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駅に向かう道すがら、旭は電話をかけた。急な連絡だったけど、出雲さんは来るなと言わず、許可をしてくれた。私たちは黙ったまま電車に乗って、黙ったまま道を歩いた。
「俺、旭です」
インターフォンで名乗る旭の声は微かに震えていたけど、出雲さんの声音はいたって普通で、「鍵、開けておくよ」と言った。
歩きながら私は考え続けていたけど、自分の考えはあながち間違っていないように思えた。出雲さんが旭を騙す悪人だとも思えないけど、むしろ、そうでないと納得ができない。ちらりと様子を覗うと、彼も深く考え事に耽っていて、私の存在は目に見えていないようだった。一つ間違いないのは、誰かが嘘を吐いている、ただそれだけ。
部屋の前で立ち止まって、旭はやっと私を振り向いた。彼は出雲さんを信頼している、だけどその表情は、未知の恐ろしいものを目の当たりにしたかのように強張っている。
「思い違いや」自分に言い聞かせるように、彼は小さな声で言う。「何かがずれとるんや」
ドアレバーに手をかけ、彼はゆっくりとドアを開けた。
中の様子は以前訪問した時と変わりなく、私たちは声をかけつつ靴を脱いでスリッパを履いて、廊下を進む。部屋に入ると、IHコンロの前に立っている出雲さんが振り向いた。穏やかな微笑を浮かべる整った顔立ちや立ち居振る舞いは、前よりも一層洗練されていて、まるでテレビで見る俳優のようだった。コンロには、小ぶりなやかんがかけられていた。
「どうしたんだい、旭。随分急だね。あと七瀬さんも、久しぶり」
普段通りの声に、旭の表情に安堵が垣間見えた。お邪魔しますと私は小さく頭を下げた。
「すいません、急に来て」
「構わないよ。お客さんが丁度帰ったところだ」
少しだけ私は不安になる。この人が旭を利用するとは思えない。
だけど、美澄さんがストーキングだなんて非常識な真似をするとも思えない。
「座って。今、お茶を入れるから」
「いや、ええです。すぐに帰るんで……」意を決して、旭が切り出す。「先生、俺に隠してることはないですか」
出雲さんは、僅かに眉をひそめて困り顔をする。「隠すって、例えばどんなことかな」
「俺には言えへんこと……」ズボンの裾を握りしめる。「何か、嘘をついとるとか」
こんなに緊張している旭を、私は初めて目にした。言いだしたのは私だけど、全部が間違いであってほしいと願うほどの、気の毒な表情。
「騙しとる、とか」
自分の言葉を否定するためか、笑おうとした彼は上手く笑えていなかった。頬が中途半端に上がって、むしろ泣き顔にも見える表情をしていた。
「先生は、俺を利用しとったとか……」
言い切った彼を見据える出雲さんは、変わらない微笑を浮かべている。何を言っているんだと、呆れているようにも見えた。
「きみは、もっと賢い子だと思っていたよ」
表情を変えず、彼は淡々と言う。
「随分、気付くのに時間がかかったね」
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