第48話魔王と大宰相の陰謀?そんなもの力でねじ伏せてやるわよ!

 魔王は反抗軍の平定に向かった涼花が、反乱分子に取って代わるのではないかという当然の危惧を抱いていた。

 そして、その予防策として幾つかの枷を涼花に科した。

 一つは、政治と軍事の分離。

 涼花には反抗軍の討伐軍こそ任せたが、統治に関しては魔王軍が全て引き受け涼花は戦闘のみに専念するようにと言う名目で、討伐の後の統治、治安維持の権限は与えず、別の代官、治安維持軍を送る事にした。

 もう一つは、軍事力。

 与えると約束した兵だが、数こそ涼花の私兵である親衛隊の倍以上を与えたが、その内容は反乱軍により土地を追われた者を中心に喰い詰めた者を掻き集めただけの雑兵以下。

 また、その兵権も兵の質を補う為という理由で、兵と一緒に送られてきた派遣された魔王直属の将軍が握っていた。

 名目こそ与力であったが、将軍には涼花を油断無く監視するよう厳命されていた。

 つまり、涼花は生命線となる地盤を持たされず(アンティオキアは除く)、兵権を二分され、監視も付けられた上で戦争に望まねばならなかった。

 まともに考えれば、幾つかの戦いで勝ったとしても、その先は磨り潰される未来しか見えない戦いであった。

 しかし、涼花はまともではなかった。

 涼花と親衛隊はアンティオキアを陥落させて以降、連戦に次ぐ連戦、幾つもの戦場を乗り越えた百戦錬磨の猛将と精鋭であった。

 そして、その精鋭達と猛烈な訓練を続ける内に雑兵達もいくらかマシになった。

 しかし、反抗軍討伐に向かう直前、苛烈な訓練中に派遣された将軍が何処からか飛んできた矢を膝やらわき腹やら、あちらこちらに受けリタイアしてしまうという不幸もあった。

 与力の将軍無しで戦場に向かった涼花は、雑兵をわざと逃げ場のない死地に配置した。

 当然反抗軍はこれを好機と見て総攻撃を開始、逃げ場なく死兵となった雑兵と予期せぬ死闘となった。

 雑兵の必死の抵抗の隙を付き、涼花率いる親衛隊が死角より出撃し反抗軍の後背を討ち完勝を決めた。

 涼花はこの様な強制的金床と鎚戦法を繰り返す事によって、雑兵を鍛え続け、反抗勢力の一つを壊滅させた時には、雑兵は立派な精鋭になっていた。

 もっとも、その過半数以上は千尋の谷で屍を晒す事になっていたが。

 そして、その報告を聞いた魔王と大宰相は頭を抱えていた。

「おいジャアフル。信じて送り出した将軍がボロ雑巾になって帰ってきた上に、信じず送り出した勇者が一月足らずで最大反抗勢力を壊滅させたんじゃが?」

 魔王は机の上の書類に肘をつきながら頭を掻いた。

 涼花の領地こそ最盛期の三分の一程度だが、その名声は最盛期に匹敵するほどである。

「完全に予想の斜め上を行ってます」

 大宰相も机に肘をつき憎憎しげに見たくないと書類を押しやった。

「お主『使って真実』とか言っていたではないか」

「こんな人の心も無いやり方するなんて思いもしませんよ。それにその台詞は何処ぞの金髪の坊やの台詞なので僕の責任じゃないです」

 誰だその坊やはと魔王は思いながら『勇者を将軍パシャに推挙します』という意見書を苦々しく見つめる。

「しかし、まさか枷を逆に利用するとは思わんかったわ……」

 涼花は占領地の領有をされた事を逆手に取り、各地で今まで行わなかった略奪を大々的に行った。

 それも涼花自身、親衛隊ではなく魔王より与えられ、散々囮に利用された法族の兵に報酬の一部として許可したのだ。

 もっとも占領地のでの略奪は、働いた兵への恩賞として一般的なものであり、当然の権利として認識されている。

 散々死にかけた兵はその恩賞に喜び勇んで飛びついた。

 その略奪振りは戦場での鬱憤を晴らすに十分な暴れようだった。

 その中で涼花と親衛隊は、まず民衆のよりどころである礼拝所を占拠し、襲われ逃げ惑う民衆をそこへ匿ったのだ。

 略奪に走る兵も、流石にそこにまで押し入るような事はせず、匿われた民衆は、襲っている兵の将軍だと知りつつも感謝した。

 後には破壊され、奪いつくされた廃墟と一文無しになった新涼花派の大量の民衆が残り、彼女はそれを後続の行政官、治安軍に押し付けると補給物資を強奪同然に奪い次の戦場へと向かった。

 なお、略奪された物資の半分は、涼花へ上がりとして徴収されていた。

「交渉の調整、条件の刷り合わせの為の時間稼ぎと敵対勢力の削減が出来る一挙両得のつもりじゃったのじゃがのう」

「あれでも枷を重くしたつもりだったんですがね、もっとガチガチに縛ってもよかったかもしれませんね」

 大宰相は書き終えたロム語の書状に確認を貰うべく魔王渡した。

「それじゃと、こちらに噛み付いてきそうではないか?」

「……ですね」

 魔王は内容を確認すると最後に自らのサインをし大宰相へと書状を返した。

「しかし、まぁ何とかまとまったので良しとしておきますか?」

 返された書状をまとめ、封蝋をしながら笑った。

「問題は顔合わせもなくぶっつけ本番という事じゃが、戦場ではそれも珍しくあるまい」

 魔王はゆっくりと立ち上がると自らポットに茶葉を入れる。

「あちら側の2トップとは友人です。実際に指揮を取る総大将もアレの専門家ですし、まぁ、大丈夫でしょう」

「友人というより、一人は親友じゃろ?」

 魔王はニヤリと悪戯っぽく笑い、大宰相は少し照れくさそうに笑った。

「彼はまぁ、信用できますが、一応立場もありますので……それでもくだらない信仰やなんやで裏切る事はないでしょう」

 魔王はその答えに一瞬微笑ましい笑みを浮かべた。

「ではもう一人の友人はどうじゃ?」

 薬缶が沸騰した。

 魔王はそのお湯をポットに注ぐとお湯で温めたカップと共に机に運ぶ。

「アイツは大丈夫ですよ。アイツ自身は信用できませんが、一族の繁栄と軍事的自立の為に金が要るんです。ここで僕達を裏切るなんて計算間違いはしませんよ」

「ワシ等と組む事を背信と思う輩もおるのではないか?」

 その問いを大宰相は鼻で笑った。

「今更アイツの信仰心を信じている奴なんて殆どいませんよ。形式と面子さえ調えてやれば何とでもなります」

 魔王はよく蒸らしたお茶を二つ淹れ、一つを大宰相に押しやると、自身の分をフーフーと息をかけ冷ます。

「僕の分もフーフーお願いします」

「自分でやらんか」

 大宰相は仕方なくまだ熱いそれに口を近づけ、やはり無理だとそっと机に戻した。

「しかし、信仰に熱心な者が暴走する恐れはどうじゃ?」

 魔王はそう質問しつつも口元には余裕が浮かんでいる。

「そんな連中、こちらも向こうも大方戦場の塵と消えてますよ」

「じゃのぅ……クックック」

「ヒッヒッヒ……アーハッハッハ!」

 二人は魔王とその側近らしい笑い声を上げた。

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