第50話この状態で包囲されるってどういう事よっ!!?
「報告っ!敵に完全に包囲されましたっ!!」
以前反乱を伝えに来た親衛隊員が湯船のある陣幕に飛び込み急報を告げた。
「何ぃぃいぃっ!?一体どういう事よっっ!!」
涼花は怒鳴ると裸のまま湯船を飛び出し、陣幕を出て物見台の上に立った。
「ちょっ!?勇者様服っ!服着て下さいっ!!」
慌てて目を伏せるオタカル。
女性親衛隊員が急いでガウンを渡すと涼花は無造作にそれを身体に巻きつけ周囲を確認した。
「な、なんじゃこりゃぁ~~~っ!!?」
涼花配下以外の全ての軍勢がこちらに対し槍を向けている。
聖教軍だけではなく魔王軍までもが反涼花の旗印を掲げ、等しく涼花に攻撃の意思を見せているのだ。
混乱する涼花の下へ更に別の伝令が走り寄る。
「対涼花大同盟軍の使者を名乗る者が、即時武装解除、無条件降伏の要求を──」
「首を刎ねて敵陣に投げ込みなさいっっ!!」
「はっ!」
条件反射で指示を出した涼花は、我に返りすぐさま実行に移そうとする伝令を呼び止めた。
「待った!……処刑は取り消し、服装を整えるから少し待つように言って、その間に前後不覚になるまでたらふく酒を飲ましてやりなさい」
今度こそ走り去った伝令を見送ると、涼花は爪を噛んで苦々しげに悪態をついた。
「くそっ!あの狸共、裏で手を組んでいやがった!」
「い、一体どういう事なんでしょうか……」
カワサキが戸惑いながら、いつものセーラー服を手渡すが、涼花はそれを断ると近くの兵に一般的な服と鎧を持ってくるように指示を出した。
「どうもこうもないわ。あいつ等、アタシという共通の敵を仕立て上げ、全部の責任を押し付け、有耶無耶のうちに手打ちにするつもりよ!!」
カワサキは一瞬固まると、何度か脳内で考えを重ね驚愕の声を上げた。
「ひぇっ!?それって全部が敵って事ですかっ!?」
「全部とは言わないわ。アタシが良くしてあげた一部民衆は恩義を忘れてないとは思うけど……民衆なんて都合次第ですぐ立場を変えるから信用するだけ無駄よ」
涼花は手の平をクルクルと回し唾を地面に吐き捨てた。
そして、届けられた服に袖を通し、兵に着替えを手伝わせながらブツブツと何かを考え込んだ。
「よし!全軍で撤退して体勢を立て直すわよ!」
着替えが終わると同時に自身の領頬を叩き宣言した。
その突然な発案にオタカルとカワサキは、またトチ狂ったのかと顔を見合わせた。
「その……撤退すると言ってもどちらに?」
「センパイ、どっちを向いても敵ばかりですよ?諦めた方がまだ……」
恐々と尋ねるオタカルとカワサキに涼花はニヤリと笑って魅せ、腰から剣を引き抜いて真っ直ぐ前を指し示した。
「敵軍を正面から突き破るわ!!」
「「は?はぁぁああぁあぁあ~~っっ!!?」」
二人は驚愕の声を上げ涼花の顔を二度見するとよく見れば口元は僅かに引き攣り、額には汗が滲んでいる。
「(センパイのこの表情……これは半分ヤケクソの時のやつだ)」
「勇者様正気ですかっ!?」
オタカルは涼花の正気を疑ったが、今更ながらそもそもこの女は最初から狂っていたと思い出した。
涼花は、完全に吹っ切れた目で二人を見た。
「敵は圧倒的に数に勝り、完璧な包囲を完成させ、勝利を確信しているわ。その油断を突くのよ」
そう言われ二人は再度敵陣を見た。
確定した勝利に反涼花同盟軍の士気は高く、誰一人不安を覚える者はいない。
そして、戦う前から降伏勧告の使者を送り余裕を見せ付けている。
しかし、これは逆に戦意の低さの表れのようでもあった。
両陣営ともに長い戦いで多くの死者を出しており、勝利が確定している以上無駄な死者を出したくないのだ。
「敵の油断を突き血路を開くわよ!!」
涼花は指示を飛ばした。
「十倍以上の敵に囲まれていようと実際に相対する数、目の前の敵なんてたかが知れているわ!その程度の敵アタシと!アタシの親衛隊の前ではカスよっ!!」
そう断言する涼花の瞳は狂気と自信が入り混じった色で輝いている。
そして、彼女の言葉には皆をその狂気に巻き込む力があった。
「あ、あのセンパイ……」
涼花はカワサキの方を振り返りながらも掲げる剣は進むべき方向を指し示している。
「何カワサキ?敵はあっちよ?」
「そっちにはテレジアさんもいるんですよ?」
「…………」
涼花は剣先を僅かに右へずらした。
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