準優勝おじさん

境 環

第1話


 母校の決勝戦は現地の甲子園ではなく、街のパブリックビューイングで見る事にした。


 なぜなら、低所得者の私は甲子園に行くお金がないのだ


 リアルタイムとなる平日の決勝戦、会社員の者は、欠勤かお昼から休みのどちらかでしか観ることは出来ない。


 私は、思い切って会社を休んだ。体調が悪いと連絡してパブリックビューイングに挑む。


 県勢初となる決勝進出は、報道陣が大変忙しく、現地組の甲子園、残りの県内組と分かれているのである。県内組は、至る所に繰り広げられるパブリックビューイングに赴き、カメラを回すのであった。


 そこで、私の顔がチラッと映るかもしれないし、決勝戦についてインタビューされるという変化球がくるかもしれないリスクがあった。


 運悪く、変化球に直面したら、嘘も方便が台無しになるだろう。なるべく目立たなくするのが条件であった。夏のジリジリとした天気の中、帽子を深くかぶり、マスクをする変装をした。


 さあ!いよいよ決勝戦の開幕だ。


 先ほどから私の横に座っているおじさんが、


「準優勝がいい。準優勝。準優勝」と独り言を言っている。


 なぜ準優勝がいいのだろう。ここに座っている多数の人が優勝してほしいに違いないからだ。変わった人もいるもんだな、と私は思った。


「優勝なんてするもんじゃないな…」  


と、ネガティブな独り言が多く、不快な気分になった。


 おじさんを見ると、我が母校の稜星学院の帽子とタオルを持参しているではないか。それでも準優勝がいいとは何事だろう…


 「準優勝がいいけん、いい試合にしよう」

 

とまた独り言。


 語尾が九州訛りだ。もともと地元の人ではないのだろう。だから、準優勝でもいいのか。おじさんの熱の入り具合がどっちつかずで気持ちが悪い。


 甲子園では、両校の校歌を流す回がある。なぜそんなルールがあるのかは高野連にでも聞けばいいか、なんて思った矢先、隣の「準優勝おじさん」(あだ名は先ほど思い浮かんだ)が急に立ち上がり、稜星学院の校歌を熱唱したのだ。


 私は、びっくりして座っているパイプ椅子もろとも倒れそうになった。急に歌うか~と心の中で呟いた。


 稜星学院のピッチャーが良いとは聞いていたが、これほど良いとは思わなかった。


 おじさんもピッチャーが三振を取れば手を叩いて労うが、不思議に思ったのは相手の千葉学園習志野東高校のピッチャーにも三振を取ると手を叩くのだった。


 どうやらこのおじさんにはある法則があるようだ。


 それは、視点・力点・着眼点だ。


 まず視点、私達は応援する方のピッチャーだけに三振を取ったら拍手を送るが、彼は敵味方なんて関係ないということ。


 力点については、ここに集まっている者は稜星学院が点を入れると喜び、相手に与えてしまったら嘆くのだが、彼の場合校歌の時の熱唱しか力が伝わってこない。その他は淡々と見ているだけである。


 着眼点は、言うまでもなく優勝ではなくて、あくまで準優勝にとどまって欲しいと願っている事だ。


 準優勝おじさんの言う通り、千葉学園習志野東高校に優勝旗が渡った。私も含めて残念がるファンをよそに、

 

「それでいい。それでいい」

 

とうなずく。


 しびれを切らした私はおじさんに、


「なぜ、準優勝がいいんですか?普通は優勝して欲しいでしょう」


と苦笑いを浮かべながら質問した。


「優勝したらその先の糧がない。満足だけで終わって欲しくないけんね。準優勝は悔しい思いをするし、次はどうしたら優勝できるのかと考え、悩み成長するものだ。準優勝の方が応援する皆も、どうしたら勝てたのだろうかと余韻が残る。高校野球はそういう余韻に酔いしれるから楽しいんだな。準優勝でも、楯やメダルを貰えるけんね」


「余韻ですか…」


「そうだ」


 反論できない私がいた。確かにメダルの色は違えど、準優勝ならではの重みがある。


 何事にも代えがたいものが。そこまでたどり着いた証でもある。


 負け犬の遠吠えだと言う人もいるかもしれないが、準優勝は立派な立ち位置だ。


 もしかしたら、本当に準優勝校の方が得られるものが多いのかもしれない。


 次に踏み出す土台が違う。向上心と言えよう。


 優勝だけが全てではないように思えた。


 回りの人が凄く悔しがっている。泣いている人もいる。


 準優勝おじさんの言霊で私は、敗者でもいいと思った。準優勝が一番いいのかもしれないとさえ思っている。


「では、次回の決勝戦で」


と、おじさんは言い残し、背中を向けて歩き出した。


 歩いていった先に、自転車が置いてあり、それに乗って消えていった。


「ホアッツ?九州辺りの人かと思ったら、地元の人〜」


と大きな独り言を放ったものだから、通りすがりの人の目線が冷たい。


 苦笑いしながら、トボトボ歩き出したのであった。

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準優勝おじさん 境 環 @sktama274

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