第27話四方山話『喜劇』

「全く、公は何をあんな小娘相手に浮かれているんだ」

 勇者を歓迎する為に集まった群衆の外れで一人の髭を生やした貴族が愚痴をこぼした。

 彼もそうだが、勇者一行を歓迎する為アンティオキア公ボエモン三世オートヴィルは、重要拠点以外の有力貴族、直臣、魔術師を招集した上に、この後には年始の宴以上のご馳走が用意された宴席が設けられている。

 上昇志向の強い地元貴族としてはあまり気持ちの良い事ではない。

「まあまあ閣下。あの腹黒一族の腹黒公が何の企みも無しにこれだけの歓迎をするなどありえない事でしょう」

 髭の貴族が額にしわを寄せ振り向くと、そこには彼の縁戚に連なる魔術師がいた。

「それもちろんわかっている。聖都の悪徳教皇がわざわざ公式に任命した勇者に下手な対応も出来ん事もわかっておる」

 しかも、これまた特別に任命した、新領土全域を統括する大司教に自身の身内を任命し、勇者のお付きにするほどのキモの入れよう。

 事情を分かっていない現地の聖教徒としては、盛大な歓待を行わない理由を探すほうが大変である。

「それにしてもあの騒ぎよう。民衆の大部分は本気で歓迎していますし、特に貧しい者達は熱狂と言っていい程興奮している様子。高貴な者達にも陶酔している者は少なく無さそうですよ」

 髭の貴族は魔術師に頷く。

 彼自身の目から見ても大衆は勇者を信じきっているように見えた。

「あれだけ若く元気があり美しい少女だ。貴人であろうと目を曇らすのも仕方あるまい。それにあの身振り手振りに、声の質と抑揚、人を惹きつける天性の才だ」

「全くです。あの神が与えたもうたカリスマ、良くも悪くも人の上に立つ素質。何とも羨ましい限りです」

「それに外見だけでも特殊な性癖をお持ちの御仁なら、あの身体目当てに城を傾けてもおかしくない」

 貴族と魔術師は口の端に下種な笑みを浮かべる。

「まぁ、それだけ人気があるのだ。歓待分は士気と指示を高めて欲しいものだな」

 しかし、利用する有用性を考えると貴族は勇者の事が少々気の毒に思えてきた。

 彼には日本人としても背の低い彼女は十歳になった程度に見えた。

 そんな幼く美しい少女が、こんな乾燥した僻地の魔族領へ連れてこられながらも、その不幸を微塵も見せず健気に元気を振り撒いている。

 そう感じた貴族は、自身の孫娘を思い出し気分を紛らわせるように髭を撫ぜた。

「噂では本当に異世界から来たとか、魔術を用いず高名な魔術師を打ち倒したとか、自身の才覚一つで資金を集め、兵まで自ら募り、練兵し今回の軍を作り上げたと聞きましたよ?」

 貴族は髭を撫ぜるのを止め魔術師に振り向いた。

「流石にそれは盛りすぎだろ。聖教会の広めた嘘だ」

 貴族と魔術師は哀れにも聖教会と公に乗せられ、玩具にされる健気で幼く美しい勇者の行く先を案じ、噂が真実だったらどれほど良かったかと思った。

「ですよね。それが本当なら大衆向け喜劇の主人公になれますよ」

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