第4章77話:別れ
砂浜を抜けて……
たどりつくのは、訓練場だ。
「……ここは、変わりませんね」
と、アリスティはつぶやく。
ユーナが笑った。
「まあ、そうね。アリスティが去ってからも、訓練を続けていたからね」
「そうなんですね」
アリスティは、じっと訓練場を見つめる。
ふと、脳裏に、ありし日々の思い出が浮かぶ。
まだ子どもだったアリスティ。
木剣を持って、ユーナと稽古をして。
汗をかいて。
笑って。
地面に寝転んで。
でも、少しずつ大きくになるにつれて。
島を出るために、真剣に訓練をするようになった。
ユーナがいるときも。
いないときも。
特訓をした。
「……」
アリスティの胸に、さまざまな想いがあふれてきた。
いろんな思い出があった。
それらは、いつかは忘れてしまうかもしれない。
全てを覚えておくことは、きっと、できない。
でも、たとえわずかでも、かけがえのない思い出たちが、自分の一生の中で、永遠に輝き続けるだろう。
「あ、そうだったわ!」
と、ユーナがそのとき、思い出したように言った。
そうして訓練場の裏に回る。
アリスティもついていった。
そこには、一本の墓標がある。
アリスティの父――――テュードの墓だ。
「これも、持っていきましょうか」
と、ユーナは言った。
「テュード一人をここに残していくのは、可哀想だものね」
そうつぶやいて、ユーナは、墓標を引き抜く。
アリスティは言った。
「では、私のアイテムバッグに」
「うん、お願い」
テュードの墓標を、アリスティはアイテムバッグに保管した。
テュードの墓を離れる。
訓練場から、山へと入っていく。
山を登る。
途中で遭遇した魔物たちは、軽く蹴散らす。
やがて。
山の
【ミユテ山の踊り場】へとやってくる。
海を眺められる場所。
そして。
以前と変わらず、咲き誇る、ミズヒイロたち。
「……ミズヒイロ」
「ええ。今年も、綺麗に咲いているわね」
オレンジ色の
とても穏やかで、尊い光景である。
ユーナが言う。
「ミズヒイロは、私がかつて住んでいた大陸でも、咲いているのを見かけたことがあるわ」
ユーナが続ける。
「でもね……この島に咲くミズヒイロは、私たちにとって特別よ。この場所のことは、一生忘れないと思う」
「……そうですね」
アリスティは微笑む。
しばらく、二人で海を
この踊り場から見る景色も、今日で、見納めだ。
ミユテ山を下山した。
砂浜に戻ってくる。
ちょうど、船長たちが立っていた。
アリスティが近づき、声をかける。
「船長」
「おう。もう良いのか?」
「はい」
「そうか、わかった。……乗りな。さっそく出航する」
翻訳し、ユーナにも船長の言葉を伝える。
アリスティとユーナは、船に乗り込んだ。
「もう気が済んだのか?」
「はい。おかげさまで」
「そうか。君の母親は、発作も落ち着き、ベッドで安静にしている」
「それは……良かったです。看病していただいて、ありがとうございます」
「なに、それが仕事だ」
ティルセアが微笑む。
ややあって、船長が出航の指示を飛ばした。
帆船が動き出す。
風を捕まえ、波に乗って、少しずつ少しずつ、島から遠ざかっていく。
またいつか、遠い未来に、ミユテ島を訪れることがあるだろうか?
それとも、もう二度と、訪れることはないのだろうか。
たとえどんな未来になったとしても、ミユテ島は、アリスティにとって、変わらず故郷であり続ける。
この絶海の孤島が、アリスティの生まれ育った場所なのだから。
「……」
アリスティは、静かに、島に向かって頭を下げ……礼をする。
(今まで……お世話になりました)
島に感謝を捧げる。
別れを告げる。
かくして。
アリスティの乗る船は、ミユテ島を去っていった。
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