虫の知らせ

時無紅音

虫の知らせ

虫の知らせ


 人差し指の腹で蠢いていた蟻は、親指で潰すように撫でると、途端に丸くなって活力を失ってしまった。

 すると隣で見ていた大樹(だいき)も蟻を一匹捕まえて、僕がやったみたいに人差し指と親指をこすりあわせた。やっぱり蟻は簡単に丸くなって、それから二度と動くことはない。大樹はもう一匹捕まえて、同じようにした。

 僕たちは子供で、お母さんや先生のような大人よりも小さいけれど、蟻は僕たち以上に小さい。何の抵抗もできないままに、顔も足も一緒になってしまった。大樹は興奮した様子で、手のひらで死んだそれをぱっぱと払って捨てると、段ボールの上に散らばったお菓子のかすを盗みだそうとしていた蟻を次々捕まえては親指で潰してしまった。

「……大樹、それ面白い?」

「面白いよ! だって、こんな簡単に生物が死んじまうんだぜ? 隼斗(はやと)はしないのか?」

 その理屈はよく分からなかったけれど、満足げな大樹を見て、僕ももう一度やってみた。さっきは膝に登ってきた蟻が鬱陶しかったから捕まえたのだけど、今度は段ボールの上にいる無数の蟻から一匹、適当に抜き取った。

 やっぱり、何も感じなかった。ぷちりと音がなるわけでもないし、こんなに小さくては潰した時の感触もあってないようなものだ。

 夢中で蟻を潰している大樹を見ながら、棒状のスナック菓子をかじる。軽い食感と、口いっぱいに広がるチーズの味。子供のお小遣いでだっていっぱい買えてしまう程度のお菓子を食べている方が、僕にはよっぽど楽しい。

 段ボールで出来た僕たちの『城』は、公園の低木の隙間に建設されたこともあって、蟻の侵入はいつまでも続いた。僕たちの食べたお菓子のかけらを彼らは欲しているらしく、大樹は日が暮れるまで蟻を潰し続けた。


 翌日、『城』には先に大樹がいた。

 大樹の家は、僕の家よりも『城』から離れている。普通に学校が終わって、家にランドセルを置いてからここに来たなら僕の方が早く着いているはずだ。よほど急いで来たのだろう。

 申し訳程度に作られた扉を閉め、屈んで中に入る。『城』などと呼んでいるが、公園の低木の中にあったちょっとした空間に作られている都合上、小三の平均身長よりも小さい僕でさえ中にいるときは屈まなければ頭をぶつけてしまう。おまけに二人も入れば窮屈なくらいの広さしかない。大樹があぐらをかいている分、僕は正座をしてスペースを確保した。

 大樹の前には、すでに無数の黒い点が転がっていた。昨日に引き続き、蟻を弄んでいたらしい。大樹は侵入者を見つけては手を伸ばし、躊躇なく球形に変えていく。僕ももう一度やってみたけど、やっぱりこれの面白さが分からなかった。

 『城』に来る途中、駄菓子屋で買ってきたお菓子の袋をあける。塩味のポテトチップスだ。

 一枚取りだそうとすると、下半分が砕けている。ここに来るまでの間に、崩れてしまったらしい。

 僕が食べている間に、大樹のトレンドは「手で丸める」から「石で潰す」に変化していた。手頃な石を持って、次々とやってくる蟻と対峙していた。石を高いところから落としたり、地面を這っているところを擦り付けて潰したり、大樹は様々な方法で蟻を殺していった。蟻が狙っているのは、大樹がこぼしたお菓子のくずだろう。現に僕のところにも、なんとか逃げ延びたらしい蟻が砂糖や塩の粒を奪いにやってきている。僕には魔王に立ち向かって宝物を手に入れようとしている勇者に見えた。そして無慈悲にも、勇者は次々と敗れていく。殆どは宝の眠る城にはたどり着けず、死ぬために攻めてきているようなものだけど。

 僕は脚に登ってきたやつを手ではらうくらいはするけれど、基本的には逃がしてやる。むしろ蟻たちは段ボールの上に散らばった塩のかけらを掃除してくれるいいやつらだ。昨日までは『城』に入ってくる蟻たちが鬱陶しくてしかたなっかたけれど、今日の僕には蟻を殺す理由がなかった。

