第30話 決戦前夜

 第三基地のホテルに人形を置き、俺は意識を埼玉の家まで戻した。時刻は十八時、夕食をとるには良い時間だ。そんなタイミングで、俺のスマホにメッセージが届いた。


 メッセージを確認すると、どうやらそれはAランク探索者マリーからのものだった。俺の連絡先を教えた覚えは無いのだが、マリナから聞いたか……そうでなければ、よくない手段を使ったか、まあ……どちらでも良い。


 マリーからの要件をまとめると、第三層のモンスターを討伐するために手を借りたいという話だった。こちらとしては手を貸すぎりはないのだが……どうもカラスマさんにこの話は先にしてあるとのことで、それを確かめるため、俺は一度彼女に連絡をとってみようと思った。カラスマさんにだ。


 スマホから、カラスマさんにメッセージを送る。その返答を見てからマリーへの対応を決めても良いだろう。


『どうも。今ちょっと返事できますか?』

『ツルギ君。どうしたの。もちろん返事できるわよ』

『マリーからメッセージが来ました。そのことについて、あなたも話を聞いていますか?』

『ええ、さっき話が来たわよ。彼女の手を借りるかどうか、ツルギ君に任せるけれどね。できれば彼女の手も借りた方が良いと思うの。彼女は一度、目的のモンスターと戦ってるからね。それに、私が欲しいのは戦闘データ。ぶっちゃけるとブレインズ社にクリスタルを渡しても良いと思ってる』

『なるほど』

『でも、私は今回の計画の要はツルギ君だと思ってるから、彼女を味方につけるかどうかの判断はあなたに任せるわ。彼女があなたの足を引っ張ると思うなら、ブレインズ社からの提案を断ってもかなわない。ドンパチをやっても良いのよ。お姉さん、VRDの操作の切断を回避するあれやこれやを知ってるし、ブレインズ社と派手に殴り合ってくれても、私としては構わないわ』

『了解しました』


 どうも……カラスマさんは俺をだいぶ高く買ってくれているようだな。まあマリーより俺の方が強いという自信はある。さて、彼女の手を借りるかどうかだが……そうだな。


 数分考えてみた。ここで彼女の手を借りれば、おそらく目的のモンスターを倒した時、そのクリスタルを持っていかれるだろう。俺は交渉事なんて得意じゃないしな。うまく話を進められて、こちらの不利な条件をつきつけてくるのは目に見えている。具体的に言えば、討伐対象が落とすクリスタルの所有権だ。


 たぶん、マリーは手を借りたいと言っているが、その話はモンスターを倒すまでのどこかで、こちらがブレインズ社の手を貸してもらったという話しにすり替わるのではないか。どうもこれまでの印象から、あの会社はそれくらいのことなら平気でやってくる印象が俺にはある。


 で、彼女からの提案を断った場合、だ。このタイミングで俺やカラスマさんに連絡してきた辺り、彼女たちはこっちの作戦を把握している可能性が高い。そして、彼女たちが最も欲しがっているものは謎のモンスターが持つ莫大なエネルギーのクリスタルだ。


 彼女からの提案を断った場合、彼女らが妨害に出て来る可能性がある。その場合、彼女個人ではなくブレインズ社が総力をあげて妨害に来る可能性も考慮できる。まあ、向こうが軍隊をつれてこようが負ける気はしないし、カラスマさんがVRD同士で戦闘することに対するペナルティもどうにかしてくれるとは言ってくれている。


 だが。


 ブレインズ社を敵に回すのは面倒だろうな。別に正面切っての戦いであれば向こうが軍で来ようが負けることは無いだろう。おそらくは向こうの最高レベルの戦力であるマリーにも勝利している。彼女以上の実力者が出てくるというなら、それはそれで楽しみだ。


 とはいえ、作戦に参加するのは俺だけではないのだ。いくらカラスマさんがサポートをしてくれるとはいえ、デイジーやリリやヨツバを面倒に巻き込むことは避けたい。とくにマリナはマリーの妹だ。そんな彼女たちの仲を悪くするかもしれないことは避けたいのだ。もしかすると、すでに二人の間には深い溝が出来てしまっているのかもしれないが。


 その辺りのことを考えて、俺は決めた。


『カラスマさん。どうするか決めました』

『どうするつもり?』

『今回はブレインズ社の手を借ります』

『そう、ツルギ君はそう決めたのね』

『カラスマさんが欲しいのはあくまで戦闘データなんでしょう?』

『ええ』

『俺は、強い敵と戦って、それが配信出来れば良いんです。俺が配信を始めた理由は神滅流剣術を広めることですから』

『分かった。ツルギ君が決めたのなら、私から文句は言わない。がんばってね』

『応援ありがとうございます。がんばります』

『b』


 カラスマさんとのやりとりを終え、俺はマリーに返答する。そうすると、彼女からすぐにメッセージが届いた。


『明日の朝、迎えを寄こします。朝食は一緒に食べましょう?』


 なんとも、強引な。そうは思いつつ『了解した』と返事を返す。


 明日は朝のうちにブレインズ社へ向かい、昼には第三層で謎のモンスターと戦闘だ。


 しっかり食べて、早めに寝よう。そう考えていた時、再びマリーからメッセージが届いた。


『第三層の謎のモンスターと呼ぶのは面倒なので、わたくしが命名しましたわ。以後は、そのモンスターのことはサスラと呼びます』


 割とどうでも良いメッセージだった。さらにメッセージが届く。これも、どうでも良い内容だったなら、スマホの電源を落としてやろう。そう考えていたのだが。


『明日の朝食にはマリナも同席させます。あなたたち、リアルで合うのは初めてでしょう』


 ああ、そうか。そりゃそうだ。と思う。マリーとマリナは姉妹なのだから、明日の朝食の席には二人とも居るだろう。


『了解した』


 短く、それだけの文章で答え、今度こそ終わりかと思った時、また新たなメッセージが届いた。


 そろそろ面倒になってきたのだが……一応、その文章に目を通してみると、送ってきたのはマリーではなく、マリナのほうだった。


『あの、ツルギ師匠』

『どうした?』

『姉さんから話は聞きましたか?』

『聞いた、というかメッセージを見た』

『明日、リアルの私と会っても、幻滅したりしないでくださいね』


 そんなこと。


『そんなことするわけないだろ』

『そっか。えへへ。よかったです。それが分かって安心しました』


 いきなりのことで驚いた……彼女はどうして、幻滅したり、なんて言葉を使ったんだ?

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