砂時計の覗く先 ~不思議な質屋

Tempp @ぷかぷか

第1話 不思議な質屋

 その古びた2階建ての木造店の木製看板には『芦屋質店あしやしちてん』とあった。

 入るのに躊躇した。質屋になぞ入るのは、初めてだからだ。隣家との間の垣根の脇から奥を覗けば、間口に比して、うなぎの寝床のように建物は奥に広い。最近市街地や街道沿いに増えている金品の下取りショップとは違い、その店は明らかに、素人お断りな風情を漂わせていた。

 けれどもおそるおそる入り口の引き戸を引けば想像と異なり、カラカラと軽快な音を立てながらスムーズに開く。まるで誰かが開けてくれたかのように。そして店内を見渡して、ほっと一息つく。想像していたおどろおどろしさといったものは乏しく、見上げた天窓からの自然光が優しく降り注ぐ店内は明るく清潔に保たれていた。

 音に反応してか奥のカウンターに座る20代なかばの整った風貌の店員が顔を上げ、光の加減か、一瞬その左目が金色に輝いて見えた。


「いらっしゃいませ。ご不明点があればお尋ねください」

 店員はそれだけ告げて仕事は済んだとばかりに、再び手元のタブレットに目を落とす。尋ねたいことはあったが出鼻をくじかれ気が引けた。店内を再び見回せば、壁際に設えられた北欧家具のようなすっきりとした棚には質草と思われるカバンや宝飾品が綺麗に並んでいた。建物は古いが、内装はお洒落だ。質草も金券ショップなどとさほど代わりはないかもしれない。

 これも時代の流れだろうか。時代というものは次第に移ろい元の面影を奪い去っていく。そういえば実家のある四風山しふうざんのあたりも最近再開発が進み、近所の古家が解体されている。最近そんなニュースがやけに耳に入る。いずれ新しい家が建つのだろう。

「お店の中は外と違って、随分近代的なんですね」

「ええ。このあたりは歴史的建造物保存地区に指定されていますから、外観は勝手に変えられないんですよ」

「なるほど」

 そういえばこの逆城さかしろ町の南側は明治大正の建築物が多く残っていて、観光地にもなっている。この店はその本道から些か外れていたから頭からは外れていたけれど、たしかに明治大正の店舗といわれれば、そのような風情はある。


 決心を込めて小さく頷いた。

 私はふらりとこの質屋に立ち寄ったのではない。目的があった。そもそも目的がなければ入りにくい店だ。

 意を決して、店員に話しかける。

「その、この店では不思議なものを売っていると聞きまして」

「どなたから聞きました?」

「東の魔女、と名乗っていました」

 店員は顔を上げ、まっすぐに私を見つめた。この少し馬鹿馬鹿しい話を信じてもらえるだろうか。

「伝言は?」

「伝言? そういえば、人生は蔓日々草つるにちにちそうのごとく、と聞きました」

 店員は瞬きして大きくため息を吐き、ことりとカウンターを立って背面の戸口を開けた。その戸の奥には長い廊下がさらに奥へと伸びていた。店員は闇に吸い込まれるようにその奥に進み、私はポツンと取り残された。奥は明り取りもないのか吸い込まれるような暗闇で、覗き込もうとすれば何者かが私を覗き込んでいるように見えてわずかに体が強張る。

 5分ほどが経過した。

 店員は中々戻ってこなかった。何かを間違えたのだろうかと狼狽える。それから更に5分ほど経ち、居た堪れなくなってそろそろ帰ろうかと思った時、ようやく奥から小さな足音が聞こえた。店員は手のひらに乗るほどの小箱を持って戻ってきて、パカリとその蓋をあけた。

「これはアワーグラス、砂時計ですね。この砂が落ちきるまでの間、記憶を遡って過去を見ることができます」

「過去?」

「ええ」

 あっけにとられた。随分荒唐無稽な話だ。

 箱に入っていたのはキラキラときらめく小さな青い石が縁飾りについた砂時計で、唐草のような精緻な装飾が施されている。けれども中身は空だ。砂など入っていないではないか。そう思っていたのに店員が砂時計を斜めに傾ければ、ささり、とわずかな音がした。反対側に傾ければまた、ささり、と。目を凝らしてもやはり音が出るものの正体は見当たらない。

 店員は私のその様子を見てかぽそりと、わずかに苛立たしそうな小さな声でつぶやいた。

「あの人はまたこの店の説明を怠ったのですね」

「説明?」

「ええ。あなたは東の魔女から、ここにいけばあなたの願いを叶えるものがある、とでも言われたのでしょう」

 図星だった。私はその東の魔女のことはよく知らない。たまたま出会った占い師というだけだ。けれども確かに、そのように言われて半信半疑でこの店を訪れた。

 私がその魔女に占いを願ったのは、隙間についてだ。


 最近、私は奇妙な現象に悩まされていた。

 家具の隙間、ちょっとした扉の隙間、カーテンと壁の隙間。そこに誰かがいる気がするのだ。そして私の名前を呼ぶ気がする。びくりとしてよく見れば、もちろん誰もいない。けれども目を凝らすまでの一瞬、何かと目が合う、そんな気がした。それだけ聞くと、それはおどろおどろしい変化へんげや恐ろしい化け物か何かに思われるが、その印象はそれほど悪くはない。何やら妙に、懐かしく感じるのだ。けれどもそれが何かわからない、そのもやもやとした感覚に、とても落ち着かなかった。

「その、私は実は」

「いえ、その先は結構です」

 事情を話そうとしてやはり出鼻をくじかれる。

「は?」

「私は依頼を受けて道具を管理しているだけです。魔女が入用というのであれば、お貸ししましょう。事情をお伺いする必要はありませんし、伺ったところでどうしようもありませんから」

 40は年下に見える店員の、そのけんもほろろの言い分に、なんだか突き放された気がした。

 けれども全ては半信半疑の話だ。

 そもそも魔女と名乗る占い師にも、本気で解決を求めたのではなく、半信半疑のままだった。この店員に話したところで、何かがわかるわけでもないだろう。しかし、過去? これはごく最近の話なのだが。

 そう思っているうちに、店員は砂時計をひっくり返し、カウンターの上に置いた。

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