第5話:ややこしや、ややこしや。

「――おれがサイラスから聞いた話しでは、サリィズ王国の国王が危篤状態にあり余命一ヶ月と宣告されているらしい。白夜はおれにその秘密を明かす事は無かったけど、それを匂わす様な話を色々と聞かせてくれたよ」

魔女様が大先生の事を白夜と呼称するので、おれも今後はそう呼ぶ事にした。

この超ド級の国家機密を聞き、ドナルドとソフィアは双方とも目を見開き息を飲んでいる。

余所者のおれなんかより彼らの衝撃が大きいのは当然だ。

ここで話しは止めずに、現状おれが押さえている情報を掻い摘んで話すことにした。

「まず国王が崩御したら、王家派と副都派と西都派で国が割れると白夜は言っていた。大きくはその三派閥で、その他にはヴァース教やサリィズ王国の勢力下に無い組織の動向も気になるところらしい。恐らくは森の民や山岳の民とか、あとはカロン導師の名も出ていたと思う。それらの組織と現在虐げられている豪族や、力のある騎士家の中で現行の貴族家に取って代わる勢力も出て来るかも知れない。要するにそう遠くない将来に、大規模な戦乱の世が到来する可能性が極めて高いんだ」

まさかおれ自身が戦乱に乗じて事を起す側になるとは思いもしなかった。

しかし、こうして立場が入れ替わってみると、旗揚げや国を興すにはこれ以上無いタイミングであるのは確かだ。


これに一早く反応したのはドナルドだった。

「サリィズ王国が、戦乱の世に?以前から熾烈な派閥争いが繰り広げられているのは知ってましたけれど。そうなると、国王様が崩御されてから直ぐに国は乱れてしまうのでしょうか?」

「国王崩御後と言うよりかは、王位継承の時に派閥同士の対立が激化するのでは?とおれは見ている。それぞれの派閥が異なる王位継承者を支持する可能性とか無きにしも非ずだろ?」

そうなると王位継承の儀がどのタイミングで執り行われるかが問題となって来る。

君主制の場合は国王が不在となると政治的空白が生じてしまうので、悠長な段取りで展開しないとは思うが……。

「確かにその可能性は否めないですね。恐らくリョウスケが言う様に、各派閥ごとに異なる王位継承者を支持するでしょう。王家派は王女ユーフェミリア様を、副都派は王弟オズウェル様かそのご嫡男を支持するのは間違いない。そうなると西都派は王妹マデリン様かそのご嫡男のヴィルフリート様か」

初めて耳にする名前ばかりだったが、王弟や王妹あたりが王位継承に異議を唱えたとしてもなんら不思議は無い様に思える。

王位継承には順位がある筈だが、元居た世界でも国ごとにルールが違っていた記憶があるし、王侯貴族の都合次第で刷新されてしまうのだろうな、と言う印象があった。


「なあ、ドナルド?サリィズ王国の王位継承には男系男子で無ければならない、みたいな決まり事は無いのかな?」

「私も王位継承に関して詳しくないので断言は出来ませんが、基本的に男系男子の方が王位継承順位が上位だった筈です。その為、現国王には王女ユーフェミリア様しかお子がありませんので、現在の王位継承権第一位は王弟オズウェル様になります。しかし……王弟様は敬虔且つ妄信的なヴァース教信者でして、若かりし頃に王位継承権を放棄されていると聞いた事があります」

ああ、ややこしや、ややこしや。

軽く聞いただけでも胸やけを起こしそうな面倒臭い状況だ。

「その王弟様には嫡男がいるって言って無かったっけ?王弟様が継承権を放棄してるなら、現在はその嫡男くんが第一位になるのかな?」

「いえ、それがまた分かり難い話でして……ご嫡男ライオネル様は王弟様が継承権を放棄されてからお生まれになりました。その事実がありますので、王家側からすればライオネル様の継承権第一位は認められないですし、副都側からすれば継承権を放棄したのは王弟様だけで、ライオネル様の継承権は保持されるの一点張りでして」

ドナルドはここまで話すと、ため息を吐いた。

元々関係性が拗れてしまている王家派と副都派ではこの問題を解決する事は難しいだろう。


「ところでドナルド?そのライオネルくんの母上はどこの何方様なのかな?」

「レイトール大公エーデルヴァイン家の現当主の妹君フローラ様ですね。要するに副都派の頂点に君臨する方の妹、という事です」

それを聞きおれは思わず笑みを浮かべてしまった。

おれの反応を見たドナルドも嘲笑を浮かべている。

「ちなみに、ユーフェミリア王女殿下の母上は?」

「レイエイ王国の聖女王エルラリア様の妹君マティルダ様になります」

「そのレイエイ王国って大国なのかな?」

「レイエイ王国は……言うなれば超大国ですね。現在のイセリア文化圏の国々の中では一番歴史が深く領土も圧倒的に広大です」

ここまで聞いておいてなんだが、この話は聞けば聞く程に深刻度が増してゆく。

レイエイ王国からすれば当然ユーフェミリア王女が王位を継承すると考えているだろうから、ライオネルくんが王位を継承してしまったら……サリィズ王国は内乱が勃発するだけでは無く超大国との関係性も崩れてしまうかもしれない。


と、ここで魔女様は喉を鳴らし咳払いをひとつ。

今更だが、女性二人を蚊帳の外でドナルドとの会話に夢中になってしまっていた。

そして恐らくドナルドもおれと同じタイミングでその事に気が付いたのだと思う。

「申し訳ありません、魔女様。大体状況は掴めましたので、そろそろ宿酒場へ参りましょう」

そこまで不穏な空気では無かったが、ドナルドは一言詫びを入れておれたちを宿酒場へ誘導を始めた。

魔女様はその後に着き歩きながら「別に謝る事は無いよ。お前たちの話しは面白いし、耳を傾ける意義があるから」とおれたちの会話に価値を見出してくれた。

「あの、魔女様?リョウスケと話していると周りが見えなくなってしまう感覚がある様な気がするのですが……これってもしかして、彼が特殊なギフト【言語理解】を有しているからですか?」

道すがらだがドナルドはとても良い質問をしてくれた。

自分の口から、おれと話してるとどんな気分になる?とは中々聞き出し難い。

しかし話している相手からどの様に思われているかは当然気になるし、仲間内の所感は知っておきたい。


「恐らく、その可能性が高いと私は思っている。ギフト【言語理解】とは文字通り効果の他に、会話に関する全ての点で所有者が優遇される様な効果もあるかも知れない。例えば会話の相手を惹きつけるとか、熱中させるとか、好意を抱かせるとかね……会話が自身に都合よく好転しやすい、みたいな効果もあるかもしれないし」

「それが事実だとすると、例え戦闘能力が低くとも恐ろしいギフトという事になりますよね?」

「ああ、そうだね。全く以って危険なギフトであり危険な存在なんだよ、この弱っちいササラ人はさ。魔法に関しては私が教えるけど、それ以外の事はドナルドから色々と教わるのが良いかもしれないね。アンタらはそこそこ相性が良さそうだから」

意図的かどうか分からないが、魔女様はおれが【不朽不滅】の所有者である事を明かさなかった。

【言語理解】の所有者と言うだけでも危険人物扱いを受けてしまいそうなので、これ以上の悪目立ちは避けるべきだとは思う。

今後行動を共にする仲間には知らせておくべきだが……これに関してはいずれまた魔女様と話し合って方針を決める事にしよう。

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