 『城』に入ってくるときは列を為しているのに、宝を背負って出て行くときはまばらになっている蟻たちを眺めていると、身体を左右に揺らしながら段ボールの上を這うナメクジを見つけた。大樹に石を取られて住処を奪われたのだろう。

 理科の授業を思い出す。ナメクジは塩をかけると死んでしまう、という話があったはずだ。身体の大体が水で出来ていて、塩は水を吸収するから……、とかなんとか。

「…………」

 手についた塩を、かけてみる。それだけじゃ足りないと思って、ポテチの袋に貯まっていた塩も一気にナメクジめがけて投下した。

 すると、先ほどまで少しずつでも進んでいたナメクジの動きがぴたりと止まった。その場で身体を左右に揺らしている。動作だけなら変化はないけれど、前に進んでいないだけで、この子は苦しんでいるのだ、というのが不思議と分かった。

 しばらくしてナメクジは動かなくなった。つついてみても、反応がない。それを見た瞬間、背中にぞわり、という違和感が走った。ぞくぞくしてて、ふわふわしてて、感じたことのない心地だった。

 実感があった。命を奪った、実感。蟻のときは手で潰すだけだったし、それだけで動かなくなるから死んだのだと思えなかったけれど、このナメクジは確実に死んでいる。

 この心地が高揚と呼ぶものだと気づくまで、そう時間はかからなかった。


「なあ隼斗、ハチって針抜くと死んじまうらしいぜ」

 お菓子のくずを蟻から守ることを使命としていた大樹も、一週間もそればかりやっていたら飽きてしまったらしい。新たな遊びとして、今日の『城』には虫かごが置かれていた。

 中には、黄色と黒の二色で作られた虫が入っている。ハチ、と聞くと怖いイメージがあったけれど、こうして無害な環境から見てみると意外にふさふさしていて、ちょっと可愛い。

「どこで捕まえてきたの、それ」

「うちの庭の花のあたりで飛んでたんだよ。それより、抜いてみようぜ」

 ミツバチは大樹の言葉を受けてなのか、抗議するようにかごの中を飛び回っている。

 大樹はポケットからピンセットを二つ取り出し、片方を僕に渡した。

「開けるから、ちゃんと捕まえてくれよ」

「え」

 僕が了承する前に、大樹はかごのふたを開けた。ハチはすぐそれに気づき、出て行こうとするが、僕は反射的にハチの胴体をつかんでいた。我ながらよく捕まえられたものだと思う。一歩間違えれば刺されていたかもしれない。スズメバチに刺されると危ないけど、ミツバチは大丈夫なんだっけ?

 ハチを指とピンセットで逃げられないように押さえる。羽をばたばたさせていて怖いけれど、たぶん離した方が危ないので仕方がない。

「よし、いくぞ……」

 大樹は僕の持っているハチに向けて、ピンセットを近づけていく。お尻のあたりに小さな突起がある。たぶんこれが針なのだろう。

 大樹のピンセットが、針をしっかりとつかんだ。そしてそのまま、ゆっくりと引き抜いていく。

 ぷち、と軽い音がした。針は完全にハチの身体から離れていた。小さな袋のようなものも一緒だ。

 針は思ったよりも長かった。ハチはすでにぐったりとしていて、手の中で暴れることもない。ナメクジのときと一緒だった。死ぬ間際にじたばたと足掻いて、死んでしまったら動かない。蟻は小さすぎて苦しむところが分からないけれど、きっと彼らもこうして命を惜しむ時間があったのだろう。それを思うと、蟻の殺戮を楽しんでいた大樹や亮介の気持ちが少しだけ分かったような気がした。

