第3話

「兄貴ー元気出してくださいよ」


「そうですよ。告白なんて男らしいやり方、俺には真似できないっすもん

兄貴はやっぱりすごいです」


「結果的には振られましたけど、よくやりましたよ。この経験を教訓にして次に向かいましょう」



階段でうずくまってる俺に後輩達が延々と励ましてくる。側から見るとなんとも滑稽な姿だろうか。

だが振られて気分が滅入っている俺には、このちょっとした励ましが体の奥底に染み込んでくる。

優しい言葉が傷ついた俺の心を徐々に修復してくれてるのが身に染みて感じた。

こいつらに貸ができちまったな。今度何か奢ってやろう。


かれこれ寂寥の陣をとっていた俺が、徐々にであったが立ち直れそうであった。

そう思った矢先、智也がぼそりと語り出した。



「でも思うんですけど、彼女だって兄貴のこと全然知らないじゃないですか。

そりゃ振られて当然というか。だって兄貴は見た目イカついですもん。

兄貴の魅力はやっぱり内面の良さなんですよ。

時間をかければきっと兄貴の良さをわかってもらえたはずなのにな」


うずくまっていた体がピクリと反応した。

「それはほんとうのはなしか」

俺は聳え立つ塔のように、すんと立ち上がった。

「は、はいもちろんです」

急に立ち上がった俺を見て戸惑いを見せつつも智也は即座に肯定した。

「だよなかづや」 「お、おう」

同意を求めるその目は空気を読めよと言う怨念が込められていた。


「そうなのか。俺は感情に任せて生き急ぎすぎてたわけだな」



「落ち込まないでください兄貴。まだ挽回のチャンスはありますよ。

だって恋愛雑誌に書いてありました。

恋は気持ちを伝えてからスタートするもんだって。

兄貴は告白したんだから今からが本番なんですよ」


見るに見かねた智也がすかさずフォローする。


「なに?俺にまだ円香さんと付き合える可能性があるっていうのか」


「当たり前じゃないですか。それに粘り強さが兄貴の得意分野でしょ」


「なるほど一理あるな。一筋の光明がみえた気がする」

体の内側からみるみると力がみなぎってきた。

どんよりとした空気が一気に変わり始めた。


「そうですよ。今兄貴はスタートラインを切ったんです。

ここから怒涛の追い上げを見せていくんです。

なので今日からガンガンアタックしていきましょう」


智也も吹っ切れた俺を見てご満悦だ。コミカルに神輿を担いできやがる。


「そうだな。ありがとう智也。やる気が出てきた。

で、具体的にはどうしたらいいんだ?」


「それは今からみんなで考えましょう。大丈夫三人寄れば文殊の知恵なので」

自分の胸を力強く叩いて智也は応えた。


「え、俺も入ってるのか」と和也は熱くなってる二人を尻目に小さく呟いた。



「まじお前らありがとうなぁ。この恩は必ず返すからな」

おめおめと泣きながら二人に抱きつく。


智也は和也に向かって小さくガッツポーズをした。

和也はゲンナリしながらジト目を送った。



それから三人は和気藹々と作戦を練っていくのだった。

近藤大吾、人生初フラれで意気消沈からの完全復活であった。




それから俺の猛アプローチが始まる。

まずは挨拶だ。振られた奴は気まずくて距離を置くのが定説みたいだが、そんなこと俺には関係ない。

今から良好な関係を築くことが重要だ。

彼女とはクラスは違うが同学年だ、同じ階数なのでバッタリ会う確率は高い。


意気揚々と廊下を往復して待ち侘びていたら

早速その機会が来た。


可憐なオーラを携えて円香さんが歩いてきた。隣には前にいたギャル女もいる。あとでリサーチしたら

名前は山本 京子というらしい。2年続けて同じクラスだったのに認知してなかったな。


徐々に距離が近づいていく。円香さんが俺の視線に気付き目が合った。だがその瞬間気まずそうに目を伏せた。普通に考えれば気まずいのは俺だろうに。心優しい彼女の器に惚れ惚れする。

