第45話ロリババア魔王とロリコン大宰相ってどういう事よ!?
しばらくして涼花とカワサキはすぐさま魔王城に入る許可が出た。
案内に連れられ歩く魔王城は、外から見るだけでも広大かつ絢爛豪華であったが、中に入ってみてもなお一層美しく壮大だった。
入り組んでいながらも大きな通路には細かな刺繍がびっしりと施された絨毯が敷かれ、脇には豪華な絵画や調度品の数々が飾られている。
時折通りかかる中庭には、豊かな清流が流れ、様々な土地の色とりどりの草木が咲き誇り、珍しい動物達が放し飼いにされていた。
魔王城内の調度品、広大さもさることながら、魔王城そのものに細部に至るまで施された緻密な装飾、飾り彫りやモザイクアート、それらは魔族独特の『幾何学文様』『植物文様』『文字文様』の三種類の模様からなる魔族模様を描き、その素晴らしさは正に至高の魔族芸術の粋であった。
それらを初めて見た者は、魔族領の技術力と文化力の高さ、ひいては魔王の影響力、権力の凄まじさをありありと実感するだけの力を有していた。
後にこの城を訪れた歴史的大旅行家キノン・バットゥータは、魔都と魔王城をもってして『世界の半分』と称し記録に残している。
そして、その魔王城の中でも最も荘厳で威厳ある間、謁見の間に涼花とカワサキは(そうとは知らず)案内されていた。
「センパイ、いくらなんでも手紙を渡してすぐにこんな凄い部屋に案内されるなんて変ですよ」
このトントン拍子に進む展開に流石のカワサキも違和感を感じ疑問を口にするが、涼花の方は何とも無いかのように右手の小指で鼻をほじりながら答えた。
「怪しんだところで今更どうにもならん。いざとなったら守ってあげるから腹だけ決めときなさい」
カワサキは指輪を外し日本語で会話しているとはいえ、堂々と訳のわからない会話をする二人に衛兵が困惑しながら声をかけた。
「そろそろ陛下がいらっしゃいますのでご準備を」
その言葉に流石の二人も一瞬固まった。
「……今、陛下って言いませんでした?」
衛兵が近づき指輪を嵌めなおしていたカワサキが汗をダラダラ掻きながら尋ねた。
「ああ、めちゃくちゃ偉そうな椅子のある良い部屋だから大宰相が直接ご登場かと思ったら、まさか大本命が来るとは……魔王ってのは暇なのか?」
衝撃の事実に涼花すら冷や汗を掻いた。
そして、緊張をほぐす為にも相談でもしようかと思った矢先、魔王の入室を告げる声が響き、二人は平伏するよう指示をされた。
「魔王陛下ご入来ーー」
二人が完全に顔を伏せると荘厳な音楽と共にゆっくりと扉が開き、幾つかの気配が部屋の中に入ってくる。
二つの高貴(?)な気配を中心に警護兵らしき気配がその周囲を囲み、部屋の最奥へと歩みを進める。
そして、一人が玉座へ腰を下ろし、そのすぐ横へ別の気配が侍る。
「その方等が聖教の勇者か?」
落ち着いた中年男性の声が二人へ向けられる。
涼花は物怖じせず、その声にすぐさま答えた。
「いえ、アタシは聖教の勇者ではなく、神の僕、神に仕える勇者(バハードゥル)でございます」
地に伏せながらもハキハキと澱みなく答える涼花に「ほぅ……」と感心する声が聞こえた。
「つまり何が言いたいんじゃ?」
中年男性とは別の声。
若いと言うよりは幼女の如き幼い声。
しかし、それでいて落ち付きと深み、長い年月が創りあげる老成のただよう貫禄ある老人の声のようであった。
「つまり、魔王陛下にお認めいただければ、この涼花非才の身なれども勇者として、法教、法族の為誠心誠意、粉骨砕身でお仕えさせていただく覚悟でございます」
涼花声が、人々を熱狂させ駆り立てる扇動者の声であるならば、この声は人々を安心させ、信用させる統治者の声。
どちらも天性の素質であるが、全く別種のカリスマ性だ。
「(はぁ……)」
この姿では、カリスマの欠片もないカワサキが涼花の嘘くさい能書きに小さくため息を吐いた。
しかし、以外にも魔王には高評価なのか、なにやら面白そうにクツクツと笑い隣へと声をかけた。
「のうジャアフル、お主の報告どおりの人間のようじゃが、信用できると思うか?」
隣の男、ジャアフルは鼻で笑うように答える。
