第21話 ご家庭訪問3
お兄ちゃんドラゴンが吐く炎が、鍾乳石に反射し、洞窟内は幻想的な光に満たされた。
「綺麗っすねぇ」
きっちりと傘を巻いたビニール傘の相棒が、熱を避けるために隠れているタカの上着の隙間から声を漏らした。
「祖父さんと祖母さんは、あっしに出会う前に、鍾乳洞に行ったことがあるって、よく話してくれやしたっけねぇ」
ビニール傘の相棒の声が震えた。
「綺麗だね」
タカはそれ以外の言葉が見つからなかった。
「綺麗っすねぇ。本当に綺麗っすねぇ」
持ち主だった老夫婦も、その後の持ち主たちも、きっと今もビニール傘の相棒の心の中にいるのだろう。上着の中から聞こえる啜り泣きに、タカは聞こえないふりをしてやった。
タカに祖父母はいない。タカが生まれた時には、父方の祖母しかいなかったはずだ。その父方の祖母も、タカが幼い頃に亡くなった。遊んでくれたような記憶はあるが、殆ど覚えていない。覚えていない祖母だが、タカは両親から祖母の口癖を教わっている。
「お兄ちゃん、ありがとう。きれいなものを見せてくれて」
祖母は、お礼は言葉にしなさいと、言っていたそうだ。
「はい! どういたしまして」
途端に炎が消えてしまう。
「あ」
一瞬の暗闇の後、また炎が明るく鍾乳洞を照らした。タカの上着の中で、ビニール傘の相棒が小さく笑ったのが聞こえた。
「おぉぉぉい、タカぁぁ、ちょっと来てくれぇぇぇぇ」
番傘の親分の声が、洞窟に反響した。
「ここが南向きってのは良いんだが、こんな奥まで日がとどいちゃぁ、ちょっと吸血鬼には、あれだねぇ」
番傘の親分が洞窟の入り口から少し入ったところに立っていた。
「彼らは陽光を嫌う。月と星を愛でる夜の民だ」
その隣に体を横たえた父親のドラゴンが陽の光を体いっぱいに受けていた。
「我らとは異なるが、風を愛する者たちだ。若い頃、旅先で会ったことがある。懐かしいな。彼は今頃どうしているやら」
父親ドラゴンはのんびりと日向ぼっこをしている。洞窟で宝物を守っている物語のドラゴンの恐ろしげな様子は微塵もない。
「旅かい。いぃねぇ。空をひとっ飛びってか」
番傘の親分の言葉に、父親のドラゴンが笑った。
「ひとっ飛びとまでは無理だが。今まで随分と沢山のところにいった。氷の海の上を美しい光の幕が舞うのを見たこともある」
「そいつぁきっと凄いんだろうねぇ。この山も捨てたもんじゃぁねぇぞ。もうすぐ山が紅葉で染まる。赤や黄色に染まって、そりゃあ見事な錦さ」
「それはそれは楽しみだ」
番傘の親分はすっかりドラゴンの父親に打ち解けていた。
「あ、タカ。いいところに」
番傘の親分が、タカに気づいた。
「タカ、吸血鬼と背比べしたことはあるか」
「彼のほうが少し背が高いですよ」
「ふむ。座っ見てくれや。ほれ、そこの日が差し込んでねぇところさ」
タカはなんとなく、番傘の親分の意図を察した。
「外は、本当に洞窟の入り口のところしか見えないよ」
今は秋だ。日は少しずつ低くなりより、洞窟のかなり奥にも光が届いている。
「吸血鬼は夜目は相当に効くって話だが、昼間はどんなもんだろうねぇ」
傾いている番傘の親分につられて、腕を組んだタカも思わず首を傾げた。
「かの知人は眩しいと言っていた。月と星のように安らぎをもたらす光とは違う。本当に焼け付くような命を燃やすような激しい光だと」
父親のドラゴンが、懐かしいと繰り返した。
夜の闇を見通す真っ赤な宝石のように美しい吸血鬼の瞳だ。陽の光を遮るようなものではないだろう。
「まぁ、そりゃそうだろうなぁ。お兄ちゃんは夜飛べるのかい? 」
「まだ子供だ。見通しが悪い夜に飛ぶのはまだ早い」
知人に吸血鬼がいるという父親のドラゴンは、夜も飛ぶのだろう。
「吸血鬼は夕方から猫又姐さん店で働いてますから、あのくらいなら普通に見えるんじゃないですかね」
「そういやそうだな」
「西日が差し込まなければよいということか」
父親のドラゴンがゆっくりと頭をもたげた。
「それなば、やりようがある」
陽の光を反射し煌めく鱗にタカは見惚れた。
「壁を作ってしまえば良い」
「壁って」
「岩を積みあげたりやりようもあるが。ここは借りの住まいだ。私と妻で日を遮ればよいだろう。私たちだけでは心もとないから、岩も用意するが」
タカはふと、物語に出てくるドラゴンを思い出した。
「あの、ドラゴンって洞窟に暮らして宝物を守ってるって」
タカの言葉を最後までまたずに、父親のドラゴンが笑い出した。
「それはそれは、さては君は機械世界の出身か。機械世界にそのような噂があると、聞いたことはあるが、本当だったようだな。いやはや。面白い」
こらえようのない笑いが父親ドラゴンの口からこぼれ出てくる
「そういう者もいるだろうが。私は旅が好きだ。氷の平原を舞う光の帯、空と混じり合いどこまでも続くような海、色とりどりの花が咲き乱れる南国の森、洞窟に閉じこもっていては、あれらを見ることはない」
父親のドラゴンが鍾乳洞を振り返った。
「あのずっと奥に、水を湛えた美しい池がある。あの美しさは何にも代えがたい。そういう意味では、我々ドラゴンは宝を好むのだろう。夜目が効くものにしか見えないだろうが、美しい湖だ。いずれ明かりを用意してくると良い。私や子どもたちの炎では、強すぎて美しさが半減してしまう」
また来て良いと言われて、タカは嬉しかった。
「ありがとうございます」
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