第22話これもある意味戦鍋兵みたいなものよ!(違う)

「それにしても、勇者のお前達やれっきとした貴族、魔術師まで街の外で野営する必要などないだろうに」

 テレジアは案内された幕舎内でワインを片手に現状に対する不満を述べた。

 彼女、貴族や高位聖職者にとってそれが当然。

 いや、身分の線引き、下々に気を使わせない為にはそれが必要な処置であるというのは真っ当な価値観ではある。

 しかし、涼花にも考えがある。

「ウチは普通の軍とは違うんですよ。総指揮官であるアタシも最も下の者も、皆同じ釜の飯を喰い、同じ空の下で眠り、苦楽を共にする。それによって得られる仲間であるという連帯感、同族意識は最も強い武器となるのです!」

 涼花の力説にテレジアは何処か違和感を感じ首を捻りながらもなんとなく理解を示した。

「そんなものなのか?」

「そんな物です。人はどんなに尊敬する相手であっても、自分より良い生活をする者を此処の何処かで羨み、憎むものです。たとえそれが、重責に見合う報酬であったとしても道理は無視され、見えないふりをされ、眩く輝く成果のみ目に焼きつくものです」

 涼花は自身の杯に注がれたワインをグイっと一息に飲み干すと手酌でお代わりを注いだ。

「更に言えば、アタシ達最大の武器は、兵達のアタシへの狂信です。それが揺らぐ事のないよう、むしろ補強する為には、常に側にいて他の貴族や司令官とは違うという認識を持たせる必要があるんですよ!」

 涼花はそう力説すると昼食の残り物らしきツマミを口に放り込み、それを流し込むようにワインをあおった。

 確かに涼花は、聖女様やお貴族の令嬢には見えない。

 兵達を率いる将軍……というより頼もしい中年親父の如き振る舞いである。

「ま、まぁそれはわかった。それで、具体的にはどういう進路をとるんだ?」

 その質問に涼花はグイと手の甲で口元を拭うとカワサキを呼ぶ。

「おい、地図を持ってきなさい」

 机の上の手紙の山を退かし地図を広げると、涼花はテレジアを見た。

「どこまで話を聞いているんですか?」

「ビザンチンを経由してアンティオキアに上陸する事は聞いているが、詳しく直接聞きたくてな」

「(カワサキやオタカルに話した内容は大体知っていると思って良いなこれは)では……」

 涼花は地図の中心にあるラテン半島の付け根、今いるヴェネーディヒを示すとそこから東の海峡を指差した。

「まずは地中海を沿岸航海でビザンチンを目指します。そこで再度準備を整え更に沿岸航海でアンティオキアを目指します」

 そう言って、ビザンチンから更に東、聖地と書かれた地より北の地を示した。

 それはテレジアの知る涼花のイメージからするとケレン味のない真っ当なルートなのだが、本来真っ当だがこれだけの軍を運ぶとなればかなりの金がかかる。

 しかし、道中がめつく金集めをしていた涼花なら払えない額ではない。

「ビザンチン……」

 テレジアはビザンチンに複雑な思いを描いていた。。

 同じ聖教徒ではあるが、ロムの教皇からの干渉を受けず、叙任権を持つ皇帝をトップとし、異教徒である魔族とも大っぴらに取引をする別宗派の聖教。

 その関係は互いを異端と認定するほどでは無いが、数々の問題を棚上げにしなければならない程度には複雑だった。

 裏を返せばそれだけ双方可能な限り敵対はしたくないのではあるが、そんな面倒になりかねない相手の所にこの問題児(涼花)が兵を率いて向かうというのは、藁の敷き詰められた馬宿に火の付いた松明を放り込むようなものではないのか?

 テレジアからすれば当然の不安だった。

「どうしましたテレジアさん?ついでにビザンチンで略奪しろって言うんじゃないですよねぇ?」

 本気か冗談か。

 いや、実行すれば冗談ではない狂行にテレジアは思い切り怒鳴った。

「バッカモーーン!聖戦に向かう道中で同じ聖教徒の国襲う奴がいるか!!」

 怒髪天を突く勢いで怒鳴るテレジアに涼花は慌てて発言を撤回する。

「冗談ですっ!冗談ですって。聖教徒の国を襲う聖戦軍がいるわけないじゃないですかぁ」

 その弁明にテレジアはドキりと嫌な汗をかいた。

 第一次聖戦軍が成功し、ズルズルと自然に終了した辺りから、聖戦軍国家間での領土争い、戦争は珍しくなく、聖戦中ですら争っている事もある。

 それを例に出させると聖戦を煽っている聖教会としてはどうにも強い事は言いずらいのだが、勿論涼花はそれを十分理解して言っているのだから性質が悪い。

「と、兎に角ビザンチンと問題を起こすのは聖戦軍として体裁が悪すぎる!いいかっ!決してビザンチンで問題を起こすんじゃないぞっ!?」

「はいはい、テレジアさん。不肖勇者、津川涼花は、決してビザンチンで問題を起こさないよう最大限の努力をさせて頂きます」

 そう言って、見栄えだけは良い敬礼をする涼花にテレジアは不安を抱き、頭を押さえてため息を吐いた。

「しかし何故アンティオキア公国なんだ?こう言っては何だが、もっと言い候補地はあっただろうよりにもよってあそこに?」

 テレジアは何とも納得できない表情で少し悩むと、何かに気付いた様子で涼花を睨んだ。

「魔族共から奪還した聖地周辺の土地には、他にも国があるだろうに……まさか、また何か企んでいるんじゃないだろうな!?」

 今までの行いを知っていれば、涼花を疑うのは当然であるし、何よりアンティオキア公国は聖教の間でも評判が頗る悪かった。

 事情を知らないカワサキは、涼花が何か企んでいるのはいつもの事で慣れっこで「またですか」と、諦めの表情をしている。

 また、オタカルも何か気になる点はあったようで涼花の返答に身構えている。

「逆ですよテレジアさん。アンティオキアが一番危ういから最初に向かうんですよ」

 涼花はそう気軽に答えたが、、アンティオキアが抱える問題はそんなに簡単ではない。

 アンティオキア公国は、他の聖戦軍国家同様に第一次聖戦軍により現地の魔族より土地を奪い作られた国家だ。

 しかし、聖戦が小康状態に陥り、一時的な平和、ある程度の統治の基盤が出来始めた辺りから、聖戦軍国家同士及び内部での争いが問題になってきたのだ。

 もちろん、聖戦が始まった当初からある程度の内輪揉め、足の引っ張り合い、刃傷沙汰は日常茶飯事であったが、それが重なり、煮込まれ、蒸留された高純度のアルコールへのような状態の所へ、余裕──暇とも言う──という名の炎が投げ込まれれば一気に燃え上がるのは当然であった。

 小さな諍いすら、聖教徒同士の殺し合い、領主同士の奪い合い、国同士の戦争へとなるのはすぐだった、

 そして、その聖戦軍国家間での戦争の最中、アンティオキア公国は最初に禁じ手を使ったのだ。

 それは、魔族との停戦、同盟、共闘である。

 勿論、魔族と共闘し攻撃したのは同じ聖戦軍国家だ。

 これは神への冒涜であった。

 当然他の聖戦軍国家から非難されたが、その報が聖都ロムにもたらされ、教皇から破門の脅しと共にお叱りの言葉が届いた時には、他の聖戦軍国家も大なり小なり魔族との取引を行うようになっていた。

 それから、裏切りと同盟が恒常化し、神聖なる聖戦軍はいつしか魔族も聖戦軍も交じり合った泥沼の紛争以下へと成り下がった。

 しかし、最初に魔族と同盟し、聖教徒を殺害したという汚名は消える事無く、魔族との争いが本格的に再燃し、第二次聖戦軍が開始された当初ですら、アンティオキアは他の聖戦軍国家と戦争をし続けていた。

 そしてその遺恨は今も残り続け、他の聖戦軍国家にすら狙われ、常時全方面、全国境に兵を配置し警戒をし続けなければならない状況にあった。

 その為、アンティオキアは常に国力が不足しており、敵である筈の魔族からの税収にも頼る必要が高く、他の聖戦軍国家よりも多くの魔族を抱えている事も他の聖教徒から良い印象を持たれない負のスパイラルに陥っていた。

 しかし、だからと言って魔族との仲が良好という事はなく、聖教徒からの魔族への迫害は激しく、また第一次聖戦で起きた悲劇、アマッラの食人──聖教徒は魔族を人と認めていないが──事件により、内外の魔族全てに他の聖戦軍国家以上に憎まれている。

 全ては自業自得とはいえ、アンティオキア公国は内憂外患、四面楚歌の状態にあり、いつ滅んでもおかしくない状況にあるという認識は、聖教徒魔族共通の周知の事実だった。

 しかし、こんな状況の国に向かうと言う涼花は自信満々の笑みを浮かべていた。

「危機だからこそ、その状況を上手く利用し、足場を固める事が叶えば、後顧の憂いがなくなるって訳よ!」

 それが叶えば苦労はない。

 しかし、その微塵も疑いのない態度にテレジアは押された。

「そ、そうなのか?たしかに上手くいけばそれほど良い事は無いが……」

「大丈夫です!全てアタシに任せてください!!」

 そう言って力強く、自身の薄い胸を力一杯叩き自身満面の笑みを浮かべる涼花。

「わ、わかった……」

 基本的に人が良いテレジアはそれに頷いてしまった。 

 その背後では、カワサキとオタカルが希望を失ったようにうな垂れた。

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