第12話錦の御旗を掲げて徴収するわよ!

 数日の間、聖都ロムに嵐が吹き荒れた。

「ちわーッス!勇者でーす!」

「おや?これは勇者様突然どんな御用事で?」

「集金に来たわよー!」

「え?聖戦税の徴収権?またまた、そんな御冗談……」

「勇者でーす!有り金全部頂に来ましたー!」」

「誰か!誰かあるか!強盗だっ!!」

「払うもん払いなさい!」

 次々と勇者に襲われる貴族達の怒声と悲鳴が駆け巡る。

 素直に応じれば有り金を奪われ。

 反抗すれば力ずくで有り金を奪われた上、屋敷中を荒らされ金目の物を全て奪っていった。

 そして、強引な手段が取りずらい相手には、報復とばかりに敵対派閥の貴族にその地の聖戦税の徴収権を売りつけるという嫌がらせまでしてのけた。

 正に特権を持った盗賊といった仕事ぶりに、案内したオタカルは頭を抱えた。

「悪魔だ……」

「皆さんオタカルさんを親の敵みたいな目で睨んでましたね」

 オタカルとは敵対派閥の貴族を優先して案内しているとはいえ、流石にこれはやりすぎだ。

 だからと言って、この様な状況で身内を売るのはもっと危険だ。

 右を向いても地獄、左を向いても大地獄といった状況にオタカルは更に頭を抱える。

 そんな、オタカルの気持ちを知るよしもなく、涼花は奪った金貨の入った皮袋でお手玉を愚痴を言う。

「にしても、さっきの貴族は湿気てたわね。もっと羽振りの良い大貴族は残っていないの?」

 奪った貴金属を身に纏ったそのどう見ても大盗賊団の女首領のような姿にオタカルは汗をかき、身が笑いを浮かべながら答えた。

「勇者様が派手に取り立てて回ったからですよ。既に聖都中に噂が駆け回って、多くの貴族が逃げ出しています」

 最も、その噂の出所はオタカル自身であったのだが、涼花の働きぶりはその伝播スピードを大きく跳ね上げたのだから、全くの嘘ではない。

 自領ならいざ知らず、聖都内で教皇のお墨付きの新税取立て特権を持った勇者。

 それも優秀な魔術師を魔術無しで完膚なきまでに打ち負かした実行力付きとなれば、とっとと逃げ出すのが最善の策である。

「どうしますセンパイ?取立てに追いかけますか?」

 カワサキが何ともなくした提案にオタカルは恐怖した。

 未だオタカルの身代わりは見つかっていないのだ。

 被害にあった者達は、皆誰も勇者を恐れ可能な限りかかわるまいと隙を見せなかった。

 このまま提案を飲まれては、間違いなく自分を付き合わされる。

 聖教会の保護下である聖都ならまだしも、相手の領地で揺すり集りまがいの取立てなど、暗殺──この不良勇者が死ぬとは思えないが──ならマシな方で最悪聖教徒同志の戦争になる。

 そして、その火の粉が案内したオタカルにまで降りかかる事は間違いない。

 オタカルはそう危惧したが、それは無用の心配だった。

「いや、いくら教皇からのお墨付きでも相手のホームでの取りたてはやめておくわ。時間もかかるしね」

 その言葉にオタカルはホッと胸を撫で下ろした。

「それじゃあこれからどうするんですか?」

 ホッとしつつも不思議そうに首を傾げるカワサキに涼花は呆れながら答えた。

「決まっているじゃない。聖戦に行くのよ」

 その言葉にカワサキとオタカルは驚いた。 

 カワサキは本気で戦争なんかをする気なのかと。

 オタカルはまだ忘れていなかったのかと。

「とりあえず残った権利はめぼしい所以外適当に商人に売りつけて、そのついでに補給のアウトソーシング先も決めないといけないわね」

 カワサキは顎に手を当てながら計画を廻らす涼花の肩を掴んで詰め寄った。

「本気で言っているのんですか!?戦争ですよ戦争!?人が死ぬんですよ!??」

 騒ぎ立てるカワサキに涼花は少々驚きながら、しかし、予想していたのか当然のように落ち着かせた。

「落ち着け。聖戦に行くからと言って特権を要求し、それを売って金を集めたんだ。これで行かなかったとなればアタシ達は殺されるわよ?」

 そう言われたカワサキは一昔前のPCの画面の様に真っ青になってフリーズした。

 そして、少しして蒼白になった顔でガクガクと震えながらまた涼花の肩を掴んで叫んだ。

「どどどどd、どうするんですかセンパイ!?」

 先ほどよりも激しく揺するカワサキを振り払い涼花は然も当然のように答える。

「だから、聖戦に行くのよ。大体、狂信者共に聖戦用の勇者として呼ばれたのよ?行かないなんて答えたらどっちにしろまともな未来はないわよ。だったら、金でも毟り取った方が何ぼかマシってものよ」

 カワサキは言われてみればその通りだと一瞬納得するも、どちらにせよこちらに召喚された時点で詰んでいるという事実にふらりと体揺れ、その顔からは魂が抜けたような状態になった。

