1章_雨宿りはいらない
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桜浜高校に入る前、私には図書館以外にも高校生活に期待することがあった。
それは部活。みんなでわいわいして、少しドキッとすることもあったりして……いわゆる青春に必要不可欠なものだと私は思ってた。だから入学前から期待していた天文部へ、見学もそこそこに入部届を出したんだ。
高校誘致のパンフレットの部活一覧に、中学校にはなかった「天文部」の名前を見つけた時には、「これだ!」って思った。
ただ、なんというか、そこは私には合わなかった。
「天文部」とは名ばかりの、いわゆるカースト上位、一軍男女が恋人を探すべく集った場所だったんだ。リア充……いや、リア充予備軍の集まりに、垢抜けない私が馴染めるはずがなく。
夜に屋上で天体観測……なんていうのは夢見過ぎだったけど、男女問わず、苗字ではなく名前で呼び合いましょうという謎ルール。距離の近さは私にとって戸惑いしかなくて、いきなり「梓ちゃん」なんて名前しか知らない男子に呼ばれる違和感に慣れなくて。
星の話は一割未満、SNSの見せ合いだとか、エキチカのデートスポットの話だとかが、部活中の話題の九割以上を占めていた。彼らはたとえ天体観測に行っても、望遠鏡よりスマホを覗いている時間の方が長いだろう。
この場が悪いというよりも、私には向いていない。そう思って、半月で私の天文部活動は幕を下ろした。結々には、さっさと他の部活に入った方がいいよって言われたけど、その気力が湧かないうちにタイミングを失って、図書館に入り浸る時間も長くなった。
クラスで結々と仲良くなったのは、本当に幸いだったと思う。
月曜日の昼休み、お弁当を食べ終えると、結々はいそいそと鞄から雑誌を取り出した。
「何、それ?」
「梓はこういうの読まないかなー」
表紙を見せられるけど、中央で笑顔を浮かべる綺麗な女性には、CMで見た気がするという感想しかなかった。パラパラとめくられる雑誌を、机の向かい側から覗き込む。教室は昼休みらしくざわついていて、窓際列前方にいる私たちには誰も目を止めない。
「ティーンズ雑誌の一冊ぐらい、読んでた方がいいよ」
「ふーん」
確か、天文部の人たちもこういう雑誌を読んでいた気がする。お安めのブランドの紹介、ドラマの見どころ、人気俳優へのインタビュー。興味を持つべきだと思うけど、なかなか気が進まない。毎月お小遣いを出してまで買おうと思えないし、かといって数か月前の中古を買ってもあまり意味がない気がする。
「図書館にあるかなあ……」
「えー、流石にないんじゃない?」
結々は可笑しそうに笑う。平均値の私より少し背が高くて、セミロングの私より髪は少し長くて、若干くせのあるそれを背中に垂らしている。そんな彼女は、私よりずっとこういう雑誌が似合う。それでいて派手過ぎないところで、馬が合うんだ。
「あっ、それでさ、これ見てよ」
思いついた顔をして、結々は目当てのページをめくる。どれどれと私も覗き込む。「見て、この人!」こっちに向いたページの中には、若い男の人がいた。
「カリスマ、占い師……」
「出雲さん!」
見出しを呟く私に、結々が重ねた。確かに、「
「テレビとか出てる人?」
「ううん、そーいうのはまだみたいだけど。でもすっごい当たるって有名だよ。ほら、ここ」
「……えっ、楠市って、ここ?」
「そうそう! あたしが行ってた中学でけっこう噂になってた。だって、市内に有名人がいるんだよ」
雑誌の記事によると、出雲司の所在は楠市内とのことだった。それなのに名前さえ聞いたことのない私は、本当に女子高生なんだろうか。疑問に思う。
「全然知らなかった」
「まー、仕方ないよ。あたしらも仲間内で話題にしてた感じだったし。それに、なかなか占ってもらえないしね」
わかった。私は手を叩いた。「予約がいっぱいなんだ」
「そーいうことじゃなくって。そもそも、予約したって子がいないと思う」結々は口を尖らせた。「学生のお小遣いで出せる料金じゃないってこと」
「そっか」なるほど、お金の問題ね。「いくらするの」
「ネットで見たんだけど、三十分で一万円」
「いちまんえん?」
思わず声がひっくり返った。だって、一万円なんて大金、滅多にお目にかかれない。それをたった三十分の占いで消費するなんて、信じられない。一万円あれば、ティーンズ雑誌が何冊買えるだろう。
「無理だよねえ。少なくともただの高校生には」
「むりむり、それにぼったくりじゃない、そんなの」
「高くても当たるから評判なの。あーあ、あたしが卒業して就職してお金稼げるようになって、ぱっと一万円出せるようになるのは、何年先なんだろ」
両腕で頬杖をついて、手に顎を乗せてため息を吐く。さては、と私はひらめいた。
「結々、この人に会いたいだけでしょ」彼女はどうやら面食いの気配がある。
「だってそーじゃん、地元にこんなかっこいい人がいたら、会ってみたいじゃんか。でも、お客でもないのに会えるわけないし……ちょっと梓、呆れないでよ」
ぎくり。私は不自然に目をぱちぱちさせた。「別に、呆れてなんかないけど」
「だって華の女子高生じゃん。彼氏の一人ぐらい作るか……それが無理でも、ドキドキする体験してみたいと思うじゃない」
「はあ……」馬の合う私たちだけど、こういう感性は合わないなあとつくづく思う。そもそも彼氏の一人が欲しければ、私は天文部を辞めてない。
「それに、会ってみたいってだけじゃなくて、実際に占って欲しいし」
「……あっ、大地(だいち)くんのこと?」
うっかり口にすると、小声だったにも関わらず、結々は慌てて私の頬を両手で挟んだ。
「しーっ。図星だけどバレちゃうじゃん」「ごえん……」
ごめんと上手く言えなかった私から、やっと結々は手を離した。頬をさすりながら、私は結々と一緒に教室の後ろへちらりと視線を向ける。
男女グループの中で談笑している、
精悍な顔立ちの彼を狙っている女子は多いと、その一人でもある結々から聞いていた。とはいえ高嶺の花だから見ているだけでいいと彼女は言う。それでも気になるのは当然だと思う。
どっちの目が合ったせいかわからない。両方かもしれない。私たちの視線に気づいた彼は、「なになに?」と席を立ってさっさとこちらにやって来た。ここで、じろじろ見られて気持ち悪いと言わずに、話しかけに来るところが彼の良さだと思う。
「あっ、ごめん、特に何も……」語尾が窄まってしまう結々が可愛い。
「そう?」相変わらず気さくな彼は、私の手元に目を落とした。
「お、梓ちゃんが持ってる雑誌、俺も読んだよ」
男の子からの呼ばれ慣れない呼び方にむずむずしながら、「これ、結々のだよ」と私は話題を振る。
月曜日の昼下がりは、こうして和やかに過ぎて行った。
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