第18章:宿酒場にて宴

第1話:宴の始まり

宿酒場にはまず魔女様が入り、その後にソフィアが続いた。

おれもその流れに乗って店に足を踏み入れようとした時に、ドナルドに引き止められた。

「リョウスケは肩肘張らずに、宴の場を楽しんで下さい。主役は当然魔女様ですけど、貴方も注目を浴びる事になります。話し掛けて来た相手には身分が低い者でも友好的に応対して頂けると助かります。では、我らも参りましょう――」

彼はそう告げると、おれを店内へと押し込んだ。

扉の向こう側はすぐに客席が広がっていた。

店前に居た時は中から騒ぐ声が外まで響いていたが、それは魔女様の登場と共に止んでしまっていた。

店内は壁際にランプが連なっており、柔らかだが視界は十分に確保してあった。

六人掛けのテーブルが四つ田の字の様に設置してある。

四つのテーブルは既に殆ど席が埋まっている状態だった。

カウンターは無く、食器や食材が乱雑に置いてある台が壁際に点在してあった。

おれの後ろに居たドナルドは「私は魔女様と同席します、リョウスケはソフィアと共に……」と耳打ちし、彼はそのまま魔女様と共に席へと着いた。

ソフィアは既に席に着きこちらへ顔を向けていたので、おれは指示通りに足を運んだ。

魔女様とドナルドのテーブルとは対極に位置するので、あちらの会話は聞こえないだろう。

(ここはドナルドの手腕に期待するしかないか……おれは、彼が言う通りに宴を楽しむ他なさそうだ)


ソフィアが角席に腰掛けていたので、おれは彼女の右手側に腰掛けた。

テーブルは長方形で片側に三人分ずつ椅子が並んであった。

おれとソフィアの椅子は背もたれがあったが、他を見ると同じフォルムの椅子は無く丸椅子だったり木箱だったりと、それぞれ異なる椅子に腰かけていた。

よく見ると各テーブルもサイズ感がまちまちで、中には傾いてる物もあった。

席に着くとすぐにソフィアが「こちらはリョウスケよ。ササラ人だけどイセリア語が堪能で優しくて気さくな人よ」と簡単に紹介をしてくれた。

テーブル上には恐らくクヴァスの酒桶があり、同席の者たちは既に飲み始めている様だ。

おれの右隣りには若い男性がいて、対面には左から髭面の男性、若い女性、線の細い男性が並んで座っていた。

比較的身嗜みが良いのは対面に座る若い女性と線の細い男性で、他の二人は薄汚れた服を着ており仕事終わりにそのまま駆け付けた感じだった。

同席の彼らは当初魔女様に視線を釘付けだったが、おれが着席すると物珍しいササラ人から目が離せなくなってしまった様子で、暫くこちらをまじまじと見つめていた。

その間にソフィアはおれの分のクヴァスを用意してくれたので、取りあえず駆け付けの一杯で喉を潤した。

「――ん?これは……集落のクヴァスと同じ味がするな」と思わず感想が口からついて出た。

「カン砦のクヴァスの原料はコトナ集落と同じだし、造ってるのも集落の人たちらしいわよ」とソフィア。

彼女は先程酔い潰れたのも忘れて、早くもごくごくと喉を鳴らしていた。


この会話を聞いて、漸くおれの真正面に座る若い女性が口を開いた。

「クヴァス樽を運ぶのは大変なので、コトナ集落から麦を仕入れて集落出身の兵士たちに酒を仕込んで貰ってますので、カン砦では大森林近郊の集落と同じクヴァスが飲めるのです。――失礼、名乗るのが遅れました。私はカン砦の参謀補佐官を務めます、キーリー・ミラーと申します。以後お見知りおきを」

我を取り戻したキーリーは、凛々しい態度で自己紹介をしてくれた。

肩口までは伸びているであろう茶色い髪を後ろで一つに結んでいて、参謀官ながら活発な印象を受ける女性だった。

続いて彼女の左手側に座る線の細い男性が口を開いた。

「私は、連絡士官を務めます、ネイト・ミラーとお申します。キーリーの従弟にあたります。今宵はこの様な素晴らしい宴を開催して頂き有難う御座います」

ネイトはキーリーと比べると控えめで大人しそうな印象だった。

引き続きキーリーの右手側に座る髭面の男性が声を上げる。

「俺は熟練兵のローフってんだ。出身はコトナの近くにあるラザって集落だ。カン砦のクヴァスを仕込んでるのは俺だからよう。集落のクヴァスと同じって感覚は間違いじゃあねえぜ!」

