福福福福福福福神
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第1話 登龍門①
湖畔に一つの月が映っている。
そして──────月を目指す龍が一匹。
耳に流れる音色、題名は何と言ったか【ラ・カンパネラ】
優しく奏でられ時に強く舞う音は少年の心を潤し、少しばかりの休息を与えた。
ラ・カンパネラは特段、音楽に詳しいわけではないがこの曲だけは知っている。
「はあ……仕事……探さないとなあ……」
ストリートピアノが設置された駅の階段の側には、天とピアノを弾く少女の二人だけで他に人は見当たらない。時刻は6時、人がいないということには疑問符を浮かべたことだろう。
否、理由は一つだ。この地域には7つの組織とそれに追随する、伝説が“7”つあった。
あった……というのは今は8つに変わったからだ。なぜ1つ増えたのかそれはだれも知らない……だが、それも昨日起きた抗争により増えた伝説が増えたということはこの駅を忌避する理由には足りえるように思える。
駅には二人の沈黙を電車の走行音が崩した。
少女の口が開く。黒のブレザーに紺色のスカート、長めの髪、おそらく周辺の高校に通っているのだろう。
腹の鳴る音が崩れた隙間を埋めた。その腹の音はこの少年から鳴ったのは言うまでもない。
「あなた、おなかすいてるの?」
それは天にとって初めての少女との会話、一年以上ここにかよっていたがこんなことは初めてだ。
最初はなぜこんなところで弾いているのいるのだろうかと考えることがあったが、それも最初だけだった。
「家から追い出された。ここ二日ほど飯を食べてない」
天は嘘をついた。正確には二日ではなく一週間、飲み物に関してはここ二日飲んでいない。
それは名前も知らない少女を心配させないためである。
「そう大変ね。わたしもここ一週間ほどご飯を抜いているわ」
少女は嘘をついていた。一日三食、しっかり食べている。先日の朝食は小倉トーストそして、ミートソースパスタ、さらにスペシャルパフェ。当然、一週間ご飯を抜いたことがあるところか、これまでの人生で一食も抜いたこともない。
しばしの沈黙の末に口を開いたのは天だった。
「そうか、お前も大変だな。ところで君はなんていう名前なんだ?」
「
はなひら みずき……なんとなく綺麗な名前だなと思ったに違いなかった。
「僕の名前は……」
いや、いいわ、知ってる。あなたの名前…とみずきは遮った。
「え?」
思わず、その言葉が天の口から零れ落ちた。
なぜ知っているのか少しだけ疑問に思ったが、詮索はしないことにした。
「じゃあ、またね」
そういうとみずきは駅を後にした。
天はそのあと、彼女の座っていたピアノの椅子に座った。人肌の温かみが少しだけ残っている。
「はあ、何やってんだろ俺……」
当然、天はピアノが弾けるわけがなかった。
たしかこんなふうに……鍵盤の上をなぞってみる。だれか来たとき少し恥ずかしいので音は出さないことにした。
そのおかげかその音は駅で目立つ結果となった。空砲、音は単純だった。初めて聞く音だった。この町ではその音は戦争の合図だ。だから普通の学校に通っていれば一度は必ず聞く音、袋に空気を入れ思いきりつぶしたときに鳴るような空砲のおと。だがそれを僕は聞いたことがなかった。
もう一度言おう、これは戦争の合図だ。もちろんそれは空砲などではない。
天は右頬を触ってみた。ネチョっとした感覚、その手を見ると手相がはっきりと赤く染まっていた。
「おいおい、清十郎さん。結構いい弾道だったんじゃねえか?」
銃声の後に響いたのはカツン、カツン…という靴の音だった。
そして、それに隠れるように静かな足音がある。ドッドッドッド、天の鼓動は自分でもわかるほど響いた。僕はこいつらに狙われているのだ。そんな思考が天の中を満たす。16歳の少年が命を狙われた。気が気じゃないのも当たり前のことだろう
。
「おい、
声は高かった。成長期を終えた子供のような声、だがこいつを天は知っていた。一度だけ、この駅で見たことがある。
そいつはたしか金髪で、前を開いたパーカーを着ていた。そして、あどけない少年のような顔だった。
なぜここまで鮮明に特徴を覚えているのかというと、彼は手に持った一丁の銃で黒服の男に引き金を引いていたからだった。
そして、その残忍な男たちは天の近くに止まり顔を近づけた。
もちろん、天が正常でいられるわけがなかった。
呼吸は乱れ、胸のあたりを抑えている。
「おい、騒いだらこれで殺すぞ」
槓子……という黒服を着用し、赤髪をオールバックにした目つきの鋭い男は天の左頬に銃を当てた。
「す、すいません」
それしか、言えなかった。
「きみさあ、
天はなぜ自分のこと知っているのかと再び疑問に思った。案外、自分は自分の知らないところで有名なのではないだろうかと思ったりもした。しかし、そんなことを気にしている時ではないことも知っていた。
「そうですけど、ぼくがなにかしましたか?」
天はいたって冷静だ。だが手はかすかに震えている。
「いいや、まだなにもしてないよ」
まだ?
「とりあえず詳しいことは後で説明させてもらうから、今は僕についてきてくれないかな?」
「なんで、僕がおまえらについていかないといけないんだ?」
赤髪の男は険しい顔をしている。だが、銃を撃たなかった。殺すためにここにきてるなら、最初に僕を殺している。しないということはつまり、僕を殺すだけの理由がこいつらにはない。そういう確信が天にはあった。
だがその油断も泡のようになって消えた。
「おまえ何か勘違いしてねえか?」
口を開いたのは赤髪の男だった。空砲がもう一度、天の頬に当たった。
もちろん銃弾はかすったわけではない。銃弾は天の口内を貫通した。
赤髪の男は天の髪を強く引っ張った。
天からは空気を抜いたような軽い変な声が出た。口からは大量の血が出てきている。
「なに考えってっかしらねえけどよ、お前この人のこと馬鹿にしたら殺すぞ。このひとは
そういうと、この暴漢はもう一度僕に引き金を弾いたのだった。
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