第24話代官、おぬしも悪よのぅ。
「勇者様この街はいかがでしょうか?」
積荷と人員の確認が済むと涼花は港町の代官じきじきの案内で街を散策しつつ代官屋敷へと向かっていた。
「いかがも何も酷い有様ね」
涼花は歯に衣着せぬ物言いだが、テレジアもカワサキもそれを咄嗟に咎める事が出来なかった。
そう彼女らの眼前には、聖教圏と同じ人種の人間に混じり、ビザンチンにもいたそれ以外の人種、魔族が暮らしている。
しかし、魔族の様子はビザンチンのそれとは大きく違った。
ビザンチンの魔族達は、数こそ少なくもその殆どが商売でやって来ている者だというのもあるだろうが、聖教国家に滞在する異教徒でありながらもその多くが裕福な装いで健康そうであった。
だが、本来魔族領であったこの地に住まう魔族は、その殆どが襤褸切れの様な衣服を纏い、体は傷と泥に塗れ、中には四肢の欠損激しい者も少なくなく、常に脅えように生活している。
そして、見かける魔族は男性や老人ばかり、歳若い女性や子供の姿は滅多に見えず、僅かに裕福な人間について回る奴隷札を付けられた者か、暴行を受け路地裏に転がっている哀れな姿だけであった。
これでは奴隷の方が幾分かマシだ。
涼花はビザンチンで見た奴隷を思い出しそう思った。
ビザンチンでは、魔族、人間、獣人問わず奴隷が取引されていた。
彼等の中には、酷い折檻を受けている者も少なくなかったが、己の財産である奴隷を必要以上の後遺症になるような傷を負うものは殆どいなかった。
それどころか、高級奴隷ともなれば主の財産を任せられる者、この教育を任せられる者、商売の全権を委任される者までおり、それらは他の奴隷への指示どころか、雇われの市民の上位に立つ事もあった。
また、優秀な奴隷は自らを買い上げたり、主人から解放され出世し、逆に自身が奴隷を持つ身分にまで成り上がる者もいる。
無論それらは極一部の稀有な例で、大部分は少しのミスで折檻を受け、着古しの衣服を纏い、残り物を食べ、台所の床で丸まる様にして寝る暮らしであった。
それと比べてアンティオキアの魔族の扱いは酷すぎであった。
ビザンチンの奴隷以下。
否、人の形をした野良犬のような扱いである。
「これでも減ってきているのですが、まるで残飯に涌く蛆のようにしつこいのですよ」
代官は汚らしいものを見る目で魔族を見ると吐き捨てるように言った。
聖教圏では魔族は憎み恐るべき存在であったが、ここアンティオキアにおいては蔑み侮蔑する存在であった。
「彼等に管理人、所有者はいるのかしら?」
涼花の問いに、代官はどういう意味か少し考え答える。
「え、ええ。一応人頭税を取る為にまとめ役のような輩を魔族から選んでおいてますよ?奴隷としての所有しているかどうかでしたら、奴隷札のない者は特におりませんよ。何か入用でしたらわざわざ世話をしてやらんでも、そのつど適当にそこらの魔族を捕まえて使っていただいて構いませんよ?」
代官にとって、いや、アンティオキアの聖教徒にとって魔族とは人ではないのだ。
その事が自身の認識違いではない事に涼花は激しい苛立ちを覚えたが、頬をヒクつかせながらも表情には出すまいと作り笑みを浮かべる。
「なに遠慮なんて要りませんよ。それだけが、コイツ等に唯一できる人への奉仕、我等聖教徒の為になれるのです幸せでしょう。ガハハハッ!」
何という事も無いと代官は笑う。
それが当然。
意思のある存在の尊厳を踏み躙り、嘲笑う事が娯楽であるように笑った。
「このっ──セ、センパイ!?」
その振る舞いに憤慨し怒鳴りそうになるカワサキを涼花は手で制した。
