ぼくらは群青を探している

花麓 宵

第1 記憶

【現代編】①

【群青VS深緋】

【不良同士の抗争に犠牲者】

【関係者への取材に成功。不良同士の小競り合いから発展した殺人事件の舞台裏が見えてきた】


『一色市のレンタル倉庫において、新庄篤史くん(18)の死体が発見された。発見したのは、倉庫をレンタルした大門おおかど徳文とくふみさん(34)。早朝6時頃、荷物の搬入のために倉庫へ向かったところ、扉の鍵が壊されており、不審に思って扉を開け、死体を発見したという。大門さんは、死体が発見される1ヶ月前から問題となった倉庫をレンタルしており、使用しないキャンプ用品を保管していた。「寝袋とか、広げてあったんですよ。警察の人も言ってたんですけど、仲間でたまに使ってたんでしょうね。気味が悪いから、捨ててくれって言いましたよ」。


 一色市には、いわゆる「不良チーム」が複数存在した。新庄くんは「深緋(ディープ・スカーレット)」という不良チームのNo.2であり、市内でも指折りのワル・・だったという。市内の高校生によれば、学校の問題児は大抵「深緋」や「白雪(スノウ・ホワイト)」そして「群青(ブルー・フロック)」のメンバーだった。奇天烈な名前が並ぶが、彼らは自らをそう名乗り、その名を背負い、互いに争い続けた。まるで反社会勢力の雛である。実際、チーム内での彼らの行いは未成年飲酒、無免許運転、暴行・傷害、強姦なんでもあり。その果てが、今回の殺人である。


 「深緋」のOBであるAさんは、チーム同士の関係についてこう語った。「もともと、深緋と群青は仲が悪いんです。俺が現役のときも、しょっちゅう衝突してました。相手チームの幹部連中の彼女誘拐するなんていくらでもありましたよ。そりゃもっと仲も悪くなりますよね」


 今回の事件も、その“衝突”の一環だと考えてなにも不思議なことはないという。


「ちょっとやりすぎたんでしょ。でも未成年ですからね、よかったですね」


 今回の事件の犯人は「群青」のK.Sくん。K.Sくんは、事件の数日後、自ら警察に出頭した。


「中学のころからヤバいヤツでした。中学に入学したばっかりの頃に上級生をぶっ飛ばして、そこから群青に目を付けられてたみたいです。高校に入ってからは、学校で一番の優等生だった女の子のことがお気に入りで。監視するみたいにずっとその子の近くにいたし、その子が無理矢理さらわれる様子も何度も見ました。最後はその子が自分でついて行くようになってて……なにか、弱味でも握られてたんじゃないか……」と語るのは、K.Sくんと同じ灰桜高校に通っていたBさんである。Bさんも、過去にK.Sくんに脅迫されたことがあった。


 「群青」のメンバーはK.Sくんが起こした事件について「普通、殺しまではしない」と口を揃えた。K.Sくんの異常さはメンバー公認だったということだろう……。』






「三国先生、なんの記事を見ていらっしゃるんですか?」


 秘書の岡本さんの声に顔を上げた。私の手元にある紙を、岡本さんはそっと覗き込む。そこにあるのは、2009年の週刊誌の見開き1ページ。10年以上前の記事をそのまま保管しているので、掴むだけで千切れそうなほど紙は劣化していた。


「……あ、この事件!」


 読者どころか、一見しただけの通りすがりの人の目すら引くようにつけられている強いタイトルは、編集者の読み通り、こうして読者を捕まえる。


「ご存知なんですか?」

「もちろん。だってこれ、結構話題になりましたよ」


 岡本さんは激しく首を縦に振った。そういえば、一色市は岡本さんのお母さんのご実家があるんだと聞いたことがあった。そして、岡本さんは私と2つか3つしか年が変わらない。となれば、岡本さんが祖父母から、市内で孫と年の変わらない子が事件を起こしたなんて話すのは、ごく自然なことだった。


「この事件、祖母から電話で話を聞いたんで、よく覚えてるんですよ。確か、私の2つ下の男の子が、同い年の男の子をバッドで殴り殺したって。危ないから気をつけなさいって、祖母に注意されちゃいました、注意しろったって何をどうしろって話なんですけど」


 あまりにも想定通りの反応で、やっぱりな、なんて感想を抱く。そんな岡本さんの口ぶりは他人事じみていて、身近にそんな事件があったことに興奮を覚えているような、少しミーハーじみた様子だった。


「そういえば、先生って一色市のご出身ですよね?」

「ええ、まあ」

「この犯人とか、知り合いだったりするんですか?」


 岡本さんは私と2つか3つしか年が変わらない。そして岡本さんのお祖母さんは、岡本さんの2つ下の少年が人を殺したと話した……。


「……いえ、まあ、誰が犯人か、分かりませんから」

「あー、まあ、そうですよね。だってこれ、犯人、未成年だったんですもんね。実名報道されないから……。でも市内では誰なのかってちゃんと分かってたみたいですよ、祖母から聞きました」


 でもさすがに名前までは覚えてないですね……、と岡本さんは顔をしかめた。


「ただ……市内でも有名な問題児っていうか、やっぱりちょっとおかしかったっていうか。万引きとかそういうレベルじゃなくて、傷害とか、その、強姦とか。そういうのも色々やってた子だったらしいんですよ。怖いですよね」