そう言い放つとローフがガラガラと笑い声を上げクヴァスをがぶ飲みしていた。

完全にギルと同じ部類の男なので、ソフィアと喧嘩にならなければ良いが……。

それから最後におれの右手側に腰掛ける若い男性が口を開く。

「私は、十人隊長を務めますカイトです。ローフと同じくコトナ集落近郊のダンズ集落出身です」

十人隊長のカイトは、他の兵士らと比べると耳が隠れるほど髪が長く中々の男前だ。

物腰も柔らかく、なんとなく女性からモテそうな雰囲気を漂わせている。


それから今度はおれの番かと思い「先ほどソフィアから紹介されましたが、リョウスケです。御覧の通りササラ人ですけど、言葉は通じるので気兼ねなく話し掛けてください」と完全にササラ人気分で少し丁寧な口調で自己紹介を済ませた。

お互い挨拶は済ませたが依然好奇の目に晒されている様な感じがあった。

恐らくは、ササラ人なのに流暢なイセリア語だ……的な事を思われているのだと思うが。

このまま膠着状態が続くのかと思ったが、参謀のキーリーがソフィアに対し話し掛けた。

「ねえ、ソフィア?貴女、前回来た時は集落にイセリア語が堪能なササラ人がいるなんて一言も言って無かったじゃない。あの時この店で……お互いかなり酔ってたけど、今の境遇とか将来の事とか真剣に話し合ったよね?」

キーリーは怒っている感じは無く、どちらかと言えば怪訝な表情を浮かべていた。

「いや、だからね、前回私がカン砦に来た時はこの人は集落に居なかったのよ。つい先日だもん。急にルーファスが集落に連れて来て、それで知り合った感じよ。四日か五日くらい前の話かな?」

ソフィアの口からルーファスの名が出たから、キーリーは改めておれへと視線を向けた。

「申し訳ありません。私たちも先ほど声を掛けられこの場に居ますので、自分の置かれた状況が把握出来ないのです。不敬を承知でお尋ねしますが、貴方はササラの王侯貴族かそれに連なる高貴な立場にあるお方なのでしょうか?」

恐らくキーリー女史は至極真っ当な人物で、今回に関してはお調子者のドナルドと変わり者の城砦隊長に振り回されて、訳も分からずに今おれの前に座しているのだろう。

「いえいえ、おれは平民の出ですよ。この地方では珍しいと思いますけど、イセリア語が上手なササラ人の平民なんです。腕っぷしは弱く武器は所持してませんし、魔法も使えないのでどうか警戒を解いて頂ければ幸いです。毎日クヴァスが飲めるだけで幸せな、平凡な男なので!」


おれは声を張りそう告げて、この地方の酒であるクヴァスを一杯、二杯、三杯と連続で飲み干した。

クセの強いクヴァスを豪快に飲み、これで少しでも仲間意識を……と言う想いがあった。

おれの飲みっぷりを気に入ってくれたのか髭面のローフは「おお、イイ飲みっぷりじゃあねえかササラ人よう!こりゃあ俺も負けてらんねえぜ!」と雄叫びを上げ勢い良く立ち上がり、おれを真似ての三連続一気飲みをして見せた。

周りからも指笛や歓声が沸き起こり、場の空気は一瞬で盛り上がった。

「あははは、ローフは集落に居た守護者のギルと雰囲気が似てるよ。出身の集落が近いのなら知り合いだったりするのかな?」

「守護者ギルバートは俺の兄貴分だぜえ。俺ぐらいの年代の男はよう、みんなギル兄貴を慕ってんだ。剣の使い方、酒の飲み方、悪いことも女遊びも!全部ギル兄貴から教わってるからな!」

聞けば納得とは正にこの事で。

それはギルと同じ雰囲気がドバドバと溢れ出てる訳だ。

おれからすればローフの様な男の存在は有難かったが、キーリーやソフィアはうんざりとした表情を浮かべていた。

育ちの良い彼女からすれば、この下品なノリは受け入れ難いのだろう。

どちらにせよこれでもう当初の緊張感は消えてしまったので、ここからは気取らずに宴を楽しめそうだ。

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