「黙っていなさいカワサキ」
そう小声で言った涼花の顔は苛立ちで歪んでいた。
そして、それを横で見ていたテレジアとオタカルも複雑そうな顔で二人を見ている。
「おや?勇者様どうかなさいましたか?」
涼花の変化にやっと気付いた代官がそう尋ねると、涼花はぎこちない作り笑いで答える。
「いえ何も――」
その時、小さな魔族の子供が薄汚れた器を掲げ、涼花と代官の前に歩み出てきた。
「バクシーシ(お恵みを)。バクシーシ(お恵みを)」
八歳くらいだろうか。
そんな幼い子供が物乞いをする姿にカワサキは胸を痛めた。
「おい!早くこの小汚いゴミを除けろっ!勇者様に失礼だろうがっ!!」
不機嫌に怒る代官の怒声。
次の瞬間子供は宙を飛んだ。
代官の怒りの言葉に控えていた魔術師が子供を掴んで投げ捨てたのだ。
「──っっ!!」
地に墜ちる寸前、とっさの所で涼花が子供を救い上げた。
「ほらっ!しかっりしなさい!」
自身が汚れる事も気にせず涼花は優しく出し締め強く声をかけると、子供は自身のみに起きた出来事に大きく鳴き声を上げた。
涼花は子供の体を確認し、怪我のない事を確認すると安堵の息を吐き優しく魔族共通語で語りかけた。
「ほら、勇者(バハードゥル)のお姉ちゃんが助けに来たわよ」
その言葉に泣いていた子供の嗚咽が小さくなり、涼花へと顔を向け尋ねた。
「勇者様(バハードゥル)?」
「そうよ。勇者(バハードゥル)のお姉ちゃんがみんな助けてあげるからもう大丈夫よ」
涼花は滅多に見せない邪心のない笑顔で笑いかけると、子供を優しく立たせ汚れを払ってやる。
「ほら。もう大丈夫。男の子がそんなに簡単に泣いたら駄目よ!やられたら三倍返しにしてやる気概を持ちなさい!」
そんな無茶を言って笑うと涼花は兵を呼び、糧食の固パンを持ってこさせた。
「ほら、今日はこれを持って帰りなさい」
そう言ってパンを渡すと、子供は涼花とパンを交互に見てから一度強く涼花に抱きつくと路地裏に急いで走って行った。
「勇者様、あんな汚らしい魔族にそんな事まで……ああ!ああいうお稚児がお好みでしたか!でしたら──」
何やらゲスの勘繰りをする代官を涼花は睨んだ。
「ひぃっ!?」
わけもわからず脅えた代官に涼花は気持ちを切り替え、獰猛な作り笑いで語りかけた。
「アンタさっき魔族にまとめ役がいるって言ったわよね?」
代官はその豹変に混乱しつつも機嫌を損ねないよう揉み手をしながら必死で頭と口を回した。
「え、ええ。魔族がこの地を支配していた頃の有力者の中で協力的者にまとめ役をやらせていますが?」
それを聞いた涼花はより笑みを深め代官に近寄る。
「それじゃあ、後からで構わないからそのまとめ役を紹介してくれ貰えるかしら?」
お願いのような言葉遣いであるが、声色、瞳は拒絶を許すものではなかった。
「ア、ハイ……あ、あの理由をお聞きしても?」
勇気を搾り出すようにして当然の疑問を問う代官に涼花は用意していたようによどみなく答えた。
「アタシのいた国には『敵を知り、己を知らば百戦危うからず』という言葉があるの下調べは大事ってね」
「……流石です勇者様っ!」
意味がわかったのか、とりあえず褒めたのか。
煽てる代官に涼花は高笑いで答えた。
「ガハハハハ!」
「あ……あは、はははは!」
気持ち良さそうに笑う涼花とそれに合わせる代官の二人。
妙に絵になるそれを見てカワサキは思った。
「(小悪党……)」
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