第19話これが涼花式徴税術よ!
選抜した最も優秀かつ狂信的な兵士に第二次、第三次涼花聖戦の募集と教官役に残し、涼花達は涼花’s
彼女達は道中、換金していない聖戦税の徴収権を持つ町や村々を回りながら、一路東へと進んだ。
多くの村々にも勇者の聖戦軍の噂は広まっていたようだが、彼等は皆畏怖と畏敬の目でそれを見ていた。
近隣の領主が貸し出すお仕着せの制服と装備の雑兵や目立つ事を第一とした派手で不揃いの魔術師や傭兵しか見た事の無かった彼等にとって、それは兵隊というよりもそれはまるで一個の巨大な生物のようだった。
農民達にとって、皆一様に揃いの――しかし、決して安物ではない――真紅の制服に身を包み、パフォーマンスとはいえ、歩調を合わせ完全にシンクロした動きで整然と行軍するその様は、生きた一人一人の兵士というよりもまるで名状し難き炎の怪物に見えたのだ。
そんな存在に彼等は恐怖を覚えた。
しかし、教皇からのお墨付きを持つ涼花聖戦軍を無碍にする事も出来ず、恐る恐る村に招き入れる他無かった。
もっとも、招き入れてみればその不安が杞憂であった事はすぐに明らかとなった。
伝え聞く先の聖戦軍は、名ばかりの周囲を荒らす傭兵や盗賊崩れ、戦時徴収、特別徴収と称し、財貨を奪い乱暴を働く余所の魔術師、貴族達。
涼花聖戦軍はそれらとは比べるのもおこがましいほど、規律を守っていたからだ。
礼儀正しく、村や田畑を荒らさぬよう細心の注意を払い、徴収されると思っていた食料も奪うどころか余剰分を適正価格で買い取り、足りない分は軍に随行した商隊から買っていた。
村娘への乱暴も無く――嫌がられぬ程度のからかい、そこから発展する一時の恋はあったが――、そちらの処理は涼花によってまとめて雇われた娼婦達で事足りていたようだった。
もっとも、多少の諍いはあったが、大きな怪我人や死者の出るような事は無く、村人達とオタカルはホッと胸を撫で下ろした。
「流石は伝説の勇者様が率いる聖戦軍。なんと精強で礼儀正しい事でしょうか」
村の懇意で催された酒宴の席、村の規模にしてはそれなりの量と質が並び、村長は媚を売るように、しかし、本当に安心しているように涼花を称えてもいた。
「ガハハハッ!当たり前よ!アタシ自ら歩兵操典から軍規まで作って叩き込んだ自慢の軍よ!そん所そこらの賊モドキとは錬度と規律が違うわよ!」
涼花は山賊のような高笑いをしながら侍らせた――素朴な顔立ちながら、多少整った顔立ちの――村娘に酌をさせ、ワインを一気に飲み干しげっぷを吐く。
「げぇえぷっ!!良いワインね!余剰分があればいくらか譲って欲しいわね!」
田舎の農村にとっては数少ない現金収入のチャンスと、村長は手もみをしながら村娘にもっと飲ませろ目配せをし、脳内で残りの備蓄量と一樽辺りの単価を算用した。
「ええ!ええ!この村のワインはプラハでも街でも人気らしく、商人達からも『あるだけ売ってくれ』と言われておりまして……」
「アタシ達に売ってくれる量は残っていないの?」
不満そうに村長を見る涼花に彼は焦ったような演技をしてみせ言葉を続けた。
「いえいえ!勇者様たっての申し出です。村民の分を三……五樽程でしたらこの程度のお値段で何とか用意してみますが?」
そう言って指で示した額は、通いの商人に売る額よりも明らかに高く、しかし、街で売られる価格よりは安いという、バレても心象を悪くしないであろうと村長が予想したギリギリの値段であった。
その額に涼花は顎に指を当て、考えるような素振りでワインを一口飲んでオタカルを振り返った。
「オタカル払ってあげなさい」
その言葉に村長は心の中で喜びながらも、もう少し高い額でもよかったかと悔しがった。
「ありがとうございます!」
いや、値切られなかったのは驚きだが、欲をかきすぎるのもよくない。
これを契機に継続的な購入者になってもらえば良いのだ!