「……ほんとに死んじゃったね」

「ハチって針と内蔵がくっついてるらしくてさ、だから針抜いたら死ぬんだよ」

「へぇ……」

 針についてきたこの小さな袋は、内蔵だったらしい。どんな感触なのか確かめようとすると、

「触らない方がいいぞ。それ、毒入ってるらしいから」

「ミツバチにも毒ってあるんだ」

「スズメバチほどじゃないけど、ちょっとあるらしい」

 ならやっぱり、ハチが生きてる時に刺されなくて幸運だった。僕はまだ死にたくない。

「でもつまんないな。蟻もハチも、こんな簡単に死んじゃうなんて」

「大樹は、虫を殺すのが好きなの?」

「好きってか……、楽しい? なんとなくだけど、こいつらの命をどうするのか俺次第なんだ、ってところが」

「……そっか」

 それは僕が感じたものと、似ていると思った。蟻も、ナメクジも、ハチも、僕が殺せば死ぬし、僕が見逃せばまだしばらくは生きていられる。今、彼らの人生(虫生?)は僕の手の中にあるんだ、という実感。まるで神様になった気分だった。

 得体のしれない快感が、いつのまにか僕の手には染み着いている。

 次は、何を殺そう。

 自然とそう思ってしまった。


 蟻を潰しても、そこに残るのは蟻であった黒い固まりだし、ナメクジに至っては水分を失ってしまうからほとんど何も残らない。ハチは胴体と針・内蔵で分かれはするけれど原型ままといっていいだろう。

 それからも色んな虫を殺めたけれど、僕たちの世界に革命をもたらしたのは、一匹の猫だった。

「あ、大樹」

 その日、僕は大樹よりも早く『城』に来ていた。というか一時期の大樹が異様に早かっただけで、家からの距離を考えるとこれが自然なのだ。

「隼斗、それどうしたんだ?」

 『城』の扉を開け、中に入って来ようとした大樹だったけれど、入り口で屈んだまま止まって、怪訝な顔をしている。

 原因は明白だった。僕の膝の上にいる、薄汚れた子猫だろう。

「公園の入り口でぐったりしててさ、かわいそうだったから」

 子猫はすでに動かなくなっていた。とは言っても死んでいるわけではない。心臓はまだ脈打っている。けれど、息を引き取るまではもう時間の問題であることが素人目にも分かった。

 子猫は背中を撫でても、目を開けることすらしない。代わりに、少しだけ深く息を吸って、身体を膨らませることで応えてくれた。

「こいつ……、もう助からないのか?」

 大樹も『城』に入ってきて、子猫の背中を撫でる。だが先ほどはわずかにでもあった反応が、今度は完全になかった。

「たぶん……、無理だと思う」

「……そっか」

 あれだけ虫の命を弄んできた僕らでも、猫という人と関わりの深い生物の死は、直視しがたかった。

「こいつ、まだご飯とか食べれるかな」

 蟻やナメクジとは違う、僕たちでも感じられるくらいには大きくて、暖かくて、生きている証である鼓動を感じながら、せめて最期に何かしてあげられることはないかと思って、呟いた。

「牛乳飲むくらいなら、なんとかなるんじゃね」

「……僕、ちょっと買ってくる」

 子猫を大樹の膝に乗せ、僕は近くのコンビニに向かった。小さなパック牛乳を手に取って、このままじゃ飲みにくいだろうからお皿代わりになりそうな、器つきの知育菓子も一緒に買ってから、公園に急ぐ。

 戻ってきた僕を待っていたのは、真っ赤な段ボールだった。

 猫の首に突き刺さったカッターと、段ボールと同じく手を赤く染めた大樹。カッターは大樹がカマキリの足を切り落としたりする時に使っていた、いつも持ち歩いているものだ。そして子猫は、動いていない。それだけなら先ほどと同じだけど、明らかに力が抜けていて、生気を感じられない。

