第13話ゼロから始める異世界聖戦軍(クルセイダーズ)よ!(何処かから怒られないかなぁ)


 すっかりオタカルの滞在する屋敷に住み着いた涼花は、焦燥仕切った顔で机に突っ伏し、大きくため息をついた。

「大丈夫ですかセンパイぃ?」

 心配するカワサキに涼花は顔を捻り、右頬を机にくっ付けたまま酷く疲れた声で答えた。

「大丈夫じゃないわよ。やれ手続きだ、やれ詫びを入れろだのとあれやこれややらされる。それも慣例だなんだで幾つも手順を踏むわ、面子だなんだの為に偉い遠回しな湾曲した表現をさせられたり、せっかく書き集めた金を使われたり、とんでもなく手間で時間と金がかかって仕方ない!ホントこういう面倒な手続きって大ッ嫌い!!」

 話を聞くだけでも面倒くさそうな事を涼花が本当にやって事も驚きだが、それをやらせたテレジアにカワサキは尊敬と畏怖、そして、その苦労を偲んで心の中で『お疲れ様です』と呟いた。

 恐らく、涼花以上にテレジアの方が疲労困憊である事は間違いないであろうとカワサキは確信した。

「それで、そのテレジアさんは今どうして?」

 ここ数日お目付け役、というか飼い主として朝から晩まで涼花をあちらこちらに引き摺り回し、謝罪や手続きをさせていた彼女の姿が朝から見えない。

「何でもアタシを連れ回していた間の仕事が山積みらしいわ。それも外せない上にちょっと遠出しなくちゃいけない仕事があるらしくて『大人しくしていろ!』とか言って出て行ったわ。ホントあの糞アマは自分勝手なんだから……」

 糞アマというか尼。

 ゆっくりと立ち上がり、背伸びをする涼花を見ながらカワサキは苦笑いをしながら考えた。

 涼花に大人しくしろと言ってどれほど持つだろうか?

 彼女は今も凝った体をほぐす様にラジオ体操のような動きをしている。

 下手をしなくてもこれは今日一日も持たないかもしれない。

 そう考えた。

「よし!出かけるわよ!」

 最後に大きく伸びをした涼花は、そのまま外を見ながら仁王立ちでそう宣言した。

「ちょっ!テレジアさんに釘を刺されてるんでしょう?」

 無駄だと思ったがまさか朝すら乗り越えないなんて!

「大丈夫よただの散歩。出かけてもちゃんと大人しくしてるから」

 涼花はヒラヒラと手を振りながら、これっぽっちも大人しくする気のない何か企んだいやらしい笑顔を浮かべた。

 絶対散歩が目的じゃない。

 カワサキはそう思いながらも口にはしない。

 無駄だから。

「それで何処に向かうんですか?」

 その問いに涼花は何処からか大きな羊皮紙を取り出し、それを机の上に広げてみせた。

 それは精密ではないものの、十分に何処が何処かわかる程度の聖教会宮殿を中心にした聖都ロムの地図だった。

「アタシ達が今いる所が此処、それで今日は此処と此処と此処、時間があれば此処と此処も回りたいわね」

 涼花は目印代わりに地図のあちこちに銀貨を配置し、顎を人差し指と親指で摘むようにそれを眺めた。

 その銀貨が置かれた場所は、何処も大通り、若しくは教会等の大きな人の集まりそうな地点の前である。

「場所まで決めているって事は、最初から大人しくしている気はないんですね。一体何をする気なんです?」

 疲れた諦めの表情でカワサキが尋ねると、涼花は薄い胸の前で腕を組み堂々と宣言した。

「決まってるじゃない。徴募よ!志願兵を集めるの!」

「へぇ……へ?へぇ~~~~っっ!?」

 徴募等と言われ、最初は意味もわからなかったカワサキだが、志願兵の意味くらいはわかる。

 しかし、わからなかった。

 兵ってどうやって集めるの?

 傭兵?

 魔術師?

 そもそもまだ本気で戦場に行く気なのか?

