。

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