 その光景から、大樹が猫を殺したのは明白だった。

「大樹、お前、なんで……」

 牛乳と知育菓子の入った袋を放り投げて、大樹の胸ぐらを掴む。

「だ、だって苦しそうだったから……」

「だからって、殺すなんてかわいそうだろ!」

 言ってから、気づく。

 今まで、僕たちは色んな虫を殺してきた。

 僕も、大樹も、それは同じだ。

 大樹はいつもと同じことをしたに他ならないのだ。おかしいのは、僕。

 虫は殺していいのに、かわいそうじゃないのに、猫は殺しちゃだめで、かわいそうだと言っている、僕。

 それに、蟻たちにはまだ未来があったかもしれないけど、僕は殺した。

 でもこの猫はどうせすぐに死ぬ運命だったのだ。ちょっとそれが早くなっただけ。

 それの何が問題なのか、分からなかった。

 僕が何に怒っていたのか、分からなくなった。

 ぐわん、と視界が揺れる。

 頭痛がした。

 目眩もした。

 大樹の胸ぐらを掴む手から力が抜けて、僕はその場にへたり込んだ。


 大樹が僕にどんな反論をして、どんなやりとりがあって、どうやって帰ったのかはよく覚えていない。

 一つの事実として、あの日以来大樹は『城』に来なくなった。僕は変わらず、『城』でお菓子を食べながらナメクジに塩をかけて過ごしていた。

 大樹とはクラスも同じだけど、あれから一週間、一言も話していない。きっともう二度と話すこともないのだろうと、そんな直感だけがあった。

 その日は学校が早く終わった。

 一時間目が始まる前に、集団下校が行われたのだ。

 理由は、虐殺。

 朝、飼育委員がうさぎ小屋に行くと、五匹ともが血を流して死んでいた。おまけに校長先生が餌をやっていたビオトープの鯉も、えらに刃物を突き刺されて、池の外に出されていたのだとか。

 学校に不審者が入って、うさぎや鯉を殺した。昼過ぎに、学校からお母さんにそんなメールが入ったらしい。しばらくは集団での登下校を行い、下校後は遊びにいってはいけないらしい。犯人が捕まるまで、とお母さんは言っていた。

 けど、僕は犯人を知っていた。

 大樹だ。何の証拠もないけれど、僕にはそれが分かっていた。

 だからといって、誰かにそれを言うつもりはなかった。言っても信じてもらえないだろうし、明るみになっていないだけで、殺した生物が違うだけで、僕も同じことをしてきたのだから。

 大樹のやったことを黙っているのが、せめての償いだと思った。

 それから相次いで、近所では野良猫やすずめの死体が大量に発見された。大樹の家は共働きで家に帰っても一人だと言っていたことを思い出した。

 犯人はいつまで経っても捕まらなかった。お母さんは「人に被害が出たわけじゃないから警察も真剣に操作してない」と言っていた。大樹が毎朝何食わぬ顔で学校に来れているのはそのせいだろう。

 次に大樹と話したのは、お葬式のあとだった。同じクラスの亮介(りょうすけ)が、車に轢かれて亡くなったのだ。つい昨日まで亮介は誰よりも早く学校に来ていて、授業中もうるさいくらいに手を挙げていた。僕も休み時間によく鬼ごっこやドッジボールに誘ってもらったし、クラスのみんなも同様だったのだろう。お葬式にはお坊さんのお経より、みんなのすすり泣きの方が響いていた。僕も少し泣いたけど、一人だけ涙の一滴も流していない人がいて、そちらに気をとられて僕の涙も止まってしまった。

 大樹の酷く乾いた目に、僕の水分は奪われてしまったのだ。

 お葬式のあと、僕たちのクラスは授業がなくて、お葬式が終わればそのまま帰ることになっていた。近頃はずっと集団で下校していたけれど、一クラスだけではそんなこともできない。

 僕は久しぶりに、一人で家に帰った。

 お昼のちょっと前に家にはついた。中には誰もいない。お父さんは仕事に行っていて、お母さんも普段僕が帰ってくるくらいの時間まで、パートのはずだ。

 僕がこの時間に帰ってくることは予想済みだったのか、テーブルの上におにぎりが二個置かれている。

 それを一つだけ食べてから、僕はキッチンにあった包丁を持って、家を出た。

 今日しかないと思ったのだ。

 大樹のしていることを知るためには、大樹の感じた快感を共有するためには、僕も猫やすずめを殺すしか、ないから。

 下校後の外出が禁止されている今、お母さんのいる普段はこんなこと、できないから。

 カッターでもよかったけど、どこにあるか分からないし、三時間くらいでお母さんが帰ってきてしまうから置き場所の分かる包丁にした。

 包丁は鞄にいれて、隠している。そのままもっていると、確か警察に捕まってしまうはずだから。

 目的地は『城』。猫やすずめの死体は、ほとんどがこの近くで、残りは大樹の家の近所だ。大樹に会いたいわけじゃなくて、大樹と同じ気持ちを味わうためには場所も同じの方がいいだろうと思った。

