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 来る十月十五日の日曜日、全国創作フリーマーケットの開催日、瑞希たちは朝から電車で隣の県に向かっていた。当日参加できるのは、月子と瑞希と佑に、大学生のメンバー二人を加えた五人だった。富士見は急な法事で地元に帰省する必要があるとのことで、随分残念がっていたが仕方ない。

「スペースの関係でブースに全員入れるわけじゃないから、数人ずつローテすることになるけどね」参加の案内と書かれた冊子に目を落としながら、月子が言う。「まあ、気楽に行こうよ」隣に座る瑞希の肩をぽんと叩いた。知らず知らずのうちに顔が強張っていたようだ。

 実際に客が出入りするのは、午前十時から午後四時までの六時間。出店数は五百にのぼる。本当に手に取ってもらえるのだろうか。それを思うと不安になる。

「先輩、緊張してますね」

 電車を降りて歩きながら、佑が軽口を叩く。

「別にそんなことないけど」

「売れなくても噛みつかれるわけじゃないし、気楽に行きましょーよ」

 月子と似たことを言ってへらへらしている。彼女でなく佑に言われると、妙に苛つくのは何故だろう。

 途中のコンビニエンスストアでそれぞれ飲み物と昼食を買い、広々とした会館に辿り着いた。普段は企業の合同説明会等が行われるイベント用のホールが、今日の舞台だ。受付を済ませ、割り振られた区画で準備を始める。長机を立て、椅子を三つ並べ、客引き用のチラシをボードに貼る。徐々に参加者が集まり、会場は賑わいを増している。

 売りに出すのは今回合同で制作した本だけでなく、参加経験のあるメンバーが刷った本も数冊加えていた。大学生の彼女はサークルの名前を使うことに恐縮していたが、「一冊だけじゃ、せっかくの機会がもったいないじゃん」と月子はおおらかに笑った。

 いよいよ十時になると、待ってましたとばかりに一般の客が入場するのに、瑞希は些か驚いた。プロの作品ならともかく、ほぼアマチュアぞろいのフリーマーケットへ開場直後に入ってくる人たちがいることは意外だった。それも決して少ない人数ではない。

「こういう時ってさ、どんな姿勢でいたら正解なんだろね」

 パイプ椅子に腰掛けて月子が呟いた。瑞希と佑はその両脇に座り、残る二人は先に会場を回って買い物に行っている。

「そりゃあ無視するのは態度悪いけどさ、あんまり見られてても手に取りにくいじゃん。プレッシャーっていうか」

「断り辛いですよね、じっと見られてたら」

「そうそう」

 瑞希の言葉に頷く月子。客引きの強い店は、却って入りにくいものだ。かといって店主の態度が悪い店も入りたくはない。

「難しいっすよねえ」

 難しくない表情で、佑が見本の一冊をぱらぱらとめくる。こいつは朝から微塵も緊張のそぶりを見せていない。逆にどんなことなら緊張するんだろうか。うっかり瑞希はそんなことを考えてしまう。

「こんにちはー」

 月子の声にはっとし、瑞希も慌てて「こんにちは」と声を出した。四十代中頃と、高校生ぐらいの女性二人連れ、恐らく母娘だろう。二人の客が長机を隔てた向かいに立った。

「あの、これください」

 娘とおぼしき少女が、合同の作品集を指さした。一瞬ぽかんとしてしまったが、急いで腰を上げつつ礼を口にし、五百円玉を受け取った。

「見本見てくれたんですかー?」

 一冊を手に取り紙袋に入れながら佑が声を掛けると、彼女は頷いた。

「面白そうだなって思って。皆さんで書かれたんですか?」

 ブースで直接本を手に取り辛い人のために、会場の一角には見本誌コーナーが設立されていた。一店につき三冊まで、作品を置いておくことができる。彼女はそこから辿ってきてくれたらしい。

「今はいないけど、あと五人一緒に書いたんです」

「そういうの、楽しそうですね」

 佑が袋を手渡すと、少女はそれを大事そうにトートバッグにしまった。

「ありがとうございました!」

 朗らかな月子の声に、二人も礼を被せる。母娘はぺこりと頭を下げて去っていった。

 その背を見送る瑞希に、「よかったですね!」と佑が明るい声を掛けた。「買ってもらえましたよ!」

「よかったよかった、成果ゼロってことにならなくて」月子も喜んで笑う。

 瑞希にも次第に嬉しさが湧いてきた。自分が書いたものを、見ず知らずの人がお金を出して買ってくれた。少し恥ずかしく、それ以上に喜ばしい。気合を入れて書いてよかったと心から思う。

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