 そんなカワサキを余所に、涼花はクルリと振り返り、ゆっくりとこの場を去ろうとしていたオタカルの肩を左手で掴んだ。

「ところでオタカル君?何処に行こうというのかしら?」

「いえ、俺もそろそろ領地に帰らないと父が心配するので……」

 オタカルは自身に強化の魔法をかけその手を解こうとするが、涼花の手は万力の様に肩を掴んで離さない。

「ふっふっふ、そんなに連れない事言わないで欲しいわねぇ」

 そう言いながら、涼花はゆっくりと右手を高く上げる。

「いえいえ、勇者様に対して俺が出来る事なんて……役割はもう終わりましたので」

 聖戦なんていってたまるか。

 そんなオタカルの思いは、今高く上げた右手を振り下ろさんとする涼花の次の一言で無残にも砕ける事となる。

「オストマルク公ヴァーツラフの息子、オタカル・フォン・ロートリンゲン!今この場でアンタを勇者の三従者の一人に任命するわ!!」

 振り下ろされた右手の指先はオタカルの顔を指差している。

 そして、オタカルは足元から崩れ落ち、両手で地を掴んだ。

「お、終わった……」

 聖戦は継ぐ領地のない貴族や職にあぶれた者、盗賊魔術師、狂信者にとってはありがたいものであったし、跡取りを確保している領主が、名声や教徒の義務としていくのならわかるが、まだ跡継ぎも作っていないロートリンゲン公爵家の跡取り息子が行くべき所では断じてなかった。

 オタカルもその父ヴァーツラフも熱心な教徒ではなく、今回聖都にいる事自体、縁戚関係となるボルジア家との付き合いでしかないのだ。

 にもかかわらず、熱く乾燥し、貧しい異郷の地で強大な異教徒相手に、負け戦同然の戦いに挑むなど誰が望んでしようものか?

 彼はそんな物を望むほど、狂信的でも戦闘狂でもない。

 身内を守る為に敵対派閥を勇者(悪魔)に売り渡した罰だろうか?

 そうオタカルは自身の行いを振り返り、『汝の敵を愛せよ』という経典の一文を思い出した。

 生きて帰ったら経典の研究炉しよう。

 オタカルは心に熱く誓った。

 そんな彼の心の誓いを知らず、いつの間にか魂の戻ってきていたカワサキが涼花に尋ねた。

「センパイ、三従者って何ですか?」

「儀式の時に教皇が『三人の仲間』って、言っていたじゃない。伝説の勇者のお供がそう言われてるのよ」

 涼花は先日レデント教会でシスターから聞いた話を思い出しながら話すと、カワサキは思い出せないのか、首を捻りながらなるほどと頷いた。

「カワサキ、勿論アンタもその一人よ!」

「わあ!ありがとうございます!勇者の仲間、センパイの大切なお供ってすっごく嬉しいですぅ!」

 本気で喜んでいるカワサキをオタカルは頭のおかしい何かを見るような目で見ると、頭を振って頭痛を堪えるように額を押さえため息をついた。

「ため息なんてついていると、幸せが逃げるわよ」

 誰のせいだ。

 いや、既に幸せは裸足で逃げ出していると思いつつオタカルは思案した。

 それも何か企んでいる涼花の決定を覆せるだろうか?

 否、勇者である上に小賢しい彼女が決めた以上そう簡単に変える事は出来ない。

 しかも、タイムリミットは聖教会がそれを認めるまで、まず間に合わない。

 駄目だ。

 もうおしまいだ!

 地に崩れ落ち、そう絶望したオタカルの下へ天使が舞い降りた。

「三従者、残りの一枠は私が貰い受ける」

 彼女を苦手とする涼花にとっては正に明王の如き声であった。

「ゲッ!テレジア……さん!」

 走ってきたのか、僅かに頬を赤く染め、小さく息をつきながらもテレジアは意外と低い身長で――しかし、それでも涼花よりは大きな――涼花を見下ろすように仁王立ちし、堂々と宣言した。

「いや、それは……」

 反論しようとする涼花をギロリと一睨みで黙らせ一瞥するとテレジアは続けた。

「教皇猊下の許可もある。いくら勇者でもこの決定は覆せんぞ」

 言い訳や拒絶の隙を与えぬその発言に涼花は「ぐぬぬぬ……」と呻いた。

「では、行くぞ」

 そして、テレジアはそのまま涼花の首をむんずと掴んで引き摺っていく。

「ど、何処へ行くというんですかテレジアさん!?」

「貴様の尻拭いだバカモンが!いくら教皇猊下から特権を頂いたからと言って、強盗紛いの徴税をそれも有力者相手にする奴があるか!諸々の手続き、各方面へのフォロー、他にもやらねばいかん慣例や手続きが山ほどあるからなっ!」

「そ、そんな殺生な~」

 ドップラー効果を響かせながらズルズルと引き摺られていく二人を見て、オタカルとカワサキは互いの顔を見合わせると、大きなため息をつき二人の後を追って行った。


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