「法族領まで知れ渡る悪行の数々、先のアンティオキア僭主オートヴィル一族よりも信用できませんな」
「そんな大宰相閣下!アタシはただ民の為を思い行動したまで!どのような流言飛語が流布されているかは存じ上げませぬが、悪行などと揶揄されるような行い、この涼花一切行っておりませぬ!第一そ──」
「もうよい」
長々とした言い訳がましい声長魔王が遮り嫌な沈黙が訪れる。
涼花は最悪の状況を覚悟し腹を括る。
「(不味いぞ……こうなったら一暴れするぞカワサキ)」
「(そ、そんなセンパイ、敵地のど真ん中でそんな事してどうなるかっ!)」
「(魔王を討ち取ってここから逃げられば万事上手くいく!最悪でも一矢報いてみせるわ)」
「(ヒェ……)」
嫌な緊張。
ヒッヒッヒッ
それを崩したのは、ジャアフルの意地悪そうな笑い声だった。
「陛下、からかうのはそのくらいでいいのでは?追い詰めすぎて手を噛まれては面倒でしょう」
クツクツという魔王の笑い声がそれに答える。
「最初にからかおうと言ったのはジャアフルではないか」
二人は意地悪そうに少し笑うとニヤニヤと涼花に声をかけた。
「実は貴様らが来る事は、貴様等が紹介状を書かせた内通者から連絡が来ておってのう。癖は強いが力も強いと聞いておる。面白そうなので一つ望を聞くだけ聞いてやろうかと思ってのう」
「ありがとうございます!!」
「クックック、まだ聞くだけで叶えるとは言っておらんぞ?」
「陛下に聞いていただけるだけで望外の喜び、慈悲深い陛下でしたらアタシ程度の小さな望、そこらの塵を一つまみ賜る程度の事でございます」
涼花はそう言って表情の欠片も見えないほど深く頭を下げ額を地に着けた。
本心としては、イニシアチブをとろうと最速でやってきたはずが、用意周到に調べ上げられ罠の中に飛び込んだようなこの状況で下手な動きは首を絞めるだけ、ならば臭すぎるほど嘘くさい忠誠を演じたほうがまだマシであると考えたのだ。
その光景を端から見るカワサキは胡散臭そうに呆れているが、魔王とジャアフルは面白そうに笑っている。
「よし。ではまず、二人とも表を上げる事を許可しよう」
魔王はポンッ、と膝を叩くとそう宣言した。
涼花とカワサキはその許可に従いゆっくりと頭を上げ、先ほどから気になって仕方がなかった魔王の顔の方を向いた。
「ふむ、二人とも噂では聞いておったが、整った顔貌をしておるのぅ」
そう言ったのは、元々巨大で豪奢な玉座がより大きく見えるほどに小さく幼い少女(幼女?)であった。
「魔王様の方が比べ物にならないほどお美しいですよ」
側に控える中年男性は心の底からそう言った。
そして実際、その少女は神の作り出した彫像の如く美しかった。
白雪、白銀、何と表現していいかもわからないほど、他に例えようのないほど美しい長髪に、幼く見えるも老成した知と鋭さを感じさせる絶世の美貌。
しかし、その体躯は小さく幼く、少し力を入れれば折れてしまうのではないかと心配になるほど華奢だ。
まるで神話に歌われる妖精の女王の如きその姿に涼花の口からポロリと本音がこぼれた。
「何だこのメスガキは?」
一瞬その場の時間が氷結した。
とんでもない一言に誰もが耳を、涼花の言葉を疑った。
そんな地獄のような沈黙の中、中年男の堪えきれない笑い声が響いた。
「ヒッ、ヒッヒッヒッ……アーハッハッハ!」
空気の緩んだ隙を突き涼花が自身の頭を地面に叩き付けた。
「も、申し訳ございませんでしたぁぁっっ!!」
しかし、中年はそれでも笑い続けた。
魔王は『メスガキ』呼ばわりした涼花よりも笑い声の方が癪に障ったのか、隣で笑い続ける中年男を睨んだ。
「ジャアフルよ。そんなに面白いか?」
「アッハッハッハ。申し訳ございません。ですが、ですがね。誰もが思っていても言わなかった事を第一声で言っちゃうんですよ?流石勇者を名乗るだけはありますよ……ヒッヒ」
「貴様もワシをメスガキだと思っているのか……」
魔王はなんとも言えない表情でそう尋ねると、ジャアフルと呼ばれた中年男は笑いを収め、ゆっくりと笑顔で答えた。
