12
現地集合の約束通り、私たちは「ニューシティ・楠」の正面口で落ち合った。午後一時、天気は悪く、ぽつぽつと雨が降り始めていた。今日は晴れの予報だったし、旭も雨を願っていたわけではなかったのに。
「あかんなあ。こんな日にも雨が降りよる」
「世界一の雨男だもんね」
空を見上げている間に、どんどん雨粒は大きくなっていく。まるで旭と同時に雨雲も到着したみたいだ。
「でも、屋内でよかったね」
「まあ、そうやな」入口の自動ドアをくぐりながら、彼はちらりと私を見た。「なんか女子高生みたいやな」
「みたいってなに?」
「いや、なんでもない。似合っとるからええやん」
軽口を叩いて笑う旭は、黒のジーンズに白のシャツ、藍色の薄いサマージャケットを着ている。普段の制服と大差ない色合いだけど、初めて見た私服姿は何だか妙に大人びて見える。
これって、もしかしてデート……?
両側に様々な店舗が並ぶ広々とした通路を並んで歩きながら、ふと店先の鏡に映る自分たちを見てそんな思いが浮かんだ。途端に照れくさくなって、慌てて左側の鏡と右側の旭から目を逸らす。思わず俯いて、両手で頬を包んだ。だって、日曜日に私服でアミューズメント施設を並んで歩いてるなんて、誰がどう見てもデートだもん。今更だけど、カップルだと思われても仕方ない……。
「どうした、歯でも痛いんか」
「いっ、いや、なんでもない!」
「……ほんならええけど」
動揺する私に気圧される旭。どこに行くのって私は取り繕う。
「えっとな……こっちや」
そばの柱に掲示された地図を見て、旭が指さす方向に大人しくついて行く。
映画館から本屋さん、喫茶店に食品売り場まで備えている四階建てのニューシティ・楠は、北館と南館に分かれている。到着した北館のイベント広場は、体育館ほどの広さがあった。三階の高さまで吹き抜けの広々とした空間には、大勢の人が出入りしていた。
「アニマル博覧会……」
客寄せののぼり旗の文字を呟く。読んで字のごとく、様々な動物が集まるイベントに違いない。
「ここが、一人で来にくかったところ?」
見る限り、小さな子どもから彼らの祖父母に至るまで、多くの人の姿が目に入る。男子高校生一人が混ざろうが誰も気にしなさそうなのに。
「本命ではないんやけど、ここも気になっとったんや」
「そんなに動物好きだったんだ」
「猫以外の動物もおるやろうから、そいつらと話すええ機会やと思ってな」
なるほど。動物と話す訓練らしい。納得する私と旭は中に入った。
会場内はいくつかのブースに分かれていて、それぞれ犬や猫、鳥や爬虫類、魚や虫に至るまで、ペットにできる動物たちが区分けされている。
「気に入ったら、金出して連れて帰ってもええんやと」
「そのままペットにできるんだ。旭はなにか飼いたいの」
「いや、見るんはええけど、飼われへんな。七瀬はどうなん」
「私はもう、犬飼ってるし。勝手に連れて帰ったら大変なことになるよ」
話しながら、動物園よろしく私たちはあちこちのブースを回る。チンチラにミーアキャット、ウサギや子ブタまでもが歩いていて、なんだかうきうきしてくる。柵ひとつ隔てた向こうには、人工芝の上でうとうとするカピバラ。ずんぐりした茶色の身体に、つぶらな黒い目がとっても愛らしい。
「見て見て! すっごく可愛い寝顔!」
私が台の上にあるケージを指さすと、旭も中を覗き込んだ。壁面に取り付けられたポーチの中で眠る、一匹のモモンガ。すやすやと幸せそうな寝顔が堪らない。
「……あかんな。こいつ寝よる。話せへん」
「だって、夜行性だからしょうがないじゃん」説明のプレートを指さして、ついむくれてしまう。「純粋に楽しんだらいいのに」
「そんなつもりで言うたんやないけど」
「じゃあ、この子と話せる?」
その隣にあるケージを指さした。手のひらに収まるぐらいの小さなネズミ。スナネズミのプレートがかかっている。彼が見る前に、私はそれを手で覆った。
旭はガラス越しにじっとケージの中を覗き込む。ハムスターに似た小柄なネズミも、顔を洗う手を止めて旭を見つめた。ちょんと尖った鼻先が忙しなく動き、細い髭がひくひくしている。
「おまえ、いくつになるんや」
話しかけるけど、当然返事はない。
「どこで生まれた」
ネズミの真っ黒な瞳は、ただ旭を映している。
「そうか。ええ人に貰われるよう願っとくわ」
彼がそう言うと、スナネズミはちょこちょこ動き出してエサ入れに近づき、フードを食べ始めた。
「生まれて二ヶ月ちょっとやと。生まれた場所は、この建物の一階にあるペットショップや。四匹兄弟やったらしい」
私はプレートから手を離してみる。「四月二十七日生まれ、ペットグラウンド楠で誕生しました!」確か、同じ建物にあるペットショップが、ペットグラウンド楠のはずだ。今日は七月二日だから、生後二ヶ月の子。
「すみません、あの……」
驚きのあまり、私は近くにいた店員さんに声をかけていた。振り返る若い女性は、ペットグラウンド楠のエプロンをかげている。
「このスナネズミの子、他に兄弟はいるんですか」
「この子? えっと……うちで生まれた子なんですけど」少し考えて教えてくれた。「あと三匹兄弟がいて、二匹はもう貰われていきました。あと一匹が、こっちの子ですよ」
台の反対側には、同じような小さなケージが並んでいて、そこにも一匹のスナネズミがいた。プレートには、四月二十七日、ペットグラウンド楠生まれの文字。
「ほらな」
振り向くと、旭は得意そうな顔で笑った。
風呂桶ぐらいの水槽で、コツメカワウソが泳いでいた。止まり木に掴まるオウムやフクロウに話しかけ、ケージの中で脱皮をしているトカゲに挨拶をする。「爬虫類はようわからん」上手く通じなかったのか、旭はそう言っていた。
カブトムシやクワガタのいるコーナーで、私は思わず小さな悲鳴をあげてしまった。
「お姉さん、触ってみる?」
冗談を言う男性店員さんは、腕に細長く黒光りする虫を乗せていた。
「アフリカオオヤスデっていって、世界最大のヤスデだよ。毒もないから大丈夫」
「いや、いやいや無理です!」長さは二十センチ近くあって、私の指より太いかもしれない。数えきれない足が蠢いているのを見るだけで、恐ろしくて背筋がぞわぞわする。
「毒ないなら大丈夫やろ」
「なら旭が触ってよ」
こんな気持ち悪い虫を触れるわけがない。そう思って言ったのに、旭は呆気なく虫を受け取った。信じられない。虫は彼の腕を直に這いまわっている。
「なんか、歯ブラシで擦られてるみたいや」
ほれ、って腕を近づけてくるから、私は卒倒しそうになった。
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