華霞

幻中ゆうき

夢乃風華編

開幕

 夏休みが崩れ去っていく。

 私はその様子を見ることもできずに走っていた。

 この夏を共に歩んだ人はもういない。さっきまで会っていたあの黒いローブを着た謎の人も周りの壁と共に暗闇へと消えてしまった。

 空間が轟音ごうおんを立てて崩れていく。

 私が地面に足をつく度にヒビが入り、一瞬後には崩れ落ちていく。私を呑み込もうと暗闇が待ち構えている。

 前を見て、ひたすらに走る。

「道が閉ざされている」

 うっすらと先に見えてきたのは行く手を阻む壁だった。来た時には無かったものがそびえ立っていた。

 崩壊が追いかけてくるため、足を止められない。少しずつ壁が迫ってくる。

「こっちにおいで」

 脳内に懐かしい声が聞こえた。それと同時に光の粒子がどこかから流れ、壁を光が包み込む。壁が光の扉へと姿を変える。

「大丈夫だから、その扉に」

 懐かしいその声に従って、扉を押し開ける。まぶしい光に包まれた。

 神々しく輝く橋に立っていた。辺りはきりに包まれている。入ってきた扉は光の粒子となって暗闇へと消滅する。橋は足を踏み出しても崩れ落ちることはなかった。

 霧の中を欄干に従って進んでいく。

 やがて、うっすらと巨大な壁が現れた。

 足を止めてよく眺めてみると、巨大な壁ではなく扉が屹立きつりつしていた。

 扉からは禍々しい瘴気しょうきが溢れているが、神々しい光の粒子がすぐに浄化する。

「瘴気は私が浄化する。あなたは先に進みなさい」

 あの懐かしい声の主が扉に向かって手を掲げて踏ん張っていた。手の先からは何重にも折り重なる魔法陣が浮かび上がっている。

「助けてくれてありがとう。あなたは誰なの?」

「今は考えなくていいわ。いずれわかるもの。それより先に進みなさい。この魔法が途切れる前に」

 苦しそうな声でそう告げられ、私は走って扉へと向かっていく。

 扉は勝手に開き、大量の瘴気を吹き出すが一瞬で浄化される。

 後ろを振り返らずに神々しい光の中へ飛び込む。

 背後で扉の閉まる音が聞こえた。

 見渡す限り真っ白な空間だ。入ってきた扉は消えている。

 何の感覚もない。歩いてみるが、足には何も当たらない。手を伸ばしてみるが何にもぶつからない。香りもないし温度もない。影もない。

「ここはどこなの?」

 声を出すが、音はしない。

「……か、ふうか。起きないと遅刻するよ」

 脳内に直接甘くてあやしく優しい声が話しかけてくる。

 いくつもの質問が浮かぶが、どれも口にすることはしない。私はどこか違うところにいたような気がするのだ。ここではないところに。

「私を探して」

 また脳内に声が響く。

「あなたはどこにいるの?」

 声に出さずに会話をする。

「今は考えなくていいわ。早く目覚めなさい」

 ……起きる。……遅刻。…………。

「……ーーまだ夏休みじゃないよ」

 白い空間に亀裂きれつが入る。私の声が白い空間に響き渡り、空間のけ目に吸い込まれた。

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