第20話 ランク二位を斬る

 俺が近づくとマリーは逃げる。お互いの距離はなかなか縮まらない。やはり、速度だけは互角だろう。木から木へと飛び移りながらの高速戦闘だ。


「くらいなさい!」


 彼女が両手に持つ二丁拳銃が火を吹く。銃による直線的な攻撃への対処は容易い。俺は刀によって敵の攻撃を弾く。反射された弾はマリーへと迫るが。


 キィン!


 金属を弾く音。弾を当てても彼女のVRDが怯むことはない。速いうえに硬いとは厄介だな。生身が相手ならすでに殺せているのだろうが、人形同士による戦いでは、そうもいかないようだ。


 弾を弾いて分かったが、拳銃による攻撃は見た目以上に重い一撃だ。この森の枝や幹は容易く粉砕し、おそらく第一層のゴーレムくらいなら、撃ち抜けるのではないかと思える程度の衝撃がある。それを弾く装甲はかなりの硬度だろう。まあ、斬れないことはないが。


「なかなかやりますわね」

「そりゃどうも。出来れば大人しく去ってくれないか。正直あんたは戦ってて面倒くさい」

「そうつれないことをおっしゃらないで。どちらかの人形が壊れるまでこの戦いを楽しみましょう」

「はあ……めんど……」


 足場の問題で瞬歩は使えない。瞬歩さえ使えればマリーを捕まえることは容易いのだが、彼女はその辺のことも考えて、この森で襲撃してきたのかもしれない。


「どうしましたの? あの素早く動く技を使っても構わないのですよ」

「分かってて煽ってるのか?」

「何をですか? わたくし、技を出し惜しみして手加減されているような気分で戦っています。それが嫌なだけですわ」


 偶然……か? 瞬歩の使えない場所でたまたま襲撃をしかけてきたと? 無くは無いが、不意打ちをしかけてくるような相手だ。嘘かもしれない。


「本当のことを言っているのか、嘘を言っているのか、どちらでも良いがな。面倒なんで脚を止めてくれないか? すぐにぶった斬るから」

「お断りいたしますの。先程も言いましたが、あなたにはこの戦いに付き合ってもらいますからね」


 逃げるという選択肢は……無いな。背を向ければ後ろから撃たれる可能性は充分に考えられるし、なにより襲撃をしかけてきた相手から逃げるのは嫌な気分になる。嫌な気分になるくらいなら面倒でも斬る。


 マリーからの攻撃が続く。が、そろそろ弾切れを起こすんじゃないか。相手の銃はリボルバーみたいな形をしている。銃器に詳しくない俺でもリボルバー拳銃に込められる弾が六発であることくらいは知っている。さあ、弾を弾きながら、俺はあんたが撃ってきた弾の数を数えているぞ。


「――反撃させてもらう!」


 彼女が持つ両方の拳銃が弾切れを起こした――はずだ。俺は弾いた弾で彼女の足元、太い枝を破壊する。彼女が落下していき、俺は追撃するために飛びかかった。下方の足場へ彼女が着地する前に勝負を決める!


「ふふっ甘々ですわ!」


 飛びかかった俺は、それが彼女の狙いであることを分からされた。その異様な機構に驚かされることになる。


 彼女の背中に隠されていた――四本の隠し腕が飛び出した。彼女は――合計六本の腕を操るというのか!


 飛び出した腕のうち二本には柄の長いが銃が握られていた。空中の俺に対し、彼女が叫ぶ。


「散弾はいかがいかしら!」


 散弾――それはあんまり聞きたい響きじゃないな。


「チェック!」

「――メイトとはいかせるかよ!」


 神滅流風の型――紅風壁。


 刀を振り風の壁を作り出した――直後、散弾が放たれた。風の壁が散弾の勢いを止め、同時に俺を吹き飛ばす。俺は近くにあった太い枝の上に着地。


 マリーも下方の枝に着地した。これで仕切り直し……いや、こちらは向こうの奥の手を見切った。有利なのは俺の方だ。


「想像以上に……やりますわね」

「あんたもな」


 彼女は二つの腕で散弾銃を構えながら二つの腕でリボルバーに弾を装填した。そして空いた残り二つの腕を背中に回し、彼女は言う。


「二つの腕で牽制し、二つの腕で決定打を与え、残り二つの腕で弾を装填する。わたくしの六本腕に死角はありませんのよ」

「大した自信だな」

「腕を増やせば文字通り手数が増えますわ。サイドアームの高速戦闘での同時使用は常人には脳の並列処理が不可能になるほどの荒業! しかしわたくしはブレインズ社の新技術によりそれを可能にした! いずれさらに腕を増やし! 無敵の探索者になって見せますのよー!」

「……千手観音でも目指してんのかよ」

「おーほっほっほ。わたくしの力に恐れおののきなさい!」


 高笑いをするマリー。俺は静かに刀を構え直す。


 脳改造でもしてるのか、機械にサイドアームの操作をある程度任せているのか、詳しいことは分からない。しかし。


「一瞬驚かされはしたたが、種が分かってしまえば、それはただ手数を増やしただけだ。俺から言わせれば、あんたのそれは単純な攻撃の寄せ集めだ。なんにも恐れるようなものではない」

「……言ってくれますわね」

「俺は次の攻撃であんたをぶった斬る。覚悟は良いか?」


 刀を大振りに構え、足場を強く踏みしめ、腕に力を込める。ロックドラゴンとの戦闘でも使ったあの構えだ。


「……その技は知っていますわ。わたくしが避けられないとでも?」

「自信があるなら避けてみろ」


 そして俺は技を放つ。連続で。


「新滅流風の型――紅連風!」


 同時に無数の風の刃がマリーへ迫る。


「あなたの方こそ――単純な攻撃の寄せ集めではありませんか! 無駄の無駄ですのよ。当たりませんわー!」


 俺の連続攻撃を悠々と回避するマリー。彼女は木から木へと移り、俺から距離を空けていく。


「次は狙撃の技を見せてあげましてよ。覚悟するが良いですわ!」

「いや、その必要はないよ」

「――え?」


 だって、俺が紅連風の前に放った技が今、あんたの体を切断したからな。


 神滅流は長い歴史を持つ剣術だ。いくつもの技があり、そんな中には俺が編み出した新しい技もある。


「いったい――何が? あーれー!?」


 体を上下に切断されて落ちていく彼女には届かないだろう。だが、一応説明してやる。


「神滅流風の型――紅ブーメラン。俺が編み出した新技さ。風の刃の軌道を直線から曲線に変えただけのものだが、俺が紅連風を放つ直前に撃った一撃が遠回りの軌道で、紅連風から逃げた先のあんたに追いついた。というわけだ」


 長々と話している間にマリーの姿は穴の底に消えて見えなくなっていた。


 それからしばらく様子を伺ったが、マリーが戻って来ることも、俺のVRDが他のVRDを攻撃したことを理由に機能停止することもなかった。


 ふぅ……面倒な相手だった。これで懲りてくれると良いんだが、また挑んでくるような気もするなあ。

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