第2話 筋肉の国の公女様
フレム王国には学園がある。
脳みそが筋肉でできている者達が何を学ぶのかと言われれば普通の勉学だ。
たとえゴリラと揶揄される筋肉集団であろうとも、商人はもちろん猟師や農家も例外なく金銭のやり取りを行う。
他国ではいまだに物々交換が主流というところもあるが、そこは筋肉isパワーなフレム、山岳だろうが樹海だろうがお構いなしに筋肉によるパワーと持久力で突破し、馬で5日かかる路程を半日で踏破するのだ。
故に交易は盛んであり、また手漕ぎ船などを使った海洋輸出なども行われているほどだ。
そんな商人も当然ゴリラなので、襲ってくるような盗賊は臨時収入などと呼ばれている。
話を戻すが、結果としてフレム王国の学園は王族、貴族、平民と立場は問わず皆が平等に勉学に勤しめる場となっている。
また魔法派と呼ばれる肉体を鍛えず、自身の肉体を強化することで一時的にゴリラをも凌駕する力を得る事ができる技術を磨く者達もいる。
そういった魔法を学ぶこともできるが、基本的にゴリラは魔法に疎い。
そんな学園の入学式が始まろうとしていた。
「皆様、本日は入学おめでとうございます。新入生代表、ユリア・フォン・マッスルです。このように皆様と共に学び合い、競い合える場に代表として立たせていただいたことを光栄に思います。どうぞこれからよろしくお願いいたします」
ユリアの挨拶に会場からは盛大な拍手が送られる。
「ふむ、美人だな。他の令嬢と違い無駄な筋肉に覆われていない小柄な体格。見目麗しく、聡明だ。父上が婚約者候補にというのもわかる」
「カーチス殿下、そんなことを言うと国民に石を投げられますよ」
「勘弁してくれ。彼らの力で投げつけられたら鎧を着ていようとも貫通してしまう」
「ならばその過剰筋肉嫌いをなんとかしてください。この国の女性はほとんどが筋肉令嬢です」
「……魔法派の令嬢もいるだろう。それにマッスル令嬢が華奢なのは事実だ」
「……殿下、心を静めて構えてくださいね」
「なにをだ?」
入学式の会場で、ひそひそと誰にも聞かれないように会話をする二人。
殿下と言われる立場の者と、その側近というのは言うまでもない事だが、彼らの席は特別な場所に用意されており声を潜めなくとも他者に聞かれる心配はない。
それでも過敏になっているのは会話の内容にあった。
筋肉批判、それはこの国において最も重い罪であるとされている。
とはいえ、法的に禁じられているわけではなくモラルの問題としてだ。
過去の英雄たちの言葉が曲解された今、筋肉批判は偉人の批判につながるからだ。
「それでは新入生代表、ユリア・フォン・マッスルさん。最後にあれをお願いします」
「かしこまりました」
ユリアが司会をしていた教員、当然ゴリラなのだが、その言葉に笑顔で頷いて見せる。
「モーリス、あれとはなんだ」
「見ていればわかります」
「では僭越ながら、モスト……マスキュラー!」
ユリアが両手を握りへその前に構え、全身に力を込めると同時に華奢だった肉体は膨張し背丈は数倍にまで伸び、制服はそれに耐えきれずはちきれた。
先ほどまでの触れるだけで折れてしまいそうな、まるで百合のようにか弱くタンポポのように小さな令嬢は突如として等身のおかしなゴリラに変貌した。
ごく一部のマニアからすれば女性の衣類がはじけ飛んだということに興奮するだろう。
しかしこの場にそんなものはおらず、またユリアは制服の下に水着を纏っていた。
「ナイスバルク!」
「きれてる! きれてるよ!」
「肩に石碑のっけてんのかい!」
会場からは先ほどの挨拶に対する拍手を超えるそれと、盛大な歓声が上がっていた。
「……なぁモーリス、アレはどういうことだ」
「その大胸筋にメロメロだ! あ、失礼しました。何か言いました?」
モーリス、お前もかと殿下と呼ばれた男が頭を抱える。
「いや、アレはどうなっているのかと聞いたのだが……」
「あぁ、マッスル家秘伝の筋肉収縮術ですね。魔法と筋肉両方を使い普段は小柄に見せているもののその禁を破ればあのように本来の姿になるそうです」
「……この歓声は?」
「あれだけ見事に鍛え抜かれた筋肉を見て喜ばない者がいるのですか?」
「俺は頭痛がしてきたよ……」
「おやそれはいけない。どうですこの後ご一緒にランニングでも。体調が悪い時は筋トレが一番です」
「……やめておこう。俺はもやしだ、お前らと共に走れば即座に死ぬ」
「次期国王ともあろうものが情けない……そんなだから王位継承権1位なのに弟君の方が人気なのですよ?」
「王位とかどうでもいいから他の国に行きたい……」
カーチスの嘆きは新たなポージングを決めたユリアへの歓声にかき消された。
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