第37話 黒い嵐と漁夫の利狙い
咆哮が轟いた。そして、巨大な体が動き出す。巨大な黒竜が首を上げた。翼を広げて、その巨体を俺たちに見せつける。
:体を広げるとほんとにでかいな
:これ殺せるの?
:師匠なら殺せる!
:大ボスって感じだな
:皆頑張れー!
俺は冷静に、次の攻撃を放とうとしていた。だが、先に黒竜が動く。風が吹き出し、竜の体表から黒い灰が舞う。ほどなくして、それは黒い嵐となった。いつかの深夜、マリナと共に見た黒い嵐、それが今、吹き荒れていた。
:うおおおおおお!?
:黒い嵐だ!?
:今は昼なのになんで!?
:コイツが黒い嵐の大本だったってこと!?
:まじかよ
もしかしたら、コメントで推測した者が居る通りに、あの嵐の発生源はこいつだったのかもしれない。だが、深く考えるのは後で良い。
黒い竜よ。サスラよ。首が、がら空きだぞ!
「神滅流剣術風の型――紅風!」
俺は黒竜の首をめがけて風の刃を放った。だが、それは嵐によって軌道をずらされる。風の刃は明後日の方向へ飛んでいき、ダンジョンの岩壁に傷をつけるだけだった。
「ふむ」
:ふむじゃないぞ!?
:これはツルギ師匠初めてのピンチか?
:その割に師匠は余裕そうな顔をしてるが
:勝算があるのか!?
:勝算があるのかい!? 無いのかい!? どっちなんだい!?
高速でコメントが流れていく。それを見ながら、俺は近くに居るマリナへ声をかける。
「マリナ! こっちは任せる!」
「え!? 師匠はどうするんですか!?」
「風の刃が逸らされる以上、直接斬るしかあるまい」
その一瞬、マリナは呆気にとられたような顔をしていた。が、すぐに彼女は頷く。
「――分かりました。師匠、ご武運を!」
「ああ!」
マリナやデイジー、他の探索者たちも、サスラへ攻撃を通すことはできないのだろう。ならば、俺が決着をつける。
「神滅流突の型――紅猪!」
ズドドドドドドドドッ!
突きの構えと共に瞬歩を利用して、超高速で突進する。その攻撃は黒いトカゲたちを次々に貫きながら、俺の体を前に運ぶ。
俺は一気にサスラとの距離を詰めた。さあ、この一撃をくらえ。距離があったなら軌道をずらすこともできるだろうが、ゼロ距離からならどうかな?
「神滅流風の型――大紅風!」
ズバアァ!
必殺の一撃が黒竜の体を大きくえぐる。
効いている! なら、連撃をくらえ!
「神滅流風の型――大紅連風!」
至近距離から連続で大紅風を放つ。その連撃が次々にサスラの体を抉っていき、ついに巨大な体が両断された。それは轟音を響かせながら地面へ落ち、大きな土煙を発生させた。
:やったぞ!
:おおー討伐だー!
:やったぜ
:やりましたね師匠
:勝利!
……想像していたより呆気ない。あまり、手ごたえというものを感じなかった。しかし、黒い嵐は落ち着き、土煙にふよふよと黒い灰が緩やかに舞っている。黒トカゲたちの気配も次々に消えていく。これは……勝った。ということで良いのだろう。
土煙が晴れるのを待っている間に、コメントが新しく流れなくなっていることに気付いた。なんだ?
故障……いや、これはマリーに襲われた時の様子に似ている。通信を使い、マリナたちに注意を促そうとしたが、反応しない。よく見れば配信画面も映らなくなっている。何か、まずいことになっているかもしれない。単に俺のVRDの不調であれば良いのだが。
やがて、土煙も晴れてきて、遠くにマリナたちの姿も確認できるようになってきた。俺は彼女たちに手を振ろうとした。その時。
頭上から迫る数々の気配に気付いた。見上げると空から、いや、第二層の木々からだ。多くのVRDが落下してきているのに気付いた。第二層から落ちてきた人形たちは、地面に衝突し土煙を巻き上げる。せっかく晴れてきてたっていうのに。しかし、二層から三層へ落ちるだけでも結構な高さがある。その衝撃に耐えるというのか?
さっき見えていた人形たちは全てが、全身に強化外骨格をまとったような姿をしていた。おそらくは意図的に落下してきたと考えて良いだろう。そんな思考を巡らせているうちに、土煙の向こうから声が聞こえてきた。
「俺はAランク六位、キスタドール社所属のディアボロだ。サスラの討伐ご苦労。奴が持っていたクリスタルはこちらで回収させてもらうぞ」
「横取りか? 漁夫の利狙いというわけか? 感心しないな」
「違うな。我々は君たちを救助しに来たのだ。だが、間に合わなかった」
「そう言う筋書きかよ」
「ああ、悪く思うなよ小僧。これも仕事なんだ」
ひとまず、このディアボロとか言う男をなんとかしないといけないな。俺は刀を構えた。そうして、妙なことに気付いた。土煙の向こうで何かの気配が生まれた?
「観念するのだな。こちらは百体のVRDの大部隊だ。そのうえ、こちらにはAランク一位もついて――なに?」
ディアボロの様子も何かおかしくなった。土煙の向こうで、彼が焦りだす。
「おい、どういうことだ!? こちらの味方が次々にやられているというのは!? この部隊のVRDは百体を超えるんだぞ!? Aランク一位だってついて……え、そいつが丁度やられた?」
姿が良く見えなくとも分かった。ディアボロは動揺している。そして彼はどこかに逃げ出そうとして、後ろからやってきた何かに斬られた。
さっきまでにディアブロが居た位置に、何か得体のしれないものが立っている。
立ち込めていた土煙が風に流され、やがて晴れる。ようやく俺はその立ち姿をはっきりと目にすることができた。それは黒い鎧武者のような……いや、そうではない。それは俺のVRDの姿を模していた。
「あんた……何者だ?」
答えは返ってこないかもしれない。そう思いながらの問いだったが、返事は返ってきた。
「我はサスラ。お前たちがそう名付けたものであり、自存する源である」
自存する源?
俺が疑問に思っている間もサスラは話を続ける。
「何者か。と、お前は訊いたな。応えよう。我ははるか昔、この地へ落ちてきたもの。地の底で長い間眠り、地表に充分な文明が築かれた時、我は目覚めた。そして、我はこの地に大穴を作り、クリスタルによってお前たちを招き入れた。お前たちの文明から知識を得て、その生命を吸収するためだ」
「なるほど?」
「だが、お前たちは機械の人形を送ってくることはあっても、その命を大穴に入れることは無かった。お前たちの文明から得られる情報は興味深く、美味いものではあった。だが、それだけでは足りない」
「つまり?」
「我はこれから、地の底より分身を放っていく。そして、地表の生命を捕食する時だ」
「了解、あんたのことはなんとなく分かった」
俺は刀の切っ先をサスラへ向ける。
「つまり、あんたは斬っても良い奴なんだな?」
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