 果たして大樹は、『城』にいた。

「ん、隼斗。久しぶり」

 『城』の扉を開けると、中には大樹が座っていて、その膝の上にはぐったりとしたカラスがいる。どうやって捕まえたのかは知らないけど、今日の獲物はすずめから随分とグレードアップしたようだった。

「久しぶり」

 カラスの首は皮一枚がなんとか繋がっているくらいで、いつ千切れてもおかしくない。羽も不自然に広がり、自然的な死因でないことは明らかだった。まだ血が流れていることから、僕がここに来る直前に殺されたのだろう。

 『城』の床をつとめている段ボールは、ほとんどが赤黒くなっていて、ぼろぼろだった。何カ所か、カッターを立てた跡もついている。今後も『城』を使うなら、そろそろ交換しなければならないだろう。

 『城』の中は、異臭で満ちていた。ゴミ捨て場の前を通ったときみたいな、酷い臭いだ。それに魚のような生臭ささもある。とにかく、ここに長居はしない方がいいだろう、と思った。

「入らないのか?」

 一歩後ろに下がった僕を見て、大樹はそう訊いてきた。まっすぐに僕を見つめる瞳は、薄く暗い。吸い込まれるような目、というのはこういう目のことを言うのだろう。

 結局僕は、大樹の瞳に負けて『城』に入った。

 中は異様な熱に満たされていた。『城』は草木に包まれているから、夏でも涼しいはずなのに。こんなに熱気のこもった『城』を僕は知らなかった。

 大樹はカラスの亡骸を、軽く撫でた。きっともう、身体から熱は失われているだろう。だからか、と今日の『城』の暑さに合点がいった。

「知ってるか、隼斗」

 言いながら、大樹はカラスの羽を片方、もいだ。さらに広がった悪に、喉の奥で吐き気の貯まっていく気配がした。

「……何が」

 残った羽もぶちぶちと引きちぎりながら、大樹は答える。

「人間も、簡単に死ぬんだぜ」

 その言葉を聞いた瞬間、驚きよりも先に、もう手遅れなのだ、と思った。大樹の両手はカラスの血にまみれているけれど、それよりももっと深いところで、どれだけ洗っても取れないくらい、赤黒くなっている気がした。けれど、大樹の手は段ボールのように捨てて交換というわけにもいかない。

「ねえ、大樹」

 大樹はこれまで、どれだけの生物を殺してきたのだろう。

 僕は鞄から、包丁を取り出した。

 大樹はこれまで、どれだけの方法で殺してきたのだろう。

 その全てを、一人の友達として、知りたいと思った。

 肉を刺す感触。蟻を潰したときよりも、ナメクジから水分を奪ったときよりも、ハチから針を抜いたときよりもーー背中のぞわぞわが止まらなかった。

「あ、が、」

 うめき声を聞きながら、包丁を引き抜く。

 大樹の腹から噴水のように血が飛び出して、その勢いに負けるように大樹は一歩後ずさって、力なく倒れた。

 ああ、こいつも死ぬのだ。

 その直感が訪れるのは、虫たちを殺したときと同じだった。

 けど、大樹はまだ生きている。これだけ血が流れたのだから、放っておいてもいずれ死ぬだろうけど、苦しそうに呼吸をしているし、腕や足もぴくぴく動いている。

 とどめをささなければならない。

 大樹が子猫にしたように、この手で息の根を止めなければならない。

 僕は大樹にまたがって、心臓に力の限り包丁を刺した。

 大樹はもう、うめくことすらしなかった。できなくなっていた。

 ぐちゃ、と汚い音がした。

 生ぬるい鉄の臭いがした。

 柔らかな感触の先から、それらが来ていた。

 僕の両手は、真っ赤に染まっていた。

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虫の知らせ 時無紅音 @ninnjinn1004

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