この子は容姿だけじゃなく内面もいい子だ。

などど何度目かの惚れ直ししているとそのまま二人とすれ違ってしまった。

だがここで終わりにはさせない。させたくない。

「おはよう円香さん。あと山本さんだっけか」

振り返って快活な声をだした。

「え、あうん。あはよう」

「なんであたしの名前を。」


「同じクラスなんだから当たり前だろ。

それに円香さん。先日は不躾なことを言ってしまってすまなかった。

あーゆうことは、もっとお互いのことを知った上で言うべきだった」

俺は深々と頭を下げた。


「あ、いえそんな気にしないでください」

円香さんは手をぱたぱたさせて応えた。なんとも可愛らしい。



「ありがとう。なにか困ったことがあったらなんでも言ってくれ、例え火に飛び込むような

難解なことでもやり切るつもりだから遠慮なく頼む」


「え、うんわかった。そんな機会ないと思うけど、もしあったらお願いしようかな」


「じゃあまた」

手を挙げて俺はその場を去った。第一関門はクリアだな。

ちょっとでもワイルドな印象を残せただろうか。

ちょっと不安になったが、何はともあれ一歩前進だ。


これで知り合い以上の関係になったぞ。るんるん気分で廊下を歩いていった。



呆気に取られて大吾を見送る女の子二人。

「あいつ振られたくせに何事もなく話しかけてきたな。

なんて図々しいやつなんだ」

「うん。びっくりしちゃった。なんか変に気押されて圧倒されちゃったよ」

「それにあたしの事も認知してたぜ、今まであたしの存在なんて眼中になかったのに、調べやがったのか。あのやろう太い神経してんぜ」腕組みしているが妙に嬉しそうにみえる


「まあ悪い人には見えないけど、京子はあの人と同じクラスなんでしょ。

どう言う人なの?」


「別に私も詳しく知ってるわけじゃないけど、周りに合わせないで我が道を行くってタイプかなあ」


「じゃあ、いつもクラスでボッチって事?」


「いやそういう暗い奴ではないな。あいつ根が良心だから困ってる奴には手を差し出すんだ。

だからあいつのまわりには常に人があつまってる。

まあ男ばっかりで、それも暑くるしいやつらばっかりだけどな」


「へー京子の評価は結構たかいんだね」


「まさか。あたしの事認識してなかった時点で地に落ちてるわ」


「でもそんな頼り甲斐ある人なら女子にモテそうだけどね」


「それはないね。あたし含めて女子全員眼中にないわ」


「そうなんだ」


不思議そうな顔をしたまどかに、察した顔になった

「いっとくけど、私らは恋にうつつぬかす時間なんてないからな」

きっとにらめつけて釘を刺した。


「わかってるよ。あたしたちの約束だもんね」


「ならいいんだけど、まどかは何か危なっかしいからな」




それ以降も偶然を装い鉢合わせをし挨拶して少し会話する流れができた。


最初は振られたくせに何を気さくに話しかけてきてんだという訝しげな顔で見られたが、

だんだん回数を重ねるごとに、ちょっとした知り合い程度の挨拶の対応をしてくれるようになった。

なかなかの好感触である。



あれは体躯終わりに教室に向かった時だった。

ふと前を見ると職員室から資料を両手に持って運ぶ円香さんを発見し、すかさず声を掛け軽々と持ち上げた。


「あ、ありがと。おもかったんだよね」

「俺は力がありあまってるからな。こんなのヒョイだ」書類の束を誇示するように上下に振るった。


「うちのクラスまでだから結構距離あるよ」

円香さんは遠慮がちに言った。


「問題ない。ちょうどいいトレーニングになるからな」


彼女と並んで歩く廊下は、いつもより少し明るく感じられた。

この短い時間を大切にしようと思えた。


「大吾くんって部活やってたんだっけ?」


「ああ柔道部にしょぞくしている。来月からインターハイ予選が始まるんだ」


「ああどうりでガタイがいいんだね。納得だよ。大会いい結果のこせるといいね」

他愛もない会話が心地よい。

鑑賞に浸っていたが、ここで脳裏に妙案が飛び込んできた。

熟慮するよりも先に口走っていた。


「なあ俺が全国優勝したらデートしてくれないか」

円香の動きがぴたりと止まった。

「え、どういうこと」困惑した顔を見せる


「そのままの意味だ。日本で一位になる。そのためにはトーナメント戦だ一度も負けはゆるされない。

ただの一度もだ。確率的には運否天賦だろう。でも俺はそんな偉業を達成してみせる。

だからもしそんな奇跡が起こったら、お祝いでデートしてくれないか」

俺の突拍子もない提案に円香は思案げな顔を見せ

しばらく考えたのちに口を開いた。

「うん。いいよ優勝できたらね」


喜びのあまり心臓が飛び跳ねそうだった。


「ほんとか。約束だからな」

「うん。女でも二言はないよ」

「こうしちゃいられない今から特訓だー」

俺は荷物をもったまま兎跳びで運んだ。

おかげで次の日筋肉痛になるのは確実だった。




「てことがあったんだよー」先ほど合った出来事をかいつまんで京子に説明した。


「何勝手な約束してんだよ」

それを聞いた京子は目の色を変えて突っかかった。

「ごめん。ごめん。でも全国優勝だよ。できっこないでしょ」


「お前知らないのかよ、近藤大吾の過去の成績。あいつ中学の時、全国制覇してる」


「え、うそでしょ」



「本当だ。しかも去年もインターハイ出場してて今年の優勝候補」


「え、なんでそんな人がこんなところに」

「あの人そんなこと一言も言ってなかったよ」

「いっぱい食わされたってことだろ」

「いやこの学校がそもそも柔道部の強豪校なんだよ。

去年さんざん表彰されてただろ」


「全然みてなかった」

「まあ、あたしら女子からしたら柔道部なんて興味ないわな」

「とにもかくにも約束したもんはしょうがねえ。反故にできそうにもねえしな。

「まあ結果が芳しくなくなることを願うこったな」

「それは意地悪なお願いだね」




「よーしもう一丁」次から次へとちぎっては投げを繰り返している。

「兄貴すごい気合いだな。かれこれ二時間はあの調子だよ」

「そりゃそうだろ、勝ったらお姫様と夢のデートだもんな。


「それにしてもよくそんな話こぎつけたもんだよ

なんたって兄貴の得意分野だぜ。地道に仲良くなるより遥かにコスパがいい」


事情をしってる弟分たちは温かい視線を送る。

「ほんとだよ。恋仲になりたいと兄貴が言い出した時には

天変地異を起こすほど難解だとおもったけどな嬉しい限りだ」



「しんみりしてる場合じゃないぜ。せっかく兄貴の無理筋たった色恋に光明がみえたんだ。

弟分の俺たちが人肌脱がねーとな」


「そうだな。いっちょいくか」


と二人は意気込んで飛び込んで行ったが、大吾にあっけなく投げられたのだった。


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