第29話 カラスマ工房三号店
昼にパーティーの皆で合流し、第三基地の内部を色々と見て回った。AR食品を色々と食べてみたり、映画館で最新のアクション映画を観てみたり、基地内の電光掲示板に流れるニュースをチェックしたり、そういう感じで遊んでいるうちに俺たちは数多くの工房が集まった場所へやってきていた。
工房が集まっているということは、当然のようにあの人のお店もあった。そのネオン看板には【カラスマ工房三号店】と書かれている。俺たちは、とりあえずそこに入ってみることにした。
「失礼しまーす」
「カラスマさん居ますかー」
マリナと俺とで声をかけてみる。工房の様子は一号店や二号店とあまり変わらないな。そのうち、奥からカラスマさんがやってきた。一号店や二号店のものと同じ見た目の人形だ。彼女はほがらかに笑いながら手をひらひらと振った。
「おーす。皆、第三基地へようこそ」
「カラスマ姉さん。私たちもついにここまで来ましたよー!」
「そうだね。偉いぞー」
カラスマさんが近寄ってきたマリナの頭を撫でてやっている。マリナは頭を撫でられて、まんざらではなさそうだ。
「さて」
そう言ってカラスマさんは俺を見た。俺も彼女の瞳を見る。
「ツルギ君には言っていたことだけど、第三層でやってもらいたいことがあるんだ」
「つまり依頼ですね」
「そう。ダンジョン管理局を通してツルギ君やパーティーメンバーの皆に頼みたいことがあるのよ」
そこまでの内容はパーティーメンバーの皆に話している。ここから先の内容は俺もまだ聞いていない。詳しい話は第三層についてから、ということだった。少なくとも、第二層で詰まっているようでは任せられない話なのだとか。
「報酬はちゃんと払うわ。それに、これから話を聞いたうえで断っても良いのよ」
「了解です。続きを話してください」
続きを促すと彼女は頷いた。そして彼女は依頼の内容を詳しく話し始める。
「ここ最近、ダンジョンでは異常な事態が続いているわ。第一層にバジリスクや、ロックドラゴンが出現したり、第二層でマザービートルが異常なほどのソルジャービートルを生み出したり、でも、それよりも問題なのは下層から強力なエネルギーを持つ何かが上昇してきているってことよ」
それは、初耳だった。少なくとも、基地で見ることのできるニュースにそのような情報は出ていない。それは他のパーティメンバーも同じようで、デイジーは首をかしげていた。
「カラスマさんは、どうしてそんなことを知ってるデスカ?」
「ああ、デイジーちゃんには言ってなかったわね。私、これでもモンスターの研究もしていてね。それで、この先に居るモンスターの情報もある程度入っているの。それでね、私の研究仲間……というよりは仕事だけのギブアンドテイクの関係かな。彼に第三層の調査をしてもらった結果、どうも高エネルギーを検知される場所があるのよ。第三層ではありえないほどの高エネルギーがね」
「つまり?」
俺が尋ねるとカラスマさんは「そうね」と言ってあごの下に拳を当てた。これで立っていなければ、考える人のようなポーズだと思った。
「高エネルギーの正体は、私が考えるに、ずっと下の層からやってきたモンスターなのよ。実際、それらしきモンスターを発見したって情報はニュースになっていないだけで、私の耳には届いているわ」
嘘をついている……ということはなさそうだ。そもそも、俺たちにそんな嘘をつく理由が彼女にはない。この話は信じて……良いと思う。
「そのモンスターを倒した際に手に入るクリスタル、それが秘めるエネルギー量は莫大なものと予想できるわ。それを知ってるのは私たちだけじゃないし、私たち以外にもそれを狙っている者は居る。実際、ブレインズ社のマリー・ザ・キッドが先日戦闘を試みてるわ」
マリーの名前が出てきたとき、マリナの表情が曇ったのに気付いた。だけど、今ここで指摘するのはやめておこう。もし、彼女から事情を聞けるタイミングがあれば、その時に聞いてみれば良い。
「マリーはそのモンスターに挑み、先頭直後に敗走したみたいね。少なくとも、今もそのモンスターは健在よ。第三層に高エネルギーを持つ存在は残っているわ」
そうか。マリーが簡単に負けたか。俺ほどではないが、彼女は手練れだ。そんな彼女を簡単に敗走させるということは、カラスマさんの話しているモンスターは中々の強さを持つのだろう。少なくとも、俺がこれまで戦ってきたモンスターよりは強いのではないかと思える。
「では、俺たちはそのモンスターを倒せば良いんですね」
そうカラスマさんに聞いてきたのだが、彼女は首を振った。
「ただ倒してほしい、という依頼ではないの。私はそのモンスターの戦闘データが欲しい。だから、なるべく長い時間戦って、そのうえで討伐してほしいのよ。難しいことを頼んでいるのは理解しているわ。でも、ツルギ君にならそれができると信じているわ」
信頼してもらえてるのは嬉しいね。などと考えていたらヨツバが挙手した。教師に質問する生徒みたいだ。
「どうしてモンスターの戦闘データが欲しいんですか?」
「私的な研究のためよ。一番の目的は戦闘データをとることだから、私が充分なデータがとれたと判断すれば、見合うだけの報酬を支払うわ。それとも、あなたは私が何かマッドな発明でもするんじゃないかと危惧してるのかしら」
「いえ、そんなことは……質問に答えてもらい、ありがとうございます」
ヨツバは黙ってしまった。良いんだよ、ヨツバ。カラスマさんは実際マッドな研究者だ。君の懸念は当たっている。彼女はよからぬことを考えているし、俺もそのよからぬことに賛同している。そのことについて、今は彼女に話す必要はないだろう。
「私の想像では、ここ最近のダンジョンでの異常事態、モンスターたちの異常行動は、第三層の謎の存在にモンスターたちの防衛本能が働いているからよ。第一層に現れた二体のモンスターは上層に逃れようとしていたのだろうし、マザービートルの異常活動も、その身を守ろうとしてのことよ」
カラスマさんの説明にマリナが「なるほど」と言って頷く。
「つまり、そいつを倒せばダンジョンに平和が戻る。ということですね!」
「ええ、そういうことよ」
第三層に潜む謎の強力なモンスター。相手にとって不足はないな。
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