第16話物理的技術に頼らない技術こそ文明の証よ!

 二週間もの間、聖都ロム中、時には近隣の町にまで足を伸ばし行われた涼花のアジ演説は、日を追う毎に続々と聴衆が増えていった。

 聖都中には、涼花の書かれた広告以外にも【求む聖戦士。至難の旅、僅かな報酬、剣林弾雨の日々、絶えざる危険、生還の保証なし。戦場の先には名誉と天国での特等席が待つ。伝説の勇者涼花】という、新たな広告も張り出され、僅かな文字の読める階級の者の心を振るわせた。

 その盛況たるや、わざわざ離れた土地からその演説を聴きに来る者や、熱心なファン倶楽部のような物まで出現する始末。

 実際の兵員募集はまだ後だと言っても我先にと志願を訴える者も多く、想像以上の宣伝効果に涼花達は予定を二週間以上繰上げ──教皇より遠回しに流石に迷惑だからもう止めてくれとの連絡もあった──アジ演説を中止し、聖都ロムの五箇所に徴募所を設置する事となった。

 結果、老若男女問わず押しかけ、最初にした事は長蛇の列を裁く人員の増援を近隣の教会へと要請する事だった。

 涼花も演説を開始する前は、誰でも良いから最低限数を揃える事を考えていたが、嬉しい悲鳴が絶叫へと変わる程の盛況さに全てを受け入れては、豊富な資金も食費だけですぐに消えてそうなこの惨状に一定の基準に達していない者は足切り不合格にする事にした。

「魔術士は老若男女問わず採用よ!それ以外の女子供、老病者や心身薄弱者の戦えない者は不採用よ!」

 そう指示を飛ばすも、不採用に納得しない者、判断に迷う者は多くおり、涼花はその対応に奔走した。

「何?口減らしでやって来て帰る場所がない?知るか!ガキ一人養うのにどれだけ金がかかると思っているのよ!……まとめて教皇の所に押し付けなさい!あたしが一筆書いてあげて、数もいるから無下には出来ないはずよ」

「老い先短いワシ等に神への最後の奉公をさせて頂きたく――」

「軍は養老院でもホスピスでもないわよ!死にぞこないの世話に回す金も人員も時間も無いわ!死ぬなら家で死になさい!病人も同じよ!!」

「ワシはこれでも今は無きプレイミシーデン家に仕えた魔術師じゃったのじゃが、主家が滅んでからは娘の――」

「採用!実戦経験のある指揮官は喉から手が出るほど欲しかったところよ!ただし、一から若者と同じ教練を課すから覚悟だけはしときなさい!」

「望むところじゃ!昨今のガキ共に真の魔術師というものを教えてやるわい!」

「強そうだけど指名手配の犯罪者に似てる?使えそうならかまわないわ。余計な犯罪をする余裕なんてあげないからかまわないわよ?」

「そのこちらのご夫人が――」

「あーっもうっ!何でこの程度の判断も出来ないのよ!悩む程度の相手は不採用!このくらい各自で判断しなさい!何の為の中間管理者なのよ!」

 こうして、数日間かけて行われた志願者の選別は、選別中にも新たな志願者が続々と現れ、その切りの無さに一次募集を締め切った時点で一万人以上の志願者から、その約半数を仮採用とし、残りの志願者へ二次募集の告知をした。

 そして、合格者を幾つかの部隊に分け、聖都ロムより順次北上させた。

 目的地は、志願兵の募集時よりオタカルに探すように手配させていた人里離れた無人の地。

 それはラテン半島の付け根、高く聳えるアルペン山脈の中ほどに位置する大型の廃修道院だった。

 半世紀前までは高潔で有名な修道魔術師団の本拠地であったが、第二次聖戦軍の一員として出陣し、内輪揉めに利用され壊滅して以降、徐々に衰退し数年前から無人の廃墟となっていた。

 元々堅牢な石造りの城砦であった事と高地で乾燥してる事等の要因が重なり、未だ十分使用に耐えれる状態ではあるが、それは何処か幽霊でも出そうなほの暗さがあった。

「センパ~イ。お化けが出そうですよぉ」

「いるなら掃除の一つでもしてくれていると助かるわね」

 涼花はそう言いながらオタカルの方を振り向いた。

「怪談話は沢山あるようですが、先行して掃除をさせた者は『雑巾掛けの一つもしない駄目幽霊』と愚痴っていましたよ」

 冗句なのか、本当なのか、カワサキはガクガクと怯えたが、涼花は使えないとばかりにため息をついた。

「セ、セ、センパイ。やっぱりやめましょうよぉ。いくら大きくても全員は入れませんし……」

 カワサキは周りを見渡し何か帰る理由を探すが、涼花はその希望を断ち切る。

「心配は要らないわ。どうせ殆ど野宿される予定だから。りっぱなホテル暮らしじゃ教練にならないでしょ?」

 りっぱなホテルという言葉に疑問を持ち、廃墟を眺めたカワサキはガクリと肩を落とした。

「久しぶりに屋根のある所で眠れると思ったのに……」

 落ち込むカワサキの肩に涼花は優しく手を置いた。

「安心しなさい。教官役は城砦内に個室を用意するから、カワサキもベッドで眠れるわよ」

「それはそれで、お化け屋敷に泊まるのも怖いんですけど……って、僕が教官って本気だったんですかっ!?」

 抗議するカワサキの背中を涼花はバシバシと叩きながら大きく笑った。

「ガハハハっ!カワサキなら十分教官役が務まるわよ!まぁ、役に乗りすぎて休む暇なんて無いかもしれないけどね!」

「そ、そんなぁ~。不安しかないですよぉ」

 涼花は、半べそになったカワサキの顔を見ると、右の口端をニッと吊り上げ不敵に笑った。

「何、安心して良いわよ。三ヵ月後には十分戦えるだけの軍勢にしてあげるわよ」

 何処にそんな自信があるのか、カワサキにはその根拠が何処にあるのかさっぱりわからなかった。

 しかし、この少女は恐らくそれを成し遂げてしまう。

 それも誰も想像出来ないほど大きく、厄介なほどの津波、いや巨大な海嘯ポロロッカとなって悠然と流れる歴史の大河を遡りながら周辺に被害を振り撒くのではないか。

 カワサキは地球で彼女が起こした大事件の数々を思い出し、この状況よりもこれから涼花が起こすであろう想像も絶するトラブルに頭を痛めた。

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