 それに返事をせず、なんとか苦笑いだけを浮かべて記事を折り畳み、手帳に挟む。


「……じゃあ、すみません。今から接見せっけん──被疑者ひぎしゃと面会なんで、行ってきます」


 若い岡本さんに分かるよう、「接見」を「面会」に言い換えた。岡本さんは「あ、さっきかかってきてた電話の……」と思い出す仕草をする。刑事弁護の配点の電話を取ってくれたのは岡本さんだった。


「でも先生、珍しいですね。刑事事件なんて、うちでやってる人、あんまりいませんよ」

「まあ、そうですよね。でも今日のは当番ですから……」岡本さんが少しキョトンとしたので「刑事弁護の当番をしなきゃいけないって決まってる日があって。ここの警察署に逮捕されてるこの被疑者の弁護をしてあげてくださいって電話があったら、行かないといけないんですよ。今日はその日なんです」と簡単に説明した。


 岡本さんは「ああ、そうなんですねえ……大変ですね……」と納得したような、そうでもないような微妙な返事をした。


「じゃあ、今から警察署なんですね。外、雨降ってますし、お気をつけて。いってらっしゃい、先生」

「ありがとうございます」


 重たいコートを片手に、自分と年の変わらない秘書さんに見送られて事務所を出た。よくあるように、事務所の地下が地下鉄の駅と直結しているお陰で、事務所を出ても傘をさす必要はなかった。その代わり、地下鉄が地上に出れば、電車の音に負けないくらいの強い雨が窓を叩き始めた。普段ならデスクワークばかりで、事務所から出る必要なんてないのに、こんな日に限って当番だなんて、ついてない。


 警察署で、被疑者――逮捕されている人と面会できる部屋は1つしかない。しかし、警察署に被疑者は大勢いるし、その被疑者1人1人に、面会を希望する人がいたり、いなかったりする。当然、面会室の手前のソファには順番待ちの人が何人も並ぶことはよくある。その人数は時と場合によるので、運が良ければ待たずに面会できるし、運が悪ければ何時間も待たされる羽目になる。


 そしてどうやら、今日は運が悪い日らしい。濡れたコートと傘を片付けながら、静かに溜息を吐いた。面会室前のソファには、5人座っている。


 その5人の様子を簡単に観察する。中年男性2人、若い男性1人、中年女性1人、若い女性1人……。中年女性と若い女性はコソコソと何かを喋っているので、きっと連れだろう。男性3人はそれぞれスマホを見たりパソコンを見たりしているので、きっと弁護士だ。


 弁護人以外の面会は30分と限られている。女性2人はきっと一般面会だろうけれど、おそらく男性3人は弁護人だ。となると、今日の待ち時間は長そうだ……。午後1時を回ったばかりの時計をみながら、壁に凭れ、溜息を吐いた。


『この犯人とか、知り合いだったりするんですか?』


 仕事をするスペースもないせいで、岡本さんの話を思い出してしまった。床におろしたカバンの中から、そっと手帳を取り出す。その手帳の中に挟んである、四つ折りの記事を取り出した。


 年が変わる度に手帳を新調するけれど、その度に、この記事を古い手帳から新しい手帳へと入れ替える。そろそろ保存に良い、プラスチックのケースか何かに挟んだほうがいいんじゃないかと毎年思っているのに……なかなか、そんなことをする気が起きない。


 本当は、年が変わるたびに捨てようと思っているから。


 その記事を開くと、週刊誌の記事らしい、2頁に渡ったタイトルと写真とが目につく。『不良同士の抗争に犠牲者』という煽りの横には、死亡した新庄篤史の写真がある。ぬっ、という擬態語が似合いそうな顔立ちで、薄ら笑いを浮かべている顔写真だ。


 更にその隣には、一色市にある青海おうみ神社が映っている。記事中には「群青がいわば根城にしていた神社(写真左)」と書かれていた。


『「群青」のメンバーはK.Sくんが起こした事件について「普通、殺しまではしない」と口を揃えた。』


 この部分を読むたびに、このマスゴミめ、とよく聞く揶揄やゆで内心悪態を吐いたものだった。「群青」のメンバーはそんなことを言ったのではない。「群青」のメンバーは――雲雀ひばり侑生ゆうきは「いくら不良同士の抗争つったって、普通、殺しまではしない。アイツが殺したっていうなら、それは事故か、そうじゃなくても何か別の理由があるに決まってる」と話したのに。今でもはっきりと、表情まで思い出せるほど、侑生はそう伝えたのに。この週刊誌の記者は、読者が求めない声は聞こえなかったかのように、こうまとめた。


 そんなことを思い出してしまったこともあり、まるでタイムトラベルでもするかのように、自分の思考が記憶の中へ吸い込まれ始めるのを感じた。


 もう、十年以上前の話だ。この事件が起こったのは2009年、そして――私が群青ブルー・フロックに出会ったのは、それよりももっと前。


 この事件の犯人とされている、桜井さくらい昴夜こうやに出会ったのは、それよりももう少し、前の話だ。

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