第26話市井の生活を知るのは大事よねぇ?

 聖戦軍国家の一つ、アンティオキア公国の首都アンティオキアに入場した涼花一行は、先触れを受け取り、歓迎の準備をして待っていたアンティオキア公ボエモン・オートヴィルによって熱烈な歓迎を受けていた。

「お待ちしておりました勇者様!風の噂にお話しは聞いていましたが、何とお美しい──」

 アンティオキア公は本音も多分に含まれる世辞を言うと、涼花の手の甲に軽口付けをした。

「ガハハハっ! アタシが来たからにはもう大丈夫、全部任せておきなさいっ!万事上手く治めて見せるわよっ!」

 多くの観衆に囲まれ、公の世辞に気を良くしたのか、涼花は大胆に笑い声を上げアンティオキアの人々に向かい大きく手を振った。

 救いを求める人々はその豪快すぎる笑に頼もしさを感じ、またその整った顔もあいまり情熱的に歓声を上げた。

「勇者様の何と伝説の如く頼もしい事か!侍る三従士の方々も凛々しく美しく、率いる兵達も皆規律正しく整然とし、これだけの数が揃いの装備で一糸乱れぬ動きをするなど正に神の軍そのものっ!」

「正に勇者様!」

「勇者様率いる神の軍!神兵に勝る敵なし!」

「魔族滅亡の日来たれり!」

 公の賛辞に合わせ、魔術師達が意気揚々と声を上げると、民衆は更に喝采の声を上げた。

「ささ、勇者様。心ばかりながら夕食に歓迎の席を設けております。どうか我が城におこし頂けますかな?」

 全ては予定された定番の流れ。

 しかし、涼花はそれに待ったをかける。

「それはありがたいわね!でもあたしはその前にしたい事、アンティオキアの人々がどんな暮らしをしているのか知っておきたいの──」

 その提案にアンティオキア公、アンティオキアの人々、そして涼花以外の勇者聖戦軍の一行は驚きの表情を見せた。

 しかし、驚きつつも皆それによって受け取る印象は様々で、アンティオキア公はただただ驚き、民衆は喜び、テレジアはすぐ怒りに顰めた。

「──せっかくの夕食。それまでには城に向かうのでそれでもかまわないかしら?必要な手続きは三従者に任せるわ」

 涼花がそう言いながら横目でテレジアを窺がうと、彼女は「何を企んでいるっ!」と言わんばかりに睨みつけてきていた。

「……出来れば案内に何人かつけて貰えると嬉しいのだけど?」

 テレジアの反応を無視し涼花が公にそう言うと、公は少し思案し提案した。

「可能であれば私自身がエスコートしたいところですが……誰か!勇者様に侍る栄誉に預かりたい者はいるかっ!!」

 公の呼びかけにその場にいた殆どの魔術師、貴族達が名乗りを上げる。

 その様子を観ていたテレジアは、案内、監視の者がいればそうそう悪さは出来まい。

 そう思ったのか、渋々涼花を睨むのをやめ、外向けの優しい淑女、聖職者然とした作り笑顔に戻った。

 公は、名乗り出る魔術師の中から礼儀作法に精通し、ある程度アンティオキアに詳しく、自分に都合の良い者を選び名前を呼んだ。

「では、シュヴァリエ・グレゴー!シュヴァリエ・アンリ!シュヴァリエ・ブロン!貴殿等が勇者様をエスコートせよ!」

 三人の魔術師を選び、公は誰も武芸に秀でた魔術師ですと恭しく頭を垂れ、魔術師達もまたそれに合わせて礼をした。

「よろしく三人とも!それじゃあアタシ達は少し街を見て回るから、大体の事はオタカル達三人に任せたわよ!」

 涼花はそう言うと面倒な手続きや儀礼を押し付ると、魔術師を引き連れ雑踏を掻き分け消えていった。

「大丈夫ですかねぇ……」

「流石に着たばかりの街で魔術師三人に囲まれては余計な事はしないと思いうが……」

 心配そうにそれを見送るテレジアとオタカル。

 それを公は何を言っているのか?と疑問符を浮かべながらも次の指示を近習に飛ばす。

 そして、カワサキは去り際の涼花の顔を思い出し完全に諦めた顔で心の中で呟いた。

「(絶対によくない事考えてる顔だった……)」

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