村長はそう考え次の手を模索していると、そこに更なる幸運が向こうからやってきた。
顔色の悪いオタカルからコインの詰まった皮袋を受け取り、その中身を確認していると涼花が声をかけてきたのだ。
「ところで村長。都合が合えばまた買いたいと思っているのだけれど、この村では毎年どの手度生産しているのかしら?」
こんな都合の良い事が続くなどっ!
村長は心中で小躍りしそうなほど喜びながら、ニヤケが顔に出ないよう神妙な顔つきを意識しつつ来年、再来年の増産計画を思考した。
そして、今までの通いの分まで涼花に売る算段で指を立ててみせた。
「これくらいでしょうか?」
それを見た涼花はニヤリと黒い笑顔を浮かべた。
そして、オタカルとカワサキは気の毒そうな顔でため息をついた。
「そう。それは結構な事ね。この規模の村にしてはかなりの稼ぎになるんじゃない?」
「いえいえ、世の中は色々と物入りですので……しかし、他の村よりは多少余裕はありますが」
村長はにこやかに答えつつも変った空気に戸惑いを覚えた。
その違和感の正体はすぐに村長の前に現れた。
「そうそれは安心したわ」
涼花はそう言いながら懐から一枚の書類を取り出すと、それを村長の前に突き出した。
「こ、これは……っ」
村長は一単語一単語文字列を追うにつれ、その顔は険しく、眉間に皺が寄っていく。
そして、最後に示された署名に愕然とした。
「聖戦税の徴収。教皇からのお墨付きよ」
片田舎の村長でもその権力の恐ろしさは知っている。
特に今の教皇は悪魔とまで罵られるほどに権力に貪欲、そんな教皇が発行した権利。
逆らえば一切の聖務が停止され、村は死に行く事となる。
いや、最悪破門すらありえる。
「一体いかほどを納めろと?」
「これくらいかしらね」
涼花は懐からもう一枚、請求書類を取り出すとそれにサラサラと金額を記入した。
「そんなっ!?とてもこんな額払えるわけがっ!!」
しかし、涼花は余裕の表情と手で村長の抗議を遮るとまたワインを一杯飲み干して言った。
「この村に来る前、ここら一体の司教区聖堂に行って十分の一税の記録を確認したわ。そこから予測される余剰、さらにさっき聞いたワインの生産量と値段を鑑みればこれくらい払えるはずよ」
「ぐっ……」
確かに払えない額ではないが、決して安い額ではないし。
しかも先ほど欲をかいて多く請求したのが裏目に出ているのが痛い。
「払えないわけ無いわよね?なんならこちらが勝手に蔵や各家を回って徴収しても良いのよ?」
涼花の目には絶対に徴収する、出来るという自信が光り輝いている。
実際問題、何とか村の蓄えだけで払う事が出来る限界の額。
村長の頭の中では、勇者の聖戦軍に逆らうより、素直に払ってしまった方が良いという結論は既に出ていた。
しかし、無駄ではあるかもしれないが、一つ確約が欲しかった。
「それさえ払えば、村の安全は保障されるのでしょうか?」
権力者の気分一つで売り払われる小さな村だが、それでも自分はその代表なのだ。
少しでも村と村人の為に村長は足掻いた。
それに対して涼花はニヤリと笑った。
「当然よ。アタシ達は盗賊じゃないわ。領収書だって切ってあげるわよ」
その言葉が信用できるかどうか、村長にはわからなかった。
しかし、腐っても教皇に認められた勇者、村長にはそれに賭けるしか道はなかった。
「わかりました。お支払い致します」
「ガハハハハッ!!流石大きさの割りに裕福な村は余裕があって物分りが良いわね!」
片田舎の農村に涼花の笑い声が木霊した。
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