「何を言うんですか、僕は常日頃からアイーシャ様の事は愛しく、我が最愛のロリババアだと愛を囁いているではありませんか」
それは『愛』ではなく『変』だと涼花とカワサキは思い、魔王はいつもの事と小さくため息を吐いた。
周りはいつもの事のように平然としている事から、この二人はいつもこうなのだろう。
カワサキは衛兵が涼花を見て大宰相の関係者と勘違いしたわけがよくわかった。
「(なんてめんどくさい人達なんだ……)」
誰も自身以外の事はよく見えるものである。
「あーはいはい、もうよいわ」
「よくありません!陛下はいつになったら僕の愛に──」
「ジャアフル。話が脱線しておる。このものにワシの紹介をせよ」
ロリコンの脱線をロリババアが制した。
ロリコン大宰相は愛を囁き足りないと不満げながら小さく咳払いをする。
「ゴホンッ……では、改めて紹介いたします。こちらにおわすお方こそ、諸スルタンの中のスルタン、シャーの中のシャー、諸君主の主にして地上における神の影の守護者、イマーラートの長、地中海、キャシャの主、聖地の主、法の守護者にしてルームとトリポリ、エデッサ──カラマンその他諸地方、諸国に我等が剣と法を持ちて勝ち得た多くの諸国の主にして大王、スルタン=アーイシャ・ラズィーヤ・アル・ドゥルツ=シャーであらせられる!」
ジャアフルは魔王の舌を噛みそうな称号と名前を述べると一呼吸置いてるけたした。
「そして、僕は大宰相にしてアーイシャ様と愛し合う婚約者ジャアフル・アル・カーミル・アイユーブである」
婚約者の所で魔王から軽い否定の声が上がるが、ジャアフルは気にも留めていない。
魔王の称号と同じ様式美のようだ。
涼花は一度頭を下げると、その挨拶に答えるように口を開いた。
「アタシは神と民の勇者、津宮涼花。こっちは従者のカワサキでございます」
傅く涼花とそれに倣うカワサキに対し、魔王は頬杖を付きながら尋ねた。
「それでは早速、面倒な腹芸は抜きにして本題に入ろう。そちらの望は何じゃ?」
涼花がチラリとジャアフルを盗み見ると彼と目が合った。
「アンティオキア一国──」
カワサキは涼花にしてはかなり控えめな要求だと感じた。
しかし、ジャアフル、魔王の反応はいまひとつだ。
「──地位と領土を保障していただけるのであれば、この勇者涼花、微力ながら魔王陛下に忠誠を誓わせていただきたく思います」
今こそ反乱によりアンティオキア一国すら危ういが、かつては最大三カ国を領有していた事を考えれば少々控えめな要求であるのは確かだ。
しかし、魔王はそう考えなかった。
「ワシに地位と領土を保障しろという事は、これからそちを討伐しようとやってくる聖教軍から守れ、と言うのじゃな?」
「(チッ……)アタシの説明の必要もないようで陛下のご深謀恐れ入ります」
白々しく頭を垂れて認めるそれを見て魔王はため息を吐きジャアフルを見た。
「いくら長年の大敵相手とはいえ、この食わせ者の為に大戦争をするのは気が進まぬが……ジャアフルどうするべきじゃと思う?」
涼花は焦りジャアフルを睨む。
力一杯睨んだ。
それこそカワサキ等気の弱い者なら脅えて涼花が有利になるように発言しかねない迫力で。
しかし、ジャアフルは意地悪く余裕の笑みを浮かべた。
「まずはお試し期間を設けて、この者を試してみては如何かと?」
「ほう。お試し期間とな」
魔王のわざとらしい反応。
ジャアフルの提案は、はなから魔王達による予定調和ではないかと涼花は勘繰った。
「はい、不敬ながら現在法族領内に陛下に反旗を翻す叛徒共がございます。ツミヤに多少の兵を与えこれを討伐させていてはいかがでしょう?」
「なるほど、実力と忠誠を試すついでに掃除も出来る一矢で二羽を撃つ(一石二鳥)の案じゃな」
ニヤリと笑う魔王とジャアフル。
カワサキはまた戦争かとため息を吐く。
しかし、涼花はしめたと手を叩いた。
「戦争だったらこの勇者に任せなさい!じゃなかった、任せあれ!必ずや陛下に仇なす叛徒共を全て平らげて見せましょう!!」
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