「あ、あの、兵を集めるって一体……」

 カワサキの疑問に涼花は呆れたように答える。

「人通りの多い所で演説をぶちかますのよ。それで感激して志願するようなチョロい兵なら使い勝手が良いでしょ!」

 何とも大雑把な計画にカワサキは呆れた。

「そんな方法で人が集まりますかね?それよりもお金はあるんですから、傭兵を雇ったりした方がいいんじゃないですか?」

 戦争など行きたくないし、涼花にも行ってほしくない。

 だが、彼女が一度言ったら聞かない事をカワサキは重々承知している。

 ならばせめて少しでも安心できるようにカワサキは本気で考え案を出した。

 しかし、涼花はその案を馬鹿らしいと一蹴した。

「傭兵なんてあんな盗賊紛いの連中信用できないわ。下手をすれば寝首をかかれるわよ?」

 カワサキはそれでもめげない。

「そ、それじゃあ魔術師に呼びかけるのは?」

「もう二回も聖戦軍を送っているのよ?君主でもない相手の呼びかけに応じるような狂信的魔術師が、戦力になるほど残っていると思うの?」

 たとえ聖戦大好きな狂信的、戦闘狂な魔術師が残っていても、何か分けありの者ばかりのはずである。

 そんなものを当てにするのは流石に無茶だとカワサキにもわかった。

 他に何かないかカワサキは頭を捻ったが、良い案は浮かばなかった。

 しかし、涼花の言うように一般人を掻き集めたとしても、それが戦力になるかとも思えなかった。

 普段から戦うように鍛えている者とそうでない者の差をカワサキは十二分に理解していた。

 それもスポーツや喧嘩ではない、本当の殺し合い、戦争で役立つかとなれば普段鍛えている兵士ですらも難しい。

 嘘か真かは知らないが『戦いに際して兵士の15~20%しか発砲しない』というのは、有名な話である。

 それに先の決闘で使われた魔術。

 あれが何よりもネックだ。

 魔術を使える者と使えない者の差は、正に大人と子供以上の戦力の差になる。

 正直、ただの民間人では文字通り肉の壁にしかならないとカワサキは思った。

 そして、その認識はこの世界の一般的な認識に等しかった。

「でも、ボクにはただの民間人が戦力になるとは思えないんですが?」

 しかし、涼花の考えは違ったらしく、チッチッチッと指を振ってカワサキの考えを否定した。

「聖戦軍というのは聖教徒にとって神の軍に等しいのよ?そこに参加でき、正義の名の下に思う存分破壊衝動を満たし、異教徒という人の形をした人以下の存在に好き勝手できるのよ?狂信と利益が多少の戦力差なんて何とでもするわよ」

 涼花がまたとんでもない事を言い出したとカワサキは一歩後ずさりをした。

「聞けば、聖都ロムからは第一次、第二次と殆ど聖戦軍は出していないらしいから、きっと欲求不満の聖教徒が溢れているに違いないわ!勇者たるアタシがちょっと信仰心を煽ってやれば、信仰心と意識だけは高い志願兵が山ほど集まるに決まっているわ!」

 何ともご都合主義な妄想じみた願望にカワサキは乾いた笑みを浮かべた。

「アハハハ、そうですね?でも兵だけじゃ戦争は出来ないんじゃありませんか?先輩が一人で全員を指揮するわけにもいきませんし、素人ばかりの兵じゃ戦争になりませんよ?」

 最もな意見だが、涼花には考えがあるらしく、余裕を持って答えた。

「アタシが思うに、指揮官に必要なのは必要なのは実際に人に命令を出した事があるか、その経験の有無が一番大きいと思うのよ」

 勿論、稀に現れる天才というイレギュラーは除くけどと涼花は言って続けた。

「だから、中級以下の指揮官には、志願兵の中からその経験のある人間、自警団の長でも商隊を率いた事がある人間でも良いわ。それを地球式の新兵教練ブートキャンプ中に選抜するわ」

 地球式ブートキャンプ。

 その単語にカワサキの脳内で微笑みデブが病んでいく様が浮かんで消えた。

「ヒエッ……」

「その際にはカワサキ、あんたにも教官をやらせてあげるからね!」

 そんな彼女の想像など一切考えもせず、涼花は「嬉しいでしょ!」とばかりに残酷な決定を告げる。

「そ、そんな無理ですよセンパイぃ~」

「遠慮なんか要らないわよ!アンタには特等席で見せてあげる。アタシがここから始める。イチから――いいえ、ゼロから!ゼロから始める聖戦軍クルセイダーズを!!」

 カワサキの悲痛な抗議を無視し、涼花は満面の笑みでゆっくり伸びをする。

「ん~~!あ、演説をするんだったら、台やら色々準備した方が良いわよね?カワサキ、オタカルに借りにいくわよ!」

 言うが早いか涼花は思いつくと同時にオタカルの部屋を目指し部屋を後にした。

「不安だ……」

 カワサキはそう呟くと諦めたように涼花の後をとぼとぼと追いかけた。


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