第20話ちょっ!?テレジアさんが来るなんて聞いてないわよっ!?

 涼花一行は、道中の村々で略奪免除税……否、聖戦税を徴収しつつ前進。

 その悪辣な手腕で支払い許容限界ギリギリの金額を容赦なく搾り取った。

 結果、隊は勿論、村々の村民すら一人も重傷者や死者を出す事無く、ラテン半島の付け根に位置する大商業都市ヴェネーディヒ到着した。

 この都市は湾内の浅瀬に島々からなる商業都市で、かつて蛮族からの侵略から逃げ延びた人々が、干潟、湿地に村を築いた事が始まりと言われている。

 以来数百年、その地の利を生かし大陸からの干渉を防ぎつつ貿易で巨万の富を築き上げた。

 結果、住民の多くは聖教徒でありながらも異教徒や魔族相手すら対当な商売相手として通商を結び、地中海有数の大商業都市の地位を占めるに至った。

 涼花の目的はこの都市で物資と船舶、操縦士の確保であった。

 ヴェネーディヒ所属の船舶である事を利用し、海上での戦闘を避け、一気に魔族領近くの聖戦軍国家まで安全に辿り着こうという魂胆であった。

「オタカル、物資の搬入は順調?」

 涼花がそう問いかけると、オタカルは資料を捲りながら答えた。

「はい。言われたとおり途中トラブルがあっても大丈夫なように、人員物資共に分散し振り分けてます」

「保険も掛け率より信頼性の高い所を選んだわよね?」

 涼花は資料を受け取りそれを捲りながら確認しているとそこに影がかかった。

 邪魔そうに顔を上げ、影の主を確認した途端、彼女の顔は凍り付いた。

「げっ!テレジア……さんっ!?」

 お叱りの怒声がかかるとばかり身構えていた涼花に意外な声がかけられた。

「安心して良いわよ涼花。保険の相手はボルジア家とも懇意にしている商人よ。不義理は出来ないわ」

 以外にも協力的な言葉に涼花は一瞬フリーズした。

 しかし、それを理解した途端、彼女は調子よく揉み手をしながら猫なで声でテレジアに擦り寄った。

「テレジアさぁ~ん。いつもいつもお世話になってすいません。ほら!カワサキこの前仕入れたワインがあっただろ!早くお出ししなさいっ!」

 この変貌には流石のテレジアも呆れながらもワインを受け取り小さく一口だけ飲んだ。

「それで、テレジアさんはどうして此処に?」

「涼花を見張る為に決まっているだろう」

 テレジアは包み隠す事無く本音を告げると、味が気に入ったのか更にもう一口、今度は先ほどよりも少し多くワインを飲んだ。

 それとは対照的に涼花は苦虫を噛み潰したような表情になり周りを見渡し、目が合ったオタカルはその迫力に負け顔を逸らした。

「(オタカルめ……いくら婚約者だからと軍機を漏らすとは後で覚えていなさい)」

「オタカルさんが教えてくれなくても大して変らんぞ。教会に寄ればその情報は全て教皇庁で調べられるのよ?」

 よく考えなくてもラテン半島内は教皇庁の力が最も及ぶ範囲内、これだけの軍勢で移動するだけでもばれるのは当然だった。

 テレジアはおかわりを注ごうとするカワサキを手で制し、杯を返すと涼花の肩に手を置いた。

「な、なんでしょうテレジアさん?」

「喜べ涼花。これからはずっと一緒だぞ?」

 そう言って笑うテレジア。

 しかし、表情は笑っていてもその瞳は全く笑っておらず、置かれた手は万力のような力で涼花の肩を掴んだ。

「そ、それはどういう事でしょう?」

 涼花は痛みを堪え笑顔でその手を外そうとするも、テレジアの手はビクともせずかかる力は更に大きくなる。

「私は三従士の一人になったんだ。遂行の妨げになる他の職務一切を引き継がせてきたという事だよ。涼花、お 前 の 為 に な」

 その発言に涼花の笑顔が固まった。

 しかし、追い討ちはそれだけではない。

「更に、今までの司祭の地位に代わり勇者、涼花お前が解放した土地全てを教管区とする司教の地位と枢機卿位に準ずる特別な特権まで頂いてきたぞ?」

 テレジアは笑顔のままその迫力は周囲の者が引くほどに大きくなり、涼花の肩はギシギシと軋み声を上げる。

「涼花良かったな。これで私は聖都での権限の代わりにお前の為に何処でも自由に聖務が行えるようになったんだぞ?喜べ」

 名目、権限こそ大きくなれど事実上の空手形。

 名誉だけの左遷といっても差し支えない状況にテレジアの瞳は怒りと悲しみでどす黒く潤んでいた。

「痛い痛い痛いですって!テレジアさん謝りますから手を離してくださいっ!!」

 今までの順風満帆な出世街道、それが涼花の出現によってほぼ完全に途切れ、死地への片道切符で島流しにあったようなものなのだ。

 しかも、いざという時助けになってくれるはずだった、大公家の跡取り息子であった婚約者までその泥舟に乗せられているのだからその怒りは当然である。

 テレジアは、悪名高いボルジア家の人間にしては、いささか直情的ではあるが、信義に厚く、世間体を気にする性質であった。

 故に最悪の教皇と後ろ指を刺される祖父の分も名誉を挽回せねばと、人の見本になるよう直向に政務に携わってきた。

 その結果、ボルジア家の良心と呼ばれるほどにまで評判を得ていた。

 しかし、欲もあれば恐怖心もある。

 こんな最悪の状況下に置かれれば、誰かに怒りをぶつけたくなるのも当然である。

「これからよろしく頼むぞ涼花?」

「痛い痛い痛い痛いっ!わ、わかりましたから手を――」

 ゴキンッッ!!

「あ……」

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