第33話 VRD起動

 カイ社長の作った料理はなかなか美味しく、マリナもなんだかんだで朝食をとっていた。


 朝食をとりながらの会話は当たり障りのないところから始まった。その話は次第に今日の計画に関するものへ進んでいく。これは食事をとりながらの作戦会議だ。


「さて、今回の計画だが、基本的にはお互い好きなように動いてほしい。付け焼刃の連携など、むしろとらない方が良いだろう」

「それでは、強力をする意味が薄いのでは?」


 社長の言葉に異議を唱えると、彼は「そうだね」と答えた。彼はあごを擦りながら言う。


「今回、第三層に現れたモンスター。我々はサスラと呼んでいるが、あれと戦うためには頭数が必要なのだ。あれとの戦いは狩猟ではない。戦争だよ」


 俺には彼の言っていることの意味が掴めなかった。戦争とはどういうことだ?


「ピンと来ていない顔だね」

「ええ、詳しい説明をお願いします」

「分かった。説明しよう」


 社長はうんと頷いた。彼は話を続ける。


「サスラというモンスターはマザービートルに似た性質を持っている。昆虫のような姿をしている、というのではない。あれは動き出すと次々に新たなモンスターを生み出していくのだ」

「モンスターを?」

「そうだ。サスラはモンスターを生み出すモンスターなのだよ」


 マザービートルとの戦いを思い出す。あれは甲虫のようなモンスターを次々に生み出していた。似た性質のモンスターが居るとなると、いつ第三基地でこの前のような事件が起こるか分かったものではないな。


「あのモンスターを放っておくことはできない。マリーとの戦闘後、今は一時的に眠っているようだが、こちらが接触すれば起きるだろう。このまま待っていても活動を再開することは予想できる。そうなると厄介だ」

「なるほど」

「あのモンスターは、遥か下層から上層を目指して昇ってきている。このままだと奴は壁にぶつかり、基地に被害を与える。それは避けたい」


 なんとなく、話が見えてきたぞ。


「それで、サスラは動き出せば大量のモンスターを生み出してくる。そうなれば、戦争というわけですね。今回は、マザービートルの時よりも厄介なのですか?」

「ああ、サスラが生み出すモンスターはソルジャービートルよりも強力だ」


 彼は目をつむり、静かに「そうだな」と呟いてから、そっと目を開けた。彼の瞳は俺の目をじっと見ていた。


「もっと正確に言おう。あのサスラという黒竜は、竜を生み出す竜なのだ」


 その後もサスラというモンスターについて、カイ社長はかなり詳しいところまで教えてくれた……と思う。皿の上の料理が片付いたところで話も終わった。かに思えた。


 話の最後に社長は俺に向かってこんなことを言った。


「ツルギ君、前にも君をスカウトしたが、改めて、うちと契約を結ぶつもりはないか?」

「お断りします」


 きっぱりと断った。俺はブレインズ社に所属するつもりはない。それは前に話があった時から決めていることだ。


 社長は「そうか」と言って黙ってしまった。そうして生まれた間を埋めるようにクロイさんが話し出す。


「さて、食事は終わりましたが、良ければここでもう少しゆっくりしてはいかれませんか。ここからでもVRDの接続はできますぞ」


 その言葉にずっと黙っていたデイジーが眉を潜めた。


「今日は食事ダケ……という話だったノデハ?」

「それは……」


 言いよどむクロイさん。何か、裏があるのか? そう思っていたところで。


「私、師匠たちにもう少しだけ、ここに居て欲しいです」


 マリナがおずおずと、しかし意を決したようにそう言った。小さな子にもう少しだけ居て欲しいと言われて見つめられると、どうにも弱いな。


 だが、どうしたものかな。いくらマリナの頼みだからといえ、裏があるかもしれない話を飲んでいいものか。ここまでやって来てしまっているのだし、行けるところまで行ってしまうか?


 その時、マリーの視線が動いた。彼の視線の先にはカイ社長の姿。


「お父様、ツルギ君たちにはあなたの本心を話しておくべきでは?」

「うむ……いや、しかし……」


 社長は困っている……というよりは、なんだか恥ずかしそうにしていた。どういうことだ?


「私はな。そのだな……マリナがいつも寂しそうにしているから……マリナと仲の良い男の子にうちまで来てもらいたかった。それだけなんだ。でも、それは余計なお世話だったかな?」


 そう言う社長の視線はマリナへと向けられていた。その視線に気づいた彼女はぷいっと、顔をそむけてしまった。


「うん、余計なお世話だった」

「マリナ……」


 社長の顔はあきらかに寂しそうなものになった。可哀そうではあるが、おかげで彼の心の仲を覗くことはできた。まあ、それも嘘という可能性もあるが、そこまで疑っていては何も判断できないだろう。


 マリナが席を立った。そして俺に近づいてきて、手をとった。


「ツルギ師匠。行きましょう」


 促されるままに俺は立ち上がる。


「ああ、行こうか」

「ナラ、私も行きましょうカネ」


 俺と同じタイミングでデイジーも立ち上がる。さて、行くか。どこに行くのかはよく分かってないが。


「師匠、私の部屋に来てください。案内します」

「分かった」


 そう言って俺は部屋に居る全員に視線を動かした。とくに俺たちのことを止める者は居ないようだ。


「さ、師匠」

「おう」


 マリナが俺の手を引きながら先導する。デイジーが後に続き、クロイさんはその後ろについてきた。


 部屋から出る前に俺は振り返った。そして何を言うでもなく、社長におじぎをした。彼はうんと頷いて俺たちを見送った。


 その後、やけに広くてふかふかしたものが多いマリナの部屋で色々な話をしていた。話すことが無くなってくると、昼にはまだ時間があったが、そろそろVRDに遠隔接続をするかという流れになり、またクロイさんが案内してくれた。


 案内された先にあったのは、複数の、席とVRDへの遠隔接続に使われるであろう機械が用意された部屋だった。


 俺は席の一つに座り、機械を被るようにして準備を完了した。


 そして、一瞬の意識の暗転。そして、最近ではすっかりなじんだ感覚が俺の意識へと伝わる。


『遠隔接続完了。カメラオン。通常モードで起動します』


 瞼の開くような感覚があり、俺